本日の運勢は過負荷(マイナス)   作:蛇遣い座

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「だって私、改造人間だもん」

放課後の空き教室。もはや廃墟となったそこに、ボクは無数の細い糸でマリオネットのように吊り下げられていた。その全身は焼け爛れ、腕や足はあらぬ方向に曲げられている。その身に無事な箇所を探す方が大変な瀕死の状態でボクの身体は拘束されていた。手榴弾の爆発でもあったかのような爆撃跡が教室の至る所に作られており、窓ガラスは全て割れ、壁や机もボロボロに破壊されていた。そんな場所に一人の男が現れ、何でもないかのような口調でボクに話しかける。

 

『やあ瑞貴ちゃん、ずいぶん手酷くやられちゃったみたいだね』

 

やってきたのは球磨川さんだった。口を動かすこともできないほどに痛めつけられたボクは目線だけで助けを求めると、次の瞬間にはボクの肉体は着ていた制服までも含めて元に戻っていた。痛みが和らぎ自然と安堵の溜息が漏れる。

 

「ふぅ……ありがとうございます、球磨川さん」

 

『いやいや気にしないでいいよ。でも特訓だなんて、瑞貴ちゃんは相変わらず考え方が正攻法(プラス)だね。君は僕ら過負荷(マイナス)の中でも例外的に精神性が正常(プラス)に近いからね。それで、次はどこに行けばいいの?』

 

球磨川さんの言葉にボクは身体の調子を確かめながら答える。ちゃんと雲仙と戦う前の状態まで戻っているようだ。しかし、その戦闘経験をボクはしっかりと覚えている。

 

「そうですね……。次は日之影先輩に対戦(スパーリング)を挑んでみます。早めに戦っておかないと凶化合宿で会えなくなってしまいますから」

 

過負荷(マイナス)に対抗するための凶化合宿にボクは参加を許されていない。だからこそボクは独力で自身の強度を上げていた。球磨川さんに怪我や疲労を回復してもらえるため、試合まで毎日のように死の間際まで過酷な特訓ができるのだ。先ほどの雲仙との殺し合いによる怪我も、本来なら病院送りにされていたほどだったのだが一瞬で完治している。

 

『僕の過負荷(マイナス)を利点(プラス)として使うなんて君らしい発想だよ。だけど、残念ながらその強さ(プラス)が君の過負荷(マイナス)と相殺し合っちゃってるんだよね。強度を上げることで、過負荷(マイナス)の根源である凶度や狂度が抑えられてしまっている』

 

首を左右に振って溜息を吐く球磨川さん。しかし、なぜかその言葉を受け入れることがボクにはできなかった。自分でも不思議だけど、納得することができない。どうしても強度を上げることに執心してしまう。他の過負荷(マイナス)のように良識や努力や合理性をどうでもいいものとして感じることができないのだ。まるでボクの心が正常(プラス)に作り変えられてしまっているように――。

 

「球磨川さん、ボクは……」

 

『まーでも、瑞貴ちゃんの好きなようにするといいよ。その強度の高さは戦挙においては良い方向に働くかもしれないしね。とりあえず書記戦に君をエントリーしておくよ。不知火ちゃんは気まぐれだから戦ってくれるか分かんないしね』

 

言葉に詰まってしまったボクに、球磨川さんは全てを見通したような瞳で答えてくれた。その言葉を聞いて、心臓が沸騰するかのように一気にボクの感情が激しく昂ぶる。生徒会書記戦へのエントリー。それは球磨川さんがボクに期待してくれているということなのだ。あまりの興奮で熱い血潮が全身を駆け巡るのを感じる。ボクは武者震いをしながらも、球磨川さんのために絶対に勝利することを心に誓ったのだった。

 

「ありがとうございます!必ず期待に応えます!」

 

『うん、頑張ってね。無能力者(マイナス)は能力者(プラス)には勝てない。それが世界の現実だ。だけど、限りなくプラスに近いマイナスである君なら、あるいは例外的に勝利を得ることができるのかもしれないね』

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、ボクは古賀いたみを呼び出していた。元『十三組の十三人(サーティンパーティ)』の一員にして、改造人間である彼女はボクの誘いに応えて夏休み中にも関わらず学校へと登校してくれたのだ。指定通り動きやすいように私服のジャージ姿で立っている。

 

「おはよう、古賀さん。今日から夏休みだっていうのに、わざわざ来てくれてありがとう」

 

「名瀬ちゃんもなんか忙しいみたいだし、暇だったから別にいいけど。それで何の用なの?私って休みの日に瑞貴くんと二人っきりで待ち合わせするほど仲良かったっけ」

 

「生徒会戦挙に向けて、特訓(スパーリング)に付き合ってもらおうかと思ってね。ほら、ボクって凶化合宿には参加しないし。殺す気で勝負して欲しい」

 

しかし、意外にも古賀さんは難色を示しているようだ。おかしいな、雲仙も日之影先輩も嬉々としてボクと戦ってくれたのに……。

 

「でも、戦挙で副会長戦に出るんだろ?怪我するとまずいんじゃ……。私、あんまり手加減とかできないし」

 

「気にしないでよ。そうなったら別の人に代理で出馬してもらうから」

 

ボクの心配をしていたとは、あまりに普通の感性で驚いてしまった。日之影先輩なんか渡りに舟とばかりにボコボコにしてくれたっていうのに。戦挙に出られない身体にしようと、念入りにボクの全身の骨を砕き始めたときにはさすがに死ぬかと思ったね。古賀さんは元一般人(ノーマル)だったって聞いたけど、なるほどと納得させられる。その点ではボクとも近いかもしれない。

 

 

 

 

 

古賀さんの得意なフィールドということで、場所は旧校舎である軍艦塔(ゴーストバベル)の一室ということになった。かつて使用されていた教室でボクと古賀さんは相対する。

 

「じゃあ行くよっ!」

 

「……っ!?」

 

そう言うと古賀さんは天井へ向けて大きく跳躍していた。そして、驚くべきことに壁を走ってこちらへと向かってくる。そのままボクの真上に来ると、まるで天地が逆転したかのように天井からアッパーのように拳を振り下ろしてきた。

 

「ぐっ……」

 

ボクの顔のすぐ横をものすごい勢いで拳が通り過ぎた。恐ろしいほどの風圧がボクの頬を叩く。上から降ってくる拳をかろうじて避けると、次の瞬間には地上に飛び降り、逆さになった姿勢のまま下から蹴り上げてきていた。あまりにトリッキーな動きにわずかに反応が遅れてしまう。逆立ち状態からのその蹴りを受け止めようとするボクだったが、蹴りが当たった瞬間に身体は反射的に後ろへ跳んでいた。ミシリと自分の腕の骨の軋む音を感じたのと同時にボクはトラックに轢かれたかのように勢いよく吹き飛ばされていた。そのままゴロゴロと教室の端まで転がっていく。

 

「瑞貴くん、危なかったね。もう少しで君の腕の骨が折れちゃうところだったよ」

 

「……見た目の割りに力持ちなんだね」

 

ようやく距離が空いて一息ついた瞬間、ボクの全身からどっと冷や汗が噴き出した。まるでドロップハンマーでも打ち込まれたかのような重さと硬さ。後ろに跳んで衝撃を逃がさなかったら完全にボクの両腕は粉砕骨折していただろう。

 

「言っておくけど、名瀬ちゃんと真黒さんの共同研究で瑞貴くんが襲撃してきたときより格段に強化されてるんだからね!降参するなら早めにしてよ!」

 

「心配は無用だよ」

 

天井を跳び回り、上下左右から攻撃を仕掛けてくる古賀さんをボクは何とかしのいでいた。その理由は簡単。古賀さんは戦闘者ではあっても武術家ではないからだ。攻撃はフェイントも無く大振りだし、動きのパターンもそう多くはない。

 

「そこっ!」

 

「きゃあああああああ!」

 

地上に着地した瞬間の無防備な脇腹にボクの爪先が突き刺さった。それによって古賀さんはあまりの衝撃に悲鳴を上げながら蹴り飛ばされていく。蹴った瞬間のメキリと肋骨をへし折った感触が脚に残っていた。これで終わりだろうと思ったボクだったが、あっさりと古賀さんは立ち上がった。しかも、痛めたはずの脇腹をかばっている様子もない。

 

「あはは、驚いてるみたいだね。改造人間である私はあの程度の怪我だったら数秒で治っちゃうんだよ!」

 

そう言って跳びかかってくる古賀さんに再び蹴りを浴びせるが、まるで効いた様子がない。骨を蹴り折っても悲鳴を上げるだけで、その直後何ともなかったかのように襲い掛かってくる。まさに不死身。――これこそが古賀いたみの異常性(アブノーマル)なのか!

 

「打撃が無理なら!」

 

砲弾のような拳をかいくぐって古賀さんの背後に移動すると、そのまま首に腕を回して締め上げてやる。これでも元柔道部なんだ。古賀さんに裸締めを極め、失神させようと力を込めていくと、顔を真っ赤にして苦しそうな呻き声を漏らした。いくら力が強くても、さすがに酸欠になれば、脳に血が回らなければ意識を失うはず。しかし、ボクは古賀いたみの怪力というものを理解してはいなかったのだ。

 

「あああああああああっ!」

 

古賀さんが大声で叫んだ瞬間、ボクの身体は宙を舞っていた。正確には背後から組み付いたボクを乗せて古賀さんが跳躍したのだった。直後に感じた衝撃で少しの間ボクの意識が飛び、いつのまにか古賀さんを締めていた腕はほどけてしまっていた。しかし、ボクにはそんなことを考える余裕もなく、ガクリと膝を床に着く。咳き込みながら辺りを見回すと、ボクはようやく状況を理解できた。ボクを天井にぶち当てて二階まで跳び上がってきたのか――

 

「ごほっ……人の身体で天井を貫くなんて…」

 

体当たりで天井を突き破るとは考えられないほどの肉体の性能である。そして、そのクッションにされたボクのダメージははかりしれない。バイクに轢かれたかのような体感だった。もはや組み付くのは自殺行為だろう。古賀さんは天井に立ってボクを見下ろしていたが、ボクが諦めていないのを理解したのか、再び襲い掛かってきた。両拳、両足による暴風のような連撃をいなしながらボクは古賀さんを観察する。怪力や身軽さもそうだけど、最も厄介なのは骨折を瞬時に治すほどの回復力である。

 

「うー、何で当たらないの!?」

 

古賀さんの攻撃は一撃一撃が致死レベルの脅威である。しかし、だからこそボクの身体は勝手に反応して回避してくれるのだ。とはいえ、避けているだけじゃ勝てない。ボクは飛んでくる拳を前へ距離を詰めることで避け、カウンターの要領であごを右の掌底で突き上げる。そのまま返す刀でこめかみに左フックを打ち込み、とどめに渾身のハイキックをぶち当てたのだった。たとえ黒神めだかであっても倒せると確信するほどにまともに入った連撃に思わず心の中で喝采を上げる。

 

「どうだっ!これならさすがに……!」

 

狙いは立て続けに脳を揺らすことにより、脳震盪を起こさせること。グラリと身体が傾いた古賀さんにボクは安堵して、次の瞬間にはボクの胸に拳が突き刺さっていた。

 

「がはあっ!」

 

ダンプにはねられたかのような衝撃を感じたボクの身体は空中に投げ出されていた。直後に全身を走る激痛。常軌を逸した威力の拳は、とっさにガードした右腕をも越えて胸骨までをも粉砕してしまっていた。なんで動けるんだ!?激痛に耐えながら震える足で立ち上がったボクは驚愕の表情で古賀さんに目を向ける。そこには、やはり無傷の少女が天井に立っていた。

 

「ぐぅぅ……な、何で……いくらなんでも脳までは鍛えられないはず…!」

 

「ん?だって私、改造人間だもん。どんな怪我だろうと治っちゃうんだよ」

 

なんて規格外……。自分の迂闊さに唇を噛んだ。異常性(アブノーマル)は過負荷(マイナス)と違って、ある程度は理屈で説明することができる。だからスキルとしては過負荷(マイナス)に劣るなんてボクは驕っていたのかもしれない。しかし、それは大きな間違いだ。理屈に説明できるからといって、常識で説明できる訳ではない。それをこれまでの戦闘で学んだはずだったのに……!

 

「ほら、もうやめなよ。早く病院に行かないと、っていうかそんな大怪我でよく立てるね」

 

「何を言ってるんだよ。ごほっ……ここからが本番だろ?」

 

心配そうな目で見つめる古賀さんに強がるように言い放ち、そのまま彼女に蹴りかかる。ボクとしてもここで終わるわけにはいかないのだ。生徒会戦挙には代理というシステムがある。書記戦ではボクの相手は阿久根のはずだけど、代理で他の生徒が出馬することも可能なのだ。本人の意思が最優先なので、副会長戦でボクの代理を出される心配はないけど、書記戦で日之影先輩や古賀さんが出馬してくることは有り得る。黒神めだかの性格からして可能性は低そうだけど、いざとなったら分からないからね。だからこそ、ここで古賀さんをリタイア、もしくは弱点を探しておかなければならないのだ。

 

「ごふぅ……!」

 

今度は相打ち。もはや避ける余裕も無く、回避の替わりに無我夢中で足を走らせるのが精一杯だった。互いに腹を蹴り合い、結果ボクだけが吹き飛ばされる。内臓をシェイクされるような感覚。ガクガクと震える膝を押さえ付けて何とか立ち上がるが、その損傷は非常に重い。動かない右腕をだらりと垂らし、陥没した胸に震える膝。内臓を痛めたのかゴプリと胃の中から逆流してきた吐血を何とか飲み込む。ボクの爪先も古賀さんの骨をへし折ったはずなんだけど、すでに完治してしまったようだ。

 

「いい加減にしなよ!もう死んじゃうよ!?今の攻撃だって私には傷一つ付いてないし!肉を切らせても皮すら切れてないんだよ!」

 

「……無駄な努力も無意味な徒労もボク達にとっては慣れっこなんだよね」

 

あまりの大怪我に古賀さんは叫ぶように声を叩きつける。しかし、ボクは顔を青ざめさせてフラフラとした足取りながらも、向かっていくのを止めない。口元から血を零し、足を引きずりながら歩いていく。たとえ死んでも球磨川さんが生き返らせてくれるんだ。だったら命と引き換えにしてでも何かのヒントを得ないと……。

 

「……あんた、やっぱり過負荷(マイナス)だよ」

 

まるでゾンビのように歩み寄るボクのおぞましさに、古賀さんは血の気の引いた様子で一歩後ずさった。苦痛も絶望も関係ない。全てを捨てて、ただ勝つことのみのために身体を機械的に動かしていく。殴りかかってきた古賀さんの拳を何とか避けて懐に潜り込むと、その顔に向けて口から血煙を噴き付けてやった。プロレスでの反則技、毒霧攻撃である。吐血を目に噴き付けられ、悲鳴を上げながら目を押さえた。

 

「きゃあっ!うぅ……目が……!?」

 

「あああああああっ!」

 

ようやく生まれた隙にボクは全力で連撃を加えていく。膝を踏み抜き、あごを跳ね上げ、肝臓に爪先をめり込ませる。漫画などでもお馴染みの方法である。数秒で回復するというのなら、――回復が間に合わないほどに損傷を与え続ければいい。

 

動くたびに起こる神経を焼くような激痛に耐え、ひたすら機械的に打撃を行っていく。古賀さんも苦し紛れに反撃をしてくるが、赤く染まった視界では前が見えていないようで、かわすのは容易い。数十秒ほどそれが続いただろうか。目にも止まらぬほどの連続攻撃を続けていたボクの身体が一瞬、浮遊感に包まれた。不思議に思って目線を下にずらしてみると、古賀さんによってボクの足元の床が踏み抜かれている。

 

「捕まえたよ」

 

ボクの顔からサッと血の気が引いた。空中に投げ出されたボクの胸倉を古賀さんの手がしっかりと掴んでおり、そのまま階下へと力一杯投げ捨てられたのだ。まるでメンコのように勢いよく背中から叩きつけられたボクの身体は、常識では有り得ないほどの高さまでバウンドしてしまう。全身を駆け巡る衝撃と轟音。

 

「がはっ!」

 

あまりの衝撃に一瞬意識が飛んでしまったボクは慌てて飛び起きようとするが、手足がピクリとも動かない。受身の甲斐もなく、コンクリートに叩きつけられたボクの全身はしびれたように脳の言うことを聞いてくれなかった。それどころか痛みさえ麻痺してしまっており、さすがにボクの敗北を認めざるを得なかった。大の字で横たわっているボクを見下ろしながら古賀さんが歩いてくる。どうやらあれだけボクが負わせた怪我は全て治ってしまっているようだ。悔しさや無力感を噛み締めながら目線だけでその姿を追うと、なぜかガクリと古賀さんの膝が折れ、地面に膝を着いてしまった。

 

「あれ?もう時間切れ……?」

 

古賀さんは息を荒くしており、とうとう床にへたり込んでしまっていた。しかし、ボクの攻撃で傷ついているという感じではない。もしかして古賀さんの弱点って……。

ボクの表情に安堵の色が浮かぶ。そんなことを考えながらボクの意識は暗転したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして一週間後。生徒会戦挙――最悪の庶務戦が始まった。

 

 

 


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