本日の運勢は過負荷(マイナス)   作:蛇遣い座

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「生徒会戦挙だ!」

「日之影空洞?誰それ?」

 

黒神めだかと名瀬妖歌が生徒会室に戻ってくるなり言った言葉に、その場の全員が疑問の声を上げた。二人が言うには新しい助っ人らしいけど、ボクにもそんな人物に心当たりなど無い。この学園にボクの知らない実力者が存在していたのか……!ともかく、その名も知らぬ新戦力に警戒心を抱いた瞬間、ボク達の目の前に一人の男が現れていた。

 

「なああああああっ!」

 

あまりにも巨大。2mなんて遥かに越えた、人間とは思えないほどの巨体がそこにはあった。しかも凄まじい威圧感。球磨川さんを底の見えない暗い谷底を覗き込むような根源的な恐怖だとすれば、日之影先輩は雲に覆われた巨峰を見上げるかのような圧倒的な圧迫感だと言えるだろう。まるで高層ビルと直接対峙しているかのような桁違いの重圧を感じていた。

 

――思い出した!日之影空洞!そういえばさっきマイナス十三組に襲撃を仕掛けてきたばかりじゃないか!

 

あまりの驚愕にボクは目を見開いた。完全に記憶から消えていた。これが日之影空洞の『知られざる英雄(ミスターアンノウン)』。戦闘力と隠密性を兼ね備えたその圧倒的な異常性(アブノーマル)にボクは脅威を感じていた。

 

「合格」

 

「不合格」

 

「合格」

 

日之影先輩は生徒会室全体を見回すと、真黒さん、善吉くん、人吉先生の順にそう言い放った。

 

「不合格」

 

「不合格」

 

「ギリ合格」

 

「同じくギリ合格」

 

そして、阿久根、喜界島さん、古賀さん、名瀬さんと続ける。まるで採点をしているかのような。最後にボクの方を見つめて――

 

「失格」

 

そう言って採点を終えた。唖然としているボク達をよそに日之影先輩はガリガリと頭を掻いて困ったような表情を見せる。そして呆れたように黒神めだかの方に顔を向けると、溜息を吐きながら非情な現実を報告した。

 

「……参ったな。別にそこまで高望みしてたつもりはなかったんだが、こりゃあ予想以上に惨憺たる有様だ。断言するぜ、黒神。このメンバーでマイナス十三組に挑むのは格安自殺ツアーを組むようなもんだ」

 

そう言って椅子に腰を下ろす日之影先輩は気が重そうに話を続ける。

 

「俺はついさっきマイナス十三組と接触してきた。率直に言って『話にならない』というのが奴ら過負荷(マイナス)への感想だ。そんな連中に敵対するに当たって生徒会役員の四人が揃って不合格、ましてその内の一人が失格だなんて問題外と言っていい」

 

日之影先輩はボクの方に向き直るとそのまま鋭い目付きで睨みつけてきた。そして忌々しげに表情を歪める。

 

「つーか黒神、副会長が過負荷(マイナス)ってどういうことだよ?赤点どころじゃなく、完全にマイナスじゃねーかよ」

 

「私の友達の悪口言わないで!」

 

喜界島さんが日之影先輩に食って掛かるが、こればかりは完全に日之影先輩の言うことの方が正しい。今この状況でも、どうすれば生徒会を潰せるだろうかと考えているくらいなんだから。まさに仲間にいない方がマシ。確かにマイナス採点も頷ける。黒神めだかを見ると、生徒会室の隅で瞠目して静かに日之影先輩の言葉に耳を傾けていた。ここは自分から黒神めだかに話を振っておくか。

 

「だ、そうだけど……めだかちゃん。ボクを罷免するかい?球磨川さんの仲間だというだけの理由で。あるいは過負荷(マイナス)だからという理由で」

 

「……するはずなかろう」

 

黒神めだかは当然のように言い放った。この言葉を聞いて日之影先輩も渋々とだけど、ボクについての追求は諦めたようだった。代わりに口にしたのは過負荷(マイナス)に対抗するための特訓――凶化合宿についてだった。マイナス十三組に対するためのメンタルトレーニング。この特訓によって、おそらくは飛躍的に生徒会の戦力は上昇してしまうだろう。悔しさでギリッと唇を噛んだボクだったが――しかし、さすがは球磨川さんというべきか、次の日の朝に早くも最悪な策が決行されたのだった。

 

 

 

 

 

 

『箱庭学園学校則第45条第三項に基づき、生徒会長黒神めだか。君に解任請求(リコール)を宣言する』

 

朝の全校集会、その壇上に上がった球磨川さんがマイクの前で宣言した。――生徒会の解散。それを聞いた全校生徒が驚きでどよめいた。困惑と混乱の渦に飲まれているのは生徒だけではなく、あの黒神めだかでさえ表情を引きつらせている。

 

箱庭学園学校則第45条第三項とは、生徒会の罷免に関する条項だ。生徒会役員に問題が起こった場合、全校生徒の過半数の署名をもって役員は即日罷免される。

 

「おい球磨川!ちょっと待てよ!言い掛かりも大概に……」

 

『おいおい、とぼけるなよ善吉ちゃん。今朝は剣道場には行かなかったのかい?』

 

善吉くんの言葉に被せるように、球磨川さんは罷免理由について楽しそうに説明し始めた。

 

『生徒会役員の私的な理由による剣道部の廃部。加えて剣道場の接収。公私混同、職権乱用による言い訳の余地も無いほどの不祥事だ。生徒会の解散なんて当然のこと。この署名がみんなの意見だよ』

 

「な、何を言ってやがる……」

 

『反論はあるかな、瑞貴ちゃん?』

 

そう言って球磨川さんはボクへと顔を向けた。みんなの驚いたような視線がボクに集まる。やれやれと首を振りながら壇上のマイクを手に取った。――これがボク達マイナス十三組の策。

 

「一片の間違いも無く事実です。申し訳ございませんでした」

 

剣道部を廃部にして接収した剣道場は、現在は暫定的にマイナス十三組の教室となっている。新教室の奪取に加えて生徒会の解散。これを同時に行うというのが不知火半袖の策である。

 

「そもそも瑞貴さんはお前の仲間だろうが!こんな茶番に納得できるわけ……!」

 

『善吉ちゃん、納得できないのは僕達の方だよ。昨日、転校したばかりの僕と副会長がグル?もうちょっと客観的に見て信憑性のある言い訳を考えて欲しいものだね』

 

「ぐっ……」

 

「それに誰が命令したところで、誰に命令されなかったところで、ボクのやったことはなかったことにはならないよ」

 

ボクがそう言うと善吉くんは悔しそうに唇を噛んだ。そして、場内もただならぬ雰囲気を感じ取り始めたのか、だんだんと静寂に包まれていく。そんな中、混乱から立ち直った阿久根が焦ったように大声で詰問する。

 

「だが!めだかさんも君のことは警戒していたはずだ。副会長の権限でそんな真似ができたはずがない!」

 

阿久根の言うことは正しい。黒神めだかはあらゆる案件に関して、ボクには決して最終決定権を持たせなかった。自分の敵対者を懐に入れる際には当然のことだし、球磨川さんが来訪してからはそれを徹底していた。しかし、それでも副会長である。――生徒会長の不在時になら、生徒会長の権限を行使することが可能なのだ。

 

「だから今朝、君達が登校してくる前に文書を作成して、理事長に提出しておいたんだよ。この集会が終わったら事後承諾しようと思っていたんだけど、タイミングが悪かったね」

 

「今朝だって……?いや待て……だとしたら、この一時間足らずで全校生徒の過半数の署名なんて集まるはずがない!貸せっ、こんなもの捏造に決まって……!」

 

球磨川さんから署名の束を奪い取った阿久根だが、その中身を見てさっと顔色が変わる。その署名に書かれている名前は全てマイナス十三組のものだからだ。一年マイナス十三組、二年マイナス十三組、三年マイナス十三組の三クラス総員の署名である。ボク達は理事長に転校生の数を水増ししてもらっていた。それにより、マイナス十三組の生徒数は全校生徒の過半数を超え、リコールが可能になったのだ。

 

「名ばかりの署名を集めて過半数か。ずいぶんと大した『みんな』だな、球磨川」

 

『おいおい、名ばかりだろうと人数合わせだろうと、この箱庭学園の誇るべき生徒だぜ?』

 

球磨川さんは両手を広げて楽しそうに黒神めだかに言い放つ。

 

『差別するなよ』

 

黒神めだかは悔しそうに球磨川さんを睨みつけている。この先の展開も読めたのだろう。生徒会則第45条第十七項『解任責任』――行事運営に支障をきたさぬよう、解任請求者は次期選挙までの間、臨時で生徒会長を務めなければならない。

 

『そう、転校してきたばかりで本来、立候補資格のない僕でもこの方法でなら生徒会長になれる。さあ、めだかちゃん。その似合わない腕章を、自分で外して、僕に渡すんだ』

 

「球磨川……!貴様という男は……どこまでマイナスなのだ!」

 

おどろおどろしい雰囲気で佇む球磨川さん。黒神めだかは憎々しげな表情で歯噛みした。そして、球磨川さんは壇上の中央で周りの生徒達を見回すと、堂々と宣言した。

 

『僕達が新生徒会だよ』

 

一斉に壇上に現れた四人の男女。球磨川さんの背後に出現した彼らこそがマイナス十三組の代表である。球磨川禊、志布志飛沫、蝶ヶ崎蛾々丸、江迎怒江、不知火半袖。この五人の集合図はやはり別格だ。あまりに凶々しく、あまりに寒々しい。その空間だけが切り取られたかのような、全身が総毛立つほどの絶対零度の異質さを周囲に感じさせる。特に阿久根や善吉くんなどは、向かい合った瞬間に手足が震え出し、逃げるように一歩後ずさりしてしまっていた。そして、球磨川さんは何事も無かったかのように生徒達に向き直り、いつも通りの最低(マイナス)なマニフェストを発表した。

 

『えーとまずは、授業および部活動の廃止』

 

『直立二足歩行の禁止』

 

『生徒間における会話の防止』

 

『衣服着用の厳罰化』

 

『手および食器などを用いる飲食の取締り』

 

『不純異性交遊の努力義務化』

 

『奉仕活動の無理強い』

 

『永久留年制度の試験的導入』

 

球磨川さんの言葉に一同がざわめき、直後にその喧騒がおさまった。目の前の理解不能な存在に対する恐怖と困惑で誰もがうつむき、口を閉ざしてしまう。その異様な雰囲気と異常な発言に呑まれ、まるで時が止まったかのように場が嫌な静寂に包まれた。

 

『以上の八点の実現に向けて一生懸命がんばることをここに誓います!みなさん応援してください!』

 

ここに球磨川さんの『エリート抹殺計画』は実現される。学園の生徒はおろか、生徒会役員までもが暗い表情で下を向き、絶望的な空気を漂わせている。しかし、その空気の中で黒神めだかだけが何か考え込むような様子で目を瞑っていた。そして、一拍置いてその凛とした声を場内に響かせる。

 

「黒箱塾塾則第百五十九項『塾頭解任請求二関スル項目』」

 

そこで語られたのは箱庭学園の前身、ボクも知らない黒箱塾時代のリコールに対する規則であった。塾頭――今でいう生徒会長に解職を請求する場合、塾頭側と請求者側との決闘をもって次期塾頭を選出するという内容らしい。つまりは現生徒会と球磨川さん達との決闘の勝者が新たな生徒会長になるというもの。ボクはまるで知らなかったけど、この場面で嘘を言うはずも無い。百年以上前の黒箱塾時代から実在する規則なのだろう。

 

『なるほどね、それでこそ黒神めだかだ。校則や生徒会則くらいは当然知ってると思ってたけど、まさかカビの生えた塾則まで押さえているとは恐れ入ったよ。』

 

予想外のイレギュラーにも球磨川さんは余裕の表情を崩さない。しかし、これで間違いなくボク達の計画は瓦解してしまったのだ。

 

『してやられたよ。それともここまで計算どおりかな?不知火ちゃん』

 

そう言って球磨川さんは不知火の方に顔を向ける。そうだ、学園のことは自分が一番知っていると豪語していた不知火が塾則を知らなかったなんて有り得るのか?ボクも不知火の様子を窺うが、その退屈そうな表情は先ほどとまるで変わっていない。しかし、おそらくは球磨川さんの言うとおり不知火の計算だろう。悔しさで自分の拳を強く握り締める。迂闊だった……。こんなことなら不知火を信用せずにボクの方でもきちんと調べておくべきだった!

 

「異存はないようだな。ならば規定に基づき、たった今この瞬間より新生徒会と現生徒会の決闘を開始する。生徒会選挙――否」

 

黒神めだかが堂々と宣言する。

 

「――生徒会戦挙だ!」

 

 

 

 

 

 

 

そして放課後、ボクは校内の空き教室にいた。目の前には風紀委員長であり、『十三組の十三人(サーティンパーティ)』の一員でもあった雲仙冥利の姿がある。雲仙はだるそうな表情を浮かべながらボクの方を見上げていた。

 

「で?オレをこんなところに呼び出して、いったい何の用だよ」

 

「――ボクと殺し合い(スパーリング)をしてもらう」

 

「ほぉ……面白れぇじゃねーか」

 

雲仙の疑問にボクは真剣な表情でそう答えた。その証として両手を軽く上げ、半身になって戦闘態勢で構える。ボクの言葉に雲仙は目付きを鋭くさせ、口元を上げて獰猛な笑みを浮かべた。その小柄な体躯からは想像もできないほどの才気が全身から迸っているのを肌で感じる。

 

「休み時間のたびに武道系の特待生(スペシャル)が狩られてたみたいだが、テメーの仕業だったか。おかげで今日は保健委員が大忙しだったそうだぜ?」

 

「特待生(スペシャル)といっても、やっぱり準備運動にしかならなかったけどね。鍋島先輩はこれを察知していたのか、どこを探しても見つからなかったし」

 

そう言ってボクは溜息を吐いた。鍋島先輩に挑んで阿久根と戦う場合の予行演習にしようと思っていたんだけど、当てが外れてしまった。ま、でも通常の武術家の相手にはだいぶ慣れたし、もう十分だろう。戦挙のための練習台には、やはり異常者(アブノーマル)こそが相応しい。

 

「なら風紀委員として、テメーを取り締まらない理由はねーよな」

 

「取り締まりなんて、ぬるいことは言わないで欲しいね。君のその『やり過ぎの正義』にボクは期待しているんだから。手加減無しで、殺す気でお願いするよ」

 

――それに、そのくらいでなければボクの特訓(トレーニング)にはならない

 

今回の件で不知火は信用できないことがわかったし、おそらく戦挙にはボクが出ることになるだろう。そのためにはボク自身の強化が不可欠なのだ。ボクの体術で、過負荷(マイナス)で、異常者(アブノーマル)達に対応するための経験を身に付ける。それがボクの考えた戦挙までに強度を上げる特訓だ。

 

「ま、ツキが無かったと思って諦めてよ」

 

――そうして、空き教室でボクと雲仙は人知れず激突した


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