流星のロックマン Arrange The Original 2   作:悲傷

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第45話.優しい嘘

 家に帰ると心配そうな顔をしたあかねが出迎えてくれた。明朝にも関わらず普段着姿だった。連絡も無しに朝帰りしたことを叱らなかったのは、スバルの姿を見たからだろう。

 言われるがままにお風呂に入る。用意してくれた簡単な朝食は喉を通らなかった。新しい服に着替えてベッドに倒れ込む。眠くはないが、今は何もしたくなかった。

 ウォーロックは部屋の真ん中あたりで、仏頂面をしながら爪を振っている。優しい言葉が苦手な彼は、スバルに干渉しないことにしたらしい。そっとしておいてくれているのだろう。

 内心彼に感謝しながら、そっと手を開く。ハート形のペンダントが朝日を浴びて光沢を纏っている。地面に落ちたからか少しだけ傷が入っている。もう元には戻らないだろう。

 ミソラに言われた言葉が脳裏を過った。目頭が熱くなり、枕に顔を押し付ける。柔らかい感触に包まれて、溶けるように眠りの世界へと落ちていった。

 

 

 体が宙を舞ったのはそれからしばらく後のことだった。強引に服を引っ張られ、ベッドから引きずり下ろされたのだ。床を転がって、スバルの意識は完全に覚醒した。

 

「……な、なに?」

 

 ついさっきまで深い眠りについていたのだ。何をされたのかを、彼自身はいまいち分かっていない。そんな彼を覗き込む人影が三つ……ルナ達だった。

 

「い、委員長!? ゴン太にキザマロも……」

「よう~~~~やく、お目覚めみたいね」

 

 ルナがわざとらしいぐらいにため息をついて見せた。

 

「呼びかけても揺すっても起きなかったので、ゴン太くんに力づくで対応してもらいました」

「これでも手加減したんだぜ?」

 

 ゴン太が自慢の太い腕を回して見せた。その隣にウォーロックが並ぶ。

 

「スバル、こいつらはお前に聞きたいことが山ほどあるらしいぜ。どうする? 俺が説明したほうがいいか?」

「待ちなさいウォーロック。私はスバルくんの口から聞きたいの。昨日から何の情報もよこさずに居るかと思ったら、今日はお昼まで寝ているなんて……信じられないわ!! 私たちがどれだけミソラちゃんのことを心配していると思ってるのよ!!」

 

 スバルの胸が重くなった。ズキズキとして痛い。ミソラの事をスバルの口から語るのはあまりにも残酷なことと言えるだろう。だが結局は重い口を開いた。自分から話すのが一番良いと思ったのだ。いや、ただ単に誰かに聞いて欲しかっただけなのかもしれない。

 

 

 話が終わった頃には重苦しい空気が部屋に満ちていた。あまりにのショックからか誰も口を開こうとはしなかった。

 

「……嘘だろ、ミソラちゃんが……」

 

 長い時間を経てゴン太がそれだけ口にした。

 

「……信じられません」

 

 キザマロも首を横に振る。ミソラファンの二人にとっては何があっても信じたくないことだろう。

 

「本当だよ……現にミソラちゃんは……」

 

 スバルはスターキャリアーを取り出し、ブラウズして見せる。ミソラが映っていないブラザー画面をだ。

 

「ミソラちゃんは、僕たちの元を去ったんだ。僕とのブラザーバンドもただのお付き合いだったみたい。ミソラちゃんにとっては僕との絆なんて、どうでもいいものだったみたいで……」

 

 パチンと音が鳴った。スバルの手からスターキャリアーが転がり落ちた。驚いて目を見開くスバル。いや、彼だけじゃない。ゴン太とキザマロも縮こまって一歩後ろに退いている。ウォーロックですら目を丸くしていた。

 4人の視線の中央で、スバルの頬を弾いたルナは肩を震わせていた。そして、怒鳴った。今までにない、大きな声で。

 

「あなた馬鹿じゃないの!!」

 

 まるで押しつぶすかのような圧力だった。思わず首をすくめるスバル。

 

「ば、馬鹿って……そんな言い方……」

「馬鹿も馬鹿。大馬鹿よ!! どうして……どうして普段のあなたはそうなのよ! どうして普段のミソラちゃんを見ていて、気づいてあげられないのよ! あの子が……あなたとの絆を大切に思っていないわけがないじゃない!!」

 

「え……」とスバルは言葉を詰まらせた。構わずルナは怒鳴り続ける。

 

「あの子は誰よりもあなたとの絆を大切にしてるわ!! 私は知ってるわよ! ミソラちゃんはあなたにしか本当の笑顔を見せないってことを……私たちに向けてくるものとは全然違うんですもの!!」

「じゃ、じゃあ何で……」

「何かやむを得ない理由があったに決まってるじゃない!!」

 

 そこで初めてルナが顔を上げた。その目には涙が滲んでいた。

 

「い、委員長……なんで泣いて……」

「これが泣かずにいられるわけがないでしょ!! ミソラちゃんのことを思ったら……」

 

 ルナの言葉が途切れ始めた。怒鳴り声に変わって嗚咽が混じり始める。

 

「一番大切に……大切に思っている人との、絆を……自分から! 断ち切る、なんて……あの子にとっては、自分で自分の体を引き裂くような……それぐらい痛い思いだったに、決まってるわ! それを目の前で見ていて、なんであなたは気づいてあげられなかったのよ!!」

 

 涙が雫になって頬を滑り落ち始めた。

 

「ミソラちゃん……が? 本当に?」

「本当に決まってるじゃない! 今までのミソラちゃんを思い出してみなさいよ! まだ信じられないって言うの?」

 

 スバルは何も答えなかった。ルナの視線が痛くて俯いてしまう。ふと胸元にある流星型のペンダントが目に入った。それを持ち上げる。

 蘇るのはミソラとブラザーバンドを結んだ時のこと。まるでスバルを祝福するかのようにこれは光った。

 ポーチの中に手を伸ばし、ハート形のペンダントを取り出した。

 目を閉じる。ツカサに裏切られて、ブラザーバンドを一方的に切ったときもミソラは最後まで信じてくれた。そしてもう一度ブラザーになってくれた。あの時のミソラの言葉を鮮明に思い出した。

 

『ホントのブラザーっていうのは、ココロとココロで繋がってるの。トランサー上でブラザーを切ったって、本物の絆は切れやしないんだから!』

『私はいつだってスバルくんのブラザーだよ!!』

 

 忘れていた。だが思い出した。

 

 

 

 一番大切なことを……

 

 

 

 握り締める。流星型のペンダントを。そして、ハート形のペンダントをポーチにしまう。

 

「ごめん、委員長。僕忘れていた……間違っていた」

 

 顔を上げる。そこには凛とした顔のスバルがあった。

 

「おまけに意気地なしだったよ。ミソラちゃんに拒絶されたのが怖くて、ただ怯えてただけだった」

 

 床に転がっているスターキャリアーを拾い上げる。

 

「僕……行くよ! ミソラちゃんを取り戻してくる!!」

 

 ルナは何も言わなかった。だが涙を光らせながら笑って見せる。

 

「ロック!!」

「けっ、あの女の嘘に気づけなかったとはな……。俺も連帯責任だ。いっちょ助けに行ってやるか!!」

 

 ウォーロックは軽く爪を振るとスターキャリアーの中に入った。準備は万端だ。笑みを向けてくれる三人に頷くと、スバルはスターキャリアーを頭上に掲げ、いつもの合言葉を唱えた。

 

「電波変換!! 星河スバル オン・エア!!」

 

 青い光がコダマタウンから飛び立つ。流星となって空を駆けていく。大気を切り裂きながら、ロックマンは拳を握りしめた。

 

「待ってて……ミソラちゃん!!」

 

 

「どういうことなの!? 約束が違うじゃない!!」

 

 場所はバミューダラビリンス。ウェーブロードの上でハープ・ノートは掴みかからんほどの勢いで怒鳴っていた。相手はエンプティーだ。

 

「『貴様が我々に手を貸している限り、ロックマンには手を出さぬ』

確かにそう約束した。だが貴様はいつまで経っても自分の役目を果たそうとせぬではないか」

「だから言ってるでしょ。このバミューダラビリンスの突破は簡単じゃないの!!」

 

 ハープ・ノートは両手を広げて見せる。水平線の向こうまで伸びる紫色の雲とウェーブロードの迷路が広がっていた。

 

「その通り、前に進んでいるかと思えば入り口に戻り、来た道を振り返れば別の道が広がっている。ここはまさに迷宮だ。突破が容易ではないからこそ、感知能力の高い貴様に任せているのだ」

「なら私の機嫌を損ねない方が良いんじゃないのかしら?」

 

 普段の大人しい彼女とは思えない高圧的な態度だった。おそらくルナの真似をしているのだろう。だがエンプティーの方が何枚も上手だった。

 

「やりたくないのならば好きにするが良い。だがこちらも好きにやらせてもらう」

 

 ハープ・ノートの表情が崩れた。苦い物でも噛んだかのような顔だ。それを了承とみなしたのか、エンプティーはカミカクシで姿を消した。後にはハープ・ノートだけがポツンと残された。

 

「ミソラ、これでいいの?」

 

 ハープはおずおずと背中からミソラに尋ねた。これはミソラが選んだ道だ。彼女の家族として生きると決めたハープは、どこまでも彼女の道に付いていく覚悟がある。だがこの現状を良しとは思えなかった。

 

「良いの……。スバルくんが無事なら私はそれで良い。それに、スバルくんなら大丈夫だよ。側には委員長がいるんだもん」

「ミソラ……あなたそこまで……」

 

 ハープ・ノートが空を見上げる。星空は見えず、分厚い雲がすぐそこに広がっているだけ。スターキャリアーを取り出して画面をブラウズする。ブラザー一覧を見る。映っていない。そこに愛しい人の姿は無い。画面に水滴が落ちた。

 

「ゴメン、ハープ……今は……今だけはこうさせて……」

 

 広い世界の真ん中で少女のすすり声が上がった。雷鳴がそれを掻き消す。聞いていたのはハープだけだった。

 

「ミソラ、あなたは本当に優しい女の子ね」

 

 そしてミソラにも聞こえないほど小さい声で呟いた。

 

 

 でもね、それじゃあ、あなたが報われなさ過ぎるわ


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