本日の運勢は過負荷(マイナス)   作:蛇遣い座

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「マイナス十三組へようこそ!」

とあるファミレスの店内で、恒例のマイナス十三組の幹部会が開かれていた。この場にいるのはボク、球磨川さん、蝶ヶ崎の三人。志布志は病院のベッドの上だ。

 

『それじゃあ、幹部会をはじめようか。と言っても、現在動けるのはこの三人だけになっちゃったけどね』

 

「……話し方、戻したんですね。球磨川さん」

 

先日のおぞましい雰囲気は鳴りを潜め、今の球磨川さんには無邪気な笑顔が浮かんでいる。抑えられているとはいえ、凶々しいまでの気持ち悪さは健在だけど。

 

『とりあえずはね。めだかちゃんとの戦いでは括弧つけてられる余裕なんてないだろうけど』

 

「ということは、本当にめだかちゃんとの勝負をするつもりなんですか?」

 

『うん。そろそろ、僕とめだかちゃんの因縁に決着をつけようと思ってる』

 

中学時代の敗北を思い出して、ボクはわずかに顔をしかめた。純粋な力勝負において、過負荷(マイナス)であるボク達は非常に相性が悪い。そして、それはマイナスを体現する球磨川さんには特に顕著に現れるのだ。正直に言えば、マイナス十三組が生徒会に勝利することができた要員の一つに、副会長戦における球磨川さんの不在が挙げられるだろう。黒神めだかが勝利を運命付けられているとすれば、球磨川さんは敗北を運命付けられていると言える。少なくとも、運命を見抜くボクの目にはそう映っていた。

 

『具体的には、マイナス十三組総員で僕とめだかちゃんの対決に邪魔が入らないようにしてもらいたいんだ』

 

「結局のところ、黒神さんを倒さなければ終わらないというのも確かなのでしょうが……。しかし、日時を決定して、マイナス十三組を動員しての総力戦となると不利なのでは?」

 

「そうですよ。おそらく特待生(スペシャル)と『十三組の十三人(サーティンパーティ)』の連中が増援として参加すると思います。せめて一点突破で決闘前にめだかちゃんを全員で強襲するというのはどうですか?」

 

マイナス十三組の中でも、戦闘用の過負荷(マイナス)を所持している生徒というのは多くない。しかも、副会長戦で痛感したことだけど、マイナス同士は連携が非常に取りづらいのだ。基本的に嫌われ者の集団であるボク達は他人と連携するためのスキルを持っていないし、その経験もない。総力戦での戦力差はさらに縮まるだろう。しかし、ボク達の言葉に球磨川さんはゆっくりと首を左右に振った。

 

『この戦いはただのわがままだよ。だけど僕は、正面から正々堂々と――めだかちゃんに勝ちたいんだ!お願い!僕に力を貸して欲しい!』

 

一瞬見せた球磨川さんの決意にボクは息を呑んだ。ふうっと肺に溜まっていた息を吐き出す。

 

「ボクの仕事は球磨川さんの目的を全力で達成させることです。それこそが、中学時代から変わらないボクの意志なんですから」

 

「そうですね。それが球磨川先輩の言葉ならば是非もありません」

 

『ありがとう。みんなに会えてよかった』

 

演技では無い笑顔を浮かべた球磨川さんに、ボクは同じ言葉を返していた。間違いなくマイナス十三組全員が同じ気持ちだろう。

 

――球磨川さんに救われたのはボク達も一緒なんだから

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、球磨川さんの密命を受けて、ボクは箱庭学園のとある場所へと向かっていた。最終決戦において重要な部分を占める作戦の一部を遂行するために。そのボクの正面に小柄な少女が現れた。

 

「あれ?久し振りですね、月見月先輩」

 

「……不知火さんか。今までどうしてたの?」

 

不知火さんは大量のお菓子を抱えながら、不敵な笑みを浮かべている。

 

「あひゃひゃ。生徒会戦挙の勝利おめでとうございます。いや、弱っちいあたしが参加してたところで、足手まといになるだけでしょ?邪魔にならないよう、ゆっくりと静観させてもらってましたよ」

 

「そう。今回の最終決戦には参加するつもりある?」

 

率直に尋ねたところ、その質問の答えはノーだった。不知火さんに疑念を抱いているボクにとっては一安心できるものだ。その心中を読み取ったかのように、不知火さんは笑みを深くする。

 

「それに、あたしの目的は達成できそうですしね。日乃影先輩を扇動したり、選挙管理委員長に根回ししたりも結局は無駄になりましたが……」

 

「……どういうこと?」

 

「そんな怖い顔しないでくださいよぉ。あたしの目的なんて別にたいしたことじゃありませんよ。球磨川先輩とお嬢様――この二人を正面からぶつけるってだけなんですから」

 

困惑するボクに向かって不知火さんは続ける。

 

「球磨川先輩とお嬢様の決着がつかない限り、この戦いは終わりませんから」

 

「それはそうかもしれないね。けど、不知火さんはめだかちゃんの方に肩入れしてると思ってたんだけど」

 

「あひゃひゃ。別にお嬢様に肩入れしてるって訳じゃないんですけどね。ま、月見月先輩からすれば同じようなものですか」

 

面白そうに不知火さんは笑う。その無邪気な笑い声は、なぜか球磨川さんを連想させた。改めて正面から相対したけど、その小柄な体躯からは寒気がするほどの過負荷(マイナス)を感じさせる。

 

「正面から総力戦を行えば、マイナスはプラスには敵いません。これまでの球磨川先輩なら脅迫や襲撃なんかの番外戦術で対抗してきたでしょうね。ですけど、今の球磨川先輩は一対一での勝負にこだわっている。純粋な強度を競う戦闘において、球磨川先輩には万に一つも勝ち目はありませんよ?」

 

「……それをどうにかするためにボク達がいるんだ」

 

自分でも分かるほどに苦々しい声音でボクは答えた。不知火さんは持っているスナック菓子の袋を開け、一口で胃の中に収めると、悪そうな表情でボクの方を見つめた。

 

「ま、月見月先輩には期待してますよ。あまり一方的にマイナス十三組が押されちゃうと、球磨川先輩とお嬢様の対決に邪魔が入っちゃうかもしれませんから」

 

そんな去り際の一言を残して、飄々とした様子でこの場を離れていった。不知火さんが見えなくなった途端、ボクは全身にどっと疲労を感じた。やっぱり不知火さんの過負荷(マイナス)としての重圧は、ボク達に勝るとも劣らない。とりあえず不干渉を貫いてくれるらしいというのは吉報かな。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、ボクは目的地である時計台地下二階、日本庭園へと到着していた。そこで待っていたのは糸島軍規。『裏の六人(プラスシックス)』の一人である。だぶだぶの袴のような派手な服を着た男がそこに立っていた。想像以上に不気味な雰囲気を漂わせてその場に佇んでいる。

 

「よぉ、噂には聞いてるぜ。マイナス十三組だっけか」

 

「はい、今後のことについて相談がありまして。マイナス十三組を代表してボクが交渉に来ました」

 

「そうかい。ちょうどいい、あんたも着いて来な」

 

そう言って糸島先輩は階段を下っていく。かつてボクは『裏の六人(プラスシックス)』の内、三人を同時に相手取ったことがある。過負荷(マイナス)を制御できなかった昔のボクでさえ多対一で対抗できた『裏の六人(プラスシックス)』。しかし、この糸島軍規はモノが違うようだ。転入当初の江迎さん程の異常度、マイナス性を感じさせる。つまりはマイナス十三組の中でも上位クラスということ。球磨川さんの命令によってボクは、最終決戦のために『裏の六人(プラスシックス)』を勧誘に来たのだ。

 

 

 

 

 

 

階段を降りた先は地下五階の駐車場だった。そこには『裏の六人(プラスシックス)』が勢揃いしている。全員の元へわざわざ向かって勧誘する手間が省けるというのは好都合だ。そう思ってこの場を見回したボクは思わず驚きの声を漏らしてしまう。

 

「なっ……!?阿久根……それに喜界島さんも!?」

 

「月見月……!どうしてここに!?」

 

なぜか『裏の六人(プラスシックス)』に混じって、阿久根と喜界島さんがこの場にいたのだ。困惑するボクだったけど、向こうも同じ気持ちのようで驚愕に目を丸くしている。

 

「さぁて、どうやら三人とも同じ用件みたいなんでな。面倒だからまとめてやっちまおうって訳だ」

 

「同じ用件……?まさか、生徒会側も戦力の増強を!」

 

焦燥感にボクは歯噛みする。生徒会は他の十三組生にも協力を要請しているのだろう。格闘系の特待生(スペシャル)にも声を掛けているだろうし、そうなれば最終決戦での戦力差はどうなるのか。少なくとも生徒会メンバーをマイナス十三組で圧殺という展開にはならないに違いない。

 

「とりあえず私が代表させて話させてもらうが、私達に味方について欲しいと。そういう用件でいいんだよな?」

 

「はい、ぜひとも球磨川さんのためにお力を貸してください」

 

「お願い!黒神さんに力を貸して欲しいの!」

 

糸島先輩の言葉にボク達は頷き、全員を見回して答える。しかし、その六人ともがつまらなそうな顔でボク達を見つめていた。

 

「わー大変だー。学園の危機ですねー(棒読み)」

 

「面倒です。糸島さん、適当に追い払ってくれませんか」

 

裸にオーバーオールという刺激的な格好の女子が棒読みで口を開く。続けて厚着をした眼鏡の男も心底面倒臭そうに答えた。この二人が湯前音眼と百町破魔矢か……。初めて会ったけど、やはり異常者(アブノーマル)というよりも過負荷(マイナス)に近いものを感じる。

 

「待ってください!俺達は……」

 

「まぁ落ち着けって。義を見てせざるは勇無きなり。私達も条件次第じゃ協力してやってもいいと思ってるんだぜ」

 

「条件……ですか?」

 

意外にも糸島先輩は場合によっては仲間になってくれるらしい。その言葉に他の五人も納得したような表情を見せた。そして、糸島先輩は愉しそうに笑ってボク達に難題を言い放つ。

 

「その条件はお前達に決めてもらう。チャンスは各陣営ごとに三回ずつ。手番は交代制で頼むぜ。ランプの精は三つの願いを叶えてくれるそうだ。お前達には三つの願いを考えて、私達が叶えて欲しい願いを一つでも答えてくれればいい。先に俺達の願いを提案してくれた陣営に協力するぜ」

 

「どちらも願いを答えられなかった場合は?」

 

「決まってんだろうが。そんな俺達を理解できない奴らと組むことはできねぇよ!」

 

糸島先輩が振り向くと、残りの五人も頷いた。このゲームに勝てば『裏の六人(プラスシックス)』はマイナス十三組の仲間になってくれるだろう。

 

「『逆ランプの精ゲーム』とでも名付けるかな。ランプの精になった気分で、持ち主が叶えて欲しくなる願いを考えることだ」

 

そう言って糸島先輩は説明を終えた。喜界島さんが不安そうにボク達に目を向けるが、ボクと阿久根はすでに解答を考えることに集中している。

 

「阿久根、喜界島さん。先番は譲るよ」

 

「本当!月見月先輩、ありがとう!」

 

糸島先輩はゲームと銘打っているけど、簡単に言えばこれも交渉の一種。問題は早い者勝ちと回数制限のルール。とりあえずボクは三回の回数制限を重視して、正しい願いを考えることを優勢した。阿久根も同じ考えのようで、焦らずじっくりと答えを考えている。しかし――

 

「お金あげるっ!」

 

喜界島さんの声が響き渡った。単純明快な答え。それを聞いた阿久根は額に手を当て、呆れたように首を振った。集中していたせいで喜界島さんにまで気が回っていなかったのだろう。阿久根は目を閉じて溜息を吐いた。

 

「却下」

 

「ええっ!何で……」

 

心底、不思議といった表情で叫ぶ喜界島さん。……当たり前だよ。名瀬さんですら理解できないという『裏の六人(プラスシックス)』が、そんな通常の感性を持っているはずないじゃないか。だから阿久根も不用意に回答しなかったっていうのに……。

 

「さぁて、生徒会側の一つ目の願いは不発。手番を交代して、次はお前の回答する番だぜ」

 

「そうですね……」

 

球磨川さんならどうするだろう。考え込むボクの脳裏に閃光のように名案が閃いた。その解答を自信満々に糸嶋先輩へと言い放つ。

 

「みんなをとびっきりに不幸にしてあげるよ」

 

「はぁ?」

 

ボクの予想とは裏腹に、六人は理解できないといった風に眉を潜めた。

 

「おいおい、何だその交換条件はよぉ!」

 

「あれ?」

 

もしかして失敗だったのか?そんなボク達のやりとりを見て、阿久根は我慢できずに笑い出してしまった。

 

「あはははははっ。そんな交渉があるものかよ。ま、おかげで俺の方も願いは決まったけどね」

 

「へえ、何だよ。人のことを笑ったからにはちゃんとした正解を出せるんだろうね?」

 

「ああ、もちろん。今の条件を飲まなかったことで、『裏の六人(プラスシックス)』の精神の傾向は掴めたよ。つまり俺の出す条件は――」

 

阿久根は誇らしげな笑みを浮かべた。

 

「めだかさんが君達を幸せにしてくれることだ!」

 

「全然惹かれねぇぜ。不幸が嫌だからって幸せになりたい訳じゃねぇんだよ」

 

その自信満々な表情は一瞬にして愕然としたものへと変わってしまった。幸せでも不幸でもない。理解不能の感性。これが異常者(アブノーマル)と過負荷(マイナス)の境――『裏の六人(プラスシックス)』。

 

 

 

「球磨川さんの仲間になれるよ」

 

マイナス十三組全体の原動力にして求心力。球磨川さんの負のカリスマ性に期待したこの条件。性格破綻者がデフォルトのマイナス十三組においても、絶大なる忠誠心を集めているほどだ。ボクがマイナス十三組に与している理由もこの一言に尽きる。

 

「……いや、私達はその球磨川って奴のこと知らねぇし」

 

登校はしていても集会に参加していない『裏の六人(プラスシックス)』は、球磨川さんのクーデターを直接見ていないんだった……。これで互いに答えられる願いの数は残り一つずつ。最後の願いをどうするべきか。

 

「ったくよぉ。こりゃどっちの陣営にもつかないって結果に終わりそうだぜ。ほら、生徒会執行部の最後の願いは何なんだ?」

 

しばらく考え込んだ阿久根は諦めたように息を吐き出した。

 

「球磨川さんの目的は箱庭学園の十三組生を皆殺しにすることです。そして、俺達はそれを阻止するために戦っています。あなたたちの内の三人を病院送りにしたそこの月見月もメンバーの一人です。対抗しようにも、あなたたちの力では殺されるだけでしょう。力を合わせて一緒に戦いましょう」

 

「興味ねぇな。いや、別に勝てると思ってる訳じゃないぜ。そこの月見月って奴の凶々しく不吉な雰囲気は肌で感じてる。戦闘力で言えば、そして異常度、マイナス性においても私と同等以上だろうな。そんな奴が心酔するリーダー。言われなくとも恐ろしさは理解できる」

 

「だったら!」

 

「それを知った上で興味ないって言ってんだぜ」

 

彼らは自身の生死にも関心は無いのか。しかし、阿久根も予想は付いていたのだろう。かぶりを振って捨て台詞を残した。

 

「球磨川さんは残虐な男です。たとえ仲間になったとしても十三組生であるあなたたちは殺されるでしょう」

 

そんなことはない!と叫ぼうとして、ボクはとっさに口を閉じた。これは阿久根の仕掛けた罠だ。ボクの出す最後の条件に命の保証を入れさせようとしているのだろう。しかし、そんなものが彼らの願いのはずがない。無駄な条件を入れさせて引き分けに持ち込もうという魂胆が透けて見える。案の定、阿久根は残念そうな目でこちらを見つめていた。

 

「さて、最後の回答を聞かせてもらおうかね。外せば私達はお前達の戦いには関与しないと約束しよう」

 

「……少し考えさせて欲しい」

 

『裏の六人(プラスシックス)』の精神性を見抜かない限り、彼らの願いは理解できないに違いない。フラスコ計画が凍結したにも関わらず、こうして六人でつるんでいることを考えると、仲間が欲しいという異常者(アブノーマル)や過負荷(マイナス)の傾向は読み取れる。ただ、幸せも不幸も生も死もそれほど重視していないようだ。その精神性は過負荷(マイナス)に近いかな。だけど、名瀬さんによると、そのスキルは異常(アブノーマル)に分類されている。

 

「やっぱりお前達には理解できねぇかよ……」

 

糸島先輩がつまらなそうにつぶやくのが聞こえた。球磨川さんが交渉に来ていたなら理解できているはずなのに……。悔しさに唇を噛み締める。……いや、待てよ。なぜ球磨川さんはボクに引き抜き交渉を任せたんだ?その疑問とともに様々な思考の断片が頭を駆け巡る。

 

「そうか……!きみ達の願いがわかったよ!」

 

「ほぅ……言ってみろよ」

 

異常者(プラス)にして負(マイナス)の精神性を持つ『裏の六人(プラスシックス)』。――それは、正常(プラス)の精神性にして過負荷(マイナス)を保持していたボクと真逆にして同一。

 

「みんなの異常(アブノーマル)でボクのことを好きにしてくれていい」

 

「ん?それはどういう意味だ」

 

「そのままの意味だよ。みんなの気が済むまで、ボクに好きなだけ暴力を振るって、ぶちのめしてくれていい」

 

近くにあった金属製のチェーンで自分自身の手足を縛りながら答える。意味不明な条件を聞いて逡巡する様子を見せたのは一瞬だけだった。

 

「賛成の反対……の反対だな」

 

「がはあっ!」

 

ボクの元へ飛び込んできていたサイボーグ、鶴御崎の高熱を発する拳が腹に突き刺さった。反射によって回避できないように手足を縛っているため、その暴力をまともに受け止めることとなったのだ。異常なまでの高熱と威力に、ボクは肉の焼け焦げたような臭いを発しながら殴り飛ばされる。近くの車に背面から激突したボクの首に髪の毛が巻き付いた。これは筑前優鳥の『髪々の黄昏(トリックオアトリートメント)』。

 

「そういえば、私の髪を焼いたことがあったわね。その傷み、返させてもらうよ」

 

「うぐぅぅぅ……」

 

頸動脈をギリギリと絞める髪に、ボクの顔から血の気が引いて青ざめる。苦悶の表情を浮かべるボクは重力の向きが変わったのを感じた。直後、髪によって投げ飛ばされたのだろう。コンクリートの床に叩きつけられたボクは受け身もとれずに肺から空気を吐き出させられた。

 

「ごほっ!……はぁ…はぁ…」

 

「じゃあお言葉に甘えて、私もめちゃくちゃな異常(アブノーマル)を披露させてもらうとするか!驚愕する準備は万端かよ!」

 

そう言って全身から不気味な空気を醸し出す糸島先輩。それに加えて、ボクの視界には弓を構えた百町破魔矢、液体と化した腕を振り上げる湯前音眼、口を大きく広げた上峰書庫の姿が映っている。

 

――それから数分間、ボクはこの世の地獄を味わった

 

 

 

 

 

 

「大丈夫ですか!月見月先輩っ!」

 

「お、おい……月見月、生きてるか?」

 

無限とも思える数分間を過ごしたあと、ボクは全身ズタボロのボロ雑巾のように床に広げられていた。あまりにも残酷な暴力の前に、完膚無きまでに壊され尽くしたボクの身体は激痛という悲鳴を上げている。意識が朦朧としているにもかかわらず、いまだに気絶していないのはこの神経を削られているような激痛のせいだろう。心配して駆け寄ってきた阿久根と喜界島さんに言葉を返す余裕もなく、ボクは糸島先輩を見上げて目を合わせた。

 

「な……仲間に…なりま…せんか?」

 

途切れ途切れだけど、真剣に心を込めて言葉を紡ぐ。

 

「おい!そんなこと言ってる場合じゃ……!喜界島さん、地上に出て人吉先生を呼んできてくれ!俺は保健委員を呼んでおくから!」

 

焦った様子で喜界島さんに指示を出し、自分は携帯で知り合いの保健委員を呼び出そうとする阿久根。だけど、今のボクには自分の身体の心配なんて頭になかった。最終決戦に出るまでもなくリタイアしてしまうことへの恐怖も忘れていた。正常(プラス)な精神性をもつ過負荷(マイナス)と、負(マイナス)の精神性をもつ異常者(プラス)。互いにプラスとマイナスを打ち消し合ってしまう中途半端な存在のボク達。

 

「残酷で不気味で…意味不明で理解不能……。だけど、それでもボクは構わない……。強さも弱さも、善さも悪さも、幸運も不運も――ボク達は受け入れる」

 

痛みで引き攣った表情を無理矢理動かして精一杯の笑顔を作る。ボクが球磨川さんに救われたように、ボクも彼らを救いたいと思ったんだ。おぞましい過負荷(マイナス)を受け入れてくれた球磨川さんのように、ボクは彼らのおぞましい精神性(マイナス)を受け入れる。プラスとマイナスが打ち消し合うなら、マイナスを認めて伸ばしてやる。それは、とても安らぎに満ちたことなんだ。

 

「だから……ボクと…友達になろうよ」

 

糸島先輩は目を閉じ、静かに首を左右に振る。ボクの心に浮かんだのは悔しさでも恨みでもなく、悲しみだった。

 

「そっか……」

 

この大怪我では最終決戦までに治療が間に合わないかもしれない。『裏の六人(プラスシックス)』も仲間にはならない。ただ無駄骨を折っただけだ。だけど、ボクの心に後悔はない。

 

「勘違いするんじゃねぇよ」

 

そんなボクに糸島先輩は嬉しそうな表情を浮かべて声を掛ける。

 

「私達だけが異常(アブノーマル)を披露したんじゃ不公平だろうが。お前も私達を過負荷(マイナス)でぶちのめしてくれねぇとな」

 

「え?……それって…」

 

「仲間になってやるってことだよ。こんな理解不能の奴らを入れて後悔するんじゃねぇぞ!」

 

驚いて後ろの五人を見回すと、その全員が笑顔で頷いた。ボクは誇らしげに声を上げる。

 

「マイナス十三組へようこそ!」


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