本日の運勢は過負荷(マイナス)   作:蛇遣い座

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『――僕は悪くない』

この広い階層の一面に所狭しと並べられているゲームの筐体の列。それに囲まれてボクと都城王土は対面していた。いや、対面というのは正しくない。ボクの全身が意に反して土下座をさせられているのを、その男、都城王土は傲然と見下ろしていた。自分の身体だというのに自分の意志で動かないのだ。

 

「ほう……やはり奴隷の才能があるようだな。しかし、俺の中ではすでにお前の罪状は死罪で確定しているのでな」

 

周囲のゲームセンターにあるような筐体のいくつかが浮き始めた。数百kgはあるだろう筐体がまるで念動力でも掛けられたかのように浮遊し、それがボクの真上に留まった。

 

「そのまま偉大なる俺に跪いていろ。そうすれば一息で終わらせてやろう」

 

「……っ!」

 

王土が合図をするとボクの頭上の筐体が落ちてきた。ボクを押し潰すように落下した筐体は、そのまま床を破壊して――

 

しかしボクの肉体はかろうじてそれを回避していた。反射的に跳び上がって後退することができたのだ。……動ける!身体が自由に動けることを感じたボクは一気に距離を詰め、王土の顔面を蹴り飛ばそうとして……

 

「 跪 け 」

 

再びボクの身体は床に叩きつけられていた。王土の言葉に逆らえない。というよりはボクの指令に肉体が応えられないのか……。筋肉が痙攣しているときのように勝手に動いている感覚。

――これが都城王土の異常性(アブノーマル)。

 

「まったく、手間を掛けさせる」

 

再び浮き上がる機械群。降りそそぐそれらを、またしてもボクの身体は間一髪で避けていた。そのまま筐体の影に隠れ、死角を移動しながら王土の背後へと詰め寄る。その胴体にボクの爪先がめり込む寸前、やはり王土の声に行動を止められてしまう。

 

「 ひ れ 伏 せ 」

 

「ぐぅっ……!」

 

「よくよく俺の支配を逃れる奴だな。ずいぶんと移り気なようだ。愚民なら愚民らしくこの王(おれ)に頭を垂れていればよいものを」

 

呆れたように王土は首を横に振っている。そして、動けないボクを同じように筐体で押し潰そうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数十分後。ボクは空中を飛び交う筐体群をかわしながら、王土に突撃していた。走り込むボクの背後には落下して床を押し潰している無数の筐体があった。猛スピードで飛来する無数の筐体を上下左右に避ける。床に激突する筐体の轟音と衝撃だけがこの空間を支配していた。

 

「ちっ……どうなっている!?」

 

「はあっ!」

 

真上から落下してきた筐体を一歩横へズレることで回避し、王土へ回し蹴りを放つボクだったが……

 

「 跪 け 」

 

これで今日何度目の床との激突だろうか。動きを止められ、筐体の落下を避け、そして蹴りかかる。この繰り返しである。

 

「この俺の支配からこうも逃れるとはな。強い意志力によって俺の支配を上回る電気信号を発生させているのか?いや、それならこうも簡単に『言葉の重み』に支配されないはず」

 

「電気信号?まさかあなたの異常(アブノーマル)は……!」

 

「気付いたか?まあ俺に隠さなければならない自己など無いからな。教えてやろう。俺の異常(アブノーマル)は対象の筋肉の電気信号に干渉して勝手に動すというものだ。応用として磁力によって機械を操作したりもできるがな」

 

王土は筐体を浮かせてボクの真上に移動させる。もう飽きるほど繰り返された事象だ。相変わらずボクの身体は土下座させられたままピクリとも動かせない。やっぱり仕組みが分かったところで対抗できる類の異常(アブノーマル)じゃないか……。なので、ボクはあえて全身の力を抜いて自身の反射に任せる。この支配を解くコツはもう掴んでいた。熟睡している間に泊まっているホテルが倒壊しても無傷で生き残るボクの危機回避能力はすでに自動操縦の域に達している。ボクの身体が最優先にするのは、自分の意思でも、王土の支配でもなく、経験による肉体自身の反応なのだ。

 

「これを落としたところで同じことの繰り返しだな。しかし、俺の支配を上回るのは死の間際の一瞬のみ。ならばその反応を少しでも遅らせられれば……」

 

一拍置いて王土は強烈な意思を込めて口を開いた。同時に落ちてくる筐体。ボクの身体はいつも通りその場から跳び退こうとしたところで――

 

「 ひ れ 伏 せ 」

 

「 跪 け 」

 

「 止 ま れ 」

 

「 動 く な 」

 

「 頭 を 垂 れ ろ 」

 

『言葉の重み』の重ねがけ。それによってボクの身体の動きが一瞬止まる。それは致命的な一瞬。一歩遅れたボクの身体は完全には筐体を回避することができずに――

 

「しまっ……があああああああああっ!」

 

ドスンと鈍い音を立てて数百kgの重量を持つ筐体は逃げ遅れたボクの左脚を押し潰した。骨の折れた感触と共に訪れる激痛。しかし痛みに呻く暇もなくボクの頭上に浮遊していた数台の筐体が落下してくる。慌てて逃げようとするもボクの左脚は筐体に挟まれて動くことができない。

 

「 死 ね 」

 

王土の駄目押しの言葉でボクの全身は金縛りにあったようにその場に固定される。ボクは自分を押し潰そうとする筐体を諦観と共に見上げることしかできなかった。数瞬後の自分の死を覚悟して自然とつぶやきが漏れた。

 

「――球磨川さん、すみません」

 

しかし次の瞬間、頭上に迫っていた筐体群がベキリと破壊され、吹き飛ばされていた。そして、ボクのすぐ側に降り立つ人影。――黒神めだかがそこにいた。

 

「ふむ、地下二階が崩落していたので何事かと思って急ぎ駆けつけたが……。まさか貴様がいるとはな。無事か、月見月二年生」

 

「……助かったよ、めだかちゃん」

 

この絶望的な状況を助けに来たのは生徒会長、黒神めだかだった。突然の救援にボクは自然と安堵の溜息を吐いていた。ふぅ……保険を掛けておいてよかった。今日の朝、王土が黒神めだかと接触して勧誘したと知ったボクは、彼女の性格なら即日のうちにフラスコ計画を潰すだろうと予想していたのだ。ボク達だけでフラスコ計画を潰せればそれでよし。それが無理ならばせめて生徒会の露払いに、という思惑は見事にハマってくれた。あと一歩で死ぬところだったけど。

 

「ちょっと待ってくれよ、めだかちゃん!って瑞貴さん!?何でここに……?」

 

「志布志が向こうで眠ってたからもしかしたらと思っていたけど……。やっぱり君も来てたのか」

 

少し遅れて善吉くんたちがこちらへ走ってきた。生徒会メンバーに加え、真黒さんも一緒に参加している。ボクの予想では黒神めだか一人か、もしくはプラス善吉くんだろうと思っていたんだけど、まさか全員で来るとはね。

 

「地下二階の崩壊は分からないが、門番の二人をやったのはやはり君か。めだかちゃんの視察の直前に単身で突入なんて何か訳ありかな?」

 

「いえいえ真黒さん。生徒会の一員として、視察の邪魔が現れないように露払いしておいただけですよ」

 

見たところ皆に怪我は無い。どうやら露払いの役目は果たせたようだ。あとは黒神めだかが残りのメンバーを倒すだけ。

 

「さて、都城三年生。生徒会長としてフラスコ計画の視察に来たぞ」

 

「潰しに来た、の間違いだろう?ここに来る途中、名瀬や行橋を倒したのかは知らんが安心するがいい。偉大なるこの俺を倒せばフラスコ計画は止まる。分かりやすくてよいだろう?」

 

「そうか、ではそうさせてもらうとしよう」

 

黒神めだかは豪華絢爛、その存在感は昨日見たものよりも圧倒的に強化されている。真黒さんのトレーニングの効果だろう。すでに中学時代の力を取り戻しているようだ。しかし都城王土も存在感においてはまったく引けを取らない。生徒会役員に囲まれているにもかかわらず、不敵な笑みを浮かべたまま傲然とした態度を崩さずにたたずんでいる。

 

「悪いけど、正々堂々一対一なんて真似はしない!このまま倒させてもらいますよ、都城先輩!」

 

「そーいうこった。素直に負けを認めてフラスコ計画から抜けるんだな!」

 

「ふはっ……偉大なるこの俺にずいぶんな口の聞き方だな」

 

囲んだままじりじりと距離を詰めていく善吉くん達に対し、王土は余裕の表情を見せたまま口を開く。

 

「 ひ れ 伏 せ 」

 

「がはっ!」

 

その言葉と共に、その場にいた四人が地面に叩きつけられた。善吉くん、阿久根、喜界島さん、真黒さんが等しく一瞬で土下座をした姿勢で地面に縫い止められてしまう。ボクはというと脚を骨折してしまったためリタイアである。黒神めだかに筐体をどけてもらい、離れた場所で観戦しているため効果範囲から逃れていたようだ。

 

「な、何で!?俺はもうあんたの異常(アブノーマル)を克服しているはずなのに!」

 

「あの時は手加減してやったのだ――とは言わんがな。土台、偉大なる俺の異常性(アブノーマル)は克服できる類のものではないのだよ。だが……」

 

王土の視線の先には、膝を震わせながらかろうじて立っている黒神めだかの姿があった。ギリギリで都城王土の『言葉の重み』に耐えている。

 

「ほう、抗うか。しかし立っているのがやっとのようだな。ならば『圧政(ことば)』ではなく『暴政(ぼうりょく)』で屈服させるまで」

 

周囲の筐体が宙に舞う。それはそのまま黒神めだかに向かって猛スピードで飛んで行き――直前で動力が切れたように失速して地面に落下した。

 

「む?これは……」

 

「ようやく私も身体が動くようになったか。では今度はこちらから行くぞ!」

 

困惑したような表情を見せる王土に黒神めだかが突撃する。十数個の筐体を飛ばして迎撃しようとするも、そのことごとくを避けられ、弾き飛ばされ、黒神めだかの進撃の前にはまるで意味を成さずに距離が詰まっていく。しかしこれは先ほどまでのボクの焼き直しだ。あと一歩のところで王土に制止の言葉を放たれてしまう。

 

「 跪 け 」

 

この言葉に黒神めだかは――

 

「 断 る 」

 

王土の言葉はまったく意味を成さず、その身体に黒神めだかの拳が突き刺さった。

 

「があああああああっ!」

 

そのまま殴り飛ばされる王土。その光景を見てボクは戦慄した。黒神めだかに掛けられた『言葉の重み』を破ったのは意志の力ではない。筐体が磁力を失ったかのように失速したのを見るにこれは――

 

「ごほっ……相殺…だと…?お、お前!なぜこの俺の異常性(アブノーマル)を使えるのだ!?」

 

やっぱりそうか……。おそらく黒神めだかの異常性(アブノーマル)は『他人の異常性(スキル)を吸収して使うこと』。だとすれば『言葉の重み』を破られた王土に勝ち目は無い。戦闘能力に差がありすぎるのだ。殴られた腹を押さえながら王土は狼狽した様子で立ち上がる。その顔には柄にも無く焦りの表情が浮かんでいた。

 

「俺は選ばれし異常性(アブノーマル)を持った、選ばれし王だ!偉大なる王(おれ)の異常性(アブノーマル)を使うなど許されんぞ!」

 

激昂する王土とは対照的に黒神めだかは静かにたたずんでいる。王土は怒りのままに掴み掛かっていく。しかし戦闘能力を持たない王土の肉弾戦など物の数ではない。王土の拳を無視して黒神めだかは腕を振りかぶっていた。王土は策もなくただ破れかぶれで突っ込むだけ。今度こそ終わりだ。しかし都城王土はそんな甘い目算で測れる男ではなかった――

 

「ぐぅっ……これは……!?」

 

「ふははははははははっ!対象の心臓に直接電磁波を送り、相互干渉することでお前の電気信号(アブノーマル)の周波数を強制的に取り立てる。これが偉大なる俺の裏技(アブノーマル)、行橋風に名付けるなら都城王土の真骨頂②『理不尽な重税』だ!」

 

王土が黒神めだかの胸に手で触れた瞬間、電磁波のスパークが弾け、振りかぶった拳を突き出そうとしていた動きが止まってしまった。これが都城王土の切り札。他人の異常性(アブノーマル)を奪い取るとは恐るべき支配力である。これは予想外の事態だ。もしも黒神めだかが敗れてしまったらフラスコ計画を潰すという球磨川さんの目的が……。慌てて声を上げかけたボクだったが、それは杞憂だった。

 

「異常性(アブノーマル)さえ奪えばお前に『言葉の重み』の相殺はできなく……なあっ!?」

 

突如、驚愕の表情を浮かべる王土。その顔面は恐怖に染まり、全身がガクガクと震え出す。

 

「な、何だっ!何なのだこの『闇』はぁああああああああ!」

 

まるでおぞましいものに触れたかのごとく慌てて手を離す王土だったが、そこには先ほどまでの余裕は無く、すでに戦意を失わされてしまっていた。そのまま力が抜けたように膝から崩れ落ちる。その視線は定まっておらず、まさに恐慌状態に陥っているようだ。すると、荒い息を吐いていた王土はついに観念したように目を閉じた。

もう幾度と無く見たこの流れ。終幕の見えた舞台にボクは溜息を吐き、小さくつぶやいた。

 

「改心……か。あまり見たくはない光景だったけど、とりあえず目的は達成できそうだね」

 

これで決着。これまでの殺伐とした雰囲気が徐々に弛緩していくのが分かる。都城王土が口を開こうとした瞬間――

 

――その都城王土の側頭部を太いネジが貫いていた

 

「なにぃいいいいいいいいい!」

 

有り得ない事態にその場の全員が驚愕の声を上げた。糸の切れた人形のように倒れこむ王土の死体に一瞬にして凍りつく場の空気。そうだ、忘れていた。タイミングの悪いあの人が――こんな場面に登場しないはずがないのだ。

 

『なんて酷い惨劇だ。他人の頭部をこんなにも凶悪な凶器で刺し貫くなんて、とても人間のすることじゃない』

 

ツカツカとこちらへ歩いてくる黒髪、黒眼、中肉中背の学生服を着た一人の男。一見、どこにでもいる普通の高校生に見えるが、その両手には王土の頭部を貫いた物に似た太いネジが握られている。

 

『おっと、勘違いしないでおくれ。僕はたった今ここへ来たばかりで無関係だよ。だから――』

 

しかし、その全身からはおぞましいほどの負のオーラを漂わせており、一見して普通の生徒に見えるのが不思議なほどであった。男が一歩ずつ近づいてくるにつれて、重力のように押し潰されそうなほどの負の重圧(プレッシャー)が掛かってくる。まるでこの世の全ての負の存在を集めて凝縮したかのようなその存在は、ある意味では完全な人間、いや負完全な人間といっていいだろう。三年前とまるで変わらない存在感、それでいて、かつてよりも果てしなく増大している過負荷(マイナス)性。

 

 

 

『――僕は悪くない』

 

 

 

――三年マイナス十三組、球磨川禊。これが学園最低の過負荷(マイナス)の初登校であった。


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