本日の運勢は過負荷(マイナス)   作:蛇遣い座

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「――通称フラスコ計画」

ある日の昼休み、ボクは理事長室に呼び出されていた。目の前にはまさに好々爺然とした風貌の老人、理事長である不知火袴が座っている。理事長に促されボクも高級そうなソファーに腰掛けた。

 

「それで理事長、ボクに話とは一体何でしょうか?」

 

「もう少々お待ちください。もうそろそろでしょうから」

 

といっても特に素行に問題ないボクを理事長がじきじきに呼び出すなんて過負荷(マイナス)関係に決まっている。そして、理事長の言葉通り、数分もしないうちにこの部屋の扉を叩く音がした。まだ来客がいたのかと思ってそちらに目をやると、そこから現れたのは志布志であった。……さすがにボク達のことは学園に知られていたか。

 

「失礼しまーす」

 

「お待ちしておりました、志布志さん。それでは話をさせてもらいましょうか」

 

そう言って志布志をボクの隣に座らせ、用件を話し始めた。

 

「と言ってもそう難しい話ではありませんよ。簡単なお願いです。君達には私の主催するプロジェクトに参加してもらいたいのです。十三組の中から選抜した特別な十三人で行われる研究――通称フラスコ計画。異常(アブノーマル)を研究することで天才を人為的に作製することを目標としています。もちろん報酬はそれなりに弾みますよ」

 

理事長の目的は突拍子もないようでいて、ある意味では想像通りの計画であった。異常者(アブノーマル)を集めて研究するというフラスコ計画。人吉先生も関わっていたらしいけど詳しいことは教えてもらえなかった。異常者(アブノーマル)を大量生産するなんて使い方次第では世界を牛耳ることさえできそうだけど、ここは闇の秘密結社なんかじゃなく教育機関なんだから大丈夫か。

 

「くっだらねー。あたしは興味ねーな」

 

「し、志布志……!?」

 

そう吐き捨てるようにして志布志は理事長室から出て行ってしまった。あまりに失礼な態度に止めようとするボクだったけど、しかし理事長はまるで気にした様子もなく見送るだけだった。気になることもあるけど、ボク個人としては悪くない計画だと思うんだけどな……。

 

「やはり断られてしまいましたか。まぁ、あれほどの逸材をこの目で見ることができたというだけで満足しておきましょう。さて月見月、君は参加して頂けますかな?」

 

「ですが先ほど十三組の中から選抜とおっしゃられましたが、ボクは七組ですよ?確かに以前、『異常者(アブノーマル)』と診断されたこともありますし、それに大枠ではボクも異常者(アブノーマル)なのでしょうが……」

 

しかし『異常(アブノーマル)』と『過負荷(マイナス)』は似て非なるものである。共通点もあるけれど、混同してはならないものだろう。しかし、理事長はそのことも知っているようで、理解していると言った風にゆっくりと頷いた。

 

「もちろん君達が過負荷(マイナス)なことは分かっています。『十三組の十三人(サーティンパーティ)』と呼ばれる彼らの中には君達寄りの生徒達もいますが、それでも過負荷(マイナス)ではありません。私が作りたいのは『天才(アブノーマル)』ですから。そもそも人員は足りていますしね」

 

「でしたらボクに何を?」

 

「君には私個人の進めているプランに参加して欲しいのです。公然の秘密であるフラスコ計画とは別の秘中の秘――もう一つの異常選抜十三組、マイナス十三組の設立に。危険すぎる計画ですが君と志布志さん、そして不肖の孫の三人もの過負荷(マイナス)が入学してきたというのは良い機会でしょう。実際にクラスを設立するのはまだ後になりますが、まず話を通さなければと思いましてね」

 

「ええ、わかりました。協力させていただきます。それで、ボクは実際には何をすればいいのですか?」

 

人類全てを天才(アブノーマル)にする計画――それならばマイナスにプラスを加えて相殺するように、ボクのこの過負荷(マイナス)も制御できるようになるかもしれない。実験の理念もボクには賛同できるものだし。しかし、なぜか理事長は呆気に取られたような表情を見せた。

 

「どうしたんですか?」

 

「……いえ、承諾していただけるとは思っていませんでしたので。思いのほか普通(ノーマル)な感性を持っているようだったので少し驚いただけです。それでは最初の実験として、これを振ってみてください」

 

そう言って理事長は六個のサイコロをボクに手渡してきた。不思議に思って少し調べてみるけど、特に何の変哲もないようだ。言われた通りにそのサイコロを全て同時に振ってみるが……

 

「これがどうかしましたか?」

 

「……特に偏りはなし、ですか」

 

割とバラバラの目が出たのを見て渋い表情で唸る理事長。もしかして結果が悪かったのか?理事長は少し考え込んで再び口を開いた。

 

「これは異常度を測る検査でしてね。例えばメンバーの一人である雲仙くんの場合、何度振っても必ずすべてが六の目になるのですよ。これが大体標準的な『十三組の十三人(サーティンパーティ)』の結果です。月見月くん、もう一度振ってみてください。何の数字でも構いません。全て同じ目を出してください。それができなければこの話は無かったことにさせて頂きます」

 

その程度の異常度の生徒に用は無いということなのだろう。六個のサイコロの目が全て同じ数字になる確率は7776分の1。このくらいの確率を突破できないようじゃ参加する価値も無いということか。まずはサイコロを一個投げると一の目が出た。

 

「一の目、出ろっ……!」

 

再びサイコロを振ると、その結果は二。早くも不合格が確定してしまった。溜息を吐いて肩を落としたボクだったが、なぜか理事長は興味深そうにこちらを見たままだ。

 

「月見月くん、続けてください」

 

「え?でも、もう失敗は確定じゃ……」

 

言われたとおりに投げると出た目は三。続けて四、五と立て続けに出たところでボクもようやく気付く。そして、最後の一個のサイコロを投げる。もちろん出た目は――

 

「――六、ですか。なるほど、意に沿わないからこその過負荷(マイナス)。理解しました。一から六までが順番に出る確率は46656分の1。もちろん実験の結果は合格です」

 

全部同じ数字にしろと言われれば全て違う数字を出してしまうなんて、相変わらずボクの運は悪すぎる。ボクは自分の不運に苦笑しながらその場で立ち上がった。どうやらテストはもう終わりのようだし。

 

「詳細は追ってお伝えしましょう。そういえば明日は生徒会主催の水中運動会でしたね。部活動対抗ということでしたから、君も柔道部代表として出るのですか?学校行事は学生の醍醐味ですからね。存分に楽しんでください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、ボクは学園に新設されたばかりのプールにいた。今回のイベントは部費の増額を賭けた部活対抗戦であるため、周囲には様々な部の生徒達でひしめき合っている。野球部、サッカー部などの体育会系の部だけでなく、書道部やオーケストラ部などの文化系の部まで総勢15の部活がこの場で開会を待っていた。そして、予定時刻になり全員が集まったところでようやく生徒会役員から競技の説明が始まった。優勝した部活だけが今回増額される部費を総取りできるという争奪戦である。

 

「えー、それでは競技の説明に入りたいと思います。皆さんにはこれより四つの競技に参加していただき、その合計点で順位を競ってもらいます。それぞれの競技の説明はおいおい話すとして、まずは大まかな枠組みを三点。一つ目は代表者三名による団体戦であること。二つ目は競技はすべて男女混合で行うため、男子生徒にはハンデとしてヘルパーを装着してもらうということ。そして三つ目は――」

 

そこで生徒会長の黒神めだかが人吉くんのマイクを取り、代わって話し始める。

 

「しかし、利を得るのが優勝チームだけでは不満のある者もおろう。なので、ボーナスルールだ。この水中運動会には我々生徒会執行部も参加する!生徒会よりも総合点の順位が高かった部はその順位に関わらず、私が私財を投じ、無条件で部費を三倍にしよう!」

 

ざわりと会場がどよめいた。大きな部によっては今回の増額枠どころではなく貰える部費が跳ね上がるため、少なくとも生徒会には勝とうと皆が殺気立っている。おいおい、いくら大金持ちだからって私財を投じるなよ……。ま、貰えるものはもらっておこう。今の黒神めだかにならこの柔道部チームでも勝てるかもしれないしね。

 

「黒神ちゃんと勝負ってのは面白そうやん。なぁ月見月クン」

 

「そうですね。生徒会チームに勝てば部費が三倍ですからね。別に一位にならなくても生徒会の順位さえ落とせればいい」

 

「なんや、相変わらず黒神ちゃんが相手だとめっちゃヤル気出すやん。男子にはハンデが付くとはいえジブンを出しといたんは正解やったな」

 

柔道部のメンバーはボク、鍋島先輩、城南の三人。鍋島先輩はもう部活を引退したんだけど、それはともかく。全員がプールに入ると、早くも最初の競技の説明が始まった。種目は「玉入れ」。この深いプールの底に沈んでいる玉を高所に立ててある籠に投げ入れるというあれである。

 

「それでは!位置について。よーい……どん!」

 

実況席による開始の合図と共に全員が一斉にプールに潜ろうとするが……。

 

「うわっ……浮き輪が邪魔で沈めない!?」

 

男子にハンデとして付けられたヘルパーの浮力が邪魔をしてなかなか潜ることができない。当然だけどヘルパーというのは水中に沈まないための道具だ。水中の玉を取るに当たってはかなりのハンデである。周りを見ると男子連中は仕方なく少しだけ沈んで足で玉を取る作戦に移行しているようだった。しかし、それでも足が着くまで沈むのは大変だし、足で取るのはさすがに時間のロスが大きすぎる。

 

「浮き具の付いてないウチが玉を取ってくるからジブンらで投げや」

 

「……はい。じゃあ城南は籠の下でボクが投げて外したのをキャッチしてくれ」

 

男子が水中の玉を拾ってくるのは非効率的過ぎるし、外して落とした玉はまた水底に沈んでしまうため、どの部も苦戦しているようだ。そのため、ボクらは鍋島先輩が取ってきた数個の玉をボクが投げ、城南がバスケットのように外した玉をリバウンドする作戦にしたのだが――

 

「これはひどいな。一個も玉が入らない……」

 

よく考えたら運の悪いボクがこういった偶然性の高い投擲系の種目で活躍できるはずがなかったのだ。急に波が起きたり、リングに弾かれたりでいまだに柔道部の得点はゼロのままである。

 

「ごめん、城南!そっちと投げる役替わって!」

 

「おう、ってか外しすぎだろ。優勝したら増額した部費で合宿地を混浴のある温泉地にするんだからな!」

 

……そんなことを堂々と宣言するなよ。ほら、見学してる女子部員がドン引きしてるし。辺りを見回してみると、ちょうど生徒会チームが、いや黒神めだかが水中の玉すべてを投げ入れたところだった。

 

「生徒会執行部!何と一気に20ポイント獲得だぁー!早くも勝ち抜けです!」

 

実況席から驚きの声が上がる。どうやら黒神めだかのように多くの玉を固めて一緒に投げるのが玉入れの必勝法らしい。城南が試したところそれは本当のようで、何とか制限時間内にボクら柔道部も20個すべての玉を入れることができたのだった。

 

「何とかウチらも同率一位になれて、とりあえずは一安心ってとこやろか」

 

「そうですね。とはいえ今のところ一位が六チームくらいありますからね……。それになにより、さっきの競技はボク達も実質的には生徒会に完全に負けていました。生徒会に勝たないことにはボク達に賞金はありません」

 

実際は生徒会に勝てなくとも残りの15チームの中で一位になれれば部費は増額されるんだけど、元々ボクは賞金になんて興味無い。とにかく球磨川さんを潰した黒神めだかに一矢報いたいというだけ。

生徒会に喧嘩を売るつもりはないけれど、それでもボクは――黒神めだかのことが大嫌いなのだから。


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