流星のロックマン Arrange The Original 2   作:悲傷

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第13話.宝物

 部屋の壁に映される数々のパネル、常に鳴り響く機械の稼働音。少々薄暗い灯りに、時代遅れの簾。そのどれにも興味を示さず、少年は目の前の男に続いて前へと進む。男は簾の少し手前で膝待づいた。少年は立ったままだ。

 

「お連れしました。オリヒメ様」

「うむ、ご苦労であったな」

「ありがたきお言葉」

 

 どうやら、この御大層な女がオリヒメらしい。いそいそと横に下がっていくハイドを含めて全てが鬱陶しかった。

 

「よく来たなソロよ。これでお主も妾達の一員じゃ」

 

 つばを吐きかけたくなった。

 

「いつまでも争いを繰り返すおろか者たちを裁くために、お主の力を貸すのじゃ」

「断る。俺はお前たちを利用するだけだ。さっさとオーパーツの情報を渡せ」

 

 ソロがここにいるのは情報がほしいからだ。それさえ手に入れればオリヒメ達に用はない。この部屋からもさっさと出たいのだ。誰かと共にいる空間なぞ、彼にとっては気持ち悪いだけだった。

 無礼を通り越したソロの態度だが、オリヒメはこうなると分かっていたらしい。特に落胆する様子もなかった。

 

「焦るでない、エンプティー」

「はっ」

 

 オリヒメの傍に控えている従者が前に進み出る。彼の風貌を見て、ソロは少しだけ眉をひそめた。

 男は足元から頭のてっぺんまで、全てが緑一色だった。手や足先まで覆い隠した衣に、三角頭巾の様な帽子。口元には白いマスクをつけており、僅かに覗いているはずの目では黄色が不気味に光っていて何も読み取れなかった。

 エンプティーと呼ばれた覆面男はソロの前まで進み出ると、大きすぎる袖から白い手袋で覆われた手を出し、スターキャリアーからブラウズ画面を起動させる。表示されたのはどこかの美術館のような場所だった。

 

「オーパーツの一つ、ベルセルクの情報だ。ロッポンドーヒルズにあるTKタワー。そこの展示会に出されると言う事だ。それを取ってくるのだ」

「指図するな。俺は勝手にやるだけだ」

 

 礼ひとつ言う事もなくソロは部屋を後にした。

 ハイドがふぅと肩を落とした。

 

「申し訳ありません、オリヒメ様。ソロが失礼を……」

「お主が気にすることではない。まあ、狂犬にも使いようはある」

 

 どこか余裕を感じさせる態度だった。この間に、エンプティーは足音を立てずに元の場所に戻った。

 

「のうハイドや……争いを無くすためには、何が必要だと思う?」

「……これはまた……難しい問題ですね……」

 

 今度は答えられなかった。オリヒメも回答を期待していなかったようで、それ以上話すことはなかった。

 

 

 翌朝、ロッポンドーヒルズのバス停前にスバルとミソラの姿があった。

 顔が知られているミソラは変装を兼ねて、ピンク色のサングラスに帽子をかぶり、クリーム色のワンピースを着ている。昨日、大きなカバンを担いでスバルの家に持ってきていたらしい。

 わざわざ女の子がオシャレをしてきてくれているのだ。律儀なスバルは自分も……と勢いよく部屋にある立派なクローゼットを開いたが、いつもの赤い服と紺色の短パンがずらりと並んでいるだけだった。結局、いつもの格好をしているに至る。

 

「せめてエスコートはちゃんとしないと……」

 

 前にミソラと出かけた場所は、ロッポンドーヒルズと同規模の大都市だった。あの時は浮かれていたこともあり特に問題なく楽しい時間を終えることができた。だが、今回は二回目ということで慣れがあるからか、妙に身構えてしまう。

 落ち着けと自分に言い聞かせる。慣れがあるということは経験を積んでいるということだ。それに加えて、つい先日ルナ達とここに遊びに来たばかりだ。不安がる要素などない。

 

「前回より良いものにするには……」

 

 スバルは横目で隣にいるミソラを見た。ミソラはエアディスプレイのCMを見て、新しいお店などをチェックしているようだった。その首元にはあのハート型のペンダントが陽光に照らされている。

 

「……やっぱり、何をプレゼントするかだよね」

「なんだ? チューでもしてやるのか?」

 

 こういう時のスバルの反応は分かりやすい。10センチほど飛び上がると、ポケットのスターキャリアーを鷲掴みにして引きずり出した。

 

「ちょ! な、な何言って!? 最近のロックは何かおかしいよ!?」

「いやなに、刑事ドラマってやつは事件だけじゃなくて地球人の恋愛も描かれているみたいでな。まあよくは分からねえが……」

「ほら行くわよ! スバルくん、はやくミソラを追いかけなさい」

 

 画面にヌッとハープが顔を出した。ウォーロックの首根っこを掴むと、ズルズルと画面の外に退出していった。今頃はウェーブロードにでも連行して行ってくれていることだろう。

 

「ありがとう、ハープ。よし、じゃあ行こうかミソラちゃ……あれ?」

 

 冷やかしが居なくなったのだ。これでミソラの方に集中できる。スバルは再度意気込んでミソラの方を振り返った。そこには誰もいなかった。エアディスプレイすらない無の空間だ。

 

「スバルく~ん! そろそろ行こうよ~!」

 

 広場の入り口でミソラが手を振ってくれていた。よそ見をしながらも、慣れた足取りで先へ先へと歩いていく。彼女の方がはるかに都会慣れしているようだった。

 少し考えれば分かることだった。大人気アイドルの彼女が都会に疎いわけがない。

 さっそくスバルの中で警報が鳴った。このままでは自分がエスコートされてしまう。

 

「ご、ごめん!!」

 

 慌てて後を追いかける。それが失敗だった。小さい段差につま先をひっかけ、大きくよろめいてしまった。こけるまではいかなかったものの、かっこ悪いところを見せてしまった。ミソラは笑いを堪えようとしているが、プッと小さく吹きだしていた。

 

「何してたの?」

「いや、何でもないよ」

 

 キスをしろと言われていたなんて言えない。

 

「変なスバルくん」

 

 クスッと笑うミソラにスバルは少し胸が熱くなった。

 ミソラの隣に立つと、広場全体が見渡せた。夏休みだからかやはり人が多い。渦のようにうねる人々を見てスバルは顔をひきつらせた。

 

「や、やっぱり人が多いね」

「うん、それに……親子連れが多いみたい……」

 

 ミソラの目が蝋燭のように固まっていた。視線の先をたどると、ベンチで腰かけている一組の親子がいた。髪の長い優しそうな母親と、ソフトクリームにかぶりついている女の子だ。

 

「……ミソラちゃん……」

「ごめん、天国にいるお母さんのこと思い出しちゃった」

 

 スバルは何も言わなかった。かけがえのない一人の家族を失う悲しみはスバルもよく分かっている。こういう時、中途半端な慰めは無意味だ。ただ、彼女の隣から動くこともしなかった。

 ミソラもスバルの考えを分かっているのだろう。先ほどの沈んだ表情が嘘だったかのように笑って見せる。

 

「でもね。こういう時は自然とスバル君の言葉を思い出すんだ」

「僕の言葉?」

「うん。『君の気持分かる。君の力になりたい』……」

「あの時の……」

 

 以前、暴走した彼女を止めた時にかけた言葉だ。当時はFM星人側だったハープにとりつかれ、歌を暴力に変えてしまったミソラを止めるために、スバルがボロボロになって伝えた言葉だ。

 

「この言葉を思い出すとね、前向きになれるんだ。どんな大変なことでも頑張っていこうって思えるの。

 こんな、かけがえのない宝物を……私に勇気をくれてありがとう、私のヒーローさん」

「……僕もありがとう……」

「え?」

「……ううん、なんでもない。さあ、行こうか」

 

 スバルはミソラの手を強く掴むと、津波のような人ごみの中に入っていく。その足取りが、ミソラにはどこか勇ましいように思えた。


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