本日の運勢は過負荷(マイナス)   作:蛇遣い座

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「生徒会副会長となった月見月瑞貴です」

水中運動会から数日後、ボクは生徒会室に立っていた。柔道部の引継ぎで思いのほか時間が掛かってしまったので、本日から副会長業務に就くことになる。そのボクを黒神めだか以外の他のメンバーは不思議そうな目で見つめてくる。

 

「今日から生徒会副会長となった月見月瑞貴です。どうぞよろしく」

 

「「ええええええええええええ~!」」

 

ボクが就任の挨拶を行うと、その一瞬後に生徒会室に絶叫が轟いた。その声の主は阿久根と善吉くんである。生徒会役員は黒神めだかの独断で決められたため、特に信任投票などがある訳でもなく、このようなサプライズになってしまったのだ。

 

「ちょ、ちょっとめだかちゃん!一体どういうことだよ!何で瑞貴さんが!?」

 

「そうですよ、めだかさん!中学時代のことを忘れたんですか!?」

 

二人が焦った様子でまくし立てるが、黒神めだかは全く気にもせずに涼しげな表情を見せている。まあ二人の気持ちも分かる。自分の懐刀を置くべき副会長という役職に、何でわざわざ中学時代の宿敵の仲間を置かなくてはならないのか。

 

「何で二人が慌ててるのかわかんないけど……。これからよろしくね、月見月先輩」

 

二人が黒神めだかに詰め寄っている間に、黒神で眼鏡の女子がボクへと挨拶してくれた。ボクの中学時代を知らない人なら、これが普通の反応だろう。

 

「うん、こちらこそ。君はええと……先日、新しく会計に就任していた喜界島さんだったよね。就任したばかりで慣れない仕事だろうけどお互いに頑張ろう」

 

「はい。あ、そういえば月見月先輩も水中運動会に出てましたよね。優勝できるなんてすごかったです」

 

「ありがとう、でも君の方こそ一年生なのに大活躍だったじゃない。ウナギ取りの種目なんてうちの鍋島先輩にも勝ってたし」

 

先週の大会にも出場していた会計の喜界島さんと談笑する。水中運動会で黒神めだかと勝負をしていた競泳部の特待生であり、今は生徒会との兼部をしているそうだ。彼女もボクと同時期に生徒会に誘われたらしい。

 

「おい、月見月!ちょっと来い!」

 

そう言って阿久根がボクを肩を組むようにして顔を近づけると、そのままみんなと距離を取って小声でボクに話し掛けてきた。

 

「ん、どうしたの?」

 

「どうしたじゃない!これでも四年の付き合いだ。君がいまだに球磨川側の人間だということぐらい知っているんだぞ!」

 

「だったら分かってるだろ?ボクが意味も無く学園と敵対なんてしないってことくらい。球磨川さんがいない以上、ボクが黒神めだかと敵対する意味なんかないよ」

 

「……じゃあ、なぜ生徒会に入ったんだ。めだかさんに敵意は抱いていないとしても、好意だって抱いてないだろう?」

 

「学園の生徒として母校のために尽くしたいと思うのはそんなにおかしなことかな?」

 

ボクはそんな白々しい言葉を口にする。しかし、阿久根にも分かっているだろう。少しの間、迷ったように口をつぐむが、黒神めだかと敵対するつもりもその実力もないということには納得してくれたのようだ。そのため、しぶしぶだけどボクを離してくれた。ただ離れ際に、ボクに下手な真似はしないようにと釘を刺すのを忘れなかったけど。

 

「阿久根先輩、どうかしたの?人吉くんも何か様子がおかしいし」

 

「いやいや、何でもないよ喜界島さん。月見月とは柔道部の知り合いでね。積もる話があっただけさ」

 

そんなこともあって、とりあえずボクは生徒会の一員として認められたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後、ボクは廊下を歩いている善吉くんの姿を見つけた。声を掛けようとしたボクだったけど、その瞬間驚愕のあまり表情が固まってしまう。何と、善吉くんは女子の腕に手錠を掛けて、一緒に仲良く歩いていたのである。

 

「ぜ、善吉くん……」

 

「み、瑞貴さん!?いやこれは……」

 

あちらもボクに気付いたのか慌てて手錠の嵌められたお互いの両手を隠す。しかし、それはもう後の祭りだ。学校で手錠プレイするカップルなんて、現実で存在してたんだな……。

 

「あ、ごめん。デートの邪魔しちゃったね。ボクはもう戻るから心配しないで」

 

「ちがいます!ああ、もう説明しますから帰らないでください!」

 

「善吉くんが女子に手錠を掛けて連れ回す趣味があったなんて……。あ、それとも逆に君が連れ回されてるの?いや別に趣味を否定するわけじゃないんだけど、どちらにしても学校でするようなことじゃないよ」

 

「え?人吉くん……本当にそんな趣味が……?」

 

慌ててまくし立てるボクの言葉に、繋がれている女子の方も何か化け物でも見るような怯えた目で善吉くんに問いかけている。善吉くんは黒神めだか一筋だと思っていたけど、時の経つのは早いものだなぁ。

 

「あーもう違いますってば!」

 

 

 

どうやら説明するところによると、色々あってこの風紀委員の女子が自分の手錠を間違えて善吉くんと互いに掛けてしまったそうだ。なので、これから手錠の鍵を外すために風紀委員会の本部に行くところだったらしい。

 

「せっかくだから瑞貴さんも来てくださいよ。風紀委員ってのは生徒会執行部にとっちゃアウェーみたいなとこなんでしょ?」

 

「だからって別に取って喰われる訳じゃないんだけど……。でも、ちょうど暇だからね。心細いって言うならボクも行くよ」

 

「って誰のせいだと思ってるんですか!そもそも生徒の模範であるべきはずの生徒会長である黒神さんが率先して風紀を乱してるなんておかしいでしょ!何ですかあの制服は!?」

 

しかし、ここで風紀委員の鬼瀬さんが怒ったように話に割り込んできた。彼女は一年生でありながら過激な取締りを行うとして有名な風紀委員の女子である。確か数日前に黒神めだかの取り締まりを失敗して罰として胸元を露出した制服を着せられていたという噂だけど。

 

「いやまあ、勘弁してやってくれよ。めだかちゃんは軽く露出癖があってさ、あれでもマシになったんだぜ?制服をノースリーブにするのだけは止めさせたんだしさ」

 

「それがフォローになってると本気で思ってるんですか!?」

 

現在、生徒会と風紀委員の仲は悪い。黒神めだかの制服改造が校則違反だということで、そろそろ風紀委員長までが出張ってくるのではないかとまで噂されている。まぁ、これに関してはボクだけでなく善吉くんも問題だと思って諫言したんだけど、あの胸元を露出した恥ずかしい制服のどこに愛着があるのか、頑として着替させることはできなかったのだ。

 

「まぁ、それは今はいいです。何だか目立っちゃってますし、早く本部に行きましょう」

 

そう言って好奇の視線晒されて顔を赤くした鬼瀬さんは善吉くんを引っ張るように歩き出した。風紀委員室は今いる場所とは反対方向にあり、ここからは少し距離がある。しばらく歩いたところで善吉くんも周囲の視線に耐えかねたのか、自分の気を逸らすようにボクに声を掛けてきた。

 

「そういえば瑞貴さん、お母さんが一度診察したいからうちに来て欲しいって言ってましたよ。ほら、中学時代のことで過負荷(マイナス)が増大してないか調べたいって」

 

「いや、やめておくよ。当時は球磨川さんの影響で少し過負荷(マイナス)性が引き上げられてたけど、今は抑えられてるし。それに、もし球磨川さんの影響でそうなったのならボクはそれを治したいとは思わないよ」

 

それを聞いて善吉くんはハァ、と溜息を吐いた。

 

「やっぱり瑞貴さんは訳分かんないですよ……」

 

「そう?でも善吉くんだって、もし中学時代にめだかちゃんが球磨川さんに敗れていたとしても、きっと君はボク達に賛同したりはしなかったでしょ?それと同じだよ。プラスである君は同じくプラスの塊であるめだかちゃんに惹かれ、過負荷(マイナス)であるボクは負の塊である球磨川さんに惹かれたという違いだけ」

 

「……まぁいいか。とにかく俺の言いたいことは一つだけです。阿久根先輩にも言われたでしょうが……」

 

善吉くんはやれやれと首を振ると、一変して表情を鋭くしてボクの目を射抜くように睨みつけてきた。その両の瞳からは不退転の覚悟が伝わってくる。

 

「――めだかちゃんの敵になるようなら瑞貴さんであろうと俺がぶっ潰しますから」

 

「……肝に銘じておくよ」

 

善吉くんらしい台詞だね。ボクが球磨川さんの忠犬であるように、善吉くんは黒神めだかの番犬だ。黒神めだかに害を為すようなら宣言通りにボクを排除するのだろう。

 

「ええと……もしかして生徒会役員同士って仲が悪いんですか?」

 

おずおずと鬼瀬さんが声を上げた。支持率98%という圧倒的な求心力を持つ黒神めだかである。そんな生徒会の役員が仲間にぶっ潰すなんて脅してたら困惑するのも当然だろう。別に善吉くんとは仲が悪いわけではなく、所属する陣営が違うというだけの話だ。そう答えようとするけど、突然現れた二人の不良によってその言葉は口から発せられることはなかった。

 

「はっはっはあああああ!あの鬼瀬さまが手錠で身動き取れなくなってやがるぜー!」

 

「今までの恨み思い知れやああああああ!」

 

突然現れた二人の不良らしき男達。彼らは一人は金属バット、もう一人は木製のバットを振りかぶってこちらへと襲い掛かってきている。そのまま二人は校内だというのに何の躊躇も無くボクらへ向けてバットを振り下ろした。ええと、たしか……こいつらは木金コンビとか呼ばれてる二人組だったかな。何か言ってるけどボクは無視して構えを取る。こう毎日のように襲われるといい加減、口上を聞いているのも面倒だし。

 

「人吉くん、月見月先輩、下がってください!この二人は木金コンビという学園でも有名な不良です。先日、私が取り締まったのを逆恨みして……」

 

「「ごほぉっ……!」」

 

「え?ごめん、何だって……?」

 

鬼瀬さんの話の途中だったけど、ボクはいつも通り不良を蹴り飛ばしていた。側頭部に蹴りを受けた二人はあっけなく失神して地面に倒れている。その二人を視界に捕らえた鬼瀬さんは呆然とした表情で目を白黒させていた。よく考えてみれば風紀委員の目の前で喧嘩なんてかなりの問題行為かもしれない。もしかして暴力行為を咎められるのかと思い、一応言い訳をしてみせる。

 

「ええと、彼らが武器を持って襲い掛かってきたんだから正当防衛だよね?」

 

「え、ええまあ……そうですね。そもそも私はこの二人を取り締まりに行く途中だったわけですし。今回の件については見逃しますよ」

 

鬼瀬さんは顔を逸らしてツンデレっぽく言い放った。なんだ、この二人の狙いはボクじゃなかったのか……。と、そこでボクの携帯電話の着信音が鳴りだした。

 

「あ、ごめん善吉くん。ちょっと先に行ってて」

 

慌てて携帯を取り出しながら玄関から校庭へと逃げるように去っていくボク。さすがに風紀委員の目の前で電話に出るのは問題だしね。鬼瀬さんも仕方が無いといった風に首を振って見逃してくれた。

 

 

 

 

 

そうして外に出て携帯の着信欄を見るとそこには――『球磨川禊』の文字。ボクは知らず歓喜の笑みを浮かべると急いで通話ボタンを押した。

 

『やあ、瑞貴ちゃん。久し振りだね、元気だった?』

 

「球磨川さんですか!?お久し振りです、ボクの方はこれまで通りです」

 

『そう、瑞貴ちゃんって確か箱庭学園に通ってたよね。もうすぐ僕もそっちに転校することになったんだよ。不知火理事長の推薦でね』

 

「本当ですか!嬉しいですね、お待ちしてます」

 

ボクは天にも昇るような気持ちで自然と喜色満面の笑みが浮かんでしまう。まるで初恋の少女と再会したかのようにボクの心臓がバクバクと踊り出す。そうして球磨川さんとの久し振りの会話を楽しんでいると、それじゃと前置きをして本題に移るようにボクに頼み事をしてくれた。

 

『フラスコ計画って知ってる?箱庭学園で行われている天才(エリート)を作り出すための計画』

 

「はい、知ってますけど」

 

『あれってさ、邪魔だよね。僕が箱庭学園に転入するまでにさ。その計画、潰しちゃっておいてよ』

 

球磨川さんの言葉に一瞬息が止まる。そんな簡単に言ってくれるけど、学園の異常者(アブノーマル)、そのトップである『十三組の十三人(サーティンパーティ)』を潰すなんてあまりにも無茶苦茶だ。とてもボクにできる仕事じゃない。しかし、理性とは裏腹にボクの口は勝手に動いていた。

 

「分かりました。フラスコ計画はボクが潰しておきますよ」

 

中学時代あんな無様を晒しておいて、これ以上ボクに球磨川さんを期待を裏切ることなんて絶対に出来ない。球磨川さんに言われたならば、どんな手段を使っても成功させる。答えながらボクはその覚悟を決めていた。

 

『ありがとう、瑞貴ちゃんならそう言ってくれると信じてたよ。それじゃまたね』

 

そう言って電話は切れた。同時にボクの頭上から響く悲鳴。ボクが見上げるとガシャンとガラスの割れる音と共に――天から降ってくる消火器が視界に映った。頭に当たれば即死。しかしその瞬間ボクは一歩横に跳ぶことで消火器を回避しており、同時に脱いでいた制服の上着を大きく頭上に振ってガラスの雨を弾き飛ばしていた。

そして、この懐かしい感覚に一層深く歪んだ笑みが浮かぶ。

 

「これは幸先がいいね。いや、幸先が悪いのかな」

 

中学時代の敗北以来、頻度の減っていた致死レベルでの不運がひさしぶりにボクの身に巻き起こったということ。球磨川さんと別れたせいで抑えられていたボクの過負荷(マイナス)性が、数年前のレベルまで戻ってきているのを感じていた。

 


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