流星のロックマン Arrange The Original 2 作:悲傷
最初に感じたのはひんやりとした感触だった。少しざらざらとしていて、ものすごく硬い。瞼の重さに呻き声を上げて、どうにかして体を起き上がらせた。
「ここは……」
辺りを見渡す。空は藍色で、少しだけオレンジ色がかかっている。地平線の向こうを見て自分が展望台にいるのだと理解した。おかしい。
「僕は……ロッポンドーヒルズで……」
途中からの記憶が曖昧だ。ただブライたちと戦い、敗れたことは体が覚えていた。
「どうして……ここに……」
辺りを見渡す。視界の隅にある人物を見つけた。手すりにもたれ掛かり、夜明けを迎えようとしているコダマタウンを眺めている。
「ミソラちゃん!!」
曖昧な記憶なんてどうでも良くなった。駆け寄るスバルと違って、ミソラの方は見向きもしなかった。
「そっか、ミソラちゃんが助けてくれたんだね? ありがとう」
素っ気ない態度だが、あまり気にしなかった。ミソラが助けてくれた。今目の前にいる。それだけで十分だった。
「考え直してくれたんだよね? さあ、一緒に帰ろう! 皆待ってるよ!!」
ミソラの手を掴もうとする。パシンと重い音が鳴った。ミソラがスバルの手を弾いたのだ。
「触らないでよ」
「………………え?」
スバルの目から色が消えた。助けてくれたはずのミソラは、背中を向けてスバルから数歩離れていく。立ち止まる。そこは2人が最初に出会った場所だった。
「な、なんで……? 僕を助けて……」
「あのねスバルくん。あの時、一つ言い忘れていたことがあるの」
そこで初めてミソラが顔を見せた。フードの影に隠れていたその表情は、スバルが見たこともないほどの敵意に満ちていた。
「私、オリヒメ達の仲間になったの」
スバルの時間が止まった。頭が動かない。長い時間を経た時、忘れられていた呼吸が再開される。そしてようやくスバルは声を絞り出した。
「……い、今……なんて?」
情けないほどに声が震えていた。聞き間違いであってほしい。懇願の眼差しをミソラに向ける。だが彼女の表情は一切変わらなかった。
「何度も言わせないでよ。私はオリヒメ達の仲間になったの。君との友達ごっこもおしまい」
ごっこ……今確かにミソラはそう言った。ここでミソラと出会ってから今までの記憶が駆け巡る。首を横に振ろうするものの、氷のように固まって動いてくれない。
「おい、ハープ……どういうことだ」
ウォーロックが隣に出てきた。彼もとうに気が付いていたらしく、成り行きを見守ってくれていたのだろう。我慢できなくなったのか、スバルが壊れかけているのを見かねたのか、荒い口調でハープに問いかけた。
ミソラの隣にハープが出てくる。
「ポロロン、女には女の事情があるのよ」
口元に手を当ててハープは含み笑いをして見せる。
「何を考えやがるのか知らねえが、お前らは敵……それでいいんだな」
「ええ、それでいいわよ。ねぇ、ミソラ?」
「うん」
もうスバルは気が気でなかった。
「ち、ちょ……ま、待ってよ……」
言いたいことがたくさんある。ぶつけたい感情が溢れかえってくる。だがそれを言葉にできない。
「僕……僕は……ミソラちゃんのこと……た……」
「ああ、そうだ。これもいらないから、返すよ」
ミソラがうなじに手を伸ばした。胸元から出てきたのはハート形のペンダント。それを無造作に地面に投げ捨てた。カラリと残酷な音が鳴る。
手を震わせながらスバルは足元のペンダントに手を伸ばす。
「じゃ、これで」
ミソラがギターに手を掛けた。地面を蹴るスバル。左手を伸ばす。
ミソラの周りにピンク色のオーラが渦巻いた。スバルを拒絶する壁となり、退ける。その中央でミソラの口がゆっくりと動く。
「さよなら……スバルくん」
ピンク色の光が空へと飛んだ。瞬きする間もなく、空の一点へと吸い込まれ、見えなくなる。後には呆然と見上げているスバルが残された。
スバルの足が折れる。空を見上げたまま、彼は微動だに動こうとしない。夜が明けてくる。眩しいぐらいの白い光が町を明るく照らしてくる。美しく変わっていく世界の中でスバルの時間だけが止まっていた。
空に青みがかかってきたころに、ぽたりと地面が濡れた。