流星のロックマン Arrange The Original 2 作:悲傷
バミューダラビリンスはアメロッパの東にあった。そこに足を踏み入れて、ロックマンは足を止めた。辺りの雰囲気が異様だったからだ。
「なんだか……気味の悪いところだね」
太陽の光はささず、薄暗い。雲は何らかの毒物でも含んでいるのだろうか。見たことの無い紫色だ。それがびっしりと上空に敷き詰められている。時折起こる雷光が世界を一瞬だけ白く染め上げ、再び暗闇へと誘う。空気が湿っぽいせいだろうか、体が少し重く感じる。そして、人が踏み入れない未開の空であるにも関わらず、ウェーブロードはしっかりと設けられていた。目に映るもの、肌に触れるもの全てが不気味だった。
「雲は水の塊だから、不純物は含んでないと思うんだけれどな……」
「電磁波の影響とかかもしれねえな」
おそらく、雲の色が変わってしまうほど、この周辺は強い電磁波を帯びているということなのだろう
ニホンでは、紫雲は吉兆を意味する言葉だ。だが、とてもそんな気分にはなれなかった。
「それでも行くんだろ?」
「もちろんだよ!」
それでもロックマンは歩みを緩めない。この奥にハープ・ノートがいるのかもしれないと思えば、とても引き返す気に何てなれやしなかった。
「ミソラちゃ~ん!!」
思い切って叫んでみる。だが声はどこまでも吸い込まれていくだけ。
「どこにいるんだろう……」
「とりあえず、奥に行くしかねえな。なあに、心配するな。ミソラの側にはハープがいるんだからな」
「はは、そうだね」
少しだけ解れた緊張を胸に、ロックマンは奥へと踏み入れた。
◇
迷路のようなウェーブロードだった。似たような形の道が連なっているせいだ。そのため、歩いても歩いても前進している気がわいてこない。先程通った場所なのではないか。もしかしたら戻ってきているのではないか。不安と疑問が浮かび、方向の感覚がなくなってくる。上へ下へ、右へ左へとさまよい続ける内に時間の感覚までもがなくなってきた。
「ミソラちゃん……本当にこんなところに……」
「スバル、ちゃんと前みとけ」
鼓舞してくれるウォーロックも少し参っているようだった。彼も疲労してきているらしい。
「そうだね……」
道標らしいものが無いのだから、前を向いても意味など無い。だが気持ちまで沈むことはない。睨み付けるように前を見た。
そこでふと気づいた。少し下のウェーブロードで赤い影がちらついた。見えたのは一瞬。影はウェーブロードに突き刺さっている紫色の雲の向こうへと消えていった。それで十分だった。ロックマンが彼女を見間違えるわけがないのだから。
「ミソラちゃん!!」
駆け出した。ウェーブロードを飛び移り、後を追いかける。
「待って! 待って!!」
着地の一瞬の間すら惜しい。転倒しそうな勢いで跳躍し、雲の中に跳び込んだ。雲の壁は意外と薄かった。それを突き抜けて、ロックマンはここに来て初めての笑みを浮かべた。
「ミソラちゃん……!」
ウェーブロードの向こうにピンク色の電波人間がいた。背中には水色のギター。首には白いスカーフ。
駆け出した。重かった足が嘘のように軽くなる。彼女の側にたどり着くのはあっという間だった。
「やっと、やっと見つけた!!」
彼女の背中に呼びかけて足を止めた。
「どこに行っちゃったんだろう? って心配してたんだよ。良かった、こんなところにいたんだね。
さあ、帰ろうよ! 皆君を待ってるよ!!」
明るい声で告げて、ロックマンは違和感に気づいた。ミソラは背中を向けたままだった。それも無言で。
「……ミソラちゃん……?」
何故応えてくれないのだろう。不思議に思って、肩に手を掛けようとする。
「触らないで!!」
突然、ハープ・ノートが叫んだ。思わず手を引っ込める。ハープ・ノートは数歩足早に離れると、ロックマンに振り返った。その目はいつもの彼女とは違ったものだった。鋭くて、冷たくて……スバルが見たことのない目だった。
「ど、どうしたって……言……」
「私、ニホンには帰らないから」
「…………え?」
頭を鈍器で殴られたような気がした。
「な、何言ってるんだよ? ライブは……? 楽しみに、してたじゃないか?」
ようやく出した声は震えていた。
「もうどうだっていいの。帰って。私はここに残るから」
「……なん……で?」
「スバルくんには関係ないでしょ?」
言葉を失うスバル。ハープ・ノートは鼻を軽く鳴らすと、背を向けて歩き出した。
「ま、待って!」
「来ないで!!」
駆け出そうとするロックマンに、ハープ・ノートが素早くギターを構えた。その先端にあるハープの顔も鋭い目でロックマンを睨み付けている。
「……か、関係ないって……そんな事ないだろ!! ぼ、僕たちは……ブラザーじゃないか!!?」
それがスバルなりの精いっぱいの訴えだった。そう、この世で最も強い絆の証、ブラザーバンド。スバルとミソラはその関係で結ばれたかけがえのない存在なのだ。それなのに、何の理由もなく遠ざけられて、黙っていられるわけがない。
「……ブラザーじゃなかったら、もう構わないでくれる?」
「…………え?」
今何を言われたのだろう。この世で最も残酷な言葉な気がする。理解する前に、ブツリという重い音が聞こえた。恐る恐るとスターキャリアーを取り出す。開きたくないという気持ちに反して、口は「ブラウズ」と動く。一瞬で開かれるブラウズ画面。そこにはミソラの画像と名前がなくなっていた。
「……ブラザーを……切ったの?」
ミソラは何も言わない。ただスバルを睨み付けたまま。それが答えだった。
「なんで? なんで!?」
歩み寄ろうとする。とたんに体を音符型の弾丸が打ち抜いた。ハープ・ノートのショックノートだ。
「あ……」
体がしびれる。音のエネルギーがロックマンから自由を奪う。
「もう私に構わないでね、サヨナラ」
ハープ・ノートは踵を返すと、何事も無かったかのように立ち去っていった。
「あ……あ、待……って……」
手を伸ばしたかった。しびれがそれを邪魔してくる。ウェーブロードに横たわったまま、消えていくミソラの姿を見ていることしかできなかった。