そして時間は過ぎていき、日が落ちて辺りが暗くなった扶桑。
司令部の敷地内にある飛行場では超重爆撃機富嶽が発進準備を整えていた。
「でかいな」
「あぁ」
機長と副機長は富嶽に慎重に積み込まれる特爆を見つめる。ちょうど富嶽の爆弾倉にすっぽりと収まるほどの大きさをしており、いかに特爆が大きいかが分かる。
「あんな物を最終的には帝国の帝都に落とすのか」
「しかも町の一つや二つを軽く吹き飛ばす程のとんでもない威力を持っているらしい」
「本当ですか?」
想像以上の威力に副機長は驚く。
「んで、そんな爆弾を俺達が落とすのか」
げんなりとした様子で爆弾倉に収められて扉が閉まる所を見る。
「だが、これで戦争は終わると総司令は言っているけど」
「国を一つ滅ぼしてまで終わらせるほどなのかねぇ」
「さぁな」
「できれば一発目で終わってほしいものだ」
「全くです」
その後富嶽の燃料補給が終わり、轟音とともに六発の発動機が二重反転プロペラを回転させてその巨体を空へと上げた。
「富嶽、特爆を載せ発進。攻撃目標を目指しています」
「到着は問題が無ければ約10時間後となります」
「そうか」
司令室でオペレーターの報告を聞き、俺は深くゆっくりと息を吐きながら背もたれにもたれかかる。
「いよいよ、ですね」
「あぁ」
「可能なら、一発目で敵が戦意を喪失してくれれば良いのですが」
「そんな虫のいい話をやつらに期待しても無駄だ」
「……」
「辻、品川。現時点での陸軍、海軍の戦況は?」
「ハッ。聨合艦隊は帝国軍の特攻隊の攻撃を受けつつも沿岸要塞を攻略し、現在要塞化された島を攻略するため、上陸作戦を開始しています」
「陸軍は帝国領の最深部まで侵攻し、今回の爆撃目標以外の要塞は全て完全制圧しています」
「そうか……」
普通ならもはや防衛線を維持できない状態だが、それでも連中はまだ続けるつもりなんだろうな。
(だが、今回で全てが終わる)
――――――――――――――――――――――――――――――――
所変わってバーラット帝国……
「えぇい! 何なのだこの戦況は!!」
バーラット帝国の皇帝は怒り狂って大臣や将軍らに怒鳴りつける。
「要塞のほとんどをフソウに制圧され、制海権を全て失うとは!」
「それに全然フソウに被害を与えられていないではないか! 貴様らは何をやっているのだ!」
(無茶を言うな)
(あんな無謀な突撃をして与えられるような相手ではないだろうが)
精神論的な戦略ばかりを喚く皇帝に将軍達は不信感を募らせている。
そもそも戦局をひっくり返すことなどできない絶望的な状況でも皇帝はまだ勝利を確信している。
神のご加護があるとか神は我々に味方している、などなど聞いて呆れることばかりしか口にしない。
そうなると逆に尊敬を覚えるものだ。
「例の飛行船による攻撃はどうした! 全く戦果を聞かんぞ!」
「接近される前にフソウ軍によって撃ち落とされておりまして」
「なら数で攻めろ! そうすればフソウとて手も足も出まい!」
「それが、飛行船の魔力炉の製造工場は全てフソウによって破壊されて、作ることができないのであります」
「っ! この役立たず共が!」
皇帝は将軍らに怒声を浴びせると、一人の将軍が立ち上がる。
「お言葉ですが皇帝陛下! 我が軍は総力を挙げてフソウを撃退しようと奮闘しております! たとえどんな強大な相手でも怯まず挑みました」
「そんな彼らを役立たずと! 皇帝陛下はおっしゃられるのですか!」
「だったら何だというのだ!」
「そのお言葉、撤回していただきたい!!」
「撤回だと!? 断る!」
「なぜでございますか! 帝国のため、皇帝陛下のために戦ったのですぞ!」
「黙れ黙れ!! 貴様らは我の命令を聞けばよいのだ! 貴様らはただ戦えばよいのだ!」
「それでどれだけの兵士達が犠牲になったと思っておられるのですか!」
「何より守るべき民をも巻き込んだ戦いに何の意味があるというのですか!」
「えぇい! どいつもこいつも! 我に歯向かうと――――」
すると突然会議室の扉が乱暴に開かれてマスケット銃を手にした兵士達が入ってくる。
「な、何だお前達!?」
立ち上がろうとした将軍や高官達はすぐさま兵士達がマスケット銃を突きつけてその場に留める。
「貴様ら!? この我が居ると知っての狼藉か!」
「知っています、皇帝陛下」
と、開かれた扉から会議室に一人の男性が入ってくる。
「アトリウス!? 貴様何のつもりだ!?」
「見ての通りです、皇帝陛下……と言ってもすぐに皇帝ではなくなるがな」
アトリウスと呼ばれる男性はマスケット銃を将軍や高官に付くつける兵士らに手を向ける。
「くっ! 狂ったか! この国賊が!」
「国賊? それはあなたのことでしょう」
「なに!?」
「フソウが持ちかけてきた講和を悉く無視した挙句民間人を巻き込んだ戦闘を続けた結果、我が帝国は存続の危機にあります」
「それは全てあなたのせいです! それでもあなたはまだ戦争を続けるつもりなのですか!」
「当たり前だ! まだ我々は負けては居らぬ! 必ずフソウに神の天罰が下るのだからな!」
「この期に及んでまだそんな戯言を! いい加減に現実を直視しろ!」
「黙れ! この裏切り者が――――」
と、皇帝が前に一歩動こうとした瞬間、首元に一瞬一筋の光がきらめく。
「っ!?」
皇帝はとっさに立ち止まると、薄っすらと極細の糸が張られていた。
「こ、これは……」
「動かない方が身のためです。他の者達も、例外でなく」
と、アトリウスの後ろより右手で血糊が滴る細長い糸を操りながらセアと呼ばれる女性が入ってくると、両手を動かして将軍らの首元にも同じ糸が張り巡らされているのを見せ付ける。
「来たか、セア」
「申し訳ございません。皇帝の従兵を全員仕留めるのに手間取りました」
「そうか」
その言葉に皇帝は酷く驚いた様子を見せる。
皇帝直属の従兵は帝国一の実力を持つ者たちだ。そう簡単にやられると思っていなかったのだろう。
「我々は早くフソウの講和を受けるべきでした。そうすればこんな最悪な状況にならなかったはずです」
「だからなんだと言うのだ。我は屈したりはせんぞ!」
「えぇ。あなたは屈しなくても構いません」
「な、何?」
「あなたにはここで死んでもらいます。この国にもはやあなたのような狂人は必要ありません」
「貴様――――」
皇帝が言い終える前にセアは握り拳を作って横一文字を描くように右腕を振るい、次の瞬間には皇帝と将軍、高官らの首が次々と刎ね飛ばされ辺り一面を噴き出た血で赤く染める。
「……」
「……」
アトリウスは目を瞑り、セアは両手を振るって糸に付着した血糊を振り払った。
「すまないな。お前の手を汚させてしまって」
「構いません。あなたのお役に立てるのなら、何度でもその手を汚しましょう」
血で汚れた手袋を引き、彼女は彼を見る。
「ですが、今回は私情でやらせてもらいました」
セアはごみを見るかの目で頭をすっ飛ばされた将軍らを睨む。
「私の一族の仇を……」
「そうか」
そして目を開けると兵士達に向き直る。
「たった今逆賊共を粛清した。これより私が帝国を率いる。だが、帝国はもはや風前の灯だ。それでもフソウと戦おうと思うか?」
アトリウスの問いに兵士達は何も答えない。
「直ちにフソウへ使者を送れ! 恐らくフソウは次の攻撃に備えているはずだ!」
「ハッ!」
だが次の瞬間、突然眩い光が窓から差し込んでくる。
『っ!?』
誰もが眩い光に腕で目を覆う。
その直後に轟音と衝撃波が帝都を襲い、多くの家や建物の壁が衝撃波によって破壊される。
「な、何だ!?」
「……」
少しして光が収まってアトリウスとセアはバルコニーに出る。
「こ、これは……」
「……」
二人の視線の先には、とてつもなく巨大で見上げても頂上が見えないほどの高さまで上った黒いきのこ雲であった。
「あそこはグレンブル要塞がある山脈のはずです」
「……跡形も無く、吹き飛んでいる、だと」
きのこ雲の根元は煙や砂煙で覆われて何も見えないが、煙に覆われても分かるぐらい巨大な岩山があるのだが、それが見当たらないのだ。
「こんなことが出来るのは、フソウのみだ」
アトリウスは空を見上げて深くため息を吐く。
「……彼らを、本気で怒らせてしまった」
「……」
その言葉にセアは息を呑む。
「使者を急いでフソウの軍の者と接触させなければ。でなければ、フソウは帝国を滅ぼしてでも戦争を終わらせるつもりだ」
「そんな……」
「……これも、自らが招いた結果だ」
「……」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
時系列は少し前に遡る。
「まもなく、攻撃目標が見えます」
六発の発動機から轟音を発しながら高度8000mの高度を飛ぶ富嶽は攻撃目標の要塞上空に居た。
「遂に来たな」
「えぇ」
機長と副機長は息を呑み、気を引き締める。
「爆撃手。投弾用意だ」
『了解!』
爆撃手は照準機を覗きながら二つあるうちの一本を後ろに引き、特爆が収められている爆弾装の扉が開いてその巨体が姿を現す。
『チョイ右! 頼みます!』
「ヨーソロー!」
爆撃手の指示で機長が操縦桿を右に少し傾けて富嶽の針路を右に少しずらす。
『針路そのまま! そのまま!』
「ヨーソロ!」
操縦桿を並行に戻して富嶽の針路を前に向ける。
「総員! 対閃光防御!」
機長を含む乗員達は額の遮光加工が施されたゴーグルを下ろして目を覆う。
『よーい!! てぇっ!!』
そして照準内に要塞が入り、爆撃手はもう片方のレバーを後ろに倒し、特爆を固定していた固定具が外れてその巨体が富嶽の爆弾倉から落下して出てくる。
その瞬間身軽になった富嶽は一瞬機体が持ち上がって、それを利用して機長は爆風被害から逃れるために高度を上げつつ元来た針路へ向ける。
解き放たれた特爆はその重さ故なのかほとんど風に流されることなく要塞へと落下していく。
しばらくして要塞から数十mの高さで特爆の起爆装置が作動し、その瞬間特爆は眩い光を放つと同時に爆発が瞬く間に広がってその破壊力で要塞諸共山を消滅させていき、富嶽がいる高度8600mに舞い上がるきのこ雲が達した。
そして爆発時の爆風と衝撃波が半径7.5kmの範囲に広がり、その中にある帝都にも襲い掛かって構造上脆い建物は衝撃波によって崩壊し、壁の一部が剥がれ落ちる。
『……』
その衝撃的光景に富嶽の乗員の誰もが呆然となる。もっともこの光景や衝撃波の被害を受けた帝国側はもっと衝撃が強いだろう。
「作戦完了。これより帰還する」
静かに言うと機長は富嶽を扶桑への帰路につかせる。