流星のロックマン Arrange The Original 2   作:悲傷

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第34話.孤高の証

 ナンスカ村はパニックに陥った。平和と長閑だけが混ざったような村の上空で、突然青と黒の人間が死闘を繰り広げ始めたのだから無理もない。神を信仰している彼らは崇りか悪魔を見ていると思ったのだろう、頭を下げて必死に祈りをささげている。

 もちろんそんなものに構っている暇など無く、ロックマンはファイアスラッシュをブライに振り下ろす。

 

「ぐっ!」

 

 状況は優勢。コダマタウンの時とは違い、ロックマンが一方的に押していた。彼が強くなったのかもしれないが、主な理由はブライの片手が塞がっていることだ。オーパーツを抱えたままあしらえるほど、今のロックマンは弱くない。段々と追い詰められていく。

 炎の剣から逃れようとブライは大きく後退しようとする。だがナンスカ村のウェーブロードは飛び石状態だ。後ろがないことに気づき、慌てて上へと飛ぶ。そこを狙ったように白い拳が飛んできた。

 

「ロケットナックル!」

 

 拳がブライの腹にめり込んだ。予想だにしなかった攻撃を受けて、ブライは瞬時に辺りの状況を伺う。白い電波人間がいた。

 

「クッ、また貴様の仲間というやつか!?」

「そうだよ!」

 

 追いかけてきたロックマンのファイアスラッシュが線を描く。先程の一撃は思った以上に重く、避けるのがやっとだ。追い打ちをかけるように白い電波人間がブライの背後に回り込む。

 

「君が持っている物、返してもらうよ! 村長さんが大切にしているんだ!!」

 

 1対2に挟み撃ち。ロックマン達の一方的な攻勢が出来上がる。

 ブライは2人を交互に見ると、チラリと下を窺った。ロックマンも脇目で確認すると、村長が村人に支えられながら、先程の家屋から出てくるところだった。

 

「チッ!」

 

 ロックマンが追撃をしかけようとしたとき、ブライがオーパーツを頭上に放り投げた。

 

「あっ!」

 

 思わず視線を上に向けてしまう。ブライの拳が顔を殴り飛ばした。ウェーブロードから落ちながらすぐに体勢を立て直す。見上げれば、ジェミニ・スパークWがオーパーツを取り返しているところだった。

 ブライはそちらからロックマンに目を向ける。状況を窺っているようだ。腹部をさすると小さく舌打ちした。

 

「……今日は退いてやる」

 

 カミカクシを使ってブライは素早く姿を消した。気味の悪い穴に消えていった黒い電波人間に目を丸くしながら、ジェミニ・スパークWがロックマンに駆け寄ってくる。手にはちゃんとオーパーツが抱えられていた。

 

「大丈夫かい、ロックマン?」

「うん、大丈夫」

 

 手を引かれて立ち上がる。途端に歓声が上がった。悪魔を撃退したと勘違いした村人たちが喜んでいるのである。

 彼らをかき分けてアガメ村長が前に進み出てきた。どうやら大きなけがはしていなかったらしい。

 

「おお生き神様。夫婦に近づく死神を追い払い、それどころか村の宝物を守ってくださるとは、ありがたい!」

 

 どうやらそういうシナリオにするつもりらしい。

 

「その宝物はダイナソーと言います。どうか生き神様が預かってくだされ」

「……はい。分かりました」

 

 色々と察したツカサは手に持ったダイナソーを頭上に掲げて見せる。歓声が更に大きくなる。村人たちの視線はジェミニ・スパークWに集中しており、ロックマンは完全に隅に追いやられていた。

 

「ハハハ、ここじゃあロックマンなんて形無しだね」

「……ケッ、面白くねえの」

 

 

「くそっ!!!」

 

 ドンと壁が乱暴に揺れる。ソロが力の限りに殴ったのだ。彼はそのまま肘でもたれ掛かるようにして肩を上下させると、鋭く痛むお腹を抑えた。背中を壁につけて眩しい天井を見上げる。

 

「なぜだ。なぜ俺が……あんな奴らに……」

 

 手がわなわなと拳を形作る。気を落ち着かせようと瞼を閉じても、アイツの顔が焼き付いて離れない。歯がギリギリと音を立てる。

 そんな彼に油を注ぐかのような声が掛けられた。

 

「悔しかろう、ソロよ」

「……ッ!?」

 

 思わずソロは息を飲んだ。いつの間にか目の前にエンプティーがいたのだ。間変わらず緑色の衣を羽織っており、マスクに設けられた黄色い目が不気味に光っている

 

「何の用だ……?」

 

 ソロは壁から離れてエンプティーから距離をとる。

 

「またロックマンに敗北し、オーパーツを手に入れられなかったようだな」

「俺は負けていない!!」

 

 大きく怒鳴ると、ソロは声を抑えながら拳を震わせた。

 

「俺は負けてなどいない。オーパーツとアイツの仲間に手こずっただけだ」

「つまり、それらを味方につけているロックマンにやられたということだろう? 貴様が最も忌み嫌っているものに敗北したのだ。言い訳にはなるまい」

「…………ッ」

 

 ソロは今度こそ怒りをむき出しにした。今にも掴みかかりそうな雰囲気だ。だが、何も言い返さない。いや言い返せない。エンプティーの言うことは最もなことだから。

 

「だからこそだ。それを打ち破りたくはないか? 貴様に良い物がある」

 

 この期に及んで何のつもりだろうか。怒りと警戒を解かないソロに構わず、エンプティーはスターキャリアーから何かを取り出した。それを見てソロは静かにつばを飲み込んだ。

 歪な塊だった。それは見ている物を引き込むように黒く、そして魅惑的だった。

 

「なんだ……それは?」

「これは『孤高の証』というものだ。これを受け入れよ。さすれば貴様は強大な力を手に入れられる」

 

 体内に取り込むだけで強くなれるとは、まるでオーパーツのようだ。そんな便利なものがあるというのに、なぜオリヒメ達は使おうとしなかったのだろう。それはエンプティーの説明で明らかになった。

 

「ただし、これを受け入れるには覚悟が必要だ。孤高の証を受け入れれば、貴様はこの世に残っている全ての絆を失う。

 その上でロックマンを倒す。お前が最も憎む存在を討ち果たすことが出来る。そうは思わないか?」

「……なるほど、貴様の言うとおりだな……」

 

 ソロは孤高の証を見つめたまま目を動かさなかった。そっと手を伸ばす。少し躊躇って手を拳にする。すぐに開いて孤高の証に手を触れた。

 

「良いだろう。貴様らに利用されてやる。その代わり、俺は何者にも勝る絶大な力を手に入れる」

「よかろう。好きにするが良い」

 

 エンプティーがそう告げると、2人の足元に黒い穴が広がった。カミカクシの力で、異次元の空間に移動する。

 

「なんのつもりだ?」

「孤高の証を受け入れるには試練が必要となる。電波変換してからこれを胸に当てよ。証は体内で暴れだし、お前を食らおうとする。それをねじ伏せるのだ」

「…………」

「怖いのか?」

「フン、いいだろう。やってやる」

 

 ソロが電波変換して見せると、エンプティーはすぐに姿を消した。ブライが試練を終えるまでこの空間に幽閉しておくつもりらしい。

 

「待っていろ……ロックマン!!」

 

 ブライは手にある孤高の証をもう一度見る。まるで闇がそこに閉じ込められているかのように黒い。それを強く掴むと胸に押し当てた。とたんに、ブライの悲鳴が空間に響き渡った。

 

 

 室内に入るとエンプティーは違和感を覚えた。絶え間なく壁からはぎとられていたはずのエアディスプレイが一つも動いていないのだ。ただ電子音が鳴り、壁に情報が加えられていくのみ。

「もしや」と思いながら上の間を伺う。簾向こうではオリヒメの影がこっくりこっくりと頭を漕いでいた。どうやら疲れて寝落ちしてしまっているらしい。

 どうせ寝るのならば寝室でしっかりと休んでもらうのが良いだろう。簾の前にまで近づき、無礼なのではないかと思いつつも声をかけようとする。

 

「…………コ」

 

 オリヒメが寝言を呟いた。虫の羽音のような小さなちいさな寝言。それがエンプティーの動きを奪った。簾に伸ばしていた手が行き場を失う。数秒後にその手を下ろす。オリヒメの寝息が電子音に紛れて微かに聞こえる。足元に視線を落とすとそこに言葉を溶かした。

 

「……申し訳ありません……」

 

 踵を返すとエンプティーはひっそりとその場を後にした。


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