本日の運勢は過負荷(マイナス)   作:蛇遣い座

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『僕の仲間になりなよ』

中学に入学してからすでに数日が経過した訳だけど、いまだにボクにはたった一人の友人すらできていなかった。というか怖がって誰も近づいて来ない。それはある意味自業自得なんだけど、そのせいでボクがまともに話をできる相手といったら真黒さんくらいしかいない訳で……

 

「やあ、月見月くん。そろそろクラスには慣れたかい?いやいや答えなくてもいいよ。貴重な放課後だというのにわざわざ僕の教室まで来て、こそこそと教室の中を覗いているくらいだからね。これは酷な事を尋ねてしまったみたいだね」

 

さわやかにボクの心の傷を抉ってくる真黒さんにげんなりさせられるが、実際言われた通りなので反論のしようもない。

 

「そりゃそうなりますよ。あんな不良の中の不良、人間を破壊するのが趣味なんて公言してるような狂人と同類扱いされちゃってますからね……。入学初日の喧嘩が噂になって、ボクが話しかけたらみんな怯えちゃうんですよ。女子にいたっては声を掛けただけでガチ泣きされそうになりましたし」

 

「ははっ、確かに君と同類に分類(カテゴライズ)されちゃったら阿久根くんの方も迷惑だろうね。でも、本当に阿久根くんだけのせいなのかな?だって――君の小学校時代の同級生たちも入学しているんだろう?」

 

「……」

 

「まぁ君の同級生たち本人に話を聞くことはできなかったけどね。まるで話題にするというだけのことでさえ関わりたくないといったように。でも、それも当然かな。君の『不運』の『異常(アブノーマル)』は僕のでさえ『解析』することができないけれど、それでもそのおぞましい効果による結果は知っているからね」

 

しかし、真黒さんは厳しい顔をふっと崩すと、笑みを浮かべてこちらを見つめてくれた。

「でも、人吉先生は大丈夫だと言っていたしね。だから、今のところ君のことは心配していないよ。」

 

「そうですか」

 

「でも、友達を作りたいのなら部活に入ったらどうだい?僕は黒神グループの仕事があるから学校を休みがちだし、やっぱり学生といえば部活じゃないかな」

 

それはそうなんだろうけど、特にやりたいこともないんだよなぁ。中学にサバット部なんてないし……

 

「うーん、でもあんまり特定のグループに属したくはないんですよね」

 

「……と、言ってるうちにお友達が来たみたいだね」

 

やめてくださいよ、とげんなりした面持ちで答えると、同時に背後へ向けて蹴りを放つ。硬い手ごたえを感じて後ろを向くと、そこには僕の蹴りを金属バットで受け止めている阿久根の姿があった。というか武器こそ毎回違うが、毎日襲い掛かられてるため、いい加減見飽きた顔である。

 

「よお、今日こそてめぇを破壊しにきたぜ!」

 

そう言いいながら阿久根はバットを振り上げると、再びボクの脳天に向けて思いっきり振り下ろしてきた。

 

「うわっ!」

 

一歩下がって阿久根の攻撃を空振りさせると、ボクは廊下の窓を蹴破り、そのまま校庭へと飛び降りた。窓ガラスとかって弁償になるのかな。

 

「ちっ……逃げんじゃねえっ!」

 

同じく二階から飛び降りて追ってくる阿久根。このまま背後の男を撒いて帰宅しようと思い、ボクは正門を全速力で抜けていく。もしボクが逃げずに阿久根と正面からぶつかったとしたら、間違いなく双方どちらもが痛手を負うだろうと確信していた。入学早々、そんな事態はごめんなのでこの数日は阿久根との戦闘は逃げることを優先して行動しているのだった。

そのせいで、休み時間ごとに喧嘩を吹っかけられているボクのことをみんなが怖がってしまうんだけど……。

 

 

 

 

 

「わっ!あ、すいません」

 

慌てていたボクは正門を出て曲がり角を右に曲がったときにドンッと人とぶつかってしまった。逃げてる途中だっていうのにタイミング悪いなぁと思いつつ、勢いよくぶつかったため地面に倒れてしまった相手に、怪我は無いかと手を差し出そうとするボクだったが――その男の瞳を見た瞬間に全身を圧倒的な寒気が走った。

 

『ありがとー。ええと、確かきみは……月見月瑞貴ちゃん、だったかな』

 

その男は全身を硬直させてしまったボクの手を勝手に取って立ち上がると、ボクの瞳の奥を覗き込むように見つめてきた。その瞳は腐った人間の死体のようにどろどろに濁りきっており、その全身からはこの世のすべての負の要素をかき集めて凝縮したかのような凶々しいオーラを漂わせている。

こんな生物が存在するのか――!?

 

『ちなみに僕の名前は球磨川禊。よろしくね、瑞貴ちゃん』

 

「な…なんでボクのことを……?」

 

『もちろん知ってるさ。だってきみは有名人だもの。入学式やこの数日での出来事はみんな知ってるよ』

 

「……そうですか」

 

ボクはそれしか言葉を発することができなかった。目の前の球磨川という男の不吉で異様な雰囲気に完全に飲み込まれてしまっている。黒髪、黒眼、中肉中背。一般的な生徒に外見だけでも見えることが驚きだった。それほどまでに男の内面から醸し出されている不気味な存在感はあまりにも逸脱し過ぎていた。何も出来ずに立ちすくんでいるボクを我に帰らせてくれたのは、とうとう追いついてきた阿久根の金属バットによる殴打であった。

 

「ぐっ!?……痛っ。でもおかげで助かったよ」

 

「ああ?何言ってんだよ」

 

頭をぶん殴られたおかげで魅了されていたかのように呆然としてしまった意識を覚醒することができた。ダメージの方も反射的に芯を外したおかげで頭がふらつく程度で済んだようだし。しかし、今のボクには襲ってきた阿久根の方に眼を向ける余裕すらない。多少は冷静になった頭で再び男を観察してみるが、やはり存在そのものが凶兆を体現しているかのような負の塊しか感じ取れない。

 

『やあ、きみが阿久根高貴ちゃんかな?』

 

「何だよてめぇは。用があんのは隣の男だけだから、怪我したくなきゃさっさと消えろ」

 

『まあまあ。僕はきみとも話がしてみたかったんだ。ははっ、それに怪我って。これだけ時間を掛けて、同級生の一人も壊せない程度のきみが?笑っちゃうなあ』

 

なぜ挑発したんだ!?あまりにも挑発的な言葉に、青筋を立てて威圧するような声を発する阿久根だったが、全く動じずに男は無邪気な笑みを浮かべたままだ。いや、動じないというよりもむしろ、感情というものが存在しないかのような……。かつて通っていた病院で『異常者(アブノーマル)』というのは何人も見てきたけれど、そのどれとも違う。

 

「いいから消えろっつってんだろ!」

 

「あ…阿久根、やめろっ……!」

 

薄々この異様な雰囲気を感じ取っていたのだろうか、普段以上にイラついた様子の阿久根が目の前の男へと金属バットを振り下ろした。それはは狙い通り球磨川の顔面を強打し、そのあまりの威力に男は吹き飛ばされゴロゴロと地面を転げまわっていく。受身の一つどころかまばたきすらせずに無防備のまま阿久根に打ち倒されたはずだけど……

 

「……な、なんだよてめぇは!?」

 

『なんだとはひどい物言いだなー』

 

男は何事も無かったかのように、表情一つ変えずに起き上がってボクたちの方へと歩いてくる。いや、何事も無かったはずがない。破壊することにかけては『特別(スペシャル)』な阿久根の攻撃をまともに受けたんだ。男の顔面は陥没しており、鼻骨や頬骨も間違いなく折れているだろう。言葉を発することすら激痛だろうに、そんなことは微塵も感じさせずに明るく声を響かせている。

 

『うん?もう終わりなの?』

 

「な、ならもう一撃!」

 

阿久根はもう一度、目の前で自身の瞳の奥を覗き込むようにして笑みを浮かべ続けている男の左肩にバットをめり込ませた。メキッと鎖骨がへし折られた音が辺りに響いたが、男はやはり何の反応も見せない。

阿久根もボクもこれまでに数え切れないほどに喧嘩をしてきた。殴られた相手というのは怯えや恐怖、苦痛、あるいは反骨心。とにかく必ず何らかの表情を浮かべるものだ。しかし、目の前の男にはそれが無い。まるでそれが当然のことであるかのように殴られることを受け入れている。

 

『ずいぶんイライラしてるみたいだね。うん、そうだっ!じゃあボクがそのイライラをすべて受け止めてあげるよ』

 

阿久根の破壊というのは、目的としては自分のストレスやイラつきの発散であるとボクは感じていた。彼はいつも苛々していて、サラリーマンがサンドバッグを叩くように、阿久根は人間を叩くというだけなのだろう。だから、阿久根にとってボクと喧嘩をするのも学校の窓ガラスを割るのにも同じことなのだろうと思っていた。結局のところ破壊できれば誰であろうと何であろうと構わないのだろうと。

 

しかし、――この男だけは例外だった。

 

 

 

「あ、ああああああああああっ!」

 

立ち上がる姿も、話し声も、その全てが気持ち悪い。あまりにも理解の外の人間を前に、阿久根は錯乱したかのようにバットを何度も振り下ろし続けている。男の腕や肩の骨は折れ、全身打撲の血塗れな状態だが、しかし恐怖を感じているのは加害者の阿久根の方だった。バットを叩き付けるたびに自分の精神が破壊されているような。得体の知れない恐怖に、とうとう阿久根の手からバットが零れ落ちた。

 

『ほら、続けたらどうだい。自分の手で、自分の意思で、自分のために、破壊を続けてみなよ』

 

「あ……うああ…」

 

笑みを浮かべている球磨川とは対照的に阿久根の顔面は蒼白になっており、無意識で男から離れるように後ずさっている。阿久根には初めての体験だろう。

 

――もうこれ以上破壊したくない、というのは。

 

阿久根は間違いなく男の肉体を破壊している。しかし、それが一切男の精神に影響を及ぼしていないのだ。むしろこの負の塊のような男に攻撃を加え続けることで、負の容量を増大させているようですらある。阿久根の正常(プラス)はすでにあまりにも強大な恐怖(マイナス)に飲み込まれてしまっていた。そして男は阿久根のそばまで近づき、一転して優しげに声をかける。

 

『ねえ、高貴ちゃん。自分のために暴力を振るうっているのは怖いだろう?相手からの恨みも、憎しみも、敵意も、報復も、逆恨みも、全て自分に返ってくるんだから』

 

完全に折られてしまっている阿久根の心に男の囁きが染み込んでいく。

 

『僕が全て引き受けてあげるよ。恨みも、憎しみも、敵意も、報復も、逆恨みも。だから君はその苛々を発散するだけでいい』

 

そして一拍おいて言葉を発した。

 

『僕の仲間になりなよ』

 

 

 

――勧誘

 

常軌を逸した負のプレッシャーに晒され続けた今の阿久根の精神でそれを断ることなどできなかった。一度でもこの男と関係を持ってしまったら、どんな人間でもその重力のような過負荷(マイナス)性に屈してしまうに違いない。関わることすらしてはならない。それがこの球磨川禊という人間だろう。

 

まさかそのためにわざわざ阿久根に喧嘩を売ったのか……!?

 

勝敗度外視で、ただ自分と敵対関係という形で関わらせるためだけに。それだけのために挑発して、満身創痍になるまで殴られたっていうのか?考えられないほどに最悪な下策。

 

――しかしそれだけに、この男にはお似合いの策だった

 

「……悪辣だね」

 

『何を言っているんだい、瑞貴ちゃん。僕は一方的に暴力を振るわれただけだぜ?』

 

いつの間にか気持ち悪い姿勢で首だけを振り向かせて僕の方を無邪気な瞳で見つめていた。そして、見得を切るように両腕を左右に大きく広げる。

 

『僕は悪くない』

 

 

 

気持ち悪くておぞましい。なのになぜだろう……。

 

――彼を見ているとこんなにも心が安らぐのは

 

『月見月瑞貴ちゃん。小学生時代の君は七回ほど転校を繰り返して、そしてそれと同じ数だけ小学校を廃校に追い込んできたそうだね』

 

「……っ!?」

 

『最初の学校は理科室の薬品の保管ミスによる不審火で全焼、次の学校は建築上の不備で校舎が倒壊、その次がええと、全校集会中に大型トラックが居眠りのまま突っ込んできて十数人をひき殺した後、爆発炎上。あまりの凄惨な事故に生徒たちの登校拒否が相次いで、事実上廃校』

 

それは全て事実だった。ボクの周囲に巻き起こる不運を生徒たちは気味悪がったし、転校するたびに学校を廃校にしていくボクのことを教師たちは怖がった。イジメや虐待も起きたけど、それもその人たちが不慮の死を遂げるたびに無くなっていった。そんなボクの罪状を楽しそうに読み上げながら近づいてくる。

 

『理想的だよ』

 

やばい……。人吉先生に縫合してもらった精神がほつれていくのが分かる。これ以上この男と関わっていると自分が過去の自分に戻されるのを確信させられた。球磨川が一歩近付いてくるたびに、心の底から危険な予感の混じった焦燥感が湧き上がってくる。

 

「……近寄るな」

 

しかし男の方は気にする様子も無く歩き続け、一歩ずつ縮まっていく互いの距離は死刑台が近づいているようにも錯覚させられた。ああ、わかった。彼を見ていると感じる、恐怖の中でどこか安らぐような感覚は――

 

――自分よりも最悪な人間が存在するということに対する安心感なのか

 

「寄るなああああああああああああ!」

 

もう我慢できない。珍しく大声で叫んだボクの頭をよぎっていたのは、もうすぐで自分の中の何かを失ってしまうということ。それは、のちにマイナス成長と呼ばれることになる現象に対する予感だった。

 

そして、その瞬間にあることに気付いたボクの身体はとっさに横へと飛び退いていて、直後に先ほどまでボクの居た場所を、縁石を越えて――軽自動車が横転して激突していた。

 

――ボクのすぐ側に居た球磨川を巻き込んで

 

「あ!……だ、大丈夫っ!?」

 

さっとボクの顔から血の気が引いた。ようやく『異常性(アブノーマル)』がある程度落ち着いて、普通の学園生活を送れると思っていたのに、結局のところ、ボクには全く制御不能だったらしい。

急いで車の下敷きになった球磨川の元へ駆け寄ると、脚を車に潰されてしまっていた。大至急の手当てが必要なのは一目で分かる。ふと辺りを見回すと、どうやら携帯電話で阿久根が救急車を呼んでくれているようだ。

 

「……ごめん」

 

ボクは球磨川から目を背けながら小さく呟いた。ボクの不運に巻き込まれた人間がボクのことを見る目はほとんど同じだ。怯えるか憎むか。そんな顔を見たくなくてこの場を立ち去ろうとしたボクに球磨川は声を掛けてきた。

 

『これはきみのせいなんだね、瑞貴ちゃん』

 

糾弾するような言葉に恐る恐る振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべた球磨川の姿があった。全身に大怪我を負い、息も絶え絶えになりながらも、その目にはまるで子供がサンタさんに出会ったかのような輝きに満ちた光が映し出されていた。――何でそんな目ができるんだ。

 

『ありがとう。わざわざ僕にきみの異常を見せてくれて。これで確信したよ』

 

そんな心底楽しそうな、興奮した自分を抑えきれないといった様子で言葉を続ける。そしてそれは、ボクが長年待ち望んでいた言葉だった。

 

『僕にはきみが必要なんだ。友達になろうよ』

 

自然とボクの瞳から涙が零れ落ちていた。これまでの人生でボクは、他人に恨まれ、憎まれ、恐れられ続けてきた。ボクの不運についても、人吉先生や善吉くんは気にしないと言ってくれていたけど――彼はボクの不運を肯定して、必要としてくれている。ボクは周りを不幸にしてしまう最悪の人間だ。それは分かっている。それでも、ボクは誰かに自分のことを肯定して、必要として欲しかったんだ――

 

「こちらこそよろしくお願いします。球磨川さん」

 


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