本日の運勢は過負荷(マイナス)   作:蛇遣い座

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「不慮の事故ですから」

生徒会戦挙会計戦――ボク達はそれを別室のカメラにて観戦していた。そこには『植物を成長させる過負荷(マイナス)』を操る江迎さんの攻撃を捌きながら走っている人吉親子の姿が映っている。周囲一帯を覆っている異常に成長した植物群が二人を襲う。つたをムチのように、葉を刃のように、枝を針のように襲い来る。これは過去の文献を読み漁って今回の戦場を植物園とした成果だろう。しかし、このまま広い植物園で姿を見せずに一方的に嬲り続けられるほど甘くはない。

 

「お母さん、こっちだ!奴らの気持ち悪さは俺が肌で感じ取れるぜ!」

 

「うん、じゃあ寄り道無しで行くよ!」

 

そう言って善吉くんが指さした方向へ人吉先生が鉈で植物群を切り払いながら進んでいく。そして、その方向には確かに江迎さんと蝶ヶ崎がいるのだ。

 

『蛾ヶ丸ちゃん。あと数十秒で善吉ちゃん達がそっちに着くから注意してね』

 

ボクの隣からは携帯電話で蝶ヶ崎に電話を掛けている球磨川さんの声。それに蝶ヶ崎も了解の返事をしているのが聞こえる。監視カメラの映像を見ながら球磨川さんは、電話で人吉先生たちの居場所をリアルタイムで伝えているのだ。あまりにも堂々とした行動に、近くにいた名瀬さんが呆れながらも長者原に抗議をする。

 

「おいおい……これはいくら何でも反則じゃねーのか?」

 

「いえ、今回のルールは制限時間内に自身の鍵を守りながら、相手の鍵を奪いパートナーの腕に装着された爆弾付きの腕輪を開放するというものです。反則となるのは戦挙の進行に支障をきたす行為の他には、鍵を隠したり破壊したりすることだけとなっております」

 

『それに書記戦では、めだかちゃんだって窓を叩き割って声を掛けていたじゃないか。それと同じだよ』

 

 

 

そんなことを言っている間にも戦局は変わり、テレビには蝶ヶ崎が人吉親子に蹴り飛ばされている光景が映っていた。人吉先生の蹴りを受けて近くの大木へと叩きつけられる蝶ヶ崎。しかし、何の痛痒も感じていないといった表情であっさりと立ち上がった。

 

「ったく、全然効いてねーみたいだな」

 

「ねえ、蝶ヶ崎くん。江迎さんはどこにいるのかしら?おばさんに教えてくれないかしら」

 

「聞くまでもないでしょう。この要塞の奥で試合終了まで篭城しておりますよ」

 

その蝶ヶ崎の背後には頑強な大木の絡み合った壁が作り出されていた。それは四方を高く堅い木の壁に囲まれ、誰も侵入できない絶対の領域である。そこに江迎さんは引き篭もっていた。球磨川さんが教えたこれが、『荒廃した腐花(ラフラフレシア)』狂い咲きバージョン――タイプ『柵』

 

「ちっ……お母さん、こいつは俺が引き受ける。だから、江迎の方を頼む」

 

「わかったわ!」

 

人吉先生は取り出した大型チェーンソーの電源を入れると、甲高い金属音を上げるそれを木の壁に振り下ろした。頑強な壁とはいえ、所詮は木製。少しずつ壁は削られていく。

 

「そうはさせませ……ぐっ!」

 

邪魔をしようとした蝶ヶ崎だったが、善吉くんの蹴りを受けて再び地面に叩きつけられてしまった。格闘スキルにおいては善吉くんに及ぶべくもなく、為すすべもなくやられている。もちろん蝶ヶ崎は無傷で立ち上がるんだけど……

 

「どうしてダメージを返さないんだよ!」

 

思わず小さく苛立ちの声を漏らす。これじゃ、ただ一方的にやられているだけだ。ダメージはそこらの地面かどこかに押し付けているんだろうけど、相手に攻撃を返さなければ全く脅威にはならないのだ。蝶ヶ崎の攻撃手段はそれしかないっていうのに……。

 

『安心しなよ、瑞貴ちゃん。今のところ、展開は僕の望んだ通りに進んでいるんだから』

 

「蝶ヶ崎のあの行動も球磨川さんの指示なんですか?」

 

『うん。蛾ヶ丸ちゃんの「不慮の事故(エンカウンター)」には致命的な弱点があるからね』

 

球磨川さんの言葉にボクは首を傾げる。あの完全なる過負荷(マイナス)に弱点があるのか……?少なくともボクには蝶ヶ崎を倒す方法なんて思いつかない。

 

 

 

「ったく、これだけ蹴ってんのにまるで効いてないのかよ。日之影先輩並みの耐久性だな」

 

「いえいえ、私に耐久性など皆無ですよ」

 

「だったら、お前の過負荷(マイナス)は攻撃を無効化する類のスキルってわけか。ったく、面倒だぜ」

 

数え切れないほどに蹴り倒された蝶ヶ崎に善吉くんはやれやれと首を左右に振る。その瞬間、周囲から伸びた大量のつたが善吉くんを襲った。

 

「ちっ……またかよ」

 

もう慣れたのか、善吉くんもそれをバックステップでかわしていく。蝶ヶ崎はこれを好機とばかりに全速力で走り出した。向かうは善吉くんではなく、チェーンソーで木の壁を伐採している人吉先生。しかし、蝶ヶ崎はあろうことか、振り下ろされたチェーンソーの正面に飛び出し――自分の身体を盾にするように切り刻まれたのだった。

 

「なっ……蝶ヶ崎くん!?」

 

さすがの人吉先生もチェーンソーの勢いを止めきれず、焦ったような声を上げる。チェーンソーで人体を斬るなんて、一歩間違えば死に至ってしまう危険行為なんだから当然だ。しかし、それが杞憂であることをボクは知っている。

 

「だ、大丈夫なの!?」

 

「いえいえ、お気になさらず。こんなのはただの、不慮の事故ですから」

 

「血が出ていない……。やっぱりあなたの過負荷(マイナス)は攻撃を無効化するタイプのものね」

 

「ふふっ……よくもそんな冷静に話せますね」

 

蝶ヶ崎は薄く笑みを浮かべ、勝ち誇ったように余裕な態度を見せている。その雰囲気に人吉先生は怪訝そうな表情を浮かべた。そうか、ようやく今まで蝶ヶ崎が反撃しなかった理由が分かった。これを待っていたんだ――即座に勝負を決められる一撃を。

 

「どういうこと?」

 

「ああああああああああああああ!」

 

人吉先生の背後から絶叫が上がる。慌てて振り向いたそこには――首元から勢いよく鮮血を噴き出す善吉くんの姿があった。

 

「善吉くん!?」

 

「どんな気分ですか?自分の手で愛する息子を切り殺した感想は」

 

蝶ヶ崎はチェーンソーの斬撃を善吉くんに押し付けたのだ。頚動脈を切断された善吉くんは噴水のように血を流しながら地面に膝を着いた。血相を変えて善吉くんの元へと駆け寄る人吉先生。善吉くんも手で押さえているが、流血は止まるどころか弱まる気配すら無い。このままでは善吉くんが出血多量で死亡するのも時間の問題だ。しかしそれは、ここにいるのが心療外科医――人吉瞳で無かったらの場合である。

 

「……何をしたんですか」

 

あれほど勢いよく噴き出していた善吉くんの血が止まっている。心療外科医の人吉先生にとって、止血や縫合なんて朝飯前ということだろう。ふぅ、と一息ついた人吉先生が厳しい表情で蝶ヶ崎を見つめる。

 

「見誤っていたわ。あなたの過負荷(マイナス)は自身の受けたダメージを無効化するのではなく、他の場所に押し付けることね?」

 

「ええ、その通りです。ですが、能力を知られたところで私を倒す方法などありません」

 

「倒す方法はなくても欠点は見つけたわ」

 

そう言って人吉先生と善吉くんはこの場から離脱した。いきなりの逃亡に蝶ヶ崎は驚きの声を上げる。二人が疾走しているのは高くそびえ立つ壁に沿ってである。その意味をすぐに理解した蝶ヶ崎だったけど、すでに手遅れ。残念ながら鍛え抜かれた人吉親子とインドア派の蝶ヶ崎では走力には大きな差が存在していた。

 

「くっ……私を置き去りにして他の場所から突入するつもりですか!」

 

それから数分後。人吉先生が大した妨害もされずに木の壁を伐採し終えたのと、駆けつけてきた蝶ヶ崎が追いついたのはほぼ同時であった。

 

 

 

 

 

 

その様子を別室で眺めながらボクは苦虫を噛み潰したような表情でつぶやいた。

 

「これが蝶ヶ崎の『不慮の事故(エンカウンター)』の欠点(マイナス)ですか……。相手に攻撃されない限り、こちらも反撃することができない」

 

『蛾々丸ちゃんの過負荷(マイナス)は自己防衛の意味では完全だけど、他人を攻撃したり守ったりすることには不向きなんだ』

 

「だったら球磨川さん!もう打つ手無しなのかよ。さすがに怒江ちゃんだけじゃ勝てねーぜ?」

 

志布志の言葉に球磨川さんは困ったような顔を見せた。しかし、ボクには球磨川さんの表情とは裏腹にどことなく余裕を感じ取れた。

 

『策は授けたんだけど今の蛾々丸ちゃんじゃ無理かな。だからさ、蛾々丸ちゃん、よく聞いてね――』

 

球磨川さんは携帯電話に向けて声を発する。画面の向こうにはイヤホンから球磨川さんの声を聞いている蝶ヶ崎の姿が見える。

 

『さっき善吉ちゃんたちが言ってたよ。――お前って何だかトランプとか武器にして戦いそうな顔だよな(笑)って』

 

「……」

 

その言葉を聞いて蝶ヶ崎が一瞬固まった。というか思わずボク達も呆気に取られたように球磨川さんを見つめる。……こんな大事な場面で球磨川さんは一体何を言ってるんだろう?というか、あの冷静な蝶ヶ崎がこんな挑発に掛かるはずが……

 

「なんっ…でそこまで!的確に人を傷つける台詞が言えるんだよ!お前はぁああああああ!」

 

困惑しながら映像を見ていると、突如蝶ヶ崎が髪を逆立て、豹変したように叫び出した。豹変したようにというか、もはや別人としか思えない変わりようだ。唖然としているボク達をよそに、蝶ヶ崎は怒声を上げながら二人に突撃した。先ほどまでの受け身な態度は微塵も感じられない。

 

「しかも言うに事欠いてまさかのトランプだと!?トランプを武器にする奴なんて現実にいるわけねーだろ!俺が二次元と三次元の区別も付かねー馬鹿だってのか!」

 

「ぐっ……善吉くん!ここは私に任せて、江迎ちゃんの方へ行って鍵を取ってきて!」

 

「わかったぜ、お母さん!」

 

突進してくる蝶ヶ崎をかわしながら人吉先生が叫び、善吉くんは大きく開けられた壁の穴から中へと侵入する。結果的には互いに分断され一対一の形。ここからは純粋に個人の力量にかかっている。どちらが先に相手の持つ鍵を奪うことができるのか。だけど、客観的に考えるとやはりボク達の方が不利だろう。何せ、蝶ヶ崎は相手の攻撃が無ければ本領を発揮することができないからだ。

 

「……おや、息子さんの加勢には行かないんですか?」

 

「挑発は無駄だよ、蝶ヶ崎くん。その『不慮の事故(エンカウンター)』は完全に受身の能力。私から仕掛けない限り、あなたに勝ち目は無いわ」

 

ニヤニヤと笑みを浮かべて挑発する蝶ヶ崎に人吉先生は冷静に返す。

 

「その豹変振り、一見するとマイナス成長に思われるけどそうじゃない。瑞貴くんのようにマイナス性を回復させた訳でもない。心療外科医の私に言わせれば、せいぜいが我を失って、理性を失った程度のもの。あなたの過負荷(マイナス)に成長は起こってはいないのよ」

 

だから仕掛けない、と人吉先生は言う。さすがは人吉先生、見た目の豹変に囚われずに冷静に最善の策を採ってきた。このまま時間稼ぎをされたら、善吉くんが江迎さんを倒してしまう。しかし、懐からナイフを取り出した蝶ヶ崎の表情にはなぜか余裕が窺える。

 

「その通りです。ただし、少しでも理性が残っていたならば、こんな策は採れなかったでしょうね」

 

「何を言って……きゃああああああ!」

 

突然、人吉先生の両足の太ももから血が噴き出し、ガクリと膝を着いてしまった。そして、手にあったナイフは蝶ヶ崎自身の体に深々と突き刺さっている。本来なら有り得ない戦略に思わず目を見開いた。まさか、自分自身に与えたダメージを押し付けたのか……!

 

――無傷が信条の蝶ヶ崎に自傷させた

 

『そうだよ。蛾々丸ちゃんの「不慮の事故(エンカウンター)」は防御のみに特化した能力じゃない。ワイヤレスで相手に直接ダメージを与えれられるそれは、攻撃に使えば回避不能な必中の遠隔攻撃となる。これこそが蛾々丸ちゃんの完全なる過負荷(マイナス)の真骨頂だよ』

 

 

 

よろよろと人吉先生が立ち上がるのを蝶ヶ崎はうんざりしたように眺めていた。

 

「歩けないように両足の筋肉はちゃんと断裂させたはずなんですがね……」

 

「ちゃんと縫合して繋ぎなおしたのよ。このくらいの傷も治せなくて外科医は名乗れないわ」

 

しかし、その表情には痛みと疲労がありありと窺える。出血も無視できないほどだったし、何よりこの攻撃を避けたり防いだりすることができないのだ。

 

「しかし、それも無駄な努力です。私の攻撃をあなたは防ぐことはできないし、私の防御を貫くこともできないでしょう?ただ傷を増やすだけです」

 

「ふふっ……若いわね、蝶ヶ崎くん。勝ちか負けかなんて、大人の世界はそんな単純な二択じゃないのよ?」

 

「ずいぶんと偉そうに囀りますね。死に掛けの分際で……。わかりました、あなたは時間ぎりぎりまで嬲り殺しにしてあげますよ」

 

怪我人とは思えない速度で蝶ヶ崎へ向かって走り出す人吉先生。しかし、――蝶ヶ崎が自身にナイフの刃を通す方が早い。

 

「ははははっ!斬撃を押し付けて両足の靭帯を断裂させました!おとなしく私の前に跪いてくださ……なっ!?」

 

蝶ヶ崎の眼前には両足を潰されたにもかかわらず自身へ向かって突撃してくる人吉先生の姿。両足にダメージを押し付けられる寸前、そのタイミングを読んだ人吉先生は渾身の力で蝶ヶ崎へ向かって跳躍していたのだ。すでに空中にいる人吉先生は脚を潰されようとも予定通りロケットのごとく飛んでいくのみ。そして、接敵距離内へと侵入した。

 

「ですが!どのような攻撃でも私を倒すことなどできません!」

 

「縫合格闘技『狩縫』――六の技『針漬』」

 

針と糸を手にした人吉先生は、蝶ヶ崎へとその両手を凄まじい速度で動かしていく。そして、飛び込んだ勢いのまま背後の大木へと揃って激突した。もちろん、そのダメージも蝶ヶ崎には届かない。余裕そうな蝶ヶ崎とは対照的にボクは忌々しそうに画面を見ながらギリッと歯噛みした。この技はマズイ……。

 

「だから私には通用しないと……いや、これは!?」

 

蝶ヶ崎の全身は背後の大木に針と糸で縫いつけられてしまっていた。ピクリとも動けないほどに完全に拘束されている。その表情からようやく余裕が消え、代わりに焦燥が浮かんだ。拘束から逃れようとじたばたと暴れるがまるで糸が緩む気配は無い。

 

「勝ち(プラス)でも負け(マイナス)でもない引き分け。あとは善吉くんに任せましょうか」

 

そう言って人吉先生は断裂した自身の靭帯の治療に入った。やられた……。相手からも自分からもアクションの無い――現状維持。それが蝶ヶ崎の弱点だったのだ。この戦況にボクは頭を抱えるが、まだ希望は残っている。これはタッグ戦。あとは江迎さんに勝負の行方は懸かっているのだ。しかし、その希望もあえなく砕かれることとなる。

 

「球磨川さん、勝負の行方は江迎さんに委ねられましたね」

 

振り向いたボクは変わり果てた球磨川さんの様子に絶句した。球磨川さんが恐慌したように頭を抱えて震えている。その形容しがたい表情にはまぎれもなく狼狽が含まれていた。球磨川さんはボクにも気付かない様子で別のカメラの映像を凝視している。いや、周りを見回すとボク以外の全員の視線がそのテレビに集中していた。志布志はやれやれと諦めたように首を左右に振っており、他の連中は歓喜の表情で画面を見つめている。一体何が……。ボクもそちらへ視線を向けると、そこには驚愕の事態が起こっていた。

 

「江迎さんが改心させられた……?」

 

木に囲まれた空間で互いに手を握り合っている善吉くんと江迎さん。涙を流ながらも江迎さんは笑みを浮かべていた。脳内に中学時代の悪夢が蘇る。この場面で改心させられるとボク達にはどうすることもできない。感情が無いように見えて意外と仲間思いの球磨川さんのことだ。内心ではかなりのショックを受けていることだろう。いや、すでに球磨川さんの普段の飄々とした態度は崩れており、その表情からは悔しさや困惑の感情が漏れ出しているのが分かる。

 

「ボクが間違っていた……」

 

画面の向こうでは二人が人吉先生と合流し、江迎さんが首から提げた鍵を善吉くんに手渡していた。これで会計戦は敗北確実。身動きの取れない蝶ヶ崎はそれをみすみす眺めているしかない。しかし、ボクは違う。

 

「球磨川さんを守るのを他人任せにするだなんて、本当にボクはどうかしていたよ」

 

――『壊運(クラックラック)』

 

この距離では正確に個人を狙うことはできないけど、それでも構わない。蝶ヶ崎は無傷だろうし、裏切った江迎さんは死ねばいい。植物園の内部一帯から運勢を奪い取ると同時に、大地が激しく揺れ動いた。

 

「地震っ……!?」

 

そして、連鎖的に植物園の建物の天井が崩壊し、瓦礫の山が四人に降り注ぐ。現在の戦績は一敗一分け。この会計戦を敗北した場合、次の副会長戦で現生徒会側のボクが敗北して一勝を得た上で、さらに次の会長戦でも勝利しなければならない。しかし、この会計戦で引き分けに持ち込めば、会長戦では引き分けでもマイナス十三組の勝利とすることができるのだ。ただ、今のボクにはそんな計算など頭に無かった。球磨川さんを悲しませた彼らを倒したかっただけ。

 

『蛾々丸ちゃん!鍵を狙って!』

 

ハッと何かに気付いたように球磨川さんが通話中の携帯電話に向けて叫んだ。その直後、蝶ヶ崎の身体に大量の瓦礫が降り注ぐ。

 

 

 

 

 

「ちっ……これは間違いなく瑞貴さんの差し金だな」

 

自分自身と人吉先生に向かって落ちてくる瓦礫を蹴り弾きながら善吉くんはつぶやいていた。隣には頭上に手をかざしてコンクリートの破片を腐食させている江迎さんの姿もある。残念ながら三人とも無傷のようだ。互いの無事を確認すると善吉くんは江迎さんから受け取った鍵を自身のブレスレットの鍵穴へと差し込んだ。

 

「だけど、これでようやく終わりだぜ」

 

カチッと爆弾付きのブレスレットのロックが外れ、時限爆弾のタイマーが止まった。人吉親子の顔に安堵の表情が浮かぶ。そして、この別室では現生徒会のみんなの勝利を喜ぶ歓声がこだましていた。ボクはうつむきながら絶望的な気分でその場に佇むしかない。勝利の喝采で部屋が埋め尽くされる中、長者原が無慈悲に判定を告げた。

 

「それではこの会計戦!現生徒会の勝利とさせて頂きま――」

 

『待ちなよ、長者原くん』

 

「どうかなさいましたか?私の判定に何か不満でもございましたか?」

 

その判定に口を挟んだのは球磨川さんだった。そのまま画面の人吉先生を指した球磨川さんをこの場の全員が警戒しながら見つめている。この状況からいったい何を……?

 

『人吉先生が首から提げている鍵。それを見せてもらっていいかな?』

 

「……画面越しでよろしければ構いませんが」

 

長者原は園内のスピーカーから人吉先生に要請する。それを聞いた人吉先生は首から提げた鍵を上空の監視カメラに向けて見せようとして、その瞬間表情が凍りついた。

 

「ど、どうして……!?」

 

真新しかったその鍵はいつの間にかボロボロになっており、半ばからへし折れてしまっていた。おそらくは蝶ヶ崎の『不慮の事故(エンカウンター)』の効果。ボクが蝶ヶ崎の身体に降らせた瓦礫の雨の落下の衝撃を人吉先生の鍵に押し付けたのだろう。あの球磨川さんの指示の意味にボクはようやく気が付いた。そして、ボクの顔に歓喜の笑みが浮かぶ。

 

『確か鍵の破壊は反則負けだったよね?』

 

「ちょっと待ってよ!これは蝶ヶ崎くんが……」

 

「おやおや、心外ですね。証拠でもあるんですか?まさか私が鍵を開けられないように自分の鍵を壊しておくだなんて、ひどいルール違反ですね」

 

書記戦で都城王土の介入を見逃した長者原だ。証拠が無い以上、今回のボクの介入も見逃されるだろう。だから問題は鍵を壊したのが誰かということだ。状況証拠で蝶ヶ崎と取るか、ルール通りに人吉先生と取るか……。長者原は口元に手を当てて考え込んだが、すぐに顔を上げて両手を大きく広げた。

 

「それでは改めて判定致します!生徒会戦挙会計戦の勝者は!現生徒会の反則負けにより――新生徒会とさせて頂きます!」

 

球磨川さんと志布志が手を軽く上げる。それをボクは会心の笑みを浮かべて思いっきりハイタッチした。

 

 

 

――生徒会戦挙、現在の戦績は一勝一敗一分け。


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