流星のロックマン Arrange The Original 2   作:悲傷

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第14話.進みたい道

 ミソラの手を引いて歩き出したスバル。そんな彼の勇ましい姿は、数分後には跡形もなく消え去っていた。今はミソラがスバルをひっぱりまわしている状態だ。

 先ほど行きたいお店をチェックしていたミソラの買い物パワーに、インドア派のスバルは目を回しながら若干ふらついている。

 そんな立場が逆転してしまった2人の様子を、パートナーであるウォーロックとハープはウェーブロードから見守っていた。

 

「ククク、相変わらず尻に敷かれてんな」

「ミソラにそんな気は無いんだけどね」

 

 単純にスバルが頼まれると断れないぐらいのお人よしであり、ミソラが無邪気なだけである。

 

「ま、スバルじゃあどんな女を相手にしても同じ……ったく」

「ポロロン? どうかした?」

 

 ウォーロックがふらりとハープのもとを離れてウェーブロードの角を曲がった。何か興味あるものでも見つけたのだろうかと、ハープは後を追いかける。ウォーロックが向かった先には一体のデンパくんいた。だがどうにも様子がおかしい。デンパちゃんのように体を赤くして、シューっと体から湯気をあげているのだ。

 

「おい、おまえ。どうした?」

「あの……あそこにいる小学生のカップルがものすごくお似合いでかわいくて……見ているだけでこっちが熱くなってきて……プシュー!!」

「……はぁ……」

 

 大きな電光掲示板を見上げているスバルとミソラを見て、ウォーロックはため息とともに首をガックリと落とした。

 

「しょうがねえな……」

「ポロロン。しょうがないって、どうするのよ?」

「どうにかするしかねえだろ? こいつは俺たちの相棒が原因で被害受けてんだ。ほっとけるかよ」

「……ポロロン」

 

 ハープは短い手を腰と思われる辺りにおいて、軽く息を吐き出した。そのままウォーロックに手を貸すことにした。

 

 

「そういえば、復帰後初めてなんだっけ? 今度のライブって」

「そうだよ。ずっとCDとスポンサー企業のCM収録ばっかりやってたから、こんなに遅くなっちゃった」

 

 大通りに設けられた、トラックのように大きな電光掲示板。それに映っているのはミソラだ。無数のライトが波紋のように色を変えて、そのたびにミソラのポーズが変わっていく。この掲示板は彼女のためだけに貸し切られており、復帰ライブを大々的に宣伝しているのである。

 スバルは看板からミソラの横顔に視線を移した。看板を見上げた彼女の目はどこまでも透き通っていて、ライブができるという喜びに満ちているようだった。数ヶ月前の、歌手を引退すると決めた彼女とは大違いだった。

 スバルは少し躊躇うと、思い切って大事なことを尋ねた。 

 

「ねえ、ミソラちゃん。なんで歌手活動を再開したの?」

 

 以前、電話越しに宣言されたときは詳しく尋ねなかった。彼女の決意を邪魔してしまうような気がしたからだ。

 ミソラは振り返らなかった。少しだけ沈黙して、小さく深呼吸する。今から語る決意はそれだけ彼女にとって大きなものだということだ。それを理解しているスバルは彼女の手を少し強く握る。

 

「私ね……歌手を引退してからずっと考えてたんだ。私が歌う理由」

 

 以前、ミソラが歌手を引退した一番の理由だ。

 

「長い時間考えて……やっとそれを見つけたの」

「それって、どんなもの?」

 

 ミソラもスバルの手を握り返した。もう片方の手を胸に当てる。彼女の心音が大きくなった気がした。

 

「世の中には、私やスバルくんみたいに、親を亡くして寂しい思いをしている人がたくさんいると思う。そういう人たちを私の歌で笑顔にしたい、元気を分けてあげたいって思ったの。できれば、他の理由で悲しい思いをしている人や、辛い目に合っている人も。私の歌を聴いてくれた人皆が笑顔になれるような……そんな歌を歌いたい。だからもう一度、もう一度だけ歌手活動をしてみることにしたの」

 

 ゆっくりとだが力強い口調でミソラは告げた。そして、夢で光り輝く大きな目にスバルを映し、細めた。

 

「できるかな? 私に?」

「できるよ。ミソラちゃんならきっと……ううん、絶対に!!」

「クスッ。大げさだよ。でもありがと。スバルくんが応援してくれたから勇気百倍だよ!」

「じゃあ、いつまでも応援するよ! 何があっても僕はミソラちゃんの味方で、ブラザーだからね」

「うん! よ~し、次のライブ、頑張っちゃうぞ~!! そのためにも、まずは腹ごしらえしなくっちゃ!!」

 

 スバルの顔がさっと青ざめた。

 

「え、今から()食べるの?」

「もちろん、さっきまでのはただの間食だよ? お昼御飯はちゃんと食べないと!!」

「ハハ、ハ……」

「じゃあ行こう!!」

 

 ミソラが歩き出したため、スバルも素直に従った。ぐいぐいと引っ張ってくる彼女の後姿を見ながらスバルは小さくつぶやいた。

 

「大げさなんかじゃないよ。だって、僕も君に……」

 

 そこから先は言えなかった。なんだか、むず痒い気持ちがして……。

 

 

 おしゃれでありながら可愛さも兼ね備え、注文するのにも抵抗を感じないぐらいの手ごろな値段。そんなお店にスマートに案内する。それがスバルがネット上の薄い知識だけで学んだかっこいい男である。

 そんな理想は、空を眺めて機械をいじくっているオタクなスバルでは到底なしえないことだ。ロクに練習もしていない人間が、マラソンで世界記録を狙うようなものだ。

 結局、ミソラの手に引っ張られるがまま、お勧めのお店に連れて来てもらっている。しかも綺麗で金額もお手頃なオープンカフェだというのだから、スバルの男としてのプライドはズタズタにされてしまった。

 

「素敵なお店知ってるんだね?」

 

 どの辺が素敵なのかよく分かっていないが、とりあえずそう言っておいた。

 

「おまけに料理もおいしんだから」

 

 2人は案内されたテーブルに向かい合って腰かけた。それを見測らっていたかのように、テーブルから2つのマテリアルウェーブがブラウズされ、メニュー表へと早変わりした。ここから食べたいものを選ぶのだ。

 スバルが一通りメニューに目を通している間、ミソラの方からはピッピッと何回も音が聞こえてくる。どれだけ食べるつもりなのだろう。ハンバーグがおいしそうだったが、ちらりとミソラを見てから、どこか優雅なイメージがあるパスタに変えた。ミソラは10品ほど注文したようだ。

 

「ほんと、よく食べるよね」

「今日は控えめにしたつもりなんだけれどな。今晩もあかねさんがたくさん料理ふるまってくれるし」

「そ、そう……」

 

 顔を青白くさせながらスバルはメニューを閉じた。すると、新しいマテリアルウェーブがブラウズされ、今度はテレビを流し始めた。客席一つ一つに設けられているらしい。このサービスはオフにしてもよかったのだが、映っている話題にミソラが飛びついてしまった。

 

「あ、ロックマンだって!!」

「げっ!!」

 

 画面いっぱいにロックマンの姿が映っていた。ヤエバリゾートにロックマンが現れたことを報じており、滑田親子と客たちが「ロックマンこそヒーローだ」と、もてはやしている。

 こそばい言葉に縮こまるスバルを見て、ミソラは意地悪そうな顔をして見せる。

 

「スバルくんったら、一躍有名人になっちゃったね?」

「か、からかわないでよ~」

 

 心底嫌そうなスバルを察したのか、ミソラは話題はそらさないまでも口調は変えてくれた。

 

「前にもTKタワーで委員長を助けたんでしょ? こんなに紹介されてるなんてすごいよ!!」

 

 ミソラは目を輝かせながら言うが、やっていることはルナ達と変わらない。目立つのが苦手なスバルには拷問でしかない。

 

「い、いや恥ずかしいんだけどな……」

「もう、そんなこと言っちゃって。皆のヒーローなんだから胸を張りなよ。かっこいいよ!!」

「そ、そう!?  照れちゃうな~」

 

 最後の一言でコロッと態度が変わった。うなじ辺りをかきながら前傾姿勢だ。

 そんな調子に乗っている間に画面が変わった。

 

「僕は確信したね! 彼は困っている人のもとに必ず駆けつけてくれるヒーローさ!!」

 

 聞き覚えのある声だった。まさかと思って見てみると南国が映っていた。いつの間にか背景はコダマタウンに変わっており、田舎町の小さなお店にまでロックマンが現れたと報道している。

 

「ちなみにこれを見てよ。超ビッグウェーブ的なニュースだよ!!」

 

 南国がブラウズしたのは店内の監視カメラの映像だ。そこにはロックマンだけでなくハープ・ノートが映っていた。ちょうど、ハープ・ノートがロックマンを連れ出そうと手を掴んでいるところだ。2人にとっては災難なことに、この角度からではハープ・ノートがロックマンの腕に抱き付いているようにしか見えない。

 

「ロックマンがキュートな女の子を連れていたんだよ! 彼女の正体は何かって? 決まってるよ、ロックマンの彼女的な人だよ!! お似合いだし、間違いないよ!!」

 

 今度はミソラも一緒に赤くなって縮こまった。

 

「そ、そろそろ頼んだの来るよね?」

「そ、そうだね……」

「……チャンネル変えよっか!?」

「うん……」

 

 お互いに聞こえていないふりをしながら流しておいた。

 

 

 なれないスプーンだけでなく、フォークも落としそうになりながらスバルは目の前の光景をただ唖然と見ていた。ミソラが最後の一皿を平らげ、隣に積み上げたところである。

 

「ご馳走様でした」

「……お粗末様でした」

 

 小柄な少女とお皿のタワーという珍妙な光景に顔を引きつらせながら、スバルは食事を再開することにした。

 もちろん、ここはスバルが奢る場面である。いくらになるのだろうと思うと、少々スターキャリアーが軽く感じられた。

 自分も早く食事を済ませてしまおうと残りを口に運ぼうとする。その手は食事の間もずっとついていたエアディスプレイからのCMで止められた。

 

『ただいまTKタワーでは古代文明展を行っております。かつて地球上に栄え、滅んでしまった文明の遺産が数多く展示されています。開館時間は……』

「へ~、古代文明か……」

 

 今日初めてスバルの意識がミソラから離れた。普通なら女の子がご立腹するところだが、スバルがオタクだと重々理解しているミソラは眉ひとつ歪めなかった。むしろ、彼の反応に興味津々だ。

 

「こういうの好きなの?」

「うん、美術館とか博物館とか、昔父さんによく連れて行ってもらっていたから」

「そうなんだ」

「……」

 

 ミソラの声はスバルに届いていないようだった。エアディスプレイでは古代文明展の様子や展示品の一部を紹介しており、スバルの目はそこから微動だにしていなかった。

 

「せっかくだから行ってみようよ」

「うん、じゃあすぐ行こうか?」

 

 スバルは残りのパスタをかき込むようにさらえて席を立つ。レジを通るとかなりの金額が引き落とされていた。

 

「スバルくんって、お父さんのこと大好きだよね。どんな人だったの?」

 

 ミソラがスバルの手を掴んで尋ねてきた。

 

「僕って、そんなに父さんの話ばかりしてる?」

「そこまでではないけれど、話しているスバルくんを見ていると、尊敬してるんだなって、よく分かるよ。すごい人だったんだよね?」

 

 ブラザーバンドを発明し、世界最大企業のNAXAに勤め、異星人と交流するために船長として宇宙を旅するような男だ。加えて初めて異星人と友達になった地球人でもある。すごいの一言でまとめるにはいささかスケールがデカすぎるのがスバルの父親である。

 

「そうだね、父さんは……うん、なんていうかな」

 

 それをよく分かっているのがスバルだ。自分の憧れの人をどう説明すればいいだろう。言葉を選んでいると、つい先日思い出したあの光景が浮かんだ。

 

「勇敢な人かな?」

「勇敢?」

「うん。父さんは宇宙飛行士だったから、いつも危険な仕事をしていたんだ。

 自分の命にかかわるような仕事だよ。本当なら少しぐらい怖気づいたりすることなのに、父さんはそんな素振り全然見せなかったんだ。

 そんな父さんがかっこよくて……背中が大きく見えて……うん、僕の憧れなんだ」

「……そっか……スバルくんにとって、お父さんは本物のヒーローなんだね」

「もちろんだよ!!」

 

 スバルは力強くミソラに頷いて見せた。


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