流星のロックマン Arrange The Original 2 作:悲傷
足元の感触が変わった。整備された平たいウェーブロードではなく、砂利混じりのゴツゴツとした石の感触だ。風も強い。上空千メートルと言ったところだろうか。とうとう天空の要塞、ムー大陸へと足を踏み入れたのだ。
「これが……ムー大陸……」
立ち並ぶのは石造りの家々。ナンスカ村を思い出す。違う点は剥き出しの地面ではなく、煉瓦のようなものを敷き詰めて整備されているという点だろう。長年の荒廃によってゴーストタウンのような光景になっているが。
「構えろスバル!」
中に踏み入ろうとした時、ウォーロックが叫んだ。スバルも気づいた、カミカクシだ。這いずるように出てきた人物はステッキを床につき、ヨロヨロと立ち上がる。
「ま、待て……ロック、マン……」
「ファントム・ブラック……?」
ひん曲がった顔はだいぶ元に戻っているが、ダメージは残っているらしい。顎を痛めたのか、声を出すのも辛そうだ。
「しつけえな、てめえは。見逃してやるからとっとと失せな」
「ええい黙れ! 私は、貴様に負ける訳には行かんのだ!!」
ステッキを振り上げて襲い掛かってくる。足にまでダメージが来ているはずなのに、やはり早い。だが避けられないレベルでもない。寸前で躱して見せると、勢いあまったファントム・ブラックは足をもつれさせるようにして、頭から地面に突っ込んだ。
「……ねえ、止めておいた方が良いよ。その怪我じゃ動けないでしょ?」
「止めるものか! この身を賭してでも、貴様は私が仕留める!!」
起き上がり、なおも執拗にステッキで殴りかかってくる。今度は小ぶりにだ。先ほどの転倒を学習したのか、単に踏み込む力も残っていないのか。気力だけで動いている様には鬼気としたものすら感じられる。
ステッキを振った瞬間を狙い、ロックマンは腕を掴んで引っ張った。柔道の投げ技の様に転がるファントム・ブラック。黒いマントは土埃で汚れていた。
「……何でそこまで……」
「必至になるかだと? なるに決まっているだろう! 貴様を倒せば、オリヒメ様は私とブラザーを結んでくれると、そうおっしゃったのだ!!」
そして足を痙攣させながらも立ち上がる。
「私はここで、貴様を倒ぶっ!!」
ファントム・ブラックが横に吹き飛んだ。突然の乱入者に殴り飛ばされたのだ。
「雑魚が喚きやがって。鬱陶しいんだよ」
乱入者してきた黒い電波体は、ゆっくりとロックマンのほうを見る。睨むようにだ。
「そして、そんな奴に情けをかける貴様もな」
体に冷たいものが走るのを感じながらロックマンも睨み返す。
「ブライ……。やっぱり……無事だったんだね」
「フン。自分ではなく他人の心配か? つくづく癪に障る存在だ、貴様は」
「お、なんだ? やるってのか?」
やすやすとウォーロックが挑発に乗ってしまう。ロックマンは臨戦態勢を取り、全身の神経を尖らせた。
「今すぐにでも殺してやりたいところだが……」
ブライが腕を素早く後ろに退く。裏拳が背後から襲い掛かってきていたファントム・ブラックの鼻面を砕き、近くで半壊していた民家へと弾丸のようにうち飛ばした。
「まずは寄生虫を掃除するか」
ファントム・ブラックが瓦礫から這い出してくる。今度は立つのもままならないようだ。
「き、寄生虫だと……」
「ああ寄生虫だ」
ブライがとんでもない行動に出た。ファントム・ブラックの頭を踏みつけたのだ。
「オリヒメに媚入り、おこぼれとしてムーの電波体とカミカクシを手に入れ、強くなった気になって大きな顔をする。
所詮貴様はオリヒメとムーの遺産が無ければ何もできない、寄生虫だ」
ファントム・ブラックのうめき声が大きくなる。ミシミシという耳に入れるのも痛い音が聞こえてくる。
「止めろ!」
思わず飛び出し、ブライを押しのけようとするロックマン。だが電波障壁が現れ、手を阻んだ。
「なぜ庇う? 貴様を殺そうとしている男だぞ」
「それでも……っ!」
「あぶねえ!」
ウォーロックが左手をひっぱり、ロックマンはバランスを崩した。肩をステッキがかすめる。狂喜とステッキを振り回すファントム・ブラック。距離を取るロックマンとブライ。
「てめえ……」
「フン、だから甘いんと言っている」
怒るウォーロックと、鼻で蔑むブライ。面喰っているスバルを前に、ファントム・ブラックは笑みをぐにゃぐにゃに歪めてみせる。
「ンフ、ンフフフフ……ああそうだ! 寄生虫だよ! 私は何の力持たなかった人間だ!! オリヒメ様に仕えれば、私はなんだって手に入れられる! どうとでも蔑め! 好きなように呼べ! 私は最強の寄生虫だ!! ンフッ! ンファーハハハ!!!」
懐に穴が空き、ファントムクローが伸びてくる。辛うじて躱すロックマン。跳び込むブライ。
「フン、無様だな」
ブライは身軽な動きでファントムクローの上に乗り、顔を蹴飛ばした。砕けるような音が鳴り、ファントム・ブラックは物のように転がってムー大陸の端で止まった。
「消えろ。ブライバースト!」
ブライの拳から地を這う衝撃波が放たれ、とどめを刺そうと迫っていく。それは突然現れた四人目の手によって掻き消された。霧散していく黒い電波粒子の中で、緑色の衣が風を受けてなびいている。
「……エンプティー!?」
オリヒメの右腕だ。彼の登場によって緊迫した空気が辺りを満たした。ロックマンもブライの後ろに立ちながら、エンプティーの様子を窺う。
だが、ファントム・ブラックにはそれを感じる余裕すらないらしい。
「おお、エンプティー……た、助けてくれ!!」
裏返った声を出してエンプティーの足にしがみ付く。その姿はもはや甘える子供のようだ。
「頼む……私に、もっと力を! 力をくれ! そうすれば、たちまちロックマンを……いや、ブライも共に葬って見せる! だから頼む。オリヒメ様に……」
「ファントム・ブラック……」
エンプティーが手を差し出した。ファントム・ブラックは目を輝かせてそれを取る。
「オリヒメ様から言伝を授かっている。ありがたく聞け」
「おお! オリヒメ様から? な、なんでしょうか?」
「うむ」
自分を助けてくれたエンプティーが差し出してくれた手。そして偉大なるお方であるオリヒメ様からの言葉。ファントム・ブラックにとっては神から慈悲を預かったに等しいらしい。涙を流して立ち上がるファントム・ブラック。
彼の両肩に、エンプティーはゆっくりと手を置いた。そしてありがたいお言葉を伝えてくれた。
「同胞ならばともかく、寄生虫はいらぬ……だそうだ」
「……………………え?」
ファントム・ブラックの全身に電気が走った。人形のように振動し、生き物ではない声が辺りに響く。白目をむく彼をエンプティーは石ころの様にムー大陸から突き落とした。
我を忘れて駆け寄り、下を窺うロックマン。ファントム・ブラックの姿はもう遥か遠く……海へと消えていった。
「そんな……何てひどいことをするんだ!」
「てめえら、仲間じゃなかったのか!?」
「言ったであろう? 同胞ならばともかく、寄生虫はいらぬ……とな。本人も認めていたであろう?」
そう言う問題ではない。仲間でなければ何をしてもいいと言うのか。あまりにもむごい行為を平然とやってのけたエンプティーに、ロックマンは無言の睨みを向ける。
「そう怖い顔をするな。今はお前達と戦うつもりはない」
「どういうつもりだ?」
「簡単なことだ。ついて来い」
エンプティーが歩き出す。ロックマンに背を向けてだ。
「ケッ! 馬鹿かてめえはよ。ここはお前らの本拠地だろうが。そんな場所でノコノコとてめえについていくわけが……」
「オリヒメ様の元まで案内してやる……と言えば?」
「……なんだと?」
息を飲んだのはスバルもだ。
「ついでだ。中を案内し、ムーの歴史についても簡単ではあるが説明してやろう。
貴様はどうだ、ブライ?」
ふと気づいて後ろを窺う。絶好の攻撃チャンスだったにもかかわらず、ブライは微動だにしていなかった。
「どうした? 私の実力が推し量れずに、戸惑っているのか?」
余裕を見せるエンプティー。どうやら、ブライもロックマンと同じく、エンプティーを警戒していたらしい。
エンプティーは先ほど、ブライの攻撃を片手で打ち払ってみせた。彼もラ・ムーの力で強化され、すさまじい力を手に入れたのだろう。落ち着いて彼を観察してみれば、周囲からは黄色いオーラが滲み出ている。苦戦は免れそうにないだろう。
エンプティー、ラ・ムー。そしてブライの全てと戦っていては、体力が持たない。冷静になれたスバルとウォーロックは最適と考えられる選択をした。
「ケッ! こいつの言うことを聞くってのは癪だが。ここは様子見と行こうじゃねえか、スバル」
「そうだね」
彼らとの戦いはできる限り避ける方が良い。戦うにしても、時を図るべきだろう。
「では参ろうか?」
歩き出すエンプティー。ロックマンの側を通り過ぎて行くブライ。彼らから少し距離を置いて、ロックマンは後に続いた。