本日の運勢は過負荷(マイナス)   作:蛇遣い座

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「位置について、よぉ~い……どん!」

水中運動会の第二種目は水中二人三脚だった。ルールは簡単、代表二人がプールを二人三脚で端から端まで走破するという競技である。今回はハンデであるヘルパーの不利はないため、柔道部は馬力のあるボクと城南の男子ペアでの出場だ。

 

「あれ?今回は生徒会からめだかちゃんは出ないんだね」

 

「まあね、生徒会主催の大会で俺らがダントツの差を付けちゃったらさすがに興ざめだろうからね」

 

「阿久根、ずいぶん余裕だね」

 

「君こそめだかさんが出場していないからって、俺にそう簡単に勝てると思わないで欲しいな」

 

隣には生徒会代表の阿久根と善吉くんペアが準備を終えて待っていた。余裕そうな阿久根だけど、この競技は体力・瞬発力を必要とする意外とハードな種目である。黒神めだか無しならば異常なことの起きない純粋な力勝負。今のうちに目標である生徒会の順位を超えておきたいところだ。

 

「位置について、よぉ~い……どん!」

 

 

 

 

 

 

 

結果は三位、しかも生徒会チームには二位で敗北してしまい、ボクらは順位の上でも生徒会の後塵を拝すことになってしまった。やっぱり黒神めだかだけでなく、生徒会役員は実力者揃いだ。黒神めだかの出ていないこの種目で勝てなかったのは痛い。ちなみに一位は競泳部。何と二人三脚で互いに足を縛ったまま泳ぐという離れ技を披露し、ダントツのトップに躍り出たのだった。

 

「……すいません、鍋島先輩。次の種目でお願いします」

 

「おう、安心しい。次の競技はウナギ捕りやったな。掴んだり捕まえたりはウチの得意分野やからな」

 

 

 

 

 

第三種目は「ウナギつかみ取り」。各チーム代表一名参加のこの競技、生徒会からは黒神めだかが出場している。いくら鍋島先輩といえど、理屈を超越している存在である黒神めだかには敵わないだろう。下手をすればこのプールに泳いでいるウナギを全て捕られてしまうのではないか、と思っていたんだけど……

 

「生徒会チームまさかの0ポイント!一位は競泳部、十五匹を捕まえた喜界島選手です!」

 

そういえば「動物避け」とかいうスキル持ってたんだっけ。ちなみに鍋島先輩は九匹を捕まえて堂々の第二位。まさかの生徒会の無得点で現在の順位は競泳部がダントツの一位。二位が我ら柔道部で、生徒会は今の競技でぐっと下がって第八位である。あとは最終種目でこの順位を守りきれればいい。……とは言っても、それは言うほど簡単なことではない。なぜなら最終種目は水中騎馬戦、黒神めだかの得意分野である戦闘力の勝負なのだから。さらにこの競技は順位が上のチームのハチマキほど得点が高く、現在八位の生徒会チームは一位の競泳部のハチマキを奪えばぴったりと逆転してトップへと躍り出る計算である。

 

「ま、黒神ちゃんは一位の競泳部を狙うんやろけど、ウチらは堅実に他のチームを狙っとこか。今の点差から言って、三位の陸上部当たりから奪っとけば余裕で優勝できるやろ。さっきも言うた通り、こういった取り合い、組み合い、掴み合いは柔道部の得意分野やし」

 

鍋島先輩の実力からすれば常識の通じない黒神めだかや、水中や水上において優秀(スペシャル)な競泳部を除けば他に敵はいないだろう。その辺りの強豪からは距離をおいて他チームを狙うのが上策。いくら黒神めだかでも騎馬の足である土台の二人は異常者(アブノーマル)ではないのだから、逃げに徹すれば直接ぶつからなずに済ますことは可能だろう。だけど……

 

「あの、生徒会チームを倒れればその時点で勝利は確定で部費は三倍なんですから、そちらを狙うというのは……」

 

「あんなぁ……黒神ちゃんと戦いたいんは分かるけど、ウチらは柔道部代表やねんで?部費がかかっとるんやから確実に行かんと」

 

「……そうですね」

 

ボクがそう意見すると鍋島先輩にたしなめられてしまった。そうだよな、部員全員の代表として出場してるんだから、個人的な気持ちより確実な勝利を取るのが当然。いくら鍋島先輩でも一対一で黒神めだかに勝つのは至難なのだから……。しかし、意外にもボクに賛同してくれたのは最も勝利にこだわっていた城南だった。

 

「いいじゃないっすか、鍋島先輩!この前の部長選抜のときから、月見月も含めて俺ら二年は全員あの生徒会長には負けっぱなしですし!」

 

「……でも城南、いいの?現在二位のボク達は、生徒会にハチマキを取られればその時点で逆転されて部費の増額は無しになるんだよ?」

 

「おう!だけど、あの化け物生徒会長に勝てれば、それは誰も為しえなかった下克上。俺達は一気に学園のスターだぜ!ヒヒッ……そうなれば女子達にも間違いなくモテモテ」

 

一応聞き返したけど、城南の方はずいぶんと乗り気なようだ。それにしてもキャラのぶれない男である。相変わらずな城南は置いておいて、鍋島先輩は少しだけ悩むようにしてから再び口を開いた。

 

「ま、ウチは引退した身やしな。部長の城南がそう言うんならそうしよか!それにウチかて、黒神ちゃんとは一度ガチでやり合いたいと思てたしな」

 

鍋島先輩はそう言って口に薄く笑みを浮かべる。正直勝てる可能性は低い。だけどボクが提案したことなんだ。

ボクだっていつまでも敗北者のままではいられない!

 

 

 

 

 

「それでは最終戦!泣いても笑ってもこれで勝者が決まってしまいます!勝って部費の増額を手にするのは一体どの部なのか!では、位置について!よーい……どん!」

 

その開始の合図と同時に意外にも生徒会と競泳部の騎馬が正面からぶつかりあった。競泳部も当然生徒会からは逃げると思っていたんだけど、予想に反して直接対決を挑んでいる。先ほど黒神めだかが挑発していたせいなのか、競泳部の喜界島は今までになく熱くなっているようだ。だけど、これはボクらにとっては千載一遇のチャンス!

 

「これならイケるでぇ!」

 

ボクらはその隙に生徒会チームの背後に回ると、鍋島先輩の腕が疾風のような素早さをもって襲い掛かる。

 

「な!?めだかさん!後ろです!」

 

「ほう……柔道部か、面白い」

 

黒神めだかは阿久根の声に振り向くと、軽々と鍋島先輩の腕を片手で弾いてしまった。しかし、鍋島先輩もそれだけでは終わらない。そのまま続けてハチマキへと手を伸ばし、高速で組み手争いを行っていく。同時に競泳部もチャンスとばかりに攻め始めた。

 

「貴様ら、どちらも見事な腕前だな。さすがにこの二人を同時というのは厳しいか」

 

「その割にはまだ余裕ありそうやん、黒神ちゃん」

 

そう言いながらも黒神めだかは二人の腕を止め、払い、弾き、いなしている。特待生(スペシャル)二人による前後からの挟撃を受けて、いまだに自分のハチマキを取られていないというのは流石だとしか言えない。しかし黒神めだかの方も攻撃に転じる余裕は無いようで、事態は膠着状態に陥ってしまっていた。

 

「二人掛かりなら何とかなる思たけど、片手だけでこうも簡単にウチの攻めを防がれるとはなぁ……」

 

さすがの鍋島先輩も苦い表情を浮かべている。鍋島先輩と競泳部の喜界島との二対一での挟撃でも互角。だったら三対一にするまで!

 

「鍋島先輩!隙を作ります!」

 

ボクは騎馬を前へと移動させてさらに距離を詰め、相手の騎馬の後ろ足である阿久根のすぐ側へと近寄っていく。そして、阿久根に気付かれないように自分の足を前へと動かし――

 

――踵で阿久根の足の甲を踏み抜いた

 

「があっ……!」

 

水中でだいぶ威力は落ちたとはいえ無警戒のところに全体重を乗せた踵。阿久根が痛みで呻いた瞬間、騎馬のバランスが崩れ、黒神めだかに致命的な隙が生まれる。

 

「ようやった!」

 

その一瞬を逃す鍋島先輩ではない。同時に反応した喜界島も手を伸ばすが、二人の指はハチマキには掛からず空を切ってしまった。直前に黒神めだかは崩れかけた騎馬から飛び降りていたのだ。負けを覚悟して、せめてハチマキだけは奪わせないようにという意地なのだろう、そうこの場にいたほとんどが考えた。しかし……

 

「なんやて!」

 

会場中が驚きの目で見つめている。なぜなら、プールへと飛び降りた黒神めだかは、水没することなく水面に片足立ちで浮いていたのだから。いや、その言い方は正確ではない。寸前に善吉くんが投げたヘルパーの上に乗り、その浮力によって沈むのを防いでいる。理屈の上では確かに可能――な訳がない!

あんな小さなヘルパーが普段泳ぐときに人を浮かせることができるのは、身体の大部分が水中に沈んでおり、すでに浮力で重さの大部分が軽減されているからだ。あんな小さなヘルパーで全身がまるで沈むことなく浮くなんて常識では考えられない。まさに『異常(アブノーマル)』な事態。そして、それを起こせるのが黒神めだかなのだ。

そこから黒神めだかが勢いよく跳躍した。狙いは競泳部のハチマキか……!やっぱり最後の最後で華麗に逆転勝利されてしまう。これだから異常者(アブノーマル)の連中は……!

 

「鍋島先輩!」

 

「わあっとる!」

 

鍋島先輩もボクの肩を踏み台にして跳び出していく。狙う方向は同じく競泳部。しかし、タッチの差で喜界島の所へ先に辿り着いたのは黒神めだかの方だった。黒神めだかは飛び込んだ勢いのまま喜界島に抱きつくと――そのままキスをしていた。疑問を覚える間もなく、その一瞬後に飛び込んできた鍋島先輩がぶつかり、一緒に三人まとめてドボンと水飛沫を上げてプールに落っこちるのだった。

 

「おおっとぉー!三人同時に着水!失格だぁああああ!しかし最後の混戦は一体どうなったのか!」

 

エキサイトした解説の怒鳴り声が室内プールに響き渡る。決着はどうなったのかと祈るように見つめるボクの目にようやく浮かんできた鍋島先輩の姿が映った。その手には競泳部のハチマキが……。

 

「これは!柔道部の鍋島選手、あのドサクサで競泳部のハチマキをGETしていたようです!と、いうことは!柔道部が総合点ダントツ一位に躍り出ましたぁあああ!」

 

鍋島先輩は楽しそうにこちらへと戻ってくる。ボクの心は驚きで一杯になっていた。まさかボク達があの黒神めだかに勝つことができるなんて……。いや、ボクはほとんど何もしてないけど。

 

「いやー、二人のハチマキを取ろ思てたけど、さすがに黒神ちゃんの方は取れんかったわ」

 

「鍋島先輩すごいですよ!まさか勝てるなんて!」

 

「後輩が勝って言うのてんなら、先輩として期待には応えんとね。それに、黒神ちゃんもハチマキ取ることより、あの競泳部の娘の方に集中しとったみたいやったしな」

 

ボクは珍しく喜色満面の笑みを浮かべて鍋島先輩を褒め称えていた。これが反則王、鍋島猫美の凡人が天才を倒すための勝利への執念。

 

そしてここで試合終了の合図が。ボクら柔道部は堂々の第一位、ダントツ一位だった競泳部は二位へと落ち、そして何と生徒会チームはこの試合0点で順位は十位へ後退。恐ろしいことに九つもの部が今年の部費が三倍になるという異常事態となったのだった。特に柔道部は元々全国区で高額だった部費の三倍に加え、さらに部費増額となり、相当の額が舞い込むこととなる。

 

 

 

 

 

「ヒヒッ……こうなったら今年の遠征は海外のヌーディストビーチにしよう」

 

せっかく優勝したっていうのに城南は気持ち悪い笑みを浮かべてひどい独り言を呟いている。もうこいつの女子からの評判は終わったな……。そのまま勝利の余韻に浸っていると、大会の締めの挨拶が終了した黒神めだかがこちらへとやってきていた。

 

「よい勝負だった、鍋島三年生」

 

「『綺麗な相手に汚く勝つ』、ウチの卑怯と反則ちゃんと見したったで。ま、次は二対一でも背後からでもなく、正面からサシでやってみたいもんやな」

 

じゃあ、と軽く手を上げて鍋島先輩は帰っていった。二対一だろうが背後からだろうが、それは十分過ぎる偉業ですよ。ボクは一年間鍋島先輩に師事していたけど、やっぱり彼女に柔道を教わっていてよかったと再度心から思ったのだった。そしてボクも着替えようとロッカー室へ戻ろうとすると、なぜか黒神めだかに呼び止められた。

 

「さてと、次は月見月二年生。貴様に話がある」

 

「……ボクに?」

 

そして続けた言葉は、ボクにとってあまりにも予想外なものだった。

 

「貴様、生徒会に入らないか?」

 

一瞬ボクの思考が止まる。そして、次に湧き上がってきたのは静かな怒りだった。

 

「……まさか、ボクが改心したとか思ってるんじゃないだろうね。敗北した球磨川さんを簡単に裏切って、勝者である君の方にほいほい尻尾を振るとでも?」

 

だとしたらひどい侮辱だ。ボクの気持ちがその程度だと思われているだなんて。

 

「そういった意味ではないぞ。元より副会長には私に敵対的な者に就いてもらおうと思っていたのだ。中学時代のこともあるし、今回の水中運動会でもそうだ。やはり貴様が適任だろう」

 

そんなふうに偉そうに言い放つ。冗談じゃない、と口を吐いて出かけたその言葉を飲み込み、ボクは少しの間考え込んだ。確かにリスクはある、だけど……。

 

「……わかったよ。生徒会副会長の仕事、引き受けさせてもらうよ」

 

「そうか、それはよかった」

 

そう言って黒神めだかは持っていた腕章を手渡してきた。そこに書かれているのは『副会長』の文字。それを受け取ったボクは苦笑した。中学時代から役職がランクアップしたみたいだ。

 

「それでは月見月二年生。副会長の任、存分に励むがいい!」

 

――こうしてボクは生徒会執行部の一員となったのだった。


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