本日の運勢は過負荷(マイナス)   作:蛇遣い座

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「 ひ れ 伏 せ 」

戦闘の終わった日本庭園。そこで傷の手当をしていたボクだったが、敵の方は待ってはくれないようだ。早くも二人の刺客が送られてきた。分厚い本を手にした眼鏡女子と貞子のように目までが髪で隠された長髪の女子がゆっくりとこちらへ歩いてきている。

 

「上峰書庫と申します。仲良くしてね」

 

「筑前優鳥……らしいんだ。仲良くしてね」

 

何でだろう……今までの異常者(アブノーマル)とは毛色の違う雰囲気を漂わせている。黒神めだかというよりは志布志に近い、マイナスなオーラ。立ち振る舞いからして、高千穂先輩のような生粋の戦闘者ではなさそうだけど……。

 

「ま、いいか。二人とも、殺しちゃったらごめんね」

 

そう言ってボクは宗像先輩の所有していた暗器の中でも凶悪な一品――機関銃を二人に向けて乱射した。射撃の命中率に逆補正の掛かってしまうボクでもこれだけ撃てば当てられるはず。たぶん急所には当たらないだろうけどね。念のために硝煙で辺りが見えなくなるまで撃ち続けたが、驚くべきことに煙が晴れたそこには何事も無かったかのように佇んでいる無傷の二人の少女の姿があった。

 

「そんな!?」

 

「クス!もうおしまいなんですかあ?私はまだまだ食べ足りませんけど」

 

眼鏡の少女が口を開けると、そこからはさっきボクが撃ったと思われる無数の銃弾が溢れ出してきた。まさか、銃弾を食べたっていうのか……?

 

「驚いてる場合かな。そんな隙だらけだと、あたしの『髪々の黄昏(トリックオアトリートメント)』で一毛打尽だよ」

 

その瞬間、もう一人の女子の髪が伸び、大量の髪がボクの体中に巻きついてきた。そのまま全身を拘束するように絡み付いてくる。ボクはとっさに落ちていた日本刀を拾い、髪の毛を切り払って拘束を解き、後ろへと跳び退いた。この訳の分からない感じ……やっぱり過負荷(マイナス)に近い能力だ。だけど――

 

「――ツキが無かったね。ボクだって過負荷(マイナス)の相手は初めてじゃないんだ。君達からは志布志ほどの絶対値の高さは感じないよ」

 

二人に向かって走り出す。ボクを拘束しようとする髪を避け、日本刀で切り払いながら最短距離で進んでいく。やっぱり二人とも戦闘者ではないようだ。ボクの動きに着いてこれていない。とりあえず、戦闘力の無さそうな眼鏡少女、上峰書庫に走り込む勢いのまま日本刀を突き刺しにいった。が、上峰は突き出された日本刀の目の前に顔を動かし――そのまま自分の口内に日本刀を飲み込んでいく。

 

「うおおっ!」

 

「結構おいしいですね」

 

一緒に飲み込まれそうになった自分の腕を寸でのところで引き戻すが、その際に生まれた隙に上峰は分厚い本でボクの頭をぶん殴った。ぐっ、と呻き声を上げるボクに再び周囲の髪が襲い掛かる。首を絞めようとするそれを転がるように避けると、急いで立ち上がり、筑前という長髪の女に蹴りを浴びせた。しかし――

 

「髪でクッションにされたっ……!?」

 

そのままボクの蹴り足を捕まえようとする髪から間一髪で抜け出し、迫ってくる髪から逃げるようにバックステップで距離を取った。そして新しく落ちている刀を拾い上げる。

そして、いったん落ち着こうと一つ深呼吸をした。アタックは失敗だったけど、戦い方は分かってきた。眼鏡の少女には上半身への攻撃を避け、長髪の女は刀で髪ごと斬り裂いてしまえばいい。

 

「ずいぶん苦戦しているようだな」

 

そんな低い声と共に現れたのはスーツ姿の男だった。無表情のままこちらへ向かって歩いてくる。新手か……。さすがに本拠地、ぞろぞろと集まってくるな。

 

「鶴御崎山海という。仲良くしてね」

 

「そうですか、ボクは月見月瑞貴といいます。こちらこそよろしくっ!」

 

一気に距離を詰めると、その大柄な身体を両断するように刀を振り下ろした。それを男は片手を盾にすることで止めようとする。腕ごと斬り落とそうとするボクだったが、落ちたのは刀の方だった。カランと音を立てて地面に折れた刀が転がる。

 

「折れた……?いや、溶けたのか……!?」

 

「肯定の否定、の否定だな」

 

そのまま高熱で真っ赤になっている手でこちらに掴みかかってくるのを足で蹴り上げる。しかし、熱湯をぶっ掛けられたかのような痛みに反射的に自分の足を見るとなんと靴が溶けている。慌てて足を引っ込めるが、その隙にボクの全身に髪が絡みついて拘束してしまった。

 

「しまった!?」

 

刀は溶かされてしまったからボクを拘束する髪を斬り払えない。なすすべなく空中に縛り付けられたボクに鶴御崎という男が手を伸ばす。物体を溶解させるほどの高熱の腕を躊躇無くボクの心臓に突き出してくる男に、仕方なくボクは隠し持っていた手榴弾の安全ピンを手首だけで抜いて男の足元に投げつけた。直後、轟音と共に火の海と化す地下庭園。そこから、ボクは制服を焦がしながら命からがら這い出したのだった。髪を焼き切るためとはいえ、無茶をしすぎた……。とはいえ、あの至近距離からの爆発なら相手も十分なダメージを……

 

「そう都合良くはいかないか……」

 

しばらくすると爆煙が晴れた。身体中の至るところに火傷を負って息も絶え絶えなボクと対照的に、特に損傷も無さそうに無表情のまま立ち続けている男の姿があった。他の二人も無事なようだ。ボクは溜息を吐く。仕方ない、最後の手段を使うか。被害の程度が予想できないし、下手をするとボクも危険だからやりたくなかったんだけど……。宗像先輩の側で座り込んだボクはその懐の暗器の中から目的の物を探し出す。

 

「ボクがこういう地下に潜るときに一番気をつけていることって何だか分かりますか?」

 

「……何を言っている?」

 

「普段から幸運な日常を送っている君達は考えもしないんだろうね」

 

そう言ってボクはバズーカ砲を構える。それを見た眼鏡少女は慌てて二人の前に出た。機関銃の弾を食べたように、バズーカの弾薬も食べるつもりなのだろう。

 

「そういった弾丸でさえも私なら食べられることをお忘れですか?」

 

「ボクは地下にいる時はいつも考えているよ――この建物の天井が落ちてくるかもしれないって」

 

そう言いながらバズーカ砲を発射する。照準は敵ではなく――この地下二階の天井。ボクの射撃に対する命中率の逆補正は、この場合はさらに逆に働くのだ。

そう、ボクが適当に撃ったただけでこの砲弾は――建物にとって致命的な箇所に寸分狂わず命中してくれる。

 

「何だとぉおおおおおおおっ!」

 

爆発音と共に地下一階部分の床が丸ごと二階を押し潰すように落ちてきた。食べることも溶かすことも毛で支えることもできないほどの圧倒的な質量。三人は悲鳴を上げて自分を潰そうとするそれを見上げている。もう間に合わない。すでに志布志の開けた穴から下の階層へと降りているボクを除いては――

 

 

 

 

 

 

 

とは言ってもあの三人の異常(アブノーマル)なら運がよければ助かるだろう。一応、崩落に巻き込まれないように一緒に連れてきた宗像先輩を地下三階の動物園に置いて、ボクはさらに下の階層へと進むことにした。崩落が進んで浅い階がさらに埋まってしまうかもしれないので、志布志の開けた穴を降りてできるだけ下層まで向かう。それに先ほどの手榴弾の爆発の余波を受けて負った傷が意外と深いようで、火傷や打撲で身体中に激痛が走っている。荒い息を吐きながらよろよろと筐体ゲームだらけの十二階を歩いていると、人の声が聞こえたため、慌てて物陰に隠れた。

 

「ったく……ようやく眠らせられたが、ひどい被害だぜ。古賀ちゃんもズタズタにされちまうしよー」

 

「でも王土の『言葉の重み』と古賀の怪力、名瀬の静脈注射で何とか食い止められたよ。矢面に立ったのが異常な回復力を持つ古賀じゃなかったら大変なことになってたけどね」

 

「もうなっていると思うがな。先ほど理事長から連絡があったが、すでに『十三組の十三人(サーティンパーティ)』の中で残っているのはここにいる四人だけだそうだ。ま、究極的にはこの俺と行橋さえいればフラスコ計画は続くのだから問題はないがな」

 

様子を窺ってみると、驚くべきことに志布志が意識を失ったようにして床に倒れ込んでいた。その志布志を囲んでいるのは四人の男女。その誰もが強大な異常性(アブノーマル)を感じさせる。ただ、一人の女子は全身血塗れのぐったりとした様子で床に座っており、いま聞いた話を信じるとすれば実質的に残りはこの三人。他のメンバーは志布志が潰してくれたようだ。

 

「古賀ちゃんの回復力も限界みてーだな。とりあえず補給のために俺らは四階に戻るぜ。ついでに実験体用の拘束具も取ってきてやるよ」

 

「あ、待ってよー名瀬ちゃん」

 

そう言って顔に包帯を巻いた女子と血塗れの女子はこの場から離れていく。追うか?と一瞬迷ったが、その考えは却下する。正直、今の体調(コンディション)では『十三組の十三人(サーティンパーティ)』のメンバーの相手は、各個撃破でさえ難しい。片方が志布志にズタズタにされているとはいえ、それでも二対一。ならば同じく二人を相手にするのなら、志布志を叩き起こして戦力にすることのできるこちらの方が重要だ。何とか志布志の側にいる二人の隙をついて蹴り起こせれば――

 

「で、いつまでそんなところに隠れているつもりだい?」

 

いきなりの仮面の少年の言葉にビクリと全身が震えた。ボクが隠れているのに気付いている……。監視カメラかと思って辺りを見回すけど、そんな様子は無い。

 

「違うんだよ。他人の心の声を読む――それがこのボク『狭き門(ラビットラビリンス)』行橋未造の異常(アブノーマル)なんだよ」

 

心の声を読む!?ボクの思考が読まれたのか……。いや、それでも――

 

「――たとえ心が読めてもボク自身には戦闘力はなさそうだって?確かにボクは身体を鍛えているわけじゃないからね。純粋に闘ったらボクに勝ち目は無いよ。だけど関係ない。なぜならここにいるのは都城王土なんだからね」

 

しかし、そう話している仮面の少年の言葉のほとんどをボクは聞き流さざるを得なかった。もう一人の金髪の男、都城王土の絶対的で圧倒的な存在感にボクの意識が釘付けになってしまっていたからだ。

 

「ふん、もともとお前に戦闘など期待しておらん。それに――愚民の粛清は王の務めだ」

 

全てを排除するかのような強烈な威圧感に全身の毛が逆立つ。まるで押し潰すかのような見えない圧力。その重圧に逆らってボクは物陰から飛び出すと、睨みつけるように鋭い視線を送った。その男と視線がぶつかり合う。傲岸にして不遜。しかしそれが自然に思えるほどの絶対的な君臨者としての存在感を覚えていた。

 

「あなたが『十三組の十三人(サーティンパーティ)』の頂点、ということでいいんですか?」

 

念のために尋ねたその言葉に王土という男はやれやれといった風に首を横に振った。

 

「その通りではあるが、それは正確ではないな。偉大なる王(おれ)はこの世界すべての頂点に位置する存在なのだからな。この学園という小さな枠で括れると思うな」

 

もしかすると黒神めだかすら凌駕するかもしれないほどの凄まじい存在強度。そしてそれを裏打ちする強烈な自我。これはちょっと勝ち目は薄いかな……。ボクは自然を装って二人の方へと歩み寄っていき、「志布志起きろ!」と大声で叫ぼうとした瞬間、志布志の耳に行橋の両手が当てられていた。ぐっ……完全に読まれている。

 

「王土、そいつはこの彼女を起こそうとしているから気を付けてね」

 

「まったく……ここまで来て他人頼りとは、なるほど凡人らしい。行橋、その女を連れて離れておけ。ついでに痛みを受信しないようにな」

 

「うん、わかったよ」

 

志布志を連れていくのをボクは黙って見送るしかなかった。なぜなら――

 

 

「 ひ れ 伏 せ 」

 

 

「があっ!?」

 

ボクの肉体は自分の意思と関係なく跪き、ガンッと勢いよく頭を地面に叩きつけていたからだ。それを見下ろしながら王土は傲岸に言い放つ。

 

「さて、偉大なる王に歯向かった罪――死でもって償うがいい」


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