流星のロックマン Arrange The Original 2   作:悲傷

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二章.白い世界で
第5話.旅行に行こう


 そこは巨大な機械のような部屋だった。四方の壁をディスプレイ代わりにして映し出される何枚もの四角いパネル。次々と表示されては消えていく様々な国の文字と、グラフの大群。ここは世界中の情報を集めているスーパーコンピューターそのものだ。

 そんなハイテクノロジーな部屋の奥にあるのは、時代劇に出てくるような『上段の間』だった。周囲より一段高い床に、そこにいるものの姿を隠すために下げられた(すだれ)。人の上に立つ者のみが坐することを許される高貴な間である。

 その前でひざまづいているのは紫色のコートにステッキを持った紳士風の男である。

 なんともちぐはぐな組み合わせだろう。上段の間の側に控えている従者が、十二単を思わせる緑色の衣を羽織った覆面男なのだからなおさらだ。

 

「ハイドや、ロックマンに敗北したようじゃな?」

 

 簾の向こうから声が掛けられた。どうやら女性らしい。声は少々低いが男性のものではない。彼女は少々奇抜な髪型をしているようで、頭の上に楕円のようなリングが2つ作られているのが、簾に映る影から窺えた。見ようによってはハートマークにも見える。

 

「はっ! 申し訳ありません。オリヒメ様」

 

 ハイドはステッキと帽子を床に置いたまま、深々と頭を下げた。

 

「よい、あやつは妾の計画の最大の障害となるであろう者じゃ。そう簡単に排除できるとは思うておらぬ。むしろやつの実力を測れたのじゃ、手柄と思え」

「ありがたきお言葉!!」

 

 ハイドは畳に額をつけそうなほど頭を下げた。

 

「顔を上げよ。それよりもハイドや……お主、この世界には何が必要だと思う?」

 

 突然の問いかけにハイドは頭を上げて捻った。

 

「これはこれは、難しい問いかけですね。…………そうですね、人生や舞台を華麗に彩る華々しき才能を持った一流の者でしょうか?」

「当たらずといえども遠からずというところじゃな。妾の答えは、いずれ見せてやろう」

「ンフフフフ、楽しみにしております」

 

 ハイドはわざとらしいぐらいに丁寧に頭を下げる。女はそれを気にすることは無い。この男が根っからの脚本家であると同時に、役者であると知っているからだ。隣に控えている従者も同じようなことを考えているのか、微動だにしなかった。

 

「ハイドよ、妾についてくるのじゃ。この世界は……正さねばならぬ……」

「はい、どこまでもお供させていただきます。ンフフフフ」

 

 

 コダマタウンの空は快晴で、穏やかな時間が住宅街を満たしていた。昨日起きたTKタワージャック事件は皆覚えているだろうが、この絵にかいたような平穏を崩すには至らなかったらしい。

 夏休み二日目となるその日のお昼時、ルナ達は展望台の広場に集まっていた。ゴン太とキザマロの顔を見ながら、ルナは大切なイベントについて語りだそうとしていた。

 

「さてと、昨日話した通り、今日は夏休みの旅行計画について相談するわよ。で、さっそく始めたいんだけど……」

 

 ルナは軽くため息をついて後ろにある観測台を見上げた。階段一つ昇ったその場所には、心ここにあらずという目で空を見上げているスバルがいた。

 

「あ~、今日もいい天気だな~。澄み渡ってるよ。このまま星が見えないかな~」

 

 望遠鏡を覗いて、真っ青な空の一点を凝視している。他には何も見えていないと訴えるかのようなふるまいだ。

 

「……どうしたのよ、あいつ」

「これのせいだろ?」

 

 キザマロのポケットから声が聞こえた。飛び上がったキザマロがスターキャリアーを取り出すと、いつのまにかウォーロックが中に入っていた。

 

「ちょ、ちょっとウォーロック! 勝手に入ってこないで下さいよ」

「ケチくせえこと言うなよ。それより、あいつが拗ねてる理由はお前らだぜ。特に委員長な」

 

 ウォーロックがある画面をブラウズする。先日のTKタワーに関するニュースだ。【ヒーロー登場!! その名はロックマン!!】とでかでかと文字が映っている。

 そのニュースも一つだけでなく、ネット上のブログや掲示板でも話題沸騰だ。助けてもらった女の子の証言として、ロックマン|様≪・≫に関するエピソードを多数掲載したものまである。

 

「このニュースを見て以来、あいつはずっとあんな調子だ」

 

 ルナたちはもう一度観測台を見上げた。スバルは先ほどと寸分たがわない姿勢で空を見上げており、魂をどこかに飛ばそうとしているようだ。薄ら笑いがちょっと不気味だ。

 今の状況はスバルにとってはあまりにも酷だった。

 FM星からの侵略を防いで地球を救ったときも、スバルはそれを誰かに話すこともなければ、鼻にかけることもなかった。彼にとっては名誉なんて必要のないものだったからだ。

 だが、一番の理由は彼が恥ずかしがり屋だということかもしれない。その程度は劇で主役を強制されて半泣きになるほどだ。

 ロックマンとしての活躍を知るのは、せめて親しい者達だけに留めておきたい。そんな彼の願いむなしく、二ホン中にロックマンの存在が知られてしまった。それもたったの一日でだ。

 スバルが落ち込むのは当然のことだといえる。

 だが、ルナは特に詫びを入れる気も無いようだった。

 

「あら、いいじゃない! 私たちだけのヒーローが二ホンのヒーローになったのよ!! あなたはもっと胸を張るべきだわ!!」

「僕は目立ちたくなんてなかったよ……」

 

 魂が空を泳いでいても、ルナの言葉はちゃんと聞こえていたらしい。スバルはどんよりとしたオーラを纏っていじけ始めた。しゃがみこんでアスファルトでできた網目を指でなぞり始める。

 

「相変わらず意気地なしね。ロックマン様とは大違いだわ」

 

 酷い言いようである。

 

「だって、委員長が……」

「もう! 仕方ないわね。今回の旅行だけど、あなたの意見を優先して聞いてあげるわ。どういうところに行きたいの?」

 

 この提案にはスバルも立ち上がった。少々明るさを取り戻した顔で、広場に降りてくる。足取りはまだ重そうだった。

 

「えっと……人が少なくって、静かなところかな」

「あなた、ど田舎にでも泊まりに行くつもり? どうせなら、もうちょっと遊べるところにしましょうよ!?」

「……僕の意見は……?」

 

 さっそくスバルの意見は封殺された。

 

「人が少なくて遊べる場所があれば一番いいんだけどな……」

 

 ゴン太のぼやきに、キザマロが反応した。

 

「なら、客足が遠のいているリゾート施設なんてどうでしょうか?」

 

 これは良い提案だった。それならスバルの意見も通るし、ルナもご立腹にならないだろう。2人の表情が緩くなったのを見て、キザマロはせっせとブラウズ画面を操作し、どこかのホームページを映し出した。

 

「例えば、そうですね……ここなんてどうでしょう?」

「……ヤエバリゾート?」

「夏だからこそあえて雪山に行ってみませんか? スキーに温泉、グルメ街まであるみたいです」

 

 ゴン太がグウとお腹を鳴らした。キザマロの眼鏡がきらりと光る。

 

「いかがですかね?」

 

 

 数日後、スバル達はバス亭前に集合していた。またもやゴン太が遅刻しているが、スバルにとっては予想の範囲内だった。ゴン太が時間通りに来ることなんてまずないし、来たら来たらで不吉な予感を抱いてしまう。ルナが赤黒いオーラを出している様も、ある意味平和な証拠だった。

 イライラの攻撃対象にならないようにと、キザマロと一緒に少し離れた場所に避難している。

 

「ところでキザマロ。本当に僕たちのお金でリゾート施設に泊まれるの?」

 

 展望台の時とは違って、スバルは明るい調子を心がけていた。ロックマンのニュースはショックだったし、まだ立ち直れていない。だが、もうどうしようもないことだ。それよりも、この旅行を楽しいものにして終わらせたいというのが彼の考えだ。

 

「そこはご安心ください、ちゃんとリサーチ済みです。

 なんと、ヤエバリゾートでは、現在キズナ|力≪りょく≫による特別特化割引キャンペーンを実施しているんです。割引の額が凄いものでして、僕たちのキズナ力から計算すると、一番安い部屋になら泊まれます」

「そうなんだ? よく見つけたね、キザマロ」

「ふふふ、こういうのは任せてください」

 

 キザマロが小さい体でふんぞり返って見せる。胸を張っているつもりなのだろうが、体が小さすぎてスバルを見上げているようにしか見えないのが悲しいところだ。

 そこに声をかけるのがウォーロックだ。

 

「おい、ちょっと待ってくれ。今サラッと流したが、『キズナ力』ってなんだ? 前から聞きたかったんだ」

 

 

 ウォーロックが

スバルのスターキャリアーから出てきて尋ねた。

 

「お? ロックも興味ある?」

「興味あるっつうか……気になっただけだ」

 

 それを興味があるという。隣でキザマロが「マテリアライズ マロ辞典」とスターキャリアーに音声認識させた。すると、一冊の大きな辞書がキザマロの前で|マテリアライズ≪物質化≫した。これはキザマロが自分で作った辞書、マロ辞典だ。

 

「僕のマロ辞典によると、キズナ力とは文字通り、キズナの強さを数値化したものです。キズナというのは信頼の証であり、キズナ力が高いということは、『その人がどれだけ他人から信頼されているのか』を示したものなんです。

 少し前に導入されたもので、今はお金や情報以上に価値があるとまで言われています」

「ほう……つまり、今回みたいな割引が受けられるってことだな?」

「それ以外にも……」

 

 ルナが話に参加してきた。イライラを紛らわしたいらしい。

 

「キズナ力が高い人しか受けられないサービスもあるわ。ホテルやレンタル業のようなサービス業界では、キズナ力が低い人の利用を断っているくらいよ。キズナ力がものすごく高い人じゃないとスイートルームには泊まれないとかね。初めて会った人を信頼する基準になるのですから、当然よね」

「その点、僕たちは安心ですよね」

 

 キザマロはそう言いながらブラウズ画面を表示させた。ルナも開いて見せる。2人のブラザー画面にはスバル達と、自分の両親が映っている。彼らの画像一つ一つの下には数値が、画面の左上にはその合計が表示されている。これがキズナ力なのだろう。

 スバルも自分の画面に映る、母親とミソラの顔を見ながら呟いた。

 

「……恐いな……」

「何か言った?」

「え、いや何でもないよ」

「そう、なら良いわ」

 

 ルナは対して気にするそぶりも見せず、ブラウズ画面の右上に視線を移した。そこに表示されているのは現在時刻だ。

 

「ほんと……ゴン太は遅いわね……」

「ハハハ、そうですね」

 

 キザマロは触らぬ|鬼≪ルナ≫に祟り無しと数歩距離を置いた。

 そこから少し離れたところで、スバルは溜め息をついていた。

 

「委員長のことじゃないんだけどな……」

「じゃ、なんだ?」

「それは……」

 

 その先は続かなかった。遅れてきたゴン太に向けて、ルナの怒号が爆発したからである。


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