本日の運勢は過負荷(マイナス)   作:蛇遣い座

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「――過負荷には過保護しかないの」

昨日の騒ぎによってフラスコ計画は中止に追い込まれることとなった。フラスコ計画の中核ともいえる都城王土のリタイア、そして他の再起不能になった多数の生徒達。『十三組の十三人(サーティンパーティ)』の壊滅によって本来のフラスコ計画の続行は事実上不可能なのである。ただし、宗像形と古賀いたみ、名瀬妖歌(本名、黒神くじらといい、驚くべきことに黒神めだかの姉らしい)は無事に学校に登校してきているし、皮肉にも球磨川さんにやられた都城王土が一番の軽症らしく、退院したあとボク達の敵に回る可能性は高い。生徒会以外にも敵対勢力は多そうだ。

 

 

 

 

 

あれから球磨川さんにこの学園の情報を教え、簡単な打ち合わせをした結果、ボクは今後も生徒会副会長を続けるよう命じられていた。そのため、ボクは今日も生徒会室へと歩を進めている。

 

「あ、月見月先輩もこれから生徒会ですか?」

 

「こんにちは、喜界島さん。昨日あんなことがあった訳だけど、生徒会の仕事は待ってくれないからね」

 

途中出会った喜界島さんと一緒に廊下を歩いていく。どうやら喜界島さんの表情を見るに、球磨川さんが転校してきたということの意味を理解してはいないようだった。それも無理はない。漠然とした不安は覚えただろうが、球磨川さんの本当の恐怖は対等に向き合って初めて感じるものだからだ。

 

「昨日の……あの人は何なんですか?あんな敵意剥き出しの黒神さん初めて見た。それに人吉や阿久根先輩の様子も変だったし、逆に月見月先輩は仲良さそうで……。一体どうなってるの?」

 

「うん、そうだね……。球磨川さんは中学時代の生徒会長でボクはその役員だったんだ。めだかちゃんと善吉くんはボク達と敵対していてって感じかな。ボクと阿久根とはその頃からの付き合いだったんだけど、めだかちゃん側に寝返っちゃって今に至ると。ま、簡単に言えば中学時代の因縁だよ。めだかちゃんに聞けば詳しく教えてくれるんじゃない?」

 

「……何で月見月先輩は、あの球磨川って人と一緒にいたんですか?黒神さんが敵対してたってことは、球磨川さんは正しくないってことでしょ?正直あの人、気持ち悪いっていうか……いやな感じしかしなかったんだけど」

 

言葉を濁す喜界島さん。他人の友人をけなすことは好まないだろう彼女でも、どうしてもそう口にせずにはいられなかったのだろう。そして、その感覚は正しすぎるほどに正しい。

 

「喜界島さんがどう思っているかは知らないけど、――ボクはそんな正しい人間じゃないんだよ」

 

だからこその過負荷(マイナス)である。球磨川さんがどれだけの人間を不幸にしようと、どれだけの人間を抹殺しようと、そんなことは関係ないのだ。学園中が敵に回ろうと世界中が敵に回ろうと、球磨川さんがいればそれでいい。

 

 

 

 

 

 

ガラッと扉を開けて部屋に入ったボクを待ち受けていたのは、先に生徒会室で仕事をしていた皆からの驚いたような視線だった。

 

「ん?どうしたの、みんな?」

 

「いえ、てっきり瑞貴さんはもう生徒会には来ないものかと……」

 

「やだなぁ、私用(プライベート)と生徒会の業務は別だよ。球磨川さんがどうあれ、生徒会役員としての仕事は全うしないとね」

 

善吉くんの問いにボクはそう答えた。まさか敵地であるこの生徒会室にボクが堂々と足を踏み入れるとは思っていなかったのだろう。阿久根と善吉くんは疑わしそうに眉根を寄せている。実際、生徒会の動向を調べるためのスパイとして公私混同するつもりだしね。

 

そして、室内には生徒会メンバー以外に一人の来客がいるようだった。白衣を着た小学生のような小柄で幼い少女。善吉くんの母親であり、ボクの主治医でもあった人吉瞳先生である。中学入学以来だから五年振りくらいか。善吉くんに目を向けると、さすがに母親が学校に来てしまっているという現状に恥ずかしそうに頭を抱えていた。

 

「お久し振りです、人吉先生。今日はどうしたんですか?」

 

「久し振りだね、瑞貴くん。まったく……何度も善吉くんに、一度うちに診察を受けに来るようにって言ってもらったのに全然来てくれないんだから。仕方ないから直接あたしが訪問診察に来たってわけ」

 

「それはすみませんでした。もう必要ないかなって思いまして。でも、ボクのことは本来の目的のついででしょう?」

 

ボクがそう言うと人吉先生はハァと溜息を吐いた。

 

「球磨川禊――あの子が再び学園に現れたなんて聞いたらいてもたってもいられなくてね」

 

球磨川禊。その言葉が出た途端、場の雰囲気が冷たくなった。黒神めだか、阿久根、善吉くんも昨日の出来事を思い出して表情を固くしている。だからって学校まで来るなんて相変わらず過保護、いや今後のことを考えれば妥当な判断なのかもしれないな。

 

「一度問診しただけだけど初めてだったよ、あんな大規模な過負荷(マイナス)。それに、気になって調べてみたら球磨川くんだけじゃなく、あたしが医局在籍中に個人的に目をつけていた過負荷(マイナス)の全員がこの学園に終結しつつあることが分かったのよ。そして、少なくともその内の二人は球磨川くんに匹敵しかねない過負荷(マイナス)の持ち主――」

 

マイナス十三組構想、早くも露見してしまったみたいだ。球磨川さんも話してしまっていたし、遅かれ早かれだったんだろうけど。生徒会のメンバーはその恐ろしい計画に息を飲んでいる。

 

「それに、球磨川くんよりも有名な二人も合流するみたいだし。その一人が、すでに今年箱庭学園に入学している『致死武器(スカーデッド)』志布志飛沫」

 

「ぐっ……やはり彼女か。そして、あのレベルがさらにあと一人いるなんて……」

 

「あら、阿久根くん彼女を知ってたの?そう、だからもう恥ずかしいとか言ってる場合じゃないのよ、善吉くん。――過負荷には過保護しかないの」

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日の間に球磨川さんは動きを見せていた。マイナス十三組の新教室確保のために真黒さんの管理する旧校舎――軍艦塔(ゴーストバベル)を奪取を目論んだのだ。しかし、新しく転入してきた一年マイナス十三組の江迎さんによる襲撃は失敗。どうやら色々あって名瀬さんと共同研究していたらしく、『十三組の十三人(サーティンパーティ)』最強の女子である古賀さんに撃退されてしまったそうだ。ちなみに、それらの作戦にボクは一切加わっていない。黒神めだかの性格からして、敵だからといってボクを副会長を降ろしたりはしないだろうが、その口実も与えたくないのだ。少なくとも例の作戦を実行するまでは……。

 

「それで、診断結果はどうですか?」

 

放課後の生徒会室でボクは人吉先生の診察を受けていた。昨日から人吉先生は転校生としてこの箱庭学園に入学してきており、先ほどまで一緒に今後の作戦会議を行っていたのだ。ちょっとど忘れしてしまって会議の内容を覚えていないんだけど……。

 

「んー、多少精神に綻びはあるけど十分許容範囲内ね。安心したわ」

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!これでですか!?」

 

意外にも術後の経過は順調なようだ。人吉先生はほっとした様子でそう診断したが、その言葉を聞いて同じく部屋にいた阿久根と善吉くんが驚いたような表情を見せた。いまだにボクは過負荷(マイナス)だし、二人がそう思う気持ちは分かる。しかし、これでもかなり絶対値が下がったのだ。人吉先生は一瞬、表情を変えて悔しそうに唇を噛んだ。

 

「……これでもだいぶ落ち着いたのよ。精神外科医として不甲斐ないけれど、瑞貴くんには本当に申し訳ないけれど、私の精神外科手術ではこれが限界。あとは、これ以上のマイナス成長を抑えるだけよ」

 

「いえ、十分ですよ。ありがとうございます」

 

これはボクにとっては嬉しい報告だった。今のボクは過負荷(マイナス)を制御したいとは思っているが、過負荷(マイナス)を無くしたいとは思っていないんだから……。

 

ヴヴヴ…とポケットから振動を感じたボクは携帯を取り出した。発信者の欄を見ると『球磨川禊』の文字。もうそんな時間か。ボクはみんなに断りを入れて部屋の外へ出ると、受信スイッチを押した。しばらく無言が続き、ようやく電話の向こう側から声が聞こえてくる。

 

『えー。それではこれよりマイナス十三組の合同ホームルームを開始しまーす。議長は暫定的にこの僕、球磨川禊が務めますね』

 

これはテレビ会議の要領で一堂に会して行われる合同ホームルームである。例えるならチャットに近いかな。現在、マイナス十三組はほとんど学園に転入してきていないし、そもそも全員が集まれる広さの教室すら確保できていないのだから。

 

「……すみません球磨川さん。私が旧校舎の奪取に失敗して新しい教室を用意できなくて」

 

『だから気にしなくていいんだって、怒江ちゃん。マイナス十三組が全員揃うまではこの空いている二年十三組の教室で十分事足りそうだしね』

 

すでに転入してきている数少ない過負荷(マイナス)である一年の江迎怒江さんが、電話の向こうですまなそうに謝っていた。江迎さんとは一度だけ顔を合わせたんだけど、球磨川さんや志布志ほどではないが、凶々しい過負荷(マイナス)の持ち主だったということを覚えている。そして、ボクの方も現状を球磨川さんに報告をした。

 

「ボクの方でも現在、他の生徒会メンバーに秘密で新教室を探してます。一刻も早く生徒会の権限で新教室を借り切ってみます」

 

「あひゃひゃ!だったら剣道場とかどうですかぁ?剣道部は部員一人しかいませんし、廃部にして接収しちゃったらどうです?」

 

『なるほどねー。了解したよ、瑞貴ちゃん。それに不知火ちゃんもありがとう』

 

その後も会議を続けていると、突然電話の向こうから何かが壊れるような鈍い音が響いた。同時に聞こえてくる球磨川さんの呻き声。

 

『えーと、誰?』

 

「――元英雄」

 

その後、まるで建物の解体現場のような破砕音が連続で鼓膜を震わせた。

 

「ど、どうしたんですか!?」

 

「あー、早くも動いちゃいましたか。前生徒会長、日之影空洞。あひゃひゃ、気を付けて下さいね。何せその人、一人で軍隊と戦えちゃうんですから」

 

まるで何でもないことのように笑う不知火だけど、これはヤバイんじゃないか?慌てて現場に駆け出そうとするボクだったが、生徒会室から様子を見に出てきた人吉先生たちの姿にとっさに足を止める。ボクのあまりに切羽詰った大声が気になったのだろう。この状況で生徒会メンバーまで球磨川さんの元へ連れて行くわけには行かない。

 

「そんな大声出してどうかしたんですか、瑞貴さん?」

 

「いや、何でもないよ」

 

しかし、善吉くんも阿久根もその場を離れようとはしない。ま、ボクが過負荷(マイナス)側だってのは公然の秘密だし、何か起こったのではないかと警戒しているんだろう。……これじゃボクも救援には行けないな。

 

「それじゃ、電話切りますね」

 

諦めてボクは通話を終了した。球磨川さんの方は問題ないだろう。不知火さんから聞いた前生徒会長の異常性(アブノーマル)では、球磨川さんの過負荷(マイナス)を破れるとは思えないし。強さとか堅さとか重さとか、そういった勝負の次元に球磨川さんはいないのだ。とはいえ、ボクでは相手にならないほどの実力者であることは間違いない。今まで忘れてたけど、そういえば黒神めだか達が彼に協力を頼みに行ったんだった。ボクの想像以上に箱庭学園の掌握には手が掛かりそうだ。

 

「これは球磨川さんよりも自分の心配した方がいいかな。今のボクじゃ、間違いなく今後のマイナス十三組の足手まといだ。早くボク自身の強度を上げないと――」

 

 

 


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