流星のロックマン Arrange The Original 2   作:悲傷

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第19話.負け犬

 最悪のタイミングだ。強敵相手に手も足も出せず、おまけに自分の体を襲ってくる熱と黄色いオーラ。不安要素しかないこの最前線に、戦えない者が……いや、身を守る術すらない者が加わってきたのだ。足でまとい以外の何者でもない。

 ルナを先頭にしてゴン太、キザマロ、ミソラの四人が駆け寄ってくる。日常風景の中なら笑顔で迎えるところだが、今はそういう場面じゃない。ロックマンは体の痛みをごまかして、無理やり身を起こす。

 

「き、来ちゃだめだよ! 皆逃げて!!」

 

 スバルの必死の懇願。だがルナはいうことを聞いてはくれなかった。首を振ると、自信満々と言う顔をしてみせる。

 

「そんなことをする必要なんてないわ。だって、あなたはロックマン様なのよ。どんな困難にあっても必ず皆を守ってくれるわ」

 

 そういう問題ではない。こちら側の都合や気持ちをくんでもらいたい。イラついたウォーロックがスバルの代わりに怒鳴った。

 

「馬鹿野郎! とっととここから離れやがれ!! おい、ハープ!!」

 

 ハープがミソラのギターから飛び出した。この状況において一人剣呑な顔をしていたミソラも加わる。

 

「だから止めようって言ったんだよ! さあ、行こう委員長!?」

「ここは私とミソラが何とかするから、早くしなさい!!」

 

 ミソラがルナの手を取ろうとする。が、彼女は応じなかった。

 

「だから、必要ないって言ってるでしょ!? むしろ、ロックマン様の活躍を間近で見れるんだから、特等席よ」

 

 鋼のように頑固だ。ロックマンはなんとか説得しようと考えるが、そんな時間はなかった。ブライがウェーブロードを降りてきたからだ。

 先程までの猛追撃が嘘だったかのように、ブライはその場から動こうとはしなかった。ロックマンを取り巻いている4つの顔を順番に見ているのか、目が右から左へと少しずつ流れていく。

 

「お前の仲間と言うやつか?」

 

 その声は今まで以上に冷たくて、どこかどす黒かった。本能的な何かが叫んだ。ロックマンは前へと進み出る。だが体は正直だ。足取りは重く、引きずっているようにみえる。

 

「そうだよ! 僕の大切な人たちだ。絶対に傷つけさせない!!」

 

 体をボロボロにされ、謎の熱とオーラに体を蝕まれても、後ろにいる友達を守るためにただ立ち上がる。なんと美しい光景だろうか。その主役を務めるのが心から誰かを大切に思えるスバルだからこそ、生み出せれた映像だろう。

 そんな穢れの一つもない友情劇を前にして、ブライは目を細めた。

 

「くだらないな」

「……なんだって?」

 

 この戦いにおいて、初めてスバルの中で赤い何かが燃え上がった。

 

「くだらないと言ったんだ。絆だ、友情だ? 弱いやつほどそんな言葉にかじりつく」

 

 ロックマンは無言で体を震わせた。恐れでも怒りでもない理由でだ。確かにそれらに似た何かは感じている。だが、もっと別のもの……言葉にもできないほど大きくて力強いものを彼から感じていた。

 

「見せてやるよ。お前が好きなものがどれだけ弱い物なのかをな」

 

 そしてブライは呟くように言った。

 

「……カミカクシ」

 

 彼の隣に黒い穴が広がった。そこから出てきたのは、あの目玉だった。

 ロックマンは足元に穴が生まれ、またあの場所に飛ばされるのかと身構えた。だが違った。カミカクシと呼ばれた目玉はロックマンの方を見ていない。僅かにそれてその後ろ。ブライが何をしようとしているのかを理解したとき、ロックマンは今までにない恐怖に見舞われた。

 

「皆逃げて!!」

 

 叫んだときには遅かった。ロックマンコールをあげようとしていたルナ達の足元に黒い穴が広がった。四人の表情が恐怖とパニックで支配されるのはあっという間の事だった。

 

「やめろぉおおっ!!」

 

 四人を一度に引き上げるなんて無理だ。カミカクシを破壊するしかない。四人の悲鳴を背に受けながら、バスターを放とうとする。だが、当然のようにブライの足がそれを阻んだ。左手は大きく上に打ち上げられ、友達を助けるために放った必死の一撃は空へと消えていく。

 続いて鳩尾に打ち込まれる拳。体が曲がったところに綺麗に入るアッパーカット、体が浮き上がる。足払いのような蹴りを受けて、世界が回る。体が宙で回転しているのだ。上も下も分からなくなった瞬間には、こめかみに鋭い蹴りが打ち込まれた。一瞬遅れて全身が地面に叩きつけられる。ぐらぐらと揺れている顔を上げようとして、後頭部を踏みつけられた。「うぐっ!」と、情けない声を上げてしまう。

 

「見ろ」

 

 ブライの言葉にゾッとした予感を抱きながら、ロックマンは恐る恐ると目を横に動かす。もう穴はなくなっていた。ルナ達の姿も一緒にだ。

 

「そ……んな……」

「これがお前の大好きな友情の力ってやつだ。どれだけ無力でくだらないものなのか、よく分かったか?」

 

 ブライの言葉が刃となってスバルを傷つける。

 情けなくも、スバルは涙を流し始めていた。地面に吸い込まれていく水滴に映るのは、僅か10秒程前の光景。自分を信じてくれていた皆の姿だ。ほんのさっきまではミソラと二人で出かけたことを咎められ、喧嘩のようなことまでしていたはずの四人。彼らの笑顔が涙の一粒一粒に映っては、弾けて消えていく。

 そしてそれを奪った憎き相手は自分の真上にいる。

 ロックマンの右手が拳を形作った。

 

「ゆる……さない……」

「そうか、消えろ」

 

 負け犬の呻き声に興味などないのだろう。ブライは右拳に宿る紫色のオーラを増幅させると、大きく振りかぶった。

 その時だった。ロックマンの体に変化が表れたのは。ほんの僅かだった、ロックマンの体を覆っている黄色いオーラ。それが一瞬にして膨れ上がる。

 

「なっ!?」

 

 ブライになってから、初めてソロが動揺を見せた。

 オーラの勢いは凄まじく、豪炎のように燃え上がってブライを吹き飛ばした。

 

「まさかこれは……オーパーツか?」

 

 ブライが凝視する先で、黄色い炎はさらに勢いを増す。その中心にいるのはひん死だったはずのロックマン。彼は燃え盛るオーラにとりつかれたかのように、ゆっくりと立ち上がる。

 

「よくも……よくも皆を!!」

 

 オーラが更に膨れ上がる。それはロックマンの感情の高ぶりをそのまま示しているかの様。

 狂戦士のようになったロックマンを前に、ブライは小さく舌打ちした。

 

「……どうやら、お前は俺が一番嫌いなタイプの人間のようだな……!!」

 

 目の前の異常事態に身構えるブライ。どんなことがあろうとも、自分の成すべきことをよく理解しているのだろう。

 彼が構えた直後だった。ロックマンが弾丸のごとく飛び出したのは。最初と全く同じ光景がそこに出来上がった。違う点は、役者が逆なことぐらいだろう。ロックマンの右拳がブライの顔面に突き刺さったのだ。大きく吹き飛ぶブライの目は己の身に起きたことが理解できていないようだった。

 続けざまにロックマンの左足がブライを空へと打ち上げた。

 

「なっ……に!?」

 

 ロケットのように空に打ち上げられるブライ。一瞬後には、追いかけてきたロックマンが隣に並ぶ。驚いたように目を見開くブライの胴体に、ロックマンは激昂の叫びと共に両手で作った拳を振り下ろした。ブライの飛ぶ方向が真下へと変わり、一本のウェーブロードへと突き落とした。

 

「よくもっ! よくもーーーっ!!!」

 

 ロックマンは別のウェーブロードを蹴飛ばして更に追撃を仕掛ける。倒れているブライの顔目掛けて右拳を振り下ろした。

 だが、ブライも一方的にやられているような玉ではない。ダメージを負った身でありながら、ロックマンの攻撃を瞬時に見抜き、首を曲げるだけで避けて見せた。彼の頬をかすめたロックマンの右拳がウェーブロードにひびを入れた。

 

「調子に乗るな!!」

 

 すかさずブライが反撃に出る。器用に足を曲げると、ロックマンを蹴って突き放す。反動を利用して立ち上がり、体制を立て直す。

 正面から向き合う電波人間2人。間を置かずしてロックマンが殴りかかった。放ったのはウェーブロードにひびを入れた右拳。対して、ブライは避けるどころか向かってきた。ロックマンの拳は空をきり、ブライの右手がロックマンの胴を打つ。その手を掴んでブライを動けなくすると、右足の蹴りをお見舞いしてやる。ブライの顔が苦悶で歪み、体を大きく曲げて転がっていく。

 立ち上がるブライに、逃さず追跡を掛けようとするロックマン。ブライの右手で変化が起きていることに気づいたのはその時だった。彼の右手に宿っていた紫色のオーラが膨れ上がっている。

 

「ブライナックル!!」

 

 彼が手を突き出すと同時に、拳型の闘気が打ち出された。それも多数だ。拳の弾丸の雨。怒りに捕らわれ、接近戦をしかけることしか頭になかったロックマンが避けることは不可能だった。紫色の拳に胸を打ち抜かれる。続けて、肩、足、腹、腕、顔と全身が余すとこなく砕かれていく。嵐のような雨が終わったとき、もうロックマンに立ち上がる力は残っていなかった。がくりと膝から崩れ落ちた。それはブライも同じだった。

 

「くそ……たったこれだけの攻撃で……」

 

 ブライが受けた攻撃はほんの数回だ。それにもかかわらず、彼の肉体は悲鳴を上げていた。彼が打たれ弱いのではない。ロックマンの力が異常なのだ。

 先程の奥義が最後の力だった。ブライの右手は小刻みに震えており、指はどうやっても曲がってくれない。ここが限界だった。

 

「……こんなところで、倒れるわけにはいかない……俺は、まだ望みをかなえていない……」

「……望……み?」

 

 ロックマンがヨロヨロと立ち上がった。もうあの黄色いオーラは消えているものの、ブライと違ってまだ戦えるようだった。彼は舌打ちをすると、歯をかみ殺すように食いしばった。

 

「今日はここで退く。だが、覚えておけ。オーパーツは俺が貰う。そして、その時にお前との決着をつける。必ずだ!!」

 

 ブライの足元に紫色の穴が生み出された。カミカクシの能力だ。

 

「ま、待て……!!」

 

 言い終わる前に、ブライが穴の中へと吸い込まれていく。彼はロックマンに敵意の目を向けながら姿を消した。

 

「ス……バル……」

「っ!? ウォーロック!?」

 

 ハッとスバルは我に返った。戦いの間、ずっとウォーロックの事が頭から抜けていた。どうやら、ウォーロックは途中から意識を無くしていたらしい。

 

「なにしてやがる……あの目玉を、早く……」

「……え?」

 

 朦朧としている頭を動かして、辺りを伺った。カミカクシが穴を召喚し、そこに消えようとしているところだった。そこでようやく体に電流が走った。自分は何をしていたのだ。

 

「みんな!!」

 

 ロックマンはバスターを向けてがむしゃらに弾を放った。狙いも確かなものではなく、ロクにあたりはしない。だが彼の願いが届いたのか、当たった数発のおかげでカミカクシが煙を吹き始めた。頭頂部が消えようとしたとき、最後の一発が当たった。カミカクシが悲鳴を上げ、爆発する。

 上空に紫色の穴が開いた。そこから落ちてくる人影……ルナだった。体の痛みも置き去りにしてロックマンは飛び出した。地面に落ちる直前で、彼女を受け止めた。

 

「委員長!! 良かった、無事で……!!」

 

 地面に下ろそうとして、ルナが目を閉じていることに気づいた。気を失っているのだ。

 

「他の皆は……?」

 

 ミソラたちが落ちてくると期待して、頭上を伺う。そこに広がっていたのはウェーブロードがかかった青い空だった。あの穴はどこにも見当たらない。

 

「……みん……な?」

 

 ゆっくりと辺りを見渡す。だが誰もいない。紫色の穴が新たに生まれてくる気配もない。

 

「ミソラちゃん? ……ゴン太! キザマロ!!」

 

 名前を呼ぶ。何も返ってこない。誰も応えてくれない。 

 

「そ、そんな……」

 

 立ち尽くすロックマン。そこに駆けつける人影が一つ。弾かれるように振り向いた先にいたのは南国だった。彼はロックマンを指すと、手を振って叫んだ。

 

「皆見てよ! やっぱりロックマンだ! ロックマンが僕たちを、この町を助けてくれたよ!!」

 

 彼の後ろに人が群がってくる。あっという間に大衆がロックマンを取り囲んだ。彼らはロックマンを見ると、嬉々とした笑みと歓声を上げ始める。

 

「本当にロックマンだ!!」

「皆を守ってくれたのね。ありがとう!!」

「ロックマン、ありがとう!!」

「ヒーローだ! 本物のヒーローだ!!」

 

 飛び交い、重なり合うロックマンコール。その声援を一身に受けている彼は無気力に首を横に振る。

 人々の温かい笑顔、熱い声援。それら全てが今のロックマンにとっては敵であり、彼を孤独へと追いやった。

 

「違う……僕は……僕は……」

 

 

「よもや、お主ほどの者が手傷を負わされるとはな」

「俺が弱いと言いたいのか!?」

 

 場所はオリヒメの拠点。簾越しに問いかけてくるオリヒメの言葉にソロは口調を荒くする。彼の殺気に満ちた怒号にもオリヒメは特に動じる様子はなかった。

 

「そうではない。ロックマンとやらの力が我々の予想をはるかに上回っていた。それだけのことだ」

 

 オリヒメは当り障りのない言葉を選んだつもりらしい。だがロックマンがブライより強いと言っていることに変わりはない。ソロの眉がピクリと動く。

 険悪な雰囲気を発するソロを無視しているのか、単純に空気を読もうとすらしていないのか、傍らで控えていたハイドが前に進み出た。

 

「オリヒメ様。ここからは私めにお任せください」

 

 わざとらしくソロの前に立ち、オリヒメとの間に身を割り込ませる。それがますますソロの気を苛立たせる。

 

「アイツは俺の獲物だ!! 手を出すな!!」

「ンフフフフ。ロックマンは今手傷を負っているのでしょう? ここを狙わない手はありません。そして、今はあなたも怪我ですぐには動けない。ならば次の舞台の主役に相応しいのはこのハイドです!! オリヒメ様、ぜひとも私にお任せください。良い脚本を考え付いたのです」

「ふむ、面白い。やってみよ」

 

 オリヒメの対応は二つ返事だった。ソロの表情が明らかに豹変する。掴みかかろうとして、ずきりとした痛みを腹部に感じた。ロックマンに殴られた場所だ。

 

「ありがたきお言葉。それでは」

 

 ハイドはコートを翻し、スタスタと退室してしまった。ソロの視線には気づいているはずなのに、見向きもしなかった。

 

「貴様……何のつもりだ」

 

 鈍痛をかみ殺し、ソロはオリヒメのいる上の間に近づこうとする。彼の荒い足音は数歩で止まった。いつの間にか、彼の目の前に緑色の壁が立ちふさがっていたからだ。それはエンプティーが纏っている衣だった。

 

「これ以上、オリヒメ様に近づくことは私が許さぬ」

 

 エンプティーの表情は伺えない。目も仮面につけられた黄色いレンズのような物に邪魔されて見ることは叶わない。それでも彼が今ソロ以上に怒りを抱いていることは不思議と伝わってきた。

 ソロは数秒間エンプティーを睨み付けていたが、結局は後ろに退いた。

 

「ソロ。我々にも我々のやり方というものがある。今回は体を休めることに専念し、見守っていてはくれぬか?」

「…………」

「体が癒えれば、またお主は好きに動けばよい。わらわ達はお主のやり方に干渉はせぬゆえな」

 

 ソロは何も答えなかった。ただ、手が拳から形を変えることはなかった。


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