将棋よりオセロが好きです。
「お前ーがヨミでーオーレーがートーモー♪」
ゴキゲンな昼下がり。西涼遠征の間に溜まった書類も意外と早く片付き、今日の業務は終了となった。……日課の鍛錬が有るが、それはまた後の話だ。バ会も無いし、凪は警邏、真桜は工房に篭っている。沙和は一刀とデートだ。こう言う、程よく暇なときは、どこか居心地の良い所でゆっくり呑むにかぎる。
中庭の、四阿に足を進める。以前は、こういう時は専ら裏庭だった……と言うより、裏庭は私の巣と言っても過言ではない感じだったのだが、そこで一刀やかゆうま達と鍛錬したのをきっかけに、武将達の訓練所と化してしまった。
「先にーオーチーをー言ーったらー何か上手いこーとー言ったーみたいにーなーりーまーせんーー?♪……ん?」
「あーっ、チクショウ!そう来るか!」
「ふふん。貴女もなかなかだけど、読みが甘かったわね」
どうやら四阿には先客が居るようだ。……軍師ーズと靑か。ボードゲーム……将棋をやっているらしい。
「やはりこの遊戯の性質上、騎馬隊の多方同時一撃離脱の完全な再現はできませんからね」
「ええ。でもその戦法を元にここまで戦えるなんて思いませんでしたー」
「これは新戦法の研究が必要なのです」
「何か、持ち上げてもらって悪いな……。でも、やっぱ本職の軍師には勝てんか。これでもアタシ、西涼じゃ結構なモンだったんだがな」
「どっち勝ったん」
「あら、聆。私と靑で、私が勝ったわ。……貴女もやる?」
「いや、観戦。酒の肴にするからええ勝負してな」
空いている席につきながら答える。ルールは本で読んだことがあるし、現代日本の将棋もそこそこ強かったから、弱くはないだろうが、それでも、やはり軍師とやり合うには力不足だと思う。
「そうですか。聆さんの差し口は面白そうなんですけどねー」
「ああ。アタシも興味有るな」
「きっと思いもよらない手で撹乱してくれるのですよー」
「あ、そう言えば七乃さん、美羽様はどなしたん?」
「お昼寝中ですよー。って言うかー、話の逸らし方雑過ぎません?」
「ごめんなー。今日はもう頭使わん日って決めとんや」
「どんな日よそれ。……まぁ、いいわ。次、誰がやる?」
軍師ーズじゃ、桂花が仕切ってることが多いな。気が強いから当たり前か。
「じゃあ、風がー。靑さん、お願いしますー」
「二連続は勘弁してくれ」
「なら私とやって見ませんか?」
「そうですね。確か七乃殿と風は一度も対戦していないはず」
「んー……敢えて避けていたのですがー……」
「あれ、そういうこと言っちゃいます?」
軽く言葉を交えつつ駒を並べていく。速いな……。やり慣れてる感がすごい。
「これ、二人共相当強そーやな」
「ええ。強さを単純に数値で表したら同じようにほぼ満点になるでしょうね」
「でも相性の問題が有るからな」
「え、でも一回もやったこと無いんやろ?」
「二人共極端ですからね。風は仕掛けを作って最後にひっくり返すのが好きで、七乃殿は逆に手数が非常に多いですから」
盤上の動きを見ると、確かに七乃さんが角(?)と桂馬(?)で場を荒らしまくっている。
「少しずつ削られていって、仕掛けに必要な駒が足りなくなったりしやすいのよ」
「あー、風不利か」
だから避けていたのか。
「でも、七乃殿は偶にうっかりしますから。まだ分かりませんよ」
それ運ゲーなんじゃ……。
「んー、勝ち筋が絶えてしまったのですー……」
「そうみたいですねー。じゃ、今回は私の勝ちということで」
「仕方ないですねー。予想通り苦手でしたー」
しばらくして。まだ互いに敵陣に入ってもいない段階で勝負がついてしまった。……っぽい。よく分からん。
「十八−八の槍兵を取られたのが痛かったですかねー」
「あ、やっぱり十九−三狙ってました?」
「むー、バレてましたか」
「そうじゃないと五−二十の騎兵の説明がつきませんもん」
「やっぱり五手目は四−八弓兵より六−三槍兵の方が良かったんじゃないの?」
「それもそうなのですがー、ちょっと強引な感じがして好きじゃないのですー」
「好きかどうかで手を決めるなんて感心しないわね。風」
「まぁまぁ、禀さん。遊びですからー」
うーん、分からんな。やはり軍師はこういうことに関しては格が違うようだ。ちょっと嘗めていた。
「どうだ、聆。やってみる気になったか?」
今のを見てどうやる気になれと。
「ないない」
「なんだよ付き合い悪いな」
「それは聞き捨てならんな」
コミュ力で曹操を縮み上がらせるこの鑑惺に向かってなに言ってやがる。
「じゃ、やるんだな。誰とやる?」
「おいおい、煽った本人がなに他人面しとんのん?」
「アタシと、か。……もしかしてアタシなら勝てるとか思ってねェだろうな?」
「おうよ 肥溜めに叩き返したるわい」
「ゴフッッ!?」
……と、大見得を切ったものの。
「ふん、これはもうアタシの勝ちだな」
「片側に集中して攻めるのは面白い発想だったんだけどね」
「攻めに出た陣の背後に入り込まれてしまえば……」
「いや……まだや。まだ終わらん……」
振り飛車からの美濃囲いっぽい戦法をとってみたのだが……。追い詰められていた。この将棋、野戦を模しているため、本陣と左右両翼の三グループに分ける考えが基本だ。それを、片側ガン攻め片側ガン受けの振り飛車で挑んだものだから、始めは大層盛り上がった。しかし、誤算が有った。この将棋は現代日本のものに比べて駒が多い。そして飛車(?)角(?)それぞれもとから二枚ずつだったのだ。囲いを完成させるため、一手攻めを緩めたところ、一気に形成逆転された。もちろん、金(?)銀(?)も多いが、小駒と交換させられたりしてガリガリ削れていく。攻め爆上げに守りが追いつかないのだ。道理で囲いの概念が無いワケだ。
「負けを認めたらどうだ?」
パチッ
「降参はせん主義なんや」
パチッ
「ふん。この状況で……」
パチッ
「………」
パチッ
「な……逃さんぞ」
パチッ
「………」
スッ
「おのれ!ちょこまかと……」
パチッ
「…………」
スッ
「ぐ……」
パチッ
パチッ パチッ
…………
………
……
…
「どうしてこうなった……」
「こんなこと、起こり得るのね」
「棋譜は暗記しています。これを売りましょう(提案)」
「引き分けのはずなのにこの無敵感……」
盤上の私から見て奥……靑の陣に赤い長方形が出来ていた。正体は成り駒の塊。私の玉を囲んで守っている。
「没落して命辛辛逃げ延びた王が再興して都を作り上げたのですよー……」
「それを守るのが成り上がり……叩き上げの兵達っていうのも心躍りますねー」
「これを元に物語を書きましょう(提案)」
「お前……始めからこれを狙って……!?」
そんなわけ無いだろ。
「さあ?どないやろな。……んだら、そろそろ鍛錬行ってくるわ」
次の対戦が組まれる前に席を立った。
……なんとか玉を守りきれて良かった。ついでに私の「何かすごい奴」というイメージも。
実際に有った恐い展開。
敵陣に入ってしまって、成り歩その他でガッチガチに固めてしまうやつ。攻めの要の香車と桂馬は前にしか進めないので全然落ちないという。