流星のロックマン Arrange The Original 2   作:悲傷

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終章.勇気の絆
第50話.戻らなかった絆


 目に映るのは万を超える大観衆。20歳前後の若い男女もいれば、立派な中年となったおじさんおばさん、まだまだ幼い子供たち…………幅広い年代の人達が肩をくっつけるように集まって、会場の中央にあるステージを見つめている。

 そこに主役たちが現れた。大波のような歓声。声と声が重なり、鼓膜を打ち破りそうなほどの大音量となってステージに注がれる。

 10人に満たない主役たちは、音の重圧の中を散歩でもするかのように歩んでいく。綺麗に整列すると、中央にいる肩幅の広い男が前に進み出た。少々髪質が固そうな彼がリーダーらしい。

 彼が左手を振ると、煽られるように歓声も大きくなる。全ての人の視線と声、そして輝かんばかりの期待が彼一人に注がれる。その中で、男は子供の様に目を輝かせている。

 

「怖くないの?」

 

 男の真後ろに少年が立っていた。

 

「失敗するかもしれないよ?

 ……もう帰って来れないかもしれないよ?」

 

 手を振るのを止めると、男は振り返って少年と向き合う。顔がそっくりだ。

 

「怖いさ」

 

 さらりと答えた男の顔はやっぱり笑っていた。

 

「……全然そんな風に見えない」

 

 むしろ楽しそうだ。

 

「そう見えるのは、俺がするべきことを知っているからだろうな」

「するべきこと?」

「そうだ」

 

 男は頷くと、少年の両肩に手を置いた。大きくて、逞しくて……熱いくらいに暖かかった。

 

「失敗しても良いんだ。大切なのは、皆の期待に応えよう……っと、勇気を示すことだ。

 俺を見た誰かが勇気づけられて、また勇気を示す。その誰かの勇気を見て、また別の誰かが……。

 そうやって出来上がった勇気の絆はどんなものにだって負けやしない。俺はそれを広げていきたいんだ」

 

 太陽のように眩しい笑顔。この臭いセリフを彼は本心で語っているのだろう。

 

「誰も応えてくれないかもしれないよ?」

 

 対し、少年はどこまでも悲観的だった。

 男は首を横に振る。

 

「それでもするんだ。

 誰かが応えてくれる。そう信じて、誰よりも先に勇気を示す。そう言う人が……」

 

 男の言葉が聞き取れなくなった。声が鮮明でなくなり、目の前が段々と白くなる。尋ね返そうにも声が出ない。必至に目で訴える。

 少年の頭をなでると、男は最高の笑みを作って見せた。

 

 

 重い瞼をゆっくりと持ち上げた。視界がぼやけていて、白い壁以外に何も見えない。体はふんわりとした暖かいものに包まれている。背中には固いようで柔らかいような感触……ベッドで寝ころんでいるのだとようやく気付いた。

 

「……夢?」

 

 先程見たのは全部夢だったらしい。当然だろう、大吾は今も宇宙で行方不明なのだから。 

 それを理解した途端、頭の奥に鋭い痛みが走った。押さえようとして全身のだるさに気づく。腕が思うように動かせない。足も同じだ。お腹にも力が入らない。それでも無理やり立ち上がろうとしたのが失敗だった。足を地面につけるどころか、ベッドの端から転がり落ちてしまった。予想以上に高さがあり、床に額を強打した。

 

「いっ……た……」

「気が付いたか」

 

 ベッドの隣に置いてあったスターキャリアーから声が聞こえた。その隣に置いてあるビジライザーに手を伸ばしてかけると、ウォーロックがスターキャリアーから出てくるところだった。

 

「ロック……ここは?」

「アメロッパの病院だ。お前、丸一日眠ってたんだぜ?」

「そっか……」

 

 どうりで体が動かないはずだ。

 

「えっと……」

 

 頭の奥は今もずきずきと痛む。まだ疲れている証拠だ。

 

「僕は……何をしてたんだっけ?」

「……忘れちまったのか。バミューダラビリンスでのことを」

 

 ウォーロックの一言で、壊れた機械のようだったスバルの脳がフル回転した。

 

「そうだ! ソロと戦って! ……ミソラちゃん!! ミソラちゃんはどこ!? どうしたの!?」

 

 

 ウォーロックに掴みかかろうとして、するりと体がすり抜けた。勢いあまって顔から床に突っ込んでしまう。

 

「落ち着け。って言っても無理か」

 

 

 

 鼻先をさすりながらビジライザーをかけ直した。今のウォーロックは地球人には触れない周波数で居たらしい。

 

「どこにいるの!? ミソラちゃんは無事なの!!?」

 

 スバルは語気を荒げながら尋ねた。だがウォーロックは答えない。いや、渋っている。一度目を閉じると、鋭い目をさらに細めてみせた。

 心臓を何かで殴られた様な気がした。

 

「お前が寝ている間に、ハープに会って聞いてきた。落ち着いて聞けよ……」

 

 聞きたくない。

 無情な思いが過る。だが意思は逆に、次の言葉を逃さんと耳に集中していた。

 ウォーロックの口が怖いくらいにゆっくりと動いた。

 

「……危険な状態だってよ」

 

 全身が凍りついた。 

 次の瞬間には、スバルはまたウォーロックに掴みかかろうとして、すり抜けて床に倒れ込んだ。

 

「どこ!? どこにいるんだよ!!?」

「案内してやる」

 

 スターキャリアーを鷲掴みにすると、スリッパを履くことも忘れて蹴破るように病室を飛び出した。廊下を右に曲がる。看護師や患者が怯えて飛びのき、医師の怒鳴り声が響く。それにも構わず、ただただひたすらに走った。

 エレベータを使うことにまどろっこしさを感じ、非常階段を跳ぶように登っていく。目的の階に着いて、足をもつれさせそうになりながら角を曲がる。目の前に大きな病室があった。他とは明らかに毛色の違う広いドアと、その上にあるランプ。『集中治療室』の文字。

 

「ミソラちゃん!!」

 

 自動ドアを押しのけて病室に飛び込んだ。窓一つ無い薄暗い室内。煌々と照らす蛍光灯。塵一つない白い床。スバルがいた病室の四倍はあるであろうこの部屋には、高価そうな医療機器が所狭しと並べられている。

 その中央にベッドが一つ……。恐る恐ると機器の間を潜り抜けながら近づく。これら全てが一人の人間の為に稼働していると考えれば、指ひとつ触れることすら末恐ろしくなる。僅か数メートルの距離を亀のように進んで、ようやく中央にたどり着いた。

 

「ミソラ……ちゃん……」

 

 足を震わせながらベッドへと歩み寄る。呼吸器をつけたミソラが目を閉じて横たわっていた。眠っているのだろうか。その表情は苦しさに歪んでいた。

 

「あ……あ……」

 

 声にならない声が漏れてくる。震える手を伸ばしたとき、ミソラの目がうっすらと開いた。

 

「ス……バル……くん?」

 

 くぐもった声がかろうじて聞こえた。目には生気が無く、黒く濁っている。

 

「ミソラちゃん……ごめん……ごめん……」

「なに……謝っ、てる……の? 助け、に……来て……くれ……た、じゃん」

 

 一言一言が苦しそうだった。それがスバルの胸を締め付ける。

 

「でも、でも……ミソラちゃんが……」

「待ってスバルくん。先にミソラに言わせてあげて」

 

 近くに置いてあったスターキャリアーからハープが飛び出し、スバルの言葉を塞いだ。

 

「さあ、ミソラ……」

「うん……あのね……」

「……なに?」

 

 目に溜まった涙を拭くことも忘れて、スバルは耳を傾けた。

 

「ペン、ダント……無くし、ちゃった……」

「……ペンダント?」

 

 数秒考えて思い出した。あのハート形のペンダントだ。

 

「せっかく……貰っ……たのに……スバルくん、から……初め……て貰っ、た……ごめんな、さい……」

 

 ミソラの目から涙が線となって流れ落ちた。この状況で何を謝っているのだ。謝るべきなのはミソラを信じ切れなかった愚かな自分の方だ。とうとうスバルも一緒になって涙をこぼし始めた。

 

「良いよ……良いよペンダントなんて! また買ってあげるから! だから……また、また一緒に遊びに行こうよ!!」

 

 ミソラの目が細められる。

 

「ほん、と……? 許し、て……くれる、の」

「本当だよ!」

「うれ、しい……」

 

 ミソラの手が布団から這い出してきた。ゾッとするほど青白い。生気の無い手が掴んだのは、彼女のスターキャリアーだった。

 

「言えな、かった……ずっ、と……」

 

 スバルは察した。自分も同じだったからだ。スターキャリアーを取り出し、ブラザー登録の画面を呼び出す。

 

「僕もだよミソラちゃん。お願い、もう一度僕と……」

 

 言葉は最後まで続かなかった。ミソラの手からスターキャリアーが零れ落ちたから。ゆっくりと、スローモーションのようにスターキャリアーが落ちていく。床にぶつかり、乾いた音が部屋に響く。

 目が揺れ動く。瞼を一度開閉させ、涙の塊をこぼしながらミソラの顔を見る。焦点の定まっていない目。光を失った瞳。

 

 獣のような声でスバルは叫んだ。

 

 部屋に別の音が跳びこんできたのはその直後だった。医師と看護師、加えて人型マテリアルウェーブが自動ドアから駆け込んでくる。

 医師はスバルを突き飛ばすと、ミソラの蒲団をはぎとりながら看護師に指示を飛ばす。あっという間に、スバルは病室の外へと放り出されていた。

 

「ミソラちゃん!!」

 

 無我夢中で中を覗き見た。ミソラの服が脱がされ、何かの装置がつけられる。医師が合図した直後、ミソラの体がビクリと跳ねた。二度、三度……魚の様に跳ね上がる。四度目で機械を見つめていた看護師が声を張り上げた。次の行動に移りだす医師たち。手早く準備を整えると、ベッドを押しながら病室から飛び出し、スバルを置き去りにして廊下の向こうへと消えていった。

 

「あ……あ……」

「大丈夫よ、スバルくん」

 

 スバルのスターキャリアーからハープの声がした。

 

「蘇生が間に合ったわ」

「無事……なの?」

「……今から緊急手術らしいわ。私、ミソラの元に行くわね」

 

「ええ」とも「うん」とも返されなかった。ハープが去っていっても、スバルは何の反応も示さなかった。よろけるように立ち上がって、ミソラがいた病室の中に入る。用済みとなった医療機器たちに囲まれるように、スターキャリアーは転がっていた。それを手に取る。冷たくて、ひんやりとした感触。再び込み上げてきた感情に任せて、嗚咽を漏らし始めようとする。

 不意に顔が横に跳ね飛ばされた。首がねじ切れそうになり、頬がジンワリと熱くなってくる。

 

「おっと、ちょっと強すぎたか?」

 

 どうやらウォーロックに殴られたらしい。

 

「立てよスバル。ミソラの心配すんのも、後悔すんのも後だ。今の俺たちには、やらなきゃならねえ事があるんだからな」

 

 なんて厳しいのだろう。だが冷たいとは思わなかった。頬をさすって涙を飲み込むと、浅く呼吸を繰り返す。

 そのおかげなのか、段々とではあるが思考が冷静に働き始めた。

 落ちていったソロ。奪われたオーパーツ。記憶の最後に映る、持ち上がろうとしていた海。

 今事態はどうなっているのだろう? オリヒメ達はどう動こうとしているのだろう?

 知るべきことが……やるべきことがたくさんある。

 

「……ありがとう、ロック」

「おう」

「今、どうなってるの?」

「ああ、今は……」

 

 説明しようとして、ウォーロックはすぐに言葉を止めた。

 

「説明するよりも、見たほうが早いな。スバル、東の空を見てみろ」

「東?」

「こっちだ」

 

 ウォーロックに案内され、スバルは廊下に出た。ここは南側らしい。角を数回曲がって、東の空が見える廊下にまで来た。言われるがままに窓の外を見上げる。そして絶句した。

 

「……いつ……から?」

「あの時だ……バミューダラビリンスから落っこちた時……あれが海の底から復活したんだ」

 

 二人が見上げる空の向こうでは、巨大な物体が浮かんでいた。

 疑うまでもない。ムー大陸だった。




今話から終章です。
このペースで投稿していったら、今年中には終わるかな?

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