流星のロックマン Arrange The Original 2 作:悲傷
転がるようにボードから降りて、ロックマンはハープ・ノートに駆け寄った。
「ミソラちゃん! ミソラちゃん!!」
傷だらけになった体を抱き上げる。体を大きく動かしたのに、ミソラは呻き声一つ上げやしない。
「ミソラちゃん!! 返事をしてよミソラちゃん!!」
揺さぶる。声を張り上げる。そうすれば瞼を開けてくれる。あの声で自分の名を呼んでくれる。
だがそれは叶わなかった。ミソラは人形のように眉ひとつ動かさない。
「そ、そんな……」
手が震えてくる。
ついさっきだ。ついさっきまで自分に笑顔を向けてくれたはずだ。それが……。
ぎこちない動きで頭を振る。情けないほどに声が震えていた。
「その顔……その表情……」
ブライがこちらを見ていた。氷のように冷たい目で。
「……そんなに苦しいか? ……そんなに悲しいか?
なぜ貴様が悲しむ? 他人が傷ついただけだろう」
ロックマンの目を見開いた。先程とは別の理由で手が震えてくる。彼の中で爆発が起きた。ブライの言葉はスバルにとっては初めて聞いたものであって、なおかつこの世で一番許せないものだった。
「何言ってるんだよ……? 当り前じゃないか!!
友達が傷ついたら悲しいに決まってる!!」
右手が力む。ミソラの体に指をくいこましてしまう。
「他人が傷ついただけ? 何言ってるんだ!!
僕には、どんなことがあっても守りたい大切な人がいる!! ミソラちゃんはその一人だ!!」
「……つまり、貴様はこう言いたいのか? 自分が傷つくよりも辛いと……?」
「そうだよ!!」
張り裂けそうになる胸を抑えながらスバルは叫んだ。もしかしたら、自分は泣きたかったのかもしれない。
そんなスバルに対して、ブライは目を閉じた。
「やはり、お前は俺が一番気に食わないタイプの人間だな」
氷水でもかけられたかのように、ロックマンの時間が止まった。数秒後に口が震えだした。
「……なん……だって?」
「お前はいつだって……そう、街中で最初に見かけた時からそうだったな。いつも誰かと一緒にいて、誰かのためにと自分の身を粉にする。そして絆が大切と綺麗ごとを言う……」
ブライの目が開く。そこには先ほどと違って、怒りの炎が宿っていた。
「お前の言葉……存在事態が俺のカンに触る。お前の存在が、俺には許せない……。
憎いなんて感情じゃあ生温いほどにな……」
理解することが出来なかった。なぜそのような理由で自分が憎まれなければならない。
思えば、このソロという人物はいつもこのような感じだった。応援してくれたルナ達を穴に吸い込み、八木やツカサと一緒にいる所を見て心底バカにする態度を取っていた。
「どうして……どうしてそこまで……僕を……絆を否定するんだよ?」
ブライの手が少しだけ緩んだ。だが殺意のこもった視線はそのままで、無言でロックマンを睨み付ける。ロックマンも口を結んで目をそらさなかった。2人の視線がぶつかり合う。
互いに何も話さない。豪風だけが2人の間で鳴り響く。一筋の雷が光り、2人を眩しく照らしつけた。
「俺が一人だからだ」
「……え?」
続いて雷鳴が轟く。
「どういう……」
ブライはロックマンに背を向けると少しだけ距離を置いた。そして右手を胸に当てると雲しかない空を見上げた。
「俺が、ムー大陸で生きていた人間の血を引く、最後の一人だからだ」
◇
ソロは特異な人間だった。幼いころから、空にオレンジ色の道がかかっているのが見えた。周りの子供たちや大人に尋ねても、そんなものは見えないと言われるのが不思議だった。
これがウェーブロードというものであり、ソロにしか見えていないということを知るのにだいぶ時間がかかった。気づいたときにはすでに遅かった。周りと違う人間が集団の中で除け者にされるのは残酷すぎるほど自然なことだったからだ。
加えてもう一つ、ソロには特別な力があった。彼の感情が高ぶると、腕や足の形が変わってしまうのだ。電波変換能力である。これが致命的だった。発展途上の力を制御できるわけもなく、人前でその力を見せてしまった。周囲からの評価はさらに悪化し、化け物扱いである。
子供たちの反応は底が無いほど素直で、惜しみの無い罵詈雑言を浴びせてきた。それは段々とエスカレートして、物隠しに破壊、石つぶて、最後は集団での暴行へと発展した。笑ってソロをいじめる子供たち。だがその中には大人たちの姿もあった。
ソロの中に黒い感情が芽生えるのに時間はかからなかった。
その日、よくソロをいじめてくるメンバーの一人を見かけた。一番体が大きくて、いつも皆と一緒にいるリーダー格の少年だ。抑えて怒りが漏れ出し、爆発した。我を忘れて獣の様に拳を振るった。初めてソロが暴力を振るった時だった。結果、少年は泣きわめき、ソロに許しをこうた。あまりにもみっともないその姿を前に、呆気にとられたのを今でも覚えている。
それからソロは一人ひとり狙っていった。よくいじめてくる連中。遠巻き見ながらも笑っているだけの連中。年上も年下も、男も女も関係なく、片っ端からだ。そいつらが終わった後は、大人も狙った。皆、ソロの子供とは思えない腕っぷしに恐れをなし、涙を流しながら頭を下げた。
復讐は全て終わった。だがソロへの軽蔑の目は変わらない。彼らは集まっては怯え、ソロを避け続けた。
◇
「俺は理解した。群れるというのは弱いからすることだ。一人では何もできないくせに、数を多くすると偉そうになる」
ブライの話をロックマンは黙って聞いていた。
「俺は誰も必要としない。それは俺が強いからだ」
ブライは右手を胸から離すと、ロックマンに振り返った。
「お前らが大切にする絆とやらは、俺が最も憎むべきものだ。絆を否定することが俺の……孤高こそが最も強いのだという証明になる」
ロックマンは何も言わなかった。抱き上げているハープ・ノートに視線を落とすと、目を閉じた。
「僕には、父さんがいないんだ」
何の前触れなくスバルは語りだした。
「……? 何の話をしている?」
ブライの疑問は当然だ。自分の過去の話から、なぜスバルの父親の話になるというのだ。
「父さんが居なくなってから僕は思ったんだ。こんな悲しみを味わうぐらいなら、大切な人なんていらない。絆なんていらない。誰とも関わらないって……そう、今の君みたいに」
「…………」
「でも、そんな僕にも大切に思える人ができた。絆ができた。
それがミソラちゃんだった」
ハープ・ノートをゆっくりと寝かした。今も彼女は目を覚ましていない。痛々しく歪んだ顔を見つめると、そっと頬を撫でた。
「ミソラちゃんが僕に教えてくれたんだ。絆の大切さを……誰かを大切に思える心を……」
そして立ち上がる。
「君は確かに強い。けど、そんなことで手に入れた力なんて……自分以外の全てを否定した力なんて、絶対に間違ってる!!」
「…………」
「だから僕は証明してみせる。僕たちの力が正しいんだって、ここで君に勝ってみせる!!」
スバルの目は強い決意で固められていた。
ブライも拳を握ると一歩前に進み出た。
「……良いだろう。なら俺はお前に勝利して全てを否定して見せるだけだ」
ロックマンはもう一度ハープ・ノートに目をやると、同じく前に進み出た。
2人の距離が縮まっていく。どちらからともなく速度を上げ、駆け出した。ロックマンの手がエレキスラッシュに変わる。ブライの手に長剣が召喚される。
「行くよ、ブライ!!」
「来い! 勝つのは俺だ!!」
2人の剣がぶつかり合った。