何が言いたいって、予防接種の金返せ。
「ゴホッッガハッ……ゲはっ!!」
「ぐぁぁぁ……ェ゛っゴホッッ」
何が起こったのか分からなかった。
罠の起点らしきものを作動させてしまった。
だから、何が起きても良いように武器を構えた。
視界が真っ赤になった。
全てが痛みに塗り潰された。
目に飛び込むのは光ではなく痛み。
聞こえてくるのは、自分と仲間の苦悶の声。
鼻から、口から、痛みが体内に入ろうとする。火の中に投げ込まれればこうなるのだろうか。
いや、体内に火がつけられたように感じる。中が熱い。痛い。
そして、次々に大質量の何かによる痛みの雨が降り注いだ。
次に爆音の嵐。悲鳴も掻き消される。
そこに、魏の誇る猛将の姿は無かった。ただ恐怖した。
感じるものは全てが痛みの世界。
ひたすらに走った。宛もない、何も見えない、聞こえない中、ここから逃れたくて走った。
魏の猛将を叩きのめしたのは、聆が、とある古い書物で学んだ五胡の秘術……とか、そんな大逸れたものではない。
唐辛子と青竹と丸太。これが地獄の正体だ。
まず、唐辛子粉末がばーっとバラ撒かれて粘膜フルボッコ。次にオーソドックスな振り子罠が、混乱している間に続々と降り注ぎ、爆竹で恐怖に拍車をかける。後は、パニックを起こしたバカが次々に他の新しい罠を作動させて自爆。
麻婆炒飯が思いの外辛かったことの腹いせに思いついた作戦は、見事にドはまりしたのだった。
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パンパンパンパンドゴッッズシャアァァギャアァァァァァァァ
「……何か、森の中から聞こえるな」
「それが今、重要ですか?」
「割とどうでもいい」
俺たちはもう精神的にボロボロだ。
苦労してやっと見つけた狼煙にも罠が仕掛けてあって、途中で爆散した。「苦労したけど何とかここまで来たな」という達成感も爆散した。体は別に疲れてない。ソレが余計に虚しかった。
「ガッッ!?」
凪が突然後ろに吹っ飛んだ。足下に、ゴロリと人の頭ほどの石が転がっている。
「わっははっ、ドヤ?春蘭様と華なんとかに壊されてもて予備やけど、ウチの絡繰の威力はなかなかやろ!」
「クッ……真桜!」
「うはははーー!!それそれ!どんどん行くで!!」
その声と同時に、地面からいくつもの絡繰がニョッキリと顔を出す。
「ちょ、ストップ!ストーーップ!!」
「すとっぷ?知らん言葉やなぁーーーっ」
ズドドドドドド
「ちょ、こんなの当たったら死んじゃうだろっ!」
「やから当ててないやんかー。……今はな」
「そのうち当てる気!?マジで!?」
「試し撃ち試し撃ちー」
ドカンッッ
「…………っ!」
「……?」
ついにヤバイのぶっ放してきた、とうずくまった俺だったが、どうやら様子がおかしい。恐る恐る顔を上げると、なんと、真桜の周りの絡繰が壊れて破片が散乱していた。
「……楽しそうだな………真桜…………」
倒れていた凪がゆらりと立ち上がる。いつもの三倍くらいの氣を纏って。
「わたしにも試し撃ち……させてくれないか?」
「ちょ、ま、ヤバイヤバイ!隊長!!アレどないかせなヤバ……って、もう居らん!?」
「まずは命中率の確認からだ」
「ちょ、待って待っ―――」
ギャァァァァァァァァ
「すまない真桜。今の俺にはお前を庇えるほどの心の広さは無いんだ……」
真桜の悲鳴を背に、チェックポイントを目指した。
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「とうとう競技者は俺一人か」
凪は真桜に肉体言語で説教するのに忙しいし、春蘭と華雄は……あの悲鳴と騒音だ。きっと何か重大なことが起こったに違いない。それに、あと一回のチェックポイント鬼畜罠と、秋蘭が残っている。
「でも俺はめげないぜ。散っていったみんなのためにも、あの鬼畜罠を仕掛けた奴を殴らなきゃな」
妨害者として全力を出した、ってだけなんだろうけど、あんなことを思いつく時点で性根が曲がっているのは明らかなわけで。殴るのは相手のことを思ってであって、決して八つ当たりじゃない。
「禀、真桜、桂花は違うとして……聆、風、七乃さんか……。何か納得のメンツだな……って、なんだこりゃ?」
木の枝からぶら下がったロープの先端に髑髏の髪飾り……おそらく華琳のものが括りつけてあって、そのロープの逆の先には巨大な杭。つまり、いきなり髪飾りを取ろうとすると、杭が落ちてきて串刺しになるというわけだ。
「桂花って実は相当いい奴なんじゃないか……?」
偽装工作一切無し。人を騙すということを知らないかのような稚拙な罠だ。なんだろう……癒やされるんだが。
「何か掛かってあげたい気分だけど……これ、当たったら相当痛いだろうからな……」
木の枝でロープを引っ掛け、クイッと引っ張る。
ドスンッ
重々しい音と共に杭が落ちて、解除完了。
「さて、これで三つめのアイテムGET!髪飾りは仕舞って……それじゃ、最後のチェックポイントに向かいますか」
さっきより大分軽い足取りで進む。まさか罠に励まされるときが来るとは。
―――――――――――――――――――――――――――
「うみゅ……にゃなのの蜜壺………へぅ………べたべた……」
「まぁ、実際は私の服がベタベタなんやけどな」
ちゃん美羽のよだれで。
「なにはともあれお嬢様がお起きにならなくてよかったですよ……一刀さん、完全に修羅の顔してましたもん」
「ああ……。美羽様のことやし、空気読まんと突撃しとったに違いないな」
「そして不満のはけ口としてそれはそれは乱暴に、まるで獣のように……。あれ?ちょっと良いですよこれ?」
「何が?」
「分かりませんか?」
「ごめんな。私、変態とちゃうんや」
「嘘ですよね!?だって、想像してみてくださいよ。泣き叫ぶお嬢様が×××されちゃったり、あまつさえ☒☒☒なんて……!あぁ……お嬢様ぁ………ああ………ぁっ……お嬢様……ぁぁ……ぁっ、あっ、ぁ、ぁッッ!…………ふぅ。皆同じ人間……言うなれば同じ仲間で家族だというのに、国だ何だと小さなまとまりに拘って争うのは愚かな事だと思いませんか?」
「女でも賢者になれるんやな……」
「穏やかな時の流れが見える……」
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「おかしい……」
俺は第三チェックポイント付近まで来ていた。今回は、赤い岩が目印。だけど、死体まみれでも、赤い岩が乱立しているワケでもない。今のところ何も罠が無い。
「……そう思ってる間に見つけちゃったしね」
赤い岩の上に何の捻りもなく箱が置いてある。細心の注意を払いつつにじり寄り、そっと箱を持ち上げる。……何も起こらない。できるだけ長い枝を探し、できるだけ体から遠ざけて箱を開ける。何も飛び出して来ない。強いて言えば、狼煙の道具の他に応援メッセージとお茶とおにぎりが入っていた。全俺が泣いた。狼煙を上げると、お香が混ぜてあったようで、いい匂いがした。
俺はますます軽い足取りでラストスパートをかける。怒りと悲しみとお茶とおにぎりはここに捨てていこう。……さすがに食べ物は信用できなかった。
―――――――――――――――――――――――――――
「最後の目印も、一刀が最初に通過したわね」
「そんな……そんな馬鹿なことが……」
桂花はがっくりと膝をつく。まるでこの世の終わりでも見たかのようだ。
「私の罠が……すべてあんなド破廉恥金玉異常夫に破られたというの……?」
桂花は全ての自信を打ち砕かれ、うなだれた。まあ、ちょうど良い。元々根拠のない自信だったのは罠の質から明白だ。
「あら、どうしたのかしら、そんなに地面に這いつくばって」
「なんでもないんです……なんでも…………」
「ふふ……そう?泣きそうな顔してるみたいだけど?」
「…………」
「桂花の泣きそうな顔、本当にそそるわ」
「華琳様ぁ…………」
「あと、地面がよく似合うわ」
「へっ!?」
―――――――――――――――――――――――――――
「…………………」
俺の目の前には、春蘭がいる。そして、その姿はどう見ても満身創痍の行き倒れ。やはり、あの森は恐ろしい魔窟だったらしい。それに、のぞき込んだ顔の酷い有り様と言ったら……。一日中泣きはらしてもこんなことにはならないだろう。
「おーい、生きてるかー?」
春蘭をツンツンとつついてみると――。
「うぅ……………」
一応生きているようだ。しかし、ルート無視で走った春蘭がやられるってことは、妨害者たちはルート無視する奴が居ると予想した上でこっ酷い罠を仕掛けたというわけだ。
「まぁ、ペナルティみたいなもんかな」
こっちも相当酷かったけど。
俺が立ち上がり、歩き出そうとした瞬間、足元に矢が突き刺さった!
「秋蘭かっ!」
「その通り。ここから先へは行かさん」
木の陰から弓を構えた秋蘭が姿を現す。なんとか、最初の一発は後ろに飛び退いて避けられたけど、恐らく俺がほんのわずかでも動けば、その正確無比無慈悲な矢が今度こそ俺を捕らえるだろう。もちろん、訓練である以上、矢尻は潰してある……いや、期待できないな。割とみんな本気で来てたし。それに、とりあえず、地面に突き刺さる程度の威力は有るということだ。
「ここまでなのか……」
「そうだ。諦めて大人しくしてもらおうか。痛い思いはしたくないだろう?」
「俺は諦めるわけにはいかないんだ」
怒りと悲しみは捨てたけど、沙和と凪の分まで全力を尽くすっていう信念は捨ててない。
とは言え、俺と秋蘭じゃ実力の差は明確。まともにやりあったら勝ち目は無い。
「うぅ……………」
春蘭のうめき声。
閃いた。
実行した。
俺はダッと駆け出す。と同時に叫ぶ。
「あ!ゴールで華琳と桂花がイチャイチャしてる!!」
「なんだとぅ!?」
スコーンッッ
俺が動いた瞬間、秋蘭は矢を放つ。俺が叫んだ瞬間、春蘭は反射的に起き上がる。そして秋蘭の矢が起き上がった春蘭に直撃する。
「きゅぅ〜〜〜」
「あっ、姉者っ!?」
春蘭に思わぬ形でトドメを刺して狼狽える秋蘭を尻目に、俺はゴールまでの直線を全力で走り抜けた。
「うわっ!?」
と、足下か急に無くなった。落とし穴か!
「う、おぉぉぉぉおぉっっ!!!」
脚を限界まで広げ、支え棒にして踏みとどまる。
「ファイトォォォォォ!!」
『いっぱぁぁぁぁぁつ!!!』
聞こえる。みんなの声が聞こえるよ!!
「うおおおおおおおおおお!!!!」
落とし穴敗れたり。俺の道を阻むモノはもう無かった。
―――――――――――――――――――――――――――
「殺す気だった?」
俺が華琳に声をかけると――。
「ご、ご苦労様」
華琳もねぎらいの言葉をかけてくれる。そんな華琳の後ろを見れば――。
「そんな……なんで……私の智謀の全てを賭けた作戦が……」
桂花ががっくりと頽れて、なにやらブツブツと呟いている。……アレが智謀の全てってヤバくないか?
「さて、訓練終了の狼煙も上げたから、じきにみんな来るでしょう。そうしたら、表彰式よ」
とりあえず、表彰式が始まる前に、回収したアイテムを処理しておいた方が良いよな。
「えっと……面白いことになってるところ悪いんだけど、これ、返しておくよ」
俺はここまでに集めてきたアイテム……(多分華琳の)下着、艶本、華琳の髪飾りを桂花に返す。
「なっ!?あんた、これっ!?」
「これ、桂花のだろ?"落ちてた"から拾ってきたぞ」
ホント、あの鬼畜罠と比べたら「落ちてた」レベルだ。
「わ、わわ、わ……私を馬鹿にしてっ……!!」
「そんなつもりは無いんだけどなぁ……」
むしろ癒されたし、感謝したいくらいだ。
「あら、これは私の髪飾りね。なぜ桂花がこれを持っているのかしら?」
「ひっ!?華琳様っ。これは違うんですっ、この変態の陰謀で……っ」
「ふふ……言い訳は後でたっぷりと聞かせてもらうわ」
「あ、ああ……、そんな……華琳様ぁ…………」
……喜んでんじゃん。
―――――――――――――――――――――――――――
華琳の言葉通り
狼煙を見たみんながゾロゾロとゴール地点に集まってくる。
「今日はみんなご苦労様。今日のおりえんていりんぐのおかげで、我が軍に何が足りないのか見えてきたわ」
なんだろう……力加減かな?
その後も華琳の閉会の言葉が続く。
一位になれなかった春蘭や季衣は見るからに萎れているし、沙和は目から光が消えている。真桜は相当お仕置きされたらしく、華雄に至ってはどう言う訳か全身から韓国料理のような匂いをさせて全身油まみれで聆に肩を支えてもらって立っていた。猪々子と流琉だけは凄く清々しい表情をしていたけど。
「さて、それじゃあ約束したご褒美の受賞者だけと……」
そうそう、これが楽しみで頑張ったんだもんな。何にしようか。殴るのはもういいとして、休暇も欲しいし、美味しいものを食べるのも良いな。うーん……結構迷っちゃうなぁ。
「今日のおりえんていりんぐの計画を担当した桂花よ」
「へ?」
桂花って……ご褒美は優勝した俺じゃないの?
「………………私?」
「そう、桂花よ。何か問題我ある?」
「問題なんてそんなっ、私……私…………」
桂花には問題無いかもしれないけど……。
「あの、華琳?」
「なにかしら?」
「俺は?」
全チェックポイント一番乗り(凪が狼煙を譲ってくれたってのもあるけど)で二十五点満点の俺は?
「あら、私は一番になった者にご褒美なんて言ってないわよ」
会場の空気が凍る。
「今日のおりえんていりんぐは、桂花がしっかり準備してくれたから成功したんだもの。桂花にご褒美を上げるのは当然でしょう?」
華琳はしたり顔で言い切った。第二チェックポイント以上の虚無感。
「なるほど……つまりこのおりえんていりんぐ自体が罠だったと……」
華雄の低い声が静まり返った広場に反響する。
「罠ではないわよ。私は、優秀な者に褒美を与えると言ったの」
「……優秀?あんな、罠って概念自体を馬鹿にしたみたいな変なモンばっか作って喜んどった桂花が優秀??」
ボロボロになった螺旋槍を杖代わりにしていた真桜が静かに口を開き……最後には半ば咆哮した。うわぁ……これは、雲行きが怪しいどころの騒ぎじゃない。
「どういうことなの……?沙和には分からないの。華琳様が何を言っているのか。初めから競技者にはご褒美なんてくれるつもりは無かったの?」
「い、いえ、そういうわけじゃ……」
「じゃあなんなの?二十五点満点の隊長よりも桂花ちゃんが優秀って判断されるなら、競技者はどうすればご褒美が貰えたの??」
「あー、あたい、運良かったな。さっさと離脱しといて」
そして次々と文句が上がる。主にズタボロの面々から。春蘭は微妙な表情でまごついている。止めに入るかと思われていた軍師や秋蘭も沈黙。少しでも刺激すれば爆発しそうだからか。
「七乃〜なんぞつまらぬから帰るのじゃ」
「そうですねー、帰りましょっか」
七乃さんと美羽はさっと踵を返して行ってしまう。一見ただの無責任だけど、今はちょうど良かった。"不満がある者は帰る"という流れが出来て、最悪のケースである、衝突が抑えられるからだ。
「沙和も新しい服買わないといけないから帰るの」
「はあ……螺旋槍作り直さなな……」
「怒りに任せて氣を打ち過ぎました……」
続いて沙和、真桜、凪。
「私も早く体を洗ってさっさと寝てしまいたい。嵬媼、悪いが送って貰えるか?」
「まぁ、しゃぁないか」
そして華雄と聆。ちらりとアイコンタクト。帰宅組の方は聆がなんとかとりなしておいてくれるようだ。
これで一旦場が落ち着く。落ち着く、と言うより、沈み切った、って方が正しいか。
「桂花」
「はい、華琳様」
「こういうとき、どういう顔をすればいいかわからないの」
「笑えばいいと思います」
人を呪わば穴二つ。
最大の落とし穴を仕掛けた華琳は、更なる深みに落ちた。
穴の底たるゴールの広場に虚しい笑い声が木霊した。
BADEND!
使用したお茶とおにぎりは、スタッフが責任をもって地下三百メートル以深に地層処分しました。
元から褒美の話なんか出さずに普通に訓練としてやる、
あるいは普通に一刀を優勝にする、
もしくは「全員が優秀よ!」とか言っていつも通り一刀さんとほほエンドで回避可能です。
今回はハード過ぎてみんなに心の余裕が無かったのが敗因です。