本日の運勢は過負荷(マイナス)   作:蛇遣い座

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『最初に歌いたい人いるー?』

古賀さんをマイナス十三組の集まる剣道場へと預けたあと、ボク達は打ち上げのために近くのカラオケボックスを訪れていた。庶務戦を終えた球磨川さんと合流して、そのまま幹部会へとなだれ込む。ちなみに不知火さんは用事があるとのことで欠席。基本的に不知火さんは戦挙が始まってからはあまりマイナス十三組としての活動には加わっておらず、何をしているのかは不明だ。そんなわけで、注文した軽食やお菓子で埋め尽くされたテーブルを前にしてミーティングが始まった。

 

『じゃあ、みんな今日はお疲れ様。おかげで一気に戦挙は僕達に有利になったよ。今後の予定はおいおい話し合うとして、とりあえず打ち上げを始めようか』

 

球磨川さんが乾杯の音頭を取って、ボク達はソフトドリンクのグラスを合わせた。ちなみに江迎さんは手で触れた物を腐食させてしまうので、私物の特製カップを持ち込んでいる。

 

『最初に歌いたい人いるー?』

 

「それでは、僭越ながら私が歌わせて頂きましょう」

 

球磨川さんの言葉に蝶ヶ崎がマイクを握って答えた。意外にもノリノリで歌い出した蝶ヶ崎だけど、正直ボクには何の曲かさっぱり分からない。なので、隣にいる球磨川さんに今日の庶務戦について尋ねてみた。

 

『やっぱりルールのある戦いじゃ僕達(マイナス)は彼ら(プラス)には勝てないね』

 

「うーん、今回の敗北は時間稼ぎに徹していたからじゃないんですか?球磨川さんのスキルに善吉くんが勝てるとは思えないんですけど……」

 

『まーそうなんだけどね。でも、結局は同じことだと思うよ。正攻法で戦えないからこそのマイナスだしね。僕達はルールの上で競うには弱すぎるんだよ』

 

よく分からないけど、過負荷(マイナス)の象徴でもある球磨川さんが言うのならそうなんだろう。そんなことを話しているうちに蝶ヶ崎の歌が終わったようだ。それを見た球磨川さんが笑顔で江迎さんに声を掛ける。

 

『さーて、次は僕が歌おうかな?怒江ちゃんも一緒に歌おうよ』

 

「え……でも、私が触るとマイクが腐っちゃいますし……」

 

『大丈夫だよ。ほら、僕が代わりにマイク持ってあげるからさ』

 

そう言って球磨川さんがマイクを江迎さんの前に持っていってやると、顔を真っ赤に染めて頷いたのだった。江迎さんは蕩けたように潤んだ瞳で球磨川さんを見つめている。江迎さんの気持ちはボクにも理解できる。彼女もボクと同じ理由で球磨川さんに付き従っているのだろう。つまりは自分を認めてくれる唯一の存在として――

 

『じゃあこの曲でいい?』

 

「はい、球磨川さん!もちろん何でも大丈夫です!」

 

機械で曲を入力するとイントロが流れ始め、球磨川さんは楽しそうに、江迎さんは緊張した様子で歌い出した。江迎さんは自分の手を、マイクを握った球磨川さんの手の上に添えるようにして歌っている。マイクが腐食しない代わりに球磨川さんの手が腐り続けているけど、もちろんそんな瑣末なことを気にしている様子は無い。

 

『あれがデネブ、アルタイル、ベガ~』

 

江迎さんは頬を赤く染めながら、横目でチラチラと球磨川さんの顔を眺めていた。あまりにも分かりやすい反応に思わず苦笑してしまう。さすがは球磨川さんのカリスマ性というべきなのかな。

 

「月見月さん、今後のことなのですが……」

 

歌い終わった蝶ヶ崎がボクに声を掛けてきた。相変わらず同級生のボクに対しても敬語だ。それに対してボクもポッキーを食べながら視線を向けることで答える。狂ってる人間の多いマイナス十三組の中で、例外的に理性的な蝶ヶ崎とは、今後の指針について検討し合うことが多いのだ。もちろん球磨川さんの意見が最優先だけど。ちなみに志布志は早くもドリンクバーにおかわりを取りに行っているようだ。

 

「次の書記戦、あるいはその次の会計戦。生徒会の内情に詳しいあなたはどう見ているのですか?」

 

「……そうだね。阿久根と喜界島さんを病院送りにした今、書記戦と会計戦は不戦敗。副会長戦もボクがわざと負けるだろうことは向こうも分かっているだろうから、これで三敗。このままなら生徒会の敗北が確定するね」

 

「となれば当然代理を出してきますね」

 

「めだかちゃんの性格上、代理は好まないだろうけど、さすがに背に腹は変えられないからね。で、誰が出てくるかというと……」

 

ボクはあごに手を当てて考える。特待生(スペシャル)から選ぶなら鍋島先輩だけど、凶化合宿を行えない以上、過負荷(マイナス)に耐性のない生徒は出してこないだろう。となると過負荷(マイナス)に近い連中である『裏の六人(プラスシックス)』か、それに関わっていた『十三組の十三人(サーティンパーティ)』か――。

 

「でも大半はボク達が襲撃をかけた際に病院送りにしちゃったからね……。それに戦闘用の異常性(アブノーマル)を持つ古賀さんはすでに拉致してるし。わざわざ転入してきたくらいだから、少なくとも人吉先生は出馬してくるだろうけど」

 

書記戦で人吉先生と当たった場合、おそらくは純粋な体術勝負になるだろう。技術なら人吉先生が上、身体能力ならボクが上、――過負荷(マイナス)も含めるとわずかにボクが不利かな。

 

「私達マイナス十三組は限りなく貧弱な集団です。球磨川先輩に匹敵する絶対値を持つという黒神めだかまで回すことは絶対に避けねばなりません。一見すると余裕の展開に見えますが、次の書記戦、会計戦は落とせませんよ」

 

「わかってる。誰が相手だろうと必ず勝つよ」

 

蝶ヶ崎の言葉にボクは静かに闘志を燃やしながら答えた。ボク達の話が終わると同時に、球磨川さんと江迎のアニソンメドレーも歌い終わったようだ。ボク達はそれにパチパチと拍手をする。

 

『次は瑞貴ちゃんの番だよ。選曲しちゃっていいよ』

 

球磨川さんの言葉にボクはうーん、と小さく唸る。できるだけみんなが知っていて、かつ他とかぶらない曲を脳内で検索してみる。球磨川さんはアニソン、志布志はロック系、江迎さんは……見た目からしてJ-POPかな?

 

「蝶ヶ崎ってどんなの歌うの?」

 

「始めに歌ったのもそうでしたが、私はゲームの主題歌や挿入歌などを特に好んでいますね」

 

「その見た目でゲーソンかよ!ビートルズとか歌いそうなのに……」

 

あまりのギャップに思わず笑いが漏れてしまった。そんな英国紳士みたいな格好してるのにゲーマーって……。ボクの突っ込みを受けた蝶ヶ崎はいきなり自分の手を熱々のコーヒーの中に突っ込んだのだった。突然の行動に驚く暇も無く、ボクの手に焼けるような熱さを感じる。

 

「熱っちいいいいいいいい!」

 

慌てて自分の手を押さえるが、ボク自身には何も異常はない。ただ、火で炙られているような熱を感じているだけだ。いまだに火鉢を当てられているような灼熱が続いているが、蝶ヶ崎自身は冷静でまるで熱を感じていないようだ。蝶ヶ崎……こいつ、ボクに熱さを押し付けてきてるな!

 

「おやおや、どうかしましたか?ちなみに言っておきますと、この服は以前在籍していた高校の制服ですので、別に私が英国紳士を目指して購入したものではありません。そして、ゲームをすることに見た目は関係ありません。それともあなたは私のような人間にゲームをする資格は無いとでも言うのですか?だとしたらその根拠をおっしゃって頂きたいものですね」

 

蝶ヶ崎は平静を装ってはいたものの、頬を引きつらせており怒っているのが丸分かりだ。というか、そんなに格好のこと気にしてたのか……。

 

「熱ちちっ……わかったよ!謝る!謝るから紅茶の中に入れた手を早く抜いて!」

 

「分かって頂けたのなら幸いです」

 

そう言ってようやく蝶ヶ崎は自分の手を紅茶の中から出してくれた。急いでソフトドリンクの冷たいグラスで手を冷やす。恨みがましくジト目で睨みつけるボクだったが、蝶ヶ崎は涼しげな表情で目線を反らしている。その時、ガチャと音を立てて開いた扉から志布志が戻ってきた。

 

「はい注目ーっ!ほら、ゲームやろうぜ!」

 

志布志の手には得体の知れない飲み物のグラスが握られている。ボクは冷や汗を流しながら志布志の持つグラスに震える指を向けた。嫌な予感がした。

 

「志布志……それは?」

 

「ん?とりあえずドリンクバーで適当に混ぜてきたんだよ。月見月先輩が言ったんじゃねーか。高校生はこういう遊びをするんだって」

 

「……冗談だったのに」

 

ドリンクバーで色々な飲み物を混ぜて、それを罰ゲームとして誰かが飲むという遊びは中高生の男子なら誰もがやったことがあるだろう。以前、志布志とカラオケに来たときに柔道部でやったそのゲームを教えてやったのだ。だからってボクがそのゲームをやりたかった訳じゃないのに……。

 

「へー、そんな遊びがあるんですね」

 

「みてーだぜ?あたしも友達なんていなかったから月見月先輩に初めて聞いたんだけどな」

 

「じゃあ、早速やりましょうよ。私、そういうことするの憧れだったんです」

 

後輩の女子二人がボクに尊敬のまなざしを向けている。今更やりたくないとは言えないよな……。マイナス十三組の生徒達は基本的に、というよりほとんど全員が嫌われ者だ。当然、このように友達同士で遊びに来るのも初めてなのだろう。

 

『面白そうだね。じゃあこれも入れよっか!』

 

「ちょっ……食べ物を入れないでくださいよ!」

 

球磨川さんは笑顔のまま、その飲み物に血のように真っ赤なパスタのミートソースを注ぎ込んだ。それによって、その液体は蛍光色から一気に濁り切った朱色に変化してしまう。不味さのレベルが恐ろしく上がってしまった。

 

「私もどちらかというと甘いものが苦手ですので、少し苦味を加えさせて頂きましょうか」

 

「あたしはわさびでも入れてやるよ」

 

「ええー、辛いのは嫌ですよお。仕方ないから私はプリンを入れて甘くしますね」

 

蝶ヶ崎は紅茶のティーパックを入れ、続くように志布志と江迎さんもそれぞれを混ぜていく。カオスすぎる……。その液体は形容しがたい色へと変化しており、もはや味の想像すらつかない代物になっていた。ボクは何とか中和しようとウーロン茶を入れたけど、正直焼け石に水だろう。

 

「で、誰が飲むの?」

 

「じゃんけんで負けた奴にしよーぜ」

 

「ちょっと待て!それじゃボクが負けるに決まって……」

 

さらっと言い放った志布志の言葉に、ボクの全身に電流が走ったような寒気を感じた。慌てて声を上げるボクだったが、その声は届かない。

 

「それは名案ですね」

 

「そうですね。じゃあ、早速やりましょうよ」

 

『いくよ。最初はグー!じゃんけん……』

 

合図と共に出された手はボクがグー、そして他のみんなはパーだった。結果は必然と言うべきか、ボクの一人負け。

 

「罰ゲームは月見月先輩ですねえ」

 

「いやいや、運で決まる勝負ってボクに不公平すぎでしょ!?」

 

『ひどいことを言うなよ、瑞貴ちゃん。公平な勝負の代名詞であるじゃんけんに文句を付けるなんて』

 

視線を目の前の液体の入ったコップへと落とす。ボクにこんな得体の知れない液体を飲めだって……?頬を引きつらせるボクに救いの手を差し伸べてくれたのは、意外にも蝶ヶ崎だった。

 

「月見月さんも嫌がっているようですし、無理強いはよくありませんよ。まあしかし、食事を無駄にするのも気が引けますからね。仕方ないですから私が代わりに飲みますよ」

 

「た、助かるよ……。ありがとう蝶ヶ崎」

 

ほっと安堵の溜息を吐きながら礼を言うボクを見て蝶ヶ崎は薄笑いを浮かべていた。その様子に一瞬疑問を覚えたが、すぐに蝶ヶ崎はグラスを傾けてそれをゴクゴクと飲み始めた。直後、ボクの口内に広がる異物感と不快感。

 

「うえええええええっ!ち、蝶ヶ崎……まさか!」

 

驚いて視線を向けるとそこには心底愉しそうにボクを見下ろす蝶ヶ崎の姿が――

 

「さっきはよくも偉そうに私の趣味にケチを付けてくれましたね。偉そうな奴ってのは、誰に何されてもしょうがないですよねえ」

 

「さっきのを根に持って……!?ぐぅぅ……自分の味覚と不快感をボクに押し付けてくるなんて」

 

舌に広がるまるで汚物のような感覚に、思わずボクはのどを押さえて呻き声を上げる。助けを求めようとしたボクだったが、その考えは即座に打ち消さざるをえなかった。みんなも苦悶の表情を浮かべているボクの姿を嬉しそうに眺めていたのだ。さすがはマイナス十三組。吐き気で顔面を蒼白にしたボクは必死に許しを請うしかなかった。というかそもそも、いつボクが蝶ヶ崎の趣味にケチを付けたんだよ!被害妄想にも程がある!

 

「わ、わかった……、謝るから許してくれ」

 

「しかしですね、どこかしらにこの不快感を押し付けないことにはねえ」

 

「隣の部屋の客にでも押し付ければいいだろ!」

 

机に突っ伏して必死に頼み込むボクを眺めながら、蝶ヶ崎はサディスティックな笑みを顔に張り付けていた。そして、そのままグラスを傾けてまるでワインでも楽しむかのように口内で転がしていく。

 

「だからそうやって味わうのをやめろぉおおおおおお!」

 

――それから数分の間、カラオケボックスの一室ではボクの悲鳴が止まることは無かったのだった。

 

 

 

 

 

 

ボクがぜえぜえと荒い呼吸を繰り返していた時、いきなり球磨川さんの携帯の着信音が鳴り響いた。

 

『もしもし……うん……分かった、代わるね』

 

そう言って球磨川さんは携帯をボクに渡してきた。疑問に思って尋ねると球磨川さんは何でもないように答える。

 

『名瀬さんが君に話があるって』

 

「まさか……!?」

 

先ほど凶化合宿に乱入して古賀さんを拉致したのは、今後の生徒会戦挙に関わらせないためだけでなく、もう一つの理由があった。それはマイナス十三組側の性質をもつであろう名瀬妖歌のスカウトのためである。普通に交渉すれば仲間になってくれると球磨川さんは言っていたが、ついでということで親友の古賀さんを人質にしておこうという策であった。だけど、球磨川さんの携帯に電話を掛けてきたというのは一体どういう……。

 

「もしもし、月見月だけど」

 

「……お前、よくも古賀ちゃんを拉致ってくれたな」

 

「何のこと?日之影先輩たちが何者かに襲われたっていうのは聞いてるけど、何でボクがやったなんて話になってるの?言い掛かりは止めて欲しいね。たぶん、怪我した古賀さんは親切な誰かが保護してくれてるんじゃない?」

 

平静を装って答えながらもボクは困惑を覚えていた。なぜ球磨川さんの電話番号を知っている?それに名瀬さんはボクに電話を代わるように指名してきた。ボクが古賀さんを拉致したことを知っているのか?

 

「古賀ちゃんから聞いたんだよ。お前にやられたってな!許さねぇぞ、お前だけは俺が手ずからぶちのめす!」

 

「まさか古賀さんを奪還した!?いや、そんな簡単に襲撃に屈するはずが……!」

 

瞬間的にボクの顔に驚きが浮かぶ。いや、古賀さんは剣道場で保護していたはず。生徒会側が奪還しに来ることを想定して古賀さんの身柄は十数人ものマイナス十三組生で守らせている。人吉先生や黒神めだかがいるとはいえ、人数の減った現在の生徒会相手には十分守り切れる公算だったのになぜ!?

 

「……球磨川さんに電話を掛けられたのはマイナス十三組の生徒の携帯を使っているからだね。それでわざわざ電話を掛けてきたのはどうして?」

 

「お前に聞きたいことがあったからだよ。生徒会戦挙、お前はいつ出馬するんだ?」

 

一瞬答えるか迷ったものの、そのまま口に出した。

 

「……次の書記戦だよ」

 

「そうか、じゃあ書記戦は俺が出てやるよ。逃げんじゃねーぜ。俺も初めてなんだからよ、他人を心の底から不幸にしてやりたいと思うなんてな!」

 

「不幸?そんなの十分知ってるよ。だったら、代わりにボクは本当の不運ってやつを教えてあげるよ」

 

 

 

――そして一週間後、不運の書記戦が始まる。

 

 

 

 


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