流星のロックマン Arrange The Original 2 作:悲傷
駆ける勢いに任せてロックマンはファイアスラッシュを振り下ろした。だがブライの電波障壁がそれを阻む。
「無駄だ。貴様の攻撃は俺には届かん」
反撃のブライソードがロックマンの肩を斬りつけた。このままブライの剣の範囲にいれば全身が切り刻まれる。そう悟ったロックマンは即座に距離を取りながら、バトルカードのガトリングを使った。
数十発の弾丸の群れが速射され、電波障壁を激しく鳴らす。だがそれだけだ。電波障壁は削れるどころか傷一つついてしない。眉ひとつ歪めずに突っ込んでくるブライを見て、ウォーロックが舌打ちをした。
「こりゃ正面突破は無理だな。スバル!」
「トライブオン!」
緑色の光を放ってロックマンの姿が消える。一瞬敵を見失ったブライの頭上にロックマン・グリーンシノビがいた。身をひるがえしながら手裏剣をブライの後頭部と背中に向けて放つ。
グリーンシノビのスピードを活かした背面からの攻撃。これでは電波障壁を召喚する暇も無いはず。
そんな期待も虚しく、手裏剣の数だけ電波障壁が展開した。
ロックマンの姑息な作戦が気に入らなかったのか、はたまた馬鹿らしく感じたのか、ブライは振り返りながら鼻で笑って見せる。
「無駄だ。電波障壁は俺の意思で展開しているわけではない」
ロックマンの着地際に合わせて一気に距離を詰めてきた。ロックマンもウッドソードで応戦する。
「この世のあらゆるものとの関係を、絆を断った……孤高を極めた俺にのみ使うことが出来る絶対防御の盾だ。
孤高の証に打ち勝った、全てとの関係を絶った俺の存在が、他のモノとの接触を許すわけがないだろう」
そんな盾をどうやって突破すれば良いと言うのだろう。このままでは埒が明かない。身軽さを活かして距離を取ろうとする。
ブライは即座に右拳に周波数を集中させると、無数の拳のオーラを放った。グリーンシノビのスピードでも逃れられぬようにと、広がる様にだ。
だがロックマンのスピードのほうが僅かに上だ。大きく跳躍してギリギリ範囲から逃れてみせる。それが罠だと気づいたのは直後のことだった。ブライの右拳にまだオーラが残っていた。それが放たれる。身動きできない空中にいるロックマンを狙いうちだ。
「シールド!」
ウォーロックがシールドを展開する。だが少し遅かった。数発だけ攻撃を受けてしまう。
「どうしよう、ロック!?」
「ケッ! 絶対防御だとか孤高を極めたとか知ったことかよ。ぶち破るぜスバル!」
「分かった! トライブオン、ダイナソー!」
赤い光を纏って、ロックマンはダイナソーに変身した。この姿は、いわば破壊力に特化した炎の重戦車だ。小細工はいらない。変身直後に左腕……ウォーロックに周波数を集中させ、最大の技を放った。
「ジェノサイドブレイザー!!」
鉄塊すら燃やし尽くしそうな火災旋風が放たれる。これを受ければブライでも怪我では済まない。電波障壁も持たないだろう。
だが電波障壁の力はロックマンの想像をはるかに超えていた。バリバリと振動はしているものの、壊れる気配はない。むしろ、ブライはそれを左手で押しながら駆けこんでくる。
「この程度でか? 笑わせるな! ブライブレイク!!」
黒いオーラを纏ったブライソードがロックマンを襲った。濃密な破壊のエネルギーが四肢を吹き飛ばそうとしてくる。
「く、そ……!」
「来るぞスバル!」
接近戦……ブライの間合いだ。息つく間もない追撃をシールドで防ぎながらウォーロックが怒鳴る。
「べ、ベルセルク!」
接近戦に最も強いベルセルクに変身し、大剣でブライソードを防ぐ。だが剣の腕前はブライのほうが遥か上だ。加えて大ぶりになりやすい大剣と、標準的な長剣のブライソード。
ブライの素早い連撃の前に、ロックマンは大剣を盾のように扱って流すことしかできない。
「結局、この程度だということだ」
剣を休めずにブライが言った。
「貴様が信じた絆というものの力はな」
剣先が踊った。フェイントも織り交ぜた達人の剣捌きを、目で追ってしまった。気づいたときには体の数カ所に剣の跡が走っていた。全身から力が抜けて、ガクリと膝をつく。
「所詮偽物なんだよ、絆なんてものはな。……それを信じた自分を悔やんで消えろ」
ブライが剣を振り下ろす。高い金属音と共にそれが阻まれた。ロックマンが大剣を頭上に掲げていた。
「偽物……なんかじゃ、ない!」
腕を……いや、全身を震わせながらロックマンが立ち上がる。
「委員長が、ゴン太が、キザマロがいてくれたから、僕は学校に行けた。ツカサくんだって……ッグ!」
横腹に鋭い蹴りが刺さった。人形のように転がりながら吹き飛ぶロックマン。
「耳障りなんだよ。貴様ら群れることしかできない弱者の、綺麗ごと並べた言葉はな」
全身の痛みに歯を食いしばりながら、ロックマンはその言葉を聞いていた。確かに綺麗ごとだ。絆の力で強くなったと自負している自分が、敵に傷一つ負わせられないままこうして倒れているのだ。ここで何を言っても負け犬の戯言にしかならない。
「く……そ……」
どうやって勝てばいいのだろう? どうしたら良い? そんな疑問がロックマンの中で渦巻く。
そんな彼を導いたのは、ウォーロックだった。
「スバル、目開けてみろ」
激痛のあまりに閉じていた目をうっすらと開いた。
目の前に、ハープ・ノートが倒れていた。赤く腫れあがった頬、破壊されたヘルメットに欠けたバイザー。そして閉じられた目。
一瞬世界が止まり、全身の血が涌き上がった気がした。体はまだ痛い。足だって動かすのがやっとだ。それでも、ロックマンはハープ・ノートを背にしてベルセルクを構えた。
「まだやるつもりか?」
ブライにしてみれば、今のロックマンはとんでもなく無様なものに見えているのだろう。勝てない相手に挑む……兎が獅子に挑む姿を見て笑わない者はいないだろう。いや、虫唾が走る。
この世で最も無様な男は大剣を振って雷の塊をぶつけてきた。こんなものに電波障壁が負けるわけがない。当然のごとく電波障壁が生まれ、雷を塞いだ。
パキンと音が鳴った。
「……なに?」
電波障壁の一部が欠けていた。目を疑いそこに手を伸ばす。だが、無意識に生成される電波障壁は、ブライが触れる前に消滅した。
見間違いか何かだろうか。おそらくそうだろう。電波障壁が破られるわけがないのだ。
「……まあいい。貴様にもう用はない。オーパーツを貰う」
ブライはあっという間にロックマンとの間合いを詰めて剣を振った。
電光石火の剣捌きに、ダメージを抱えたロックマンが対応できるわけがない。応戦はしているものの、体のいたる所に剣傷がつけられていく。
「ま……負けられない……」
体が痛いを通り越して熱い。腕や足が動いているのか分からなくなる。それでもロックマンは倒れない。
「負けるもんか……」
熱が体中に広がり、全身が燃えているような錯覚に陥ってくる。吐息までもが火のように熱い。
「僕は……負けられない!」
ブライが距離を取った。決してロックマンに圧されたのではない。刀身には黒いオーラ……ブライブレイクを放つ準備だ。
ベルセルクの剣先がふらつく。薄く開けた目で、ロックマンはちらりと後ろを窺った。ハープ・ノートの痛々しい姿が映った。
「守るんだ……!」
体の中で何かが燃え上がった。
「僕が……僕に大切なものを教えてくれたミソラちゃんを……僕が……」
跳躍するブライ。見上げるロックマン。
ブライと目が合った。
「僕が守るんだ!!」
ロックマンが光を放った。緑でも赤でも黄色でもない。白だ。
目を疑うブライ。トライブオンした状態で、新たな変身をしようというのだろうか。あり得ないと思いながらも、ロックマンの周波数は明らかに急上昇している。
ブライの中で初めて警報が鳴った。ブライソードを握り直し、ウェーブロードごと消し飛ばす勢いで振り下ろした。
立ち上る周波数の中から大剣が伸びる。それはブライブレイクをなんなく受け止め、集束していたエネルギーをも受け流した。
「なん……だと!?」
薙ぎ払われる大剣。空中へと弾き飛ばされるブライ。
この一合で十分だった。目の前にいるロックマンの戦闘能力の高さに、危機を覚えるのには。
白い光が弾ける。中から現れたのは今までにないロックマンの姿だった。
「トリプルトライブ……トライブキング……!!」
右手にはベルセルクの大剣。左手にはダイナソーの力を纏ったウォーロック。背中にはシノビの手裏剣。そして頭には王冠のような装飾。
三つのオーパーツを身に着けたロックマンがそこにいた。
「……馬鹿な! 三つのオーパーツの力を……同時に纏うだと? オーパーツが……こいつの思いに応えた? いや、ありえな……」
「あるよ」
ロックマンが遮った。
「オーパーツたちが、僕たちの気持ちに……大切な人を守りたいって気持ちに応えてくれたんだ。
見せてあげるよ。オーバースラッシャー!!」
ベルセルクを振ると三本の斬撃が飛んだ。緑、黄、赤と三属性の衝撃波だ。
電波障壁がブライの前に展開され、受け止める。今度ははっきりと見えた。電波障壁が欠けるのを。
「な、何が起きている!?」
さっきまでこちらが圧倒的優位だったはずだ。なのに、今のブライには敗北の二文字が脳裏にちらついてしまう。
「ヘッ、お前も変だって思うか?」
尋ねてきたのはウォーロックだった。
「こういうやつなんだよ。自分のことはそっちのけで、誰かの為にって必死になっちまう。ほんと変なやつだよお前は」
「ウォーロックに言われたくないよ」
スバルがウォーロックに笑って見せた。
それがブライの怒りを煽った。
「認めん……俺は認めない!!」
ブライが剣にオーラを纏って振り下ろした。黒いエネルギーの塊が放たれる。
「オーバースラッシャー!」
三本のエネルギー波がそれを難なく打ち砕いた。
「スバル、一気に決めてやれ!」
「分かった!」
頬に汗を垂らしながら、ロックマンは剣を前に突きだした。
トライブキングの力は強大だ。しかし、ただでさえ強力なオーパーツの力を三つも使っているせいで、負荷と消耗が凄まじい。今、自分が立っていることが不思議なくらいだ。おそらく、次の一撃が最後だろう。
剣先を中心にしてベルセルク、ダイナソー、シノビが三角形に配置される。それぞれの間を剣先で結び、正三角形を描いた。オーパーツの力が相乗され、生成された高密度のエネルギーにロックマンは息を飲んだ。
そして、その向こうでは……電波障壁を召喚したブライがいた。ロックマンの最大技を受けきるつもりなのだろう。
ロックマンは目を閉じた。深呼吸を一つ。そして剣にありったけの力と思いを込めて薙ぎ払った。
「カイザーデルタブレイカー!!」
三角形が渦を巻いて放たれた。目を奪われるような虹色の螺旋がブライの電波障壁に突き刺さる。
「ぐっ、アアアッ!!」
電波障壁がバリバリと悲鳴を上げてレンズのように歪んだ。ブライは両手をつけて、周波数を送り込みながら必死に押し返す。
「認めない……俺は、貴様らなど……」
その時だった。頭上から何かが砕けるような音が聞こえた。見上げると、一片の破片が落ちてくる。思わず目で追ってしまう。電波障壁の一部だった。
それを皮切りにするように、電波障壁のあちこちが音を立てて砕け始めた。
「ば……馬鹿な……お、俺は……っ!!」
そこから先は言えなかった。電波障壁が粉々に砕け散ったからだ。美しい虹色の渦がブライを飲み込んだ。
電波障壁の破片が飛び散り、雪のように舞い散る。それを見上げながらロックマンは膝をついた。トライブキングが解除される。
「悪い……限界だ」
「ハァハァ……ありがとう、ロック」
スバルは全身で息をしながら目の前で倒れているブライに目をやった。
「馬鹿な……こんな……ことが……?」
彼は動くどころか、立ち上がる力すらないようだった。肉体的なダメージも相当なものだろうが、精神的なダメージの方が強いのかもしれない。
そんな彼にロックマンは弱々しくも、はっきりとした口調で伝えた。
「確かに、僕は弱いよ。君なんかよりもずっと……けど、これが……これが僕の力だ」
ブライは歯ぎしりをしてロックマンを睨み付けた。その目が細められていく。
「認めない……誰が……認めるものか……お、俺は……ぜ……た……」
ブライの瞼が閉じられた。気を失ったのだ。
完全なロックマンの勝利だった。その余韻に浸る間もなく、ロックマンはゆっくりと起き上がり、死に体のような体を引きずって歩き出した。
向かう先は……倒れているハープ・ノートだ。
「ミ……ミソラちゃん……勝ったよ」
彼女がいてくれたから勝てたのだ。彼女から教えてもらった力が、ブライを打ち破ったのだ。
目に涙を浮かべながら、ロックマンは笑みをこぼした。
「僕たちの勝ち……だ」
「それは違いますね」
目の前に黒い影が飛び降りてきた。反射的に身を引く前に、胸を抉られる感触が走った。
「て、てめえ! ハイド!!」
ウォーロックが叫んだ。意識が白くなっていくスバルは、目の前にファントム・ブラックの勝ち誇った顔があることにかろうじて気づけた。
「ンフフフ!! 素晴らしい! 私の脚本通りだ!!」
「て、てめえ、まさか最初から……」
「ああそうだとも! 全部見ていたのだよ。そして待っていた!! ロックマン、貴様がエンプティーやブライと戦い、弱って動けなくなる、この時を! そして……私がオーパーツを奪うこの時を!!!」
体から大きな何かが抜き取られる感覚がして、前のめりに倒れた。頭上から微かに感じる。黄、緑、赤の光を。
「ンフ、ンフフ……ンファーッハッハ!!」
朦朧とするロックマンでも理解できた。ファントム・ブラックの手の中にあるのは……三つのオーパーツだ。
「やった! ついにやったぞ!! 私が……エンプティーでもソロでもない!! この私がオーパーツを奪還したのだ!! これで、これでオリヒメ様に認めてもらえる!! ンフ、ンファーハハハ!!」
ファントム・ブラックがオーパーツを頭上に掲げる。とたんにオーパーツが今まで以上の光を放った。何かに反応するように。
「オッ? オオッ!? こ、これは!!?」
ロックマンもそれを見た。この広場の中央に描かれていた封印の紋章が光り、電波粒子となって溶けていくのを。
「そうか! ついに……ついに復活するのだな!? ムー大陸が!!」
ファントム・ブラックは紋章の中央に立ち、オーパーツを掲げる。とたんに、ウェーブロードが揺れた。雷雲が轟き、千切られていく。
「スバル! 立ちやがれスバル!!」
圧倒的な何かが迫ってくる予兆。逃げなくてはとロックマンはよろけながら立ち上がろうとする。そのとき、ウェーブロードがガラガラと瓦解を始めた。見る見るうちに削られていき、ブライが倒れている場所に亀裂が走った。
「あっ!」
叫ぶと同時に崩落が起きた。ブライが海へと落ちていく。
歯を食いしばりながらも、ロックマンはハープ・ノートの姿を探す。居た。まだ彼女の周りは壊れていない。
その直後、ウェーブロードが崩壊の速度を増した。あっと言う間に、ハープ・ノートの体が宙へと放り出される。彼女の首もとでハート形のペンダントが揺れた。
駆け出した。無我夢中で大空へと飛び出し、ハープ・ノートを抱きしめた。
「ミソラちゃん……」
空の上からはウェーブロードの破片。彼女を身に引きつけるようにして、上空を窺う。オーパーツの光とファントム・ブラックの笑い声が小さくなっていく。
下に違和感を覚えて視線を移した。そして目を見開く。海面が持ち上がっていた。とてつもなく巨大な何かが海の底から浮き上がってきているのだ。
「ミソラちゃん……君は絶対に……」
絶望的な轟音の中でロックマンはハープ・ノートの体を強く抱きしめた。
「僕が……」
スバルの意識はそこまでだった。
2人の姿が海へと消えた。