本日の運勢は過負荷(マイナス)   作:蛇遣い座

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「あたしは断然、血の海派!」

生徒会戦挙当日、ボクは時計台地下五階駐車場へと向かっていた。そろそろ庶務戦を行っている頃だろうか。初戦の庶務戦に出馬するのは球磨川さんだ。本来ならスキルから考えても球磨川さんの敗北は考えられないんだけど、どうやら本人はそう考えてはいないらしく、むしろ敗北する可能性の方が高いそうだ。庶務戦の形式が何であろうと、球磨川さんは時間稼ぎを最優先してくれるらしい。つまり、ボク達の働きに期待しているということ。

 

「久しぶりだね」

 

地下五階の扉を開けると、そこには凶化合宿を行っている生徒会メンバー達がいた。

 

「月見月先輩……?どうしてここに……」

 

「どうしたんだ?そろそろ庶務戦が始まっている頃だと思うんだが、俺達に何か緊急の用事でも?」

 

ボクの姿を確認した阿久根と喜界島さんが不思議そうに尋ねるのを無視して、周囲を見回す。そこには凶化合宿を受けている阿久根と喜界島さん、それを教導している日之影先輩と真黒さんがいた。そしてもう一人――

 

「古賀さん、君も合宿を受けていたんだね……」

 

「ん?そうだよ、名瀬ちゃんが万が一に備えて受けておいてって」

 

「それは懸命な判断だけど、――残念ながらツキが無かったね」

 

ボクの言葉と同時に目の前の全員の身体が――ズタズタに切り裂かれた。まるで噴水のように飛び散る鮮血でボクの視界が赤く染まる。何が起こったのか理解できず、大量の血を流しながらその場にガクリと膝を着いた。一瞬にして周囲が血に染まる。

 

「こ、これは……志布志さんの過負荷(マイナス)か!?」

 

血に塗れながら阿久根は驚愕の表情で叫んだ。そういえば阿久根は中学時代にこのスキルを受けたことがあったか。

 

これが『他人の古傷を開く』という志布志の過負荷(マイナス)――『致死武器(スカーデッド)』

 

同じくこのスキルを受けたことのある古賀さんも状況が飲み込めたようで、血だらけになりながらボクに敵意のまなざしを向けてくる。そして、ボクの背後から現れた三人の姿を見た途端、この場が張り詰めたような緊張感に包まれた。ようやく全員が理解したのだろう。志布志飛沫、蝶ヶ崎蛾々丸、江迎怒江、そしてこのボク月見月瑞貴によるマイナス十三組の襲撃。

 

「ねーねー。ところでお前ら、夏を過ごすなら海派?山派?あたしは断然、血の海派!」

 

目の前の惨劇を何とも思っていないという風に志布志が軽い調子でボクらに問い掛けた。

 

「聞かれるまでもありませんね、志布志さん。私は昔から夏とバイクは山派と決めています」

 

「ボクも山派だよ。昔から海運が悪くてね。ま、だからって山が安全な訳じゃないけど」

 

「私も山派かなぁ、志布志ちゃん。ほら、私が泳いだら海が腐海になっちゃうもん」

 

それを聞いて志布志は頭に手を当てて困ったように笑う。

 

「えー?何だよ、三人とも山派だったのかよ。先に言えよな、そういうことは!ごめーん、あたしの好みで勝手に血の海作っちゃって。じゃあちょっと待っててね。――すぐに死体の山を築くから」

 

ボクら四人ともこの惨状を前にしてもどうでもいい会話を続けていた。その感性はやっぱりボクもマイナス十三組の生徒だと安心させられる。そんなことを考えている間に、日之影先輩が歯軋りをしながらボクを睨みつけていた。

 

「おい、月見月。てめぇ何で動けるんだよ!お前は俺がリタイアさせたはずだろうが!」

 

「ん?ああ、それですか。まったく……この間はよくも人をボロ雑巾みたいにボコボコにしてくれましたね。さすがに死ぬかと思いましたよ」

 

「いいから答えろ!」

 

「球磨川さんの『大嘘憑き(オールフィクション)』で戻(なお)してもらったんですよ。球磨川さんの過負荷(マイナス)の詳細については、いま戦っているであろう善吉くんから教えてもらってください。ただし、――その頃にあなた方が五体満足でいられるかどうかは保証できませんけどね」

 

ボクの言葉に日之影先輩の敵意が膨れ上がる。他の三人もふらつく足で何とか立ち上がっていた。しかし、その身体は血塗れの満身創痍で、堪え切れずにハァハァと呼吸が荒くなっている。いや、古賀さんだけは傷が塞がっているようだけど。

 

「懐かしいよなー、阿久根先輩。中学時代もこうやってあたしの過負荷(マイナス)でズタズタにしてやったっけな」

 

「し、志布志……!」

 

「あの時はあんたが球磨川さんと月見月先輩とツルんでたよな。どうだよ、立場が逆転した今の気分は?」

 

志布志が見下ろすようにして声を掛けると、阿久根はギリッと歯噛みして睨みつけた。昔とは違い、今の阿久根はボク達を許容することはできない。それでも一縷の望みを込めて志布志に向けて叫んだ。

 

「ぐっ……君だって短い間とはいえ、この学園で暮らしてきたじゃないか!?それなのに何とも思わないのか!?」

 

「アホか、あんた……。何も思わないわけねーだろ。あたしはそんな無感情な人間じゃねーよ。もちろん――こんなくだらねー学校ぶっ潰してやろうって思ってたぜ」

 

何でもないように言い放った志布志の言葉に、阿久根は目を閉じて諦めたように首を振った。日之影先輩も言っていたが、過負荷(マイナス)とは文字通り『話にならない』連中なのだ。どうあっても相容れない思想に、阿久根は内心諦めながらもボクへと視線を動かした。

 

「月見月、君は……」

 

「ボクの理由は言うまでもなく分かってるだろ?」

 

しかし、ボクはその言葉を最後まで言わせることなく、途中で遮って答えた。阿久根だって実際は分かっていたはずだ。理由なんてただ一つ。

 

――球磨川さんがそう望んだから。

 

それが中学時代から変わらぬボクの行動原理。阿久根は今度こそ苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて黙り込んでしまった。しかし、対照的に喜界島さんは目に涙を浮かべて、信じられないという風な表情でボクを見つめている。そのまま両手を広げるようにして悲痛な叫びを投げかけてきた。

 

「全然わかんないよ!月見月先輩どうして!?私達、友達じゃなかったの?」

 

裏切りとしか取れないボクの行動に喜界島さんは今にも泣き出しそうな声を上げる。残念だけど、その質問に返せるボクの答えも一つだけだ。

 

「もちろん君のことは友達だと思ってるよ。頼もしい仲間だと思ってるし、素直でかわいい後輩だとも思ってる」

 

「だったら……」

 

「――でも、球磨川さんの命令に手心を加えるほどに好きなわけじゃない」

 

そう言い放つボクに愕然とした表情を浮かべる喜界島さん。その瞬間、ボクの言葉に激昂した古賀さんが弾かれたように飛び出してきた。

 

「お前らああああああああああ!」

 

冷静に迎撃するための構えを取るボクだったが、どうやら狙いはこの惨状を作り上げた志布志のようだ。ボクの表情に一瞬の焦りが浮かんだ。かつて、フラスコ計画を潰しに行ったときに捕まってしまったように、志布志の『他人の古傷を開く』という過負荷(マイナス)にとって、古賀さんの回復能力は天敵なのだ。恐ろしい速度で志布志の懐へと跳び込んだ。

 

「ちっ……!」

 

全身から血を噴き出しながらも、古賀さんの突進は止まらない。志布志が傷を開いたそばから、その傷が治っていく。志布志の凶悪な攻撃による損傷を、異常なまでの回復力で片っ端から治してしまうのだ。そのまま志布志の目の前まで潜り込んだ古賀さんはその拳を突き出した。しかし――

 

「後輩を殴るなんて感心しませんね」

 

――その拳は志布志の盾になるように前に出てきた蝶ヶ崎の顔面に突き刺さっていた。

 

トラックの正面衝突にも匹敵する古賀さんの怪力をその身に受け、しかし蝶ヶ崎の顔は何の痛痒も感じていないようだった。それどころか、逆に古賀さんの身体の方が、ひどい衝撃を受けたかのように吹き飛ばされていく。これこそが蝶ヶ崎蛾々丸の完全にして無敵の過負荷(マイナス)――『不慮の事故(エンカウンター)』

 

「では、そちらは任せましたよ」

 

「わかった」

 

蝶ヶ崎に短く答えると、吹き飛ばされた古賀さんを追ってボクは駆け出した。遠くまで転がっていった古賀さんをさらに蹴り飛ばし、他の四人と隔離する。蝶ヶ崎のスキルの性質上、古賀さんと日之影先輩の二人から志布志を守るというのは難しいが、一人だけならば十分に壁役として真価を発揮することができるだろう。

 

「ここから先は通さないよ」

 

「……ずいぶん余裕だね。先週、私にボコボコにされたの忘れてない?あれだけやって結局、私の身体に傷一つ残せなかったっていうのに」

 

正面に立ちふさがるボクに古賀さんが呆れたように言い放つ。何の脅威も感じていないかのような表情だ。確かにボクは何もできずに惨敗したけど、だからって何も収穫が無かった訳じゃない。

 

「避けるのは得意みたいだけど、時間稼ぎに付き合う必要は無いよね!悪いけど向こうに加勢に行かせてもらうよ!」

 

そう言って凄まじい速度でボクの方へと突進してきた。まるで電車が突っ込んでくるような圧力に思わず息を飲む。避けるのは容易いけど、そうなればボクを無視して加勢に行かれてしまう。でも球磨川さんがいない今、この一撃を喰らえばボクは戦闘不能になってしまうだろう。意を決してボクはその場に立ちはだかった。自身の構えを立ち技主体のそれから柔道のものへと変更する。

 

「もう天井に張り付いたり飛び跳ねたりはしない!地に足を付けて戦えば私は誰にも負けないんだ!」

 

それは今までのようなトリッキーさは無いものの、それを補って余りあるほどの速さと重さを兼ね備えた一撃だった。一瞬が一秒にも感じるような時間の中で、ボクは不意に鍋島先輩の教えを思い出していた。――見るべきは手足のような末端部分ではなく身体の重心。

ボクの身体は古賀さんの一撃を紙一重でかわして懐へと潜り込んでいた。頬を叩く風を感じながら、その襟を取って足先を走らせる。怪力も速度も関係ない。重心を見極めて軸をずらせば、どんな相手だろうと投げられる――

 

「きゃっ!」

 

そのまま高速で迫ってくる古賀さんを崩し、地面へと投げ飛ばした。鈍い音を立ててコンクリートの床に人体が叩きつけられる。常人なら骨が折れてもおかしくないほどの威力だが、相手は改造人間。

 

「だから効かないんだってば!」

 

「知ってるよ。ボクだって無策で挑んだ訳じゃない。――投げたのはただの準備」

 

床に倒した瞬間からボクは古賀さんの上に覆いかぶさるように動いていた。武術の素人である古賀さんに柔道の寝技に対処するノウハウは無い。一秒もかからずに手足を古賀さんに絡み付けられた。これは柔道の抑え込み技――縦四方固め

 

「これは君を――疲れさせる技だ」

 

「っ……!?」

 

古賀さんの顔に焦りの色が浮かんだ。慌てて逃れようとするが、この体勢からでは抜け出ることは困難。これは腕力や脚力などの力づくでほどけるような技ではないのだ。そして、古賀さんには力づく以外の手段を用いる技量は無い。じたばたともがく古賀さんの身体からは、みるみるうちに力が抜けていく。あとは時間が過ぎるのを待つだけ。

 

「この間の戦いで気付いたよ。君の弱点はスタミナ不足。その異常なまでの怪力や回復力に、消費する莫大なエネルギーの貯蔵が追いついていないんだ」

 

「うああああああああああ!」

 

古賀さんを抑え込みながら周囲に意識を向けてみると、日之影先輩との戦闘が激化しているようだった。辺りには轟音と怒号が衝撃波のように響き渡っている。しかし、心配はしていない。ルールの無い戦闘においては過負荷(マイナス)のスキルの方が上なのだ。それに、二人のあの凶悪な過負荷(マイナス)には日之影先輩の強さも堅さも無意味となるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

予想通り、古賀さんの身体から完全に力が抜けた頃には、重機のぶつかり合うような破壊音は消えてしまっていた。それは生徒会戦挙における致命的な一手が成功したことの証でもある。ボクは命令通りに疲れきった古賀さんを肩に担いでこのフロアをあとにする。

 

「それではまた来週!お相手はマイナス十三組『致死武器(スカーデッド)』の志布志飛沫でしたー!」

 

――こうして、異常なまでの破壊跡と血塗れになった生徒会メンバーと去り際の一言だけが、この地下駐車場に残されたのだった。


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