本日の運勢は過負荷(マイナス)   作:蛇遣い座

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「なんて最悪(マイナス)なんだよ…」

フラスコ計画の実験場である時計台地下。そこに入るための扉の前にボクと志布志は立っていた。隣にはこの『拒絶の扉』の門番であった対馬右脳・左脳の二人が全身の骨をへし折られて気絶したまま床に倒れこんでいる。

 

「で、どーすんだよ?この扉を開けるには六桁のパスワードが必要らしいじゃねーか」

 

「異常者(アブノーマル)の異常度を選別するための『拒絶の扉』ね。扉の開く確率は百万分の一。ま、問題ないよ」

 

そう言ってボクは扉の機械に六桁の数字を打ち込んだ。フラスコ計画の参加者はこの打ち込むたびに変わるパスワードをノーヒントで毎日通過しているのだ。つまり、異常度が高ければ必ず通れるということ。そして、ボクは機械に打ち込んだ数字から――最も遠い数字に変換して打ち直す。すると、ピーと機械音が鳴り、直後に扉が開かれた。

 

「ひゅー、やるね」

 

「理事長のサイコロ実験で、こういった異常度の選別はボクにも通用することが分かってたからね。さ、行こうか。『十三組の十三人(サーティンパーティー)』を全員リタイアさせにね」

 

口笛を吹くような仕草をした志布志と共にボクらは下層へと潜っていく。さて、鬼が出るか蛇が出るか。先日、黒神めだかが『十三組の十三人(サーティンパーティ)』の一人、雲仙冥利を潰してくれたため、残りは十二人。さて、常識を超えた異常者(アブノーマル)集団にボクがどこまで通用するか……

 

「おいおい、どーしたんだよ。せっかくのピクニック、楽しんで行こーぜ?フラスコ計画を潰すってのは暇潰しにはちょうどいいしな。学園に入学してから退屈で堪らなかっけど、今日はこの時計台地下を血の池にしてやるよ」

 

真剣な表情をしているボクとは対照的に志布志の表情は軽い。まるで本当にレクリエーションに来ているかのようだ。ボクがこのフラスコ計画を潰すに当たって、仲間に選んだのは同じ過負荷(マイナス)である志布志だった。一緒に来てくれるかが心配だったけど、あっさりと承諾してくれたので助かったよ。志布志の戦闘力は異常者(アブノーマル)連中と比べても群を抜いているし、これほど心強い仲間はいない。……志布志の方がボクを仲間と思ってくれているかは分かんないけど。

 

 

 

 

 

 

 

それから十分ほど地下の通路を進んでいたのだが、どうも似たような道をぐるぐる歩き回らされているような感じを受ける。志布志も同じだったようで、おそらくこれは迷路の一種だろうという意見で一致した。もうすでに帰り道すら分からなくなっていたボク達だけど、そもそもそんな正攻法でクリアしようなんて思っていない。特に運の悪いボクが偶然クリアするにはかなりの時間が掛かってしまうだろうし。

 

「志布志、お願い」

 

ボクが目配せすると、志布志は頷いて横の壁に近寄り手を当てた。次の瞬間その壁に亀裂が入り、その手を当てた周辺がガラガラと崩れ出す。そして、そこには人が通れるくらいの大穴が壁を貫通して出来ていた。

 

――憎武器(バズーカーデッド)

 

さらに精密操作が可能になった志布志の過負荷(マイナス)で壁を抜いて進もうということである。これでぐるぐる同じところを回ってしまうことはなくなる。それでも出口が見つからなかった場合、床を抜いて下のフロアで降りればいい。できればこの階層を担当しているメンバーを見つけたいところだけど。そんなことを考えていると、いきなり僕らの横から声を掛けられた。

 

「トレビアン!おいおい、人の実験場をそんな壊すんじゃねえよ」

 

驚いて振り向くとそこには色黒で体格の良いドレッドヘアーの男がパチパチと拍手をするようにして立っていた。その全身から発せられる威圧感は確かに『十三組の十三人(サーティンパーティ)』にふさわしい異常度で、ボクの身体は自然と戦闘態勢を取っていた。志布志はというと涼しげな顔で壁に寄り掛かったままだけど。

 

「理事長から連絡があったぜ。門番を再起不能にした侵入者がこの実験場に入ってるってな。あ、俺は三年十三組の高千穂仕草ってんだけど」

 

「そうですか、ならボクも自己紹介させてもらいましょう。二年七組、月見月瑞貴。フラスコ計画を潰しにきました」

 

「へえ、だが残念だったな。ここにいるのが『十三組の十三人(サーティンパーティ)』最強のこの俺じゃなかったら少しは突破できる可能性があったかもしれ――!?」

 

口上を最後まで言わせることなくボクは高千穂という男に蹴り掛かっていた。不意打ちによるハイキックは、しかし男が一瞬のうちに姿を消したことによって空を切ってしまう。そして同時にボクは右脇腹から発生した衝撃によって壁際まで吹き飛ばされた。

 

「がはっ……!?」

 

それは感知できないほどの速さでボクの横に移動していた高千穂先輩の拳による一撃であった。反射的に出していた右腕でかろうじて防御できたが、そうでなければボクの肋骨は折られていただろうというほどである。普段から危機察知とそれに対する反射行動を鍛えていなかったら反応すらできなかっただろう。即座に立ち上がりにらみつけると、なぜか高千穂先輩は抑えきれないといったように歓喜の表情を浮かべて大声で笑い出していた。

 

「はははははっ!実にトレビアンだぜ!俺の攻撃を受けられるのかよお前!まさか十三組でもなく七組に、俺に触れるやつがいるなんてな!」

 

――速い、そして強い

 

なぜかテンションの上がりきっている高千穂先輩を横目に、ボクは静かにそう呟いていた。最大速度というよりは俊敏性が恐ろしく鋭い。あの一瞬の交錯ですでにボクでは勝てないということを認識させられていた。ま、それでもいいんだけどね……。

 

「さあ、殴り合おうぜ!俺はずっと待ってたんだ!俺とまともに闘える奴をよお!」

 

「……志布志」

 

「あいよっ」

 

「おいおい、早く始めよ……がっ!?」

 

――ボクの言葉と共に高千穂先輩の全身がズタズタに裂け、鮮血を撒き散らしながら倒れ伏した。

 

ボクに倒せないのならば、志布志に倒してもらえばいい。志布志の『致死武器(スカーデッド)』の前にはパワーもスピードも関係無いのだから。

血達磨となって倒れた高千穂先輩を見下ろすと、ボクは踵を返して志布志の元へと歩き出す。

 

「門番の人によると、一つの階層につき『十三組の十三人(サーティンパーティ)』が一人らしいから、これでこの階はクリアだね。面倒だから床をぶち抜いて下の階に降りようか」

 

そのまま志布志に床を壊してもらい、さらに下層へと飛び降りようとしたところ、ボクの背後から声が掛けられる。驚いて振り向くと、息も絶え絶えで血塗れの高千穂先輩がふらふらと立ち上がっていた。そして必死の形相でボクに向けて声を張り上げる。

 

「ま、待ってくれ……!まだ俺は終わっちゃいねえ!そこの女が何をしたのか知らないが、お前なら俺と殴りあえるんだろ!?白黒はっきりさせようぜ!」

 

買いかぶりだ。ボクは自身の不運によって危機回避による防御は反射のレベルで行えるが、あれだけの異常な反応速度を誇る高千穂先輩に攻撃を当てることはできそうにない。闘うことはできても勝つことはできないのだ。

 

「ようやく俺と闘える奴が現れたんだ。拳で語り合おうぜ!そのために俺はフラスコ計画に参加したんだ!なあ、頼む!俺はそこら辺の取るに足らない奴なのか!?」

 

もはや懇願するように高千穂先輩は叫んでいる。異常者(アブノーマル)は関係性に飢えている。これほどの反応速度を持っている高千穂先輩にとって、自分と格闘戦を行えるボクはようやく現れた理解者なのかもしれない。しかし、それに対するボクの答えは一つだけだ――

 

「――興味ないね」

 

再び全身から噴き出す鮮血に今度こそバタリと倒れる高千穂先輩。優先すべきはフラスコ計画を終わらせること。まだまだ長い道中、怪我をする危険性は回避しなければならないのだ。今度こそ動けなくなった高千穂先輩は、無念の表情を浮かべて悔しそうに唇を噛んでいる。

 

「てめえら……なんて最悪(マイナス)なんだよ…」

 

その苦々しげな声を聞いてボクはわずかに唇を吊り上げた。

 

「ありがとう、褒め言葉だよ」

 

 

 

 

 

 

 

地下二階に下りたボクは日本庭園のようなフロアを散策していた。青い空と緑が広がり、とても室内とは思えないほどの完成度である。ちなみに志布志は床をぶち抜いて最下層までショートカットしてもらっている。そこら中にある監視カメラによってボク達がフラスコ計画を潰しに来たことはすでにバレているだろうし

、ボクは上から、志布志は下から挟み撃ちの形でここにいる人間を逃がさずに根絶やしにしようという作戦である。なにより、一緒にいるとボクの不運に巻き込んでしまうというデメリットが大きいしね。

 

「にしても、誰もいないのかな……」

 

まるで屋外のような自然を再現したこの階層だけど、どこにも人の気配がない。回り込んで木の陰なども探してみようとした瞬間、殺気を感じたボクは背後へと蹴りを繰り出していた。人を蹴った感触に振り向くと、まともにボクの蹴りを受けて吹き飛ばされる男の姿があった。

 

「ごほっ……。『暗殺』――失敗か」

 

そう言って男は握っていたナイフを投げ捨てると、どこからか取り出した日本刀を正眼に構えた。間違いなく『十三組の十三人(サーティンパーティ)』の一人だろう。

 

「暗殺は無理そうだし、せっかくだから名乗っておこうかな。僕は三年十三組、『枯れた樹海(ラストカーペット)』の宗像形。ご覧の通り暗器使いさ」

 

「それはご丁寧に。でも漫画(フィクション)じゃあるまいし、現実で日本刀を振り回すのは危ないんじゃないですかね。ほら、銃刀法違反とかで」

 

「門番に言われなかったかい?ここは治外法権なのさ、地下だけにね。それにそんな心配はいらないよ。なにせ君は、ここで殺されるんだからね」

 

宗像先輩は構えた日本刀を横薙ぎに振り回す。一切の躊躇も無くボクの首、頚動脈を狙うその斬撃を――丁寧に刀の腹を叩いて弾き飛ばした。それに返す形で放ったボクの蹴りは、新たに取り出した棍棒で止められてしまう。そのまま宗像先輩は一歩後ろへ跳んで距離をとった。

 

「へえ、君を殺すには日本刀(これ)じゃ駄目なのか。なら多刀(これ)だ」

 

そう言って全身からハリネズミのように刀を生やすと、両手に刀を持って連続で斬りかかってきた。手足を使って弾いていくボクと弾かれるたびに新たに刀を補充する宗像先輩。どうやら武器の扱い自体は素人レベルのようで、弾くのはそれほど難しいことではなかった。それに焦れた宗像先輩は、ボクが弾けないような重量のある武器を取り出して殴りかかる。

 

「だったら鈍器(これ)だ」

 

――『圧殺』

 

ハンマーで左右から押し潰そうとする宗像先輩だけど、全身にあれだけの武器を仕込んでいるためだろう。重量のせいで全体的に動きがノロい。先ほどの高千穂先輩と比べれば止まっているかのようだ。

 

「――遅いよ」

 

左右から挟みこむようなハンマーによる打撃を、真上に跳ぶことで回避し、空中で宗像先輩の顔面へと跳び蹴りを喰らわせた。そして、着地してからもう一発。渾身の力で胸に打ち込まれた蹴りによる衝撃で、まるで交通事故にでも遭ったかのように人間が飛ばされていく。まるで糸の切れた人形のようにゴロゴロと地面を転がっていく姿を見ながらも警戒は解かない。

 

「そうか、じゃあ拳銃(これ)を使うしかないか」

 

――『銃殺』

 

あっさりと立ち上がった宗像先輩が拳銃を構えた瞬間、ボクの全身に悪寒が走る。遮蔽物の無いこの場所では隠れることができないことを感じ、即座にボクの身体は前へと駆け出していた。的を絞らせないようジグザグに走りながら宗像先輩との距離を詰めていく。

 

「間に合わないっ……!」

 

遠くまで蹴り飛ばしすぎた……。いくら急いでもこの距離では相手が引き金を引くほうが早い。見たところ宗像先輩は武器の扱いに関しては素人だ。銃の扱いに関しても同様だろう。通常ならこれだけ距離が離れていて、銃弾回避のためにジグザグに走っているボクに当たる可能性は低い。しかし――

 

パンと乾いた銃声が響いた瞬間、ボクの左腕に衝撃が走り灼熱を感じた。

 

「あれ?当たるんだ」

 

射撃というのは過剰なまでに精密さを必要とする行動だ。狙撃では心臓の鼓動ほどの微小なズレですら結果に影響を及ぼすし、風向きなどの環境の変化にも影響される。つまりは、運に左右されやすいということ。だとすればボクに銃弾が当たるのは当然といえる。打つ瞬間、銃を持つ手がわずかに痙攣したのかもしれないし、汗でグリップが滑ったのかもしれない、突風が吹いたのかもしれない。それが全てボクに不利に働けば十分有り得る事態である。

 

――因果律干渉系の過負荷(マイナス)をもつボクにとって射撃・投擲系の攻撃は鬼門なのである。

 

「もう打たせない!」

 

二射目を打つ前に距離を詰めたボクは宗像先輩の拳銃を蹴り落とした。同時にその両腕を真上に思いっきり蹴り上げる。もう武器を取りだ出す暇は与えない。無防備な宗像先輩にとどめをの蹴りを放とうとしたところ――その全身から無数の武器が襲い掛かってきた。剣が、槍が、斧が、薙刀が、鎌が――まるでハリネズミのように宗像先輩から服を突き破るように生えてくる。

 

――『刺殺』

 

ボクの全身を串刺しにしようとするそれを、ボクは最小限の動きで回避しながら宗像先輩のあごを踵で跳ね飛ばしていた。銃撃戦ならともかく接近戦では負けられない。脳を揺らされた宗像先輩はようやく意識を失って地面に倒れ込んでくれた。

 

戦闘が終わり、思い出したかのように緊張が解けた左腕に激痛が走る。幸い銃弾は貫通しているみたいだけど、いまだに血が噴き出している左腕を見ながらボクは先の長さに溜息を吐くのだった。

 

 

 

残りの『十三組の十三人(サーティンパーティ)』は――あと十人。


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