第一話 目を覚ませばそこは異世界
物語の始まりは今から半年ほど前になる……
とある一室の窓から太陽の光が差し込み、開けている窓から風が入り込み、カーテンを揺らす。
その一室の入口から見て右側にある執務机に備え付けられている椅子に座り、一人の男性が隣に立つ側近と共に書類の整理をしている。
「……」
俺は書類の整理をしながらどうしてこんな事になってしまったのか、あらためて今に至るまでを思い出す。
確か俺こと『
しかし次に目を覚ませば、なぜか見覚えの無い部屋にいた。
俺が居たのはそこそこ大きく広い建物の一室で、入口の扉から見て右側に俺が座る執務机があり、左側に窓がある。
俺は立ち上がって部屋を見渡すと、窓に映っている前と変わった自分の姿に気づく。
綺麗に切り揃えられて艶のある黒髪をした見慣れた俺の姿であったが、服装は高校生とはほぼ無縁のはずの茶色の軍服を着ている。
自分が置かれている状況が理解できず、頭が真っ白になった。
記憶を辿っても、ゲームを終えた後ベッドへダイブしてそのまま深い眠りに就いたはずだった。なのに気付けば執務机にうつ伏せにして眠っていた。
これで混乱しない方がおかしいだろう。
少しして部屋に入ってきた側近から話を聞くと、俺がどういうわけか一国の最高指導者であり、陸海軍の総司令官になっていた事を聞かされる。
しかもその構成はかの『大日本帝国』の陸軍と海軍にそっくりだったが、俺が知る軍隊とはかなり異なっている。と言うか、根本から違うと言っても過言ではない。
全くと言っていい程に状況が呑み込めないでいたが、ふとある事に気付いて側近に色々と聞くと、俺がやっていた戦争シミュレーションネットゲームでの俺の一年以上やった努力の結晶?であるデータの構成とほぼ同じだったのを知る。
あらためて思うと、自分が着ている軍服もその俺がやっているゲームのものであると気付く。
ここがどこかは知らないが、分かるとすれば、ファンタジーな物語にありそうな異世界で、そこで自分がやっていたネットゲームの仮想国『扶桑国』が現れ、現在は初期状態に近い状態で俺が率いているということになっている。
今に至るまでの経緯が思い出せないまま、二年以上も時が過ぎて、現在に至るというわけだ。
「にしても、わっかんねーよなー、これが」
そう呟きながらもこれまでの報告書に目を通して整理しながら許可書にサインをしていく。
最初こそそこそこの大きさだった司令部一つだったが、現在ではかなり巨大な建造物へと変化し、扶桑の領土も北海道を二周り大きくした面積まで拡大し、兵器工場や迎撃設備、陸海軍共有の飛行場、兵士達や一般市民が住む住居や様々なジャンルの店や気分転換のための娯楽施設などがある市街地、鉄道網などが増え続けている。
しかし、軍の状態が最新データの時より初期状態にあったため、軍の再編成を行い、そこから最新状態だったデータまでの建造と開発を進めていく方針となって軍備増強を図っている。
陸軍は戦車隊や航空隊を編成。工兵部隊によって滑走路や様々な設備の建造を行っている。
海軍に関しては、司令部から右に200メートル先の海岸にある軍港の巨大工廠にて軍艦の建造を開始。
既に金剛型戦艦4隻と扶桑型戦艦2隻、伊勢型航空戦艦2隻、樅型駆逐艦21隻、神風型Ⅱ駆逐艦9隻、睦月型駆逐艦12隻、天龍型軽巡洋艦2隻、古鷹型重巡洋艦2隻、航空母艦鳳翔、その他補助艦船が数十隻が就役し、現在は数十隻もの新型艦を建造している。
この二年以上の期間で航空隊のパイロット達の育成で、それぞれの技術に特筆したパイロット達も出始めている。
しかしはっきりと言おう。ここの技術者と建造技師はもちろん、色んな人材がチート過ぎる。
ここまでゲームと同じ仕様とは思わなかった、とだけ言っておこう。
先に言ったように僅か数日でそこそこな大きさだった司令部はいつの間にか巨大な建造物へ変貌し、他の設備や建造物も数ヶ月の内にそこそこの規模の市街地へ変化を遂げている。
迎撃兵装として司令部がある基地には『九六式二十四糎榴弾砲』と『九六式十五糎加農』を外壁に数十門、対空迎撃として『九六式二十五粍高角機銃』を200門以上を持ち、『三式十二糎高射砲』や『五式十五糎高射砲』を合わせて50門以上が領土の各地に配置され、更に要塞砲として『砲塔五十口径三十糎加農』が海岸側に四基と配置されている。
他にも埋め立て工事と軍港と工廠の拡張工事も行われて大規模なものに変貌している。ちなみにここまで至るまでにほぼ半年で済んでいる。
更に別件でここから60キロ以上先にある巨大な山を使った前哨要塞基地を建造中であるが、それも完成直前までそれほど長い時間を有さないほどであった。
そして何より兵器の他にも、軍艦の建造が異常なまでに早く、普通三年以上は掛かるところを一ヶ月近くで完成させているのだから、言葉を失った。しかもどこぞの国とは違って、手抜き工事ではなく、徹底した工事だもんなぁ。
それ故に今の陸海軍はこの二年で最初の時と比べ物にならないほどまでに強化され、更には兵器開発もどんどん進んでいる。このまま進めば早い内に最新の状態に辿り着くかもしれんと思うと、もうこれは笑うしかないな。
「これってチート過ぎないか?」
「さっきから何をブツブツと独り言を言っているのですか?」
と思わず言葉を漏らすと、隣で現在の軍備状況と報告書を確認している俺の二人の側近の一人にして、日によって陸軍参謀総長の補佐もする陸軍大将『
ちなみに晃という名前だが、小さくも、大きくも無い真ん中辺りのスタイルを持ち、黒髪のショートカットの女性である。服装は大日本帝国陸軍の軍服をモデルにした軍服を着ている。
「いいや。こっちの話だ。気にするな」
「そうですか」
と、別に俺に対して追及はせず、報告書の一つに目を通す。
コンコン
すると執務室の扉からノックがする。
「入れ」
俺が入出を許可すると、「失礼します」と一人の女性が入ってきて、姿勢を正して海軍式敬礼を行う。
辻とは少し似た堅物な雰囲気であったが、インテリなメガネを掛け、うなじまで伸ばした艶のある黒髪のストレートで、服装は辻とは違い大日本帝国海軍の第2種軍服(白い方の軍服)をモデルにした軍服を着ていた。ちなみにスタイルは辻より良い。
海軍軍令部総長の補佐をし、辻と同じ弘樹の側近二人のうちの一人である、海軍大将の『
「品川大将か。何か用か?」
と、なぜか警戒した雰囲気で辻が品川を見る。
「用があるから総司令のもとに来たのです。そう言う辻大将はなぜここに?」
同じく品川も辻に対して警戒の雰囲気を出す。
どういうわけかこの二人は仲が悪い。いや、史実の大日本帝国の海軍と陸軍は呆れるほど仲が悪かったが、扶桑陸軍と扶桑海軍はかなり仲が良いのでお互い協力し合い、兵器開発も互いのノウハウを生かしているし、陸海軍共同で開発された史実には無い装備などもある。
が、この二人だけは例外だった。特に俺が居るこの場に関しては。なんでだろう?
「私は総司令にご報告があって来ているのだ」
「生憎、私も総司令にご報告がありまして」
そう言うと品川は辻の視線を気にする事無く執務机に近付いて手にしていた報告書を俺に渡す。
「海軍技術省より新型戦闘機に関する報告書です」
「新型機か。確か開発されていたのは局地戦闘機だったな?」
「はい」
俺は報告書を品川より受け取って表紙を捲り、内容に目を通す。
「『雷電』及び『紫電』の試作機が製造され、テスト飛行が行われました」
「で、結果は上々、ということか」
二機とも性能テストの結果は文句なしのものだった。
紫電は元々水上戦闘機『強風』を陸上仕様に改装したものだが、この紫電は最初から局地戦闘機として開発がされ、史実より航続距離や機動力等の性能が向上している。
「えぇ。近日中に両機は大量生産ラインに入りまして、海軍陸上航空隊と陸軍航空隊へ配備される予定となっています」
「ふむ。さすがだな」
「ありがとうございます」と返事を返すと、辻の方を見て一瞬ドヤと表情を浮かべて口角を少し上げる。
一方の辻はムッとする。
(どうやら私が一歩出ましたね)
(たかが一歩だろう)
一瞬の間にアイコンタクトでそんなやり取りがされた(むろん意思疎通をしているわけではないが)
「総司令。一つご報告が」
品川に対抗してか、辻が先ほど目を通した報告書の中にあった内容の一部を思い出した。
「なんだ?」
「建造中の前哨要塞基地の司令部からです。例の準備は整いつつあり、近々にでも出発は可能と」
「そうか。さすがに早いな」
「ありがとうございます。ですが、本当に行かれるのですか」
陸軍式敬礼をすると、辻は俺に問い掛ける。その前に品川に対して一瞬視線を向けた気がするが、まぁ別にいいか。
「あぁ。そろそろ本腰を入れるべきだからな」
「外界への進出、ですか」
品川はボソッと呟く。
外界とは建造中の前哨要塞基地の向こう側のことであり、その先へは未だに進出していない。と言うより色々とごたごたとしていたのでその暇が無かった。
「ですが、外界への進出は必要はないと思われますが? 逆に面倒ごとが増えるばかりしか思い浮かばないのですが……」
「まぁ、十中八九面倒ごとは起こるかも知れんな」
「ではなぜ?」
「……どの道外界進出は今後とも重要になってくる。なら、問題は早めに片づけた方がいい」
「……」
辻は左眉毛をクイッと一瞬跳ね上げる。
「問題は先送りにしたくはないんだ。暇ある今の内にやった方がいいだろ?」
「総司令の言い分は分かりますが、我々にはやるべき事は外界進出以外にもたくさんあります」
「魔物の巣窟の掃討か? それについては戦力は整いつつあるのだろう?」
「えぇ。後は陸海軍共同で開発した新型重爆撃機の数を揃えています。巣窟掃討のために編成された陸軍機甲軍団も準備が整いつつあります」
「ならいいじゃないか。攻略指揮は陸軍の大西参謀総長に委ねている。それは問題ない」
「……」
辻は静かに唸って一旦目を瞑る。
「そもそもを言えば、我が扶桑軍の総司令で、国を率いる立場であろう御方が前線や未知の領域に向かうなど、心配する身にもなってください」
まぁ本来なら総司令ともあろう者が前線や危険地帯に行くことはまず殆ど無いが、中には総司令自らが前線に立って戦うこともあるんだし、別に珍しいってことでもない。
何より、総司令が前線に出ているというだけでも、兵士にとっては士気が上がることに繋がる。まぁそれが余計に心配事を増やすことになることも無いことも無い。
「それはそうだが、俺は自分の目で確かめないと気が済まない性分でな」
「……」
「それに、総司令の名は伊達にあるわけじゃないのは知っているだろう?」
「それは……」
最初の頃は指揮以外全然だったが、海軍や陸軍の色んな視点から見てもある意味化け物染みた人達からビシバシと鍛えられたので、今では指揮のみならず戦闘においても他者の追随を許さない実力を有している。
「出発は三日後だと伝えてくれ」
「分かりました」
辻は陸軍式敬礼をして「失礼します」と言ってから踵を返し、執務室を出る。
「では、私も失礼します……。あっ、一つお聞きします」
品川も海軍式の敬礼をしようとしたが、何か思い出してか途中で切る。
「今夜総司令はご用事等は無いですか?」
「ん? いや、特にこれといった用事は無いが?」
「そうですか。でしたら、今夜私と夕食をご一緒にどう――――」
と、一瞬喜色が表情に浮かぶも、背後から何かの気配を察してか、途中で止めると「ちっ」と舌打ちをする。
「え、えぇと?」
なぜかいきなり舌打ちされて、少し戸惑う。
「……すみません。用事を思い出したので、またの機会に」
品川は少し不機嫌そうに言うと、海軍式の敬礼をして踵を返して執務室を出る。
「……」
一瞬呆然とするも、気を取り直して報告書の続きに目を通す。
ちなみに執務室の外で静かな攻防戦が繰り広げられていたとかなんとか
「……」
俺は一息吐き、座っている椅子の背もたれにもたれかかる。
(まぁ、辻のやつの心配も分からんでも無いがな)
ふと、俺はある時の事を思い出す。