流星のロックマン Arrange The Original 2   作:悲傷

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第55話.野望

 足元の感触が変わった。整備された平たいウェーブロードではなく、砂利混じりのゴツゴツとした石の感触だ。風も強い。上空千メートルと言ったところだろうか。とうとう天空の要塞、ムー大陸へと足を踏み入れたのだ。

 

「これが……ムー大陸……」

 

 立ち並ぶのは石造りの家々。ナンスカ村を思い出す。違う点は剥き出しの地面ではなく、煉瓦のようなものを敷き詰めて整備されているという点だろう。長年の荒廃によってゴーストタウンのような光景になっているが。

 

「構えろスバル!」

 

 中に踏み入ろうとした時、ウォーロックが叫んだ。スバルも気づいた、カミカクシだ。這いずるように出てきた人物はステッキを床につき、ヨロヨロと立ち上がる。

 

「ま、待て……ロック、マン……」

「ファントム・ブラック……?」

 

 ひん曲がった顔はだいぶ元に戻っているが、ダメージは残っているらしい。顎を痛めたのか、声を出すのも辛そうだ。

 

「しつけえな、てめえは。見逃してやるからとっとと失せな」

「ええい黙れ! 私は、貴様に負ける訳には行かんのだ!!」

 

 ステッキを振り上げて襲い掛かってくる。足にまでダメージが来ているはずなのに、やはり早い。だが避けられないレベルでもない。寸前で躱して見せると、勢いあまったファントム・ブラックは足をもつれさせるようにして、頭から地面に突っ込んだ。

 

「……ねえ、止めておいた方が良いよ。その怪我じゃ動けないでしょ?」

「止めるものか! この身を賭してでも、貴様は私が仕留める!!」

 

 起き上がり、なおも執拗にステッキで殴りかかってくる。今度は小ぶりにだ。先ほどの転倒を学習したのか、単に踏み込む力も残っていないのか。気力だけで動いている様には鬼気としたものすら感じられる。

 ステッキを振った瞬間を狙い、ロックマンは腕を掴んで引っ張った。柔道の投げ技の様に転がるファントム・ブラック。黒いマントは土埃で汚れていた。

 

「……何でそこまで……」

「必至になるかだと? なるに決まっているだろう! 貴様を倒せば、オリヒメ様は私とブラザーを結んでくれると、そうおっしゃったのだ!!」

 

 そして足を痙攣させながらも立ち上がる。

 

「私はここで、貴様を倒ぶっ!!」

 

 ファントム・ブラックが横に吹き飛んだ。突然の乱入者に殴り飛ばされたのだ。

 

「雑魚が喚きやがって。鬱陶しいんだよ」

 

 乱入者してきた黒い電波体は、ゆっくりとロックマンのほうを見る。睨むようにだ。

 

「そして、そんな奴に情けをかける貴様もな」

 

 体に冷たいものが走るのを感じながらロックマンも睨み返す。

 

「ブライ……。やっぱり……無事だったんだね」

「フン。自分ではなく他人の心配か? つくづく癪に障る存在だ、貴様は」

「お、なんだ? やるってのか?」

 

 やすやすとウォーロックが挑発に乗ってしまう。ロックマンは臨戦態勢を取り、全身の神経を尖らせた。

 

「今すぐにでも殺してやりたいところだが……」

 

 ブライが腕を素早く後ろに退く。裏拳が背後から襲い掛かってきていたファントム・ブラックの鼻面を砕き、近くで半壊していた民家へと弾丸のようにうち飛ばした。

 

「まずは寄生虫を掃除するか」

 

 ファントム・ブラックが瓦礫から這い出してくる。今度は立つのもままならないようだ。

 

「き、寄生虫だと……」

「ああ寄生虫だ」

 

 ブライがとんでもない行動に出た。ファントム・ブラックの頭を踏みつけたのだ。

 

「オリヒメに媚入り、おこぼれとしてムーの電波体とカミカクシを手に入れ、強くなった気になって大きな顔をする。

 所詮貴様はオリヒメとムーの遺産が無ければ何もできない、寄生虫だ」

 

 ファントム・ブラックのうめき声が大きくなる。ミシミシという耳に入れるのも痛い音が聞こえてくる。

 

「止めろ!」

 

 思わず飛び出し、ブライを押しのけようとするロックマン。だが電波障壁が現れ、手を阻んだ。

 

「なぜ庇う? 貴様を殺そうとしている男だぞ」

「それでも……っ!」

「あぶねえ!」

 

 ウォーロックが左手をひっぱり、ロックマンはバランスを崩した。肩をステッキがかすめる。狂喜とステッキを振り回すファントム・ブラック。距離を取るロックマンとブライ。

 

「てめえ……」

「フン、だから甘いんと言っている」

 

 怒るウォーロックと、鼻で蔑むブライ。面喰っているスバルを前に、ファントム・ブラックは笑みをぐにゃぐにゃに歪めてみせる。

 

「ンフ、ンフフフフ……ああそうだ! 寄生虫だよ! 私は何の力持たなかった人間だ!! オリヒメ様に仕えれば、私はなんだって手に入れられる! どうとでも蔑め! 好きなように呼べ! 私は最強の寄生虫だ!! ンフッ! ンファーハハハ!!!」

 

 懐に穴が空き、ファントムクローが伸びてくる。辛うじて躱すロックマン。跳び込むブライ。

 

「フン、無様だな」

 

 ブライは身軽な動きでファントムクローの上に乗り、顔を蹴飛ばした。砕けるような音が鳴り、ファントム・ブラックは物のように転がってムー大陸の端で止まった。

 

「消えろ。ブライバースト!」

 

 ブライの拳から地を這う衝撃波が放たれ、とどめを刺そうと迫っていく。それは突然現れた四人目の手によって掻き消された。霧散していく黒い電波粒子の中で、緑色の衣が風を受けてなびいている。

 

「……エンプティー!?」

 

 オリヒメの右腕だ。彼の登場によって緊迫した空気が辺りを満たした。ロックマンもブライの後ろに立ちながら、エンプティーの様子を窺う。

 だが、ファントム・ブラックにはそれを感じる余裕すらないらしい。

 

「おお、エンプティー……た、助けてくれ!!」

 

 裏返った声を出してエンプティーの足にしがみ付く。その姿はもはや甘える子供のようだ。

 

「頼む……私に、もっと力を! 力をくれ! そうすれば、たちまちロックマンを……いや、ブライも共に葬って見せる! だから頼む。オリヒメ様に……」

「ファントム・ブラック……」

 

 エンプティーが手を差し出した。ファントム・ブラックは目を輝かせてそれを取る。

 

「オリヒメ様から言伝を授かっている。ありがたく聞け」

「おお! オリヒメ様から? な、なんでしょうか?」

「うむ」

 

 自分を助けてくれたエンプティーが差し出してくれた手。そして偉大なるお方であるオリヒメ様からの言葉。ファントム・ブラックにとっては神から慈悲を預かったに等しいらしい。涙を流して立ち上がるファントム・ブラック。

 彼の両肩に、エンプティーはゆっくりと手を置いた。そしてありがたいお言葉を伝えてくれた。

 

「同胞ならばともかく、寄生虫はいらぬ……だそうだ」

「……………………え?」

 

 ファントム・ブラックの全身に電気が走った。人形のように振動し、生き物ではない声が辺りに響く。白目をむく彼をエンプティーは石ころの様にムー大陸から突き落とした。

 我を忘れて駆け寄り、下を窺うロックマン。ファントム・ブラックの姿はもう遥か遠く……海へと消えていった。

 

「そんな……何てひどいことをするんだ!」

「てめえら、仲間じゃなかったのか!?」

「言ったであろう? 同胞ならばともかく、寄生虫はいらぬ……とな。本人も認めていたであろう?」

 

 そう言う問題ではない。仲間でなければ何をしてもいいと言うのか。あまりにもむごい行為を平然とやってのけたエンプティーに、ロックマンは無言の睨みを向ける。

 

「そう怖い顔をするな。今はお前達と戦うつもりはない」

「どういうつもりだ?」

「簡単なことだ。ついて来い」

 

 エンプティーが歩き出す。ロックマンに背を向けてだ。

 

「ケッ! 馬鹿かてめえはよ。ここはお前らの本拠地だろうが。そんな場所でノコノコとてめえについていくわけが……」

「オリヒメ様の元まで案内してやる……と言えば?」

「……なんだと?」

 

 息を飲んだのはスバルもだ。

 

「ついでだ。中を案内し、ムーの歴史についても簡単ではあるが説明してやろう。

 貴様はどうだ、ブライ?」

 

 ふと気づいて後ろを窺う。絶好の攻撃チャンスだったにもかかわらず、ブライは微動だにしていなかった。

 

「どうした? 私の実力が推し量れずに、戸惑っているのか?」

 

 余裕を見せるエンプティー。どうやら、ブライもロックマンと同じく、エンプティーを警戒していたらしい。

 エンプティーは先ほど、ブライの攻撃を片手で打ち払ってみせた。彼もラ・ムーの力で強化され、すさまじい力を手に入れたのだろう。落ち着いて彼を観察してみれば、周囲からは黄色いオーラが滲み出ている。苦戦は免れそうにないだろう。

 エンプティー、ラ・ムー。そしてブライの全てと戦っていては、体力が持たない。冷静になれたスバルとウォーロックは最適と考えられる選択をした。

 

「ケッ! こいつの言うことを聞くってのは癪だが。ここは様子見と行こうじゃねえか、スバル」

「そうだね」

 

 彼らとの戦いはできる限り避ける方が良い。戦うにしても、時を図るべきだろう。

 

「では参ろうか?」

 

 歩き出すエンプティー。ロックマンの側を通り過ぎて行くブライ。彼らから少し距離を置いて、ロックマンは後に続いた。


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