全裸睡眠のせいで熱が出たかなぁ、と思ってたら、
一日何も食べてませんでした。
そりゃ目眩もするよね!
「よー。大将」
「これはこれは旦那」
「旦那言うな。奥さんじゃ」
「ハッハッハ!これまたご冗談を」
「酷すぎるやろそれは」
やってきたのは東地区の中通り、賑やかでオシャレな店が軒を連ねる中、一軒だけ隠れるようにひっそりと立つ小料理屋。
店主のオヤジと軽口を交わしつつ、いつもの席に座る。料理場のすぐ目の前、所謂カウンター席だ。
「西の商売は上手ぉいっとるんけ?」
「まぁ、ぼちぼちってとこで」
「それァ良かった」
「へぇ。おかげさまで。それはそうと、ご注文は」
壁に掛かっている札をさっと見回し、注文を決める。
「じゃあ濁りと炙りと大根の漬物。あと菜譜」
「あいよ!でもいいんですかい?お酒。警邏の途中でしょう?」
「くくく……白々しすぎるわそれは」
手渡された書簡にさっと目を通す。もちろん、壁にメニューが掛かっている上、注文が確定しているので菜譜など微塵も必要ない。ここで言う"菜譜"とは、西地区での噂や小悪党共の動向、ちょろっと漏れた犯罪組織の情報などが書かれたものだ。
このオヤジは夜の間西地区でただ一軒の酒屋件料理屋をやっている。……酒屋自体は西地区にも腐るほど有るのだが、何分治安が悪い。夜中に店を開けるなど普通はしないのだ。そこに、私の部下を客に溶け込ませる形で用心棒として入れている。これによってオヤジは夜中の市場を独占し、私はその見返りに色々と情報を貰う。
「ふーん……。まぁ、警邏の効果が出とるってことかな?あと割れ窓」
「ええ、それはもう。お客さんの愚痴も増える一方で。はい、漬物と……濁酒ね」
もちろんこの時代、そんな夜中に活動している人間に真っ当な輩は少ない。オヤジが西で相手にしているのは"そういう奴ら"だ。自然と声が抑えられたものになる。
「ただ……この、何かしら……嵩張らんものが高値で取引されとるってのが気になるな」
「ええ……。アッシが言うのもなんですが……どうもきな臭え品でしてねぇ……」
これは……とどのつまりアレか……?
「……ちょーっと騒がしぃなるかもしれんなぁ……」
「性急なのは止して下せぇよ?足がついたらたまりやせんから」
オヤジが言うように、情報漏れの足がつくかもしれないということで、ここで手に入れた情報はどんなに決定的なのでものでも参考くらいにしか使わないことになっている。あまりにこちらの動きが早いと相手もどこが原因か探ろうとするからだ。あまり便利な情報源ではないが、夜、適当に二三人割けばいいだけなので妥当だろう。ただ……今回は少し様相が違ってくるかもしれない。
「そん時は安心して中央来てくれて良えでー。厨房に口利きくらいしたるわ」
「…………そこまで重要な事で?」
「おー。陳留中がひっくり返りかねん一大事や」
「カカッ……ならその凄い情報の褒美がほしいとこですなぁ」
「ほれ」
「え……?」
「褒美」
「いやいやいや、冗談ですぜ?」
「……これは本気で重要な案件や。でかしたぞ大将」
「へ、へぇ……」
「とりあえず怪しげな薬には気ぃつけてくれ。……それ、そろそろ焼けとんちゃう?」
「へ!?あ、あぁ、おととっ……はい、髄の炙り一丁」
「おぉ、私のおかげでえぇ焼き加減やな。……うん、安酒によぉ合うわ」
「はぁ……恐ろしいお人で……。お仲間はこのことをご存知で?」
「さぁ?言うてはないけど?お、ちょーど斜め向かいの茶屋で駄弁っとるわ」
「おや、もう休憩時間ですかい?」
「怠けとるだけやろ。仕事はちゃんとやれよなー……」
「旦那がそれ言いやすかい……」
「私は代わりの奴も立てとるし。ただ呑んどるだけちゃうもん。仕事や、仕事。あと旦那言うな」
「その割にはえらく馴染んでいらっしゃる。……ああいった店には興味は?」
オヤジがクイッとその店を顎で指す。現代で言うところのオープンカフェに近い、屋台タイプの茶屋。その机の一つに、見慣れた目立つ人影が二つ。真桜と沙和だ。
「無いなー」
「若い娘連中に人気だって聞きやすが?」
「私がその若い娘連中や、と?」
「……違うんですかい?」
「………せいか〜〜い。あ、炙り追加で」
「はいよ。それにしてもあんな可愛らしい娘さんたちが一軍を担う将だとは……」
「可愛らしい?私にはそんなん言わんかったよな?」
「いや、旦那は何というか、……違いやすでしょ」
「あン?よぉ見ろや!」
「…………」
「…………」
「……えーと、さて、そろそろ焼けたかな?」
「おい目ぇそらすなや。何?照れとん?えぇ年こいて二十歳もいかん娘っ子にときめいとん?」
「お、おや誰か来たようですぜ!」
オヤジがごまかすように向かいを指さす。
「北郷様、でしたっけ?天の御使いの……」
「あと楽進やなぁ……あーぁ。二人共気の毒に」
「あー、注意されてるみたいでやすな。はい、お待ちどー」
「お。今回は凪とちゃうんか説教係」
「凪ってぇと……?」
「楽進の真名」
「なるほど……。お、あれ?説教効いてないみたいでやすが?」
「あいつらまたテキトーなことばっかり言うとるんやろ」
「はぁ……いろいろ大変なことで……。お!つねってやすよ!そうそう。言うこと聞かない駄々っ子には折檻が一番だぁ」
「で、逆ギレ乙。と」
「うわっ……ほんとに逆ギレ……。あー、そこで諦めちまいやすかい御使いさんよぉ……。もう普通に話聞きだしちまいやしたぜ……」
「まぁ、言うても反省する奴らちゃうしなぁ」
「と言うより、そもそもあの紫の……李典様、でしたっけ?態度悪過ぎじゃありませんかい?御使い様相手に一度も顔上げてませんぜ?」
「どーせ絡繰でもいじっとんやろ。趣味のことになったら周り見えん奴やからなぁ」
「……それ、御使い様大丈夫ですかい?」
「あー、大丈夫大丈夫。曹操が認めた唯一の男やで?」
「あ、なら安泰だぁ。あの女贔屓で有名な曹操様が認めたんなら相当な人物で……」
民衆レベルで広がってるのか……。華琳の女好き。
ドゴーーーーン!!!!!
「うわ!?一体何ですかい!?」
「きゃー!服に杏仁豆腐がーっっ!!?」
「ああああ、夏侯惇将軍ーっ!?将軍ーっ!?」
凪の拳が茶屋のテーブルを叩き壊したらしい。
「おー、楽進先輩のお出ましか」
「一体何が?夏侯惇将軍も来てたんですかい!?」
「夏侯惇将軍ってのは絡繰のおもちゃな?」
「うへぇ……机がバラバラだぁ!あの白い……楽進様?おっかねぇなぁ……。茶屋の奴らが気の毒だぁ」
「あー、確かに。別に机砕かんでもなぁ。やっぱ真面目やけどちょい短絡的やな」
「アーーーーーーーーーーーーーーッ!」
凪の足下で何かが砕けた。十中八九からくり夏侯惇だろう。
「おぉ……南無ー」
「ギャーーーーーーーーーーッッ!!」
「へへっいい気味だぁ」
……軍の高官の悲劇に何言ってんだこのオヤジ。……まぁ自業自得なのでなにも言わないが。
凪が更に二三言怒鳴り、沙和が真桜を引きずって逃げるように仕事に戻っていく。
「まあ不良軍人に天誅が下ったってことで……」
「ちな私が見つかったらこの店の机も潰れます」
「え……」
そのときのオヤジの顔はなかなかの傑作だった。
机を潰された時の顔は悲壮すぎて笑えなかった。
うーん、最近聆の三人娘との絡みが少ないですね。
でも一度絡みだすと止まりませんからね。
難しいところです。