曜日の感覚が迷子です。
「ここです」
「おー」
俺たちがやって来たのは、飲食店街の店の一つだった。昼時だけあって、通り自体賑わっているけど、その店は特に人が多いようだ。
「……ふむ。見た目はあんまり、普通の店と変わらないな。お客さんはいっぱい入ってるみたいだけど」
「普通の店て……。逆に普通じゃない店って何なん」
「いや、何か特別な何かが有るとか……?」
「なんや隊長、疲れとるん?歯切れ悪過ぎやでぇ」
「なんとなく呟いただけの言葉を拾われて動揺したんだよ」
「素直やなぁ」
「変に取り繕ってもドツボにハマるだけだって凪が身を以て教えてくれたからな」
本当に、言い返せば言い返すほど不利になっていく。
「な……隊長!そのことはもういいでしょう!?」
「おおー。劣勢を流して他人に擦り付けよった」
「隊長の話術が進化してるの!」
「さすがやでぇ」
「凪なんかず〜っと一緒におるのに全然進歩せんもんなー」
「……悪かったな……」
「で〜もっ!そ~言うところが凪ちゃんのいいとこなのー!」
「初心な感じがして可愛いわー」
「隊長もそう思うよなー?」
「あぁ。可愛いぞ。凪」
「た、隊長!そうやってからかうのは止してください!」
「いや、ホントだって。大人しくて真面目で可愛い」
「〜〜っ」
凪の顔が真っ赤に染まる。確かに初心な感じが凄くかわいい。
「んん?じゃあウチらは可愛ないと?」
「あぁあ〜。深く傷ついたのー」
「これはもう昼奢ってもらわな今後の関係に良くない影響が出るな」
「さ、凪。早く入ろうか」
「はい。隊長」
「アカン!無視はアカン!!」
「そんなんしたら一流の芸人になれへんで!!」
芸人とか目指してないって。
「へい、らっしゃーい!!」
店内はほぼ満席だった。そんな中凪は慣れた様子で空いたテーブルを見つけ、腰を下ろした。俺たちはその後を付いていく。混んでて歩き辛いな。
「あん?なんだぶつかっといてあいさt 「ア゛?」 すいませんでした」
誰かが聆にぶつかっていちゃもんを付けようとしたが、一睨みされるとすぐに謝った。
なんとかテーブルに辿り着き、それぞれメニューを見る。
「らっしゃーい!何にしましょー!?」
ちょうど良いタイミングで店主がやった来た。こういうところも人気の理由なのかもしれないな。
壁に掛けられたメニューを見ながら、まずは真桜が元気よく注文する。
「おっちゃん、ウチ、麻婆豆腐と炒飯」
「沙和は麻婆茄子と炒飯と……えーいっ、餃子も食べちゃおーっと!」
「餃子は一人前でいいかい?」
「うん!それ以上食べたら太っちゃうのー」
「じゃあ私は狗火鍋。肉は大きめに切ってな」
「鍋は二人前からの品だけどそれで良いかい?」
「あー。そんくらいは食べるわ」
「えっ?犬?」
「安くてええんやで?」
さすが中国……。四足なら椅子と机以外全部食べるってマジなのか……。
「ははは……。凪は?……決まってるか」
麻婆だよな。
「麻婆豆腐、麻婆茄子、辣子鶏、回鍋肉、酸辣湯、全部大盛り唐辛子ビタビタで」
「ちょッ!!?」
「あいよっ!いつもありがとよ」
「いつもなの!?」
麻婆はもちろん、回鍋肉は辛味噌炒めだし、辣子鶏は鶏肉の唐辛子揚げだ。酸辣湯はよく知らないけど、「ラー」の音が有るってことは辛いんだろう。それを大盛りで、唐辛子追加とは……!これは辛いもの好きとかそう言うカワイイ次元のものじゃない。聆の言葉を借りるなら、これァ病気ですワぁ。春蘭や季衣と食事した時にその大食いっぷりを目の当たりにしたけど、甘かったみたいだ……。
「隊長ェそんくらいで驚いたらアカンわ。もっとヤバいのん色々有るんやから」
「……凪がそれで良いんなら、俺はどうすることも出来ないんだけど、さ」
「あはははっ。やっぱりびっくりしちゃうよねー。沙和なんて分かってても卓の上に真っ赤な物体が並べられていくのにはギョッとするもん」
「ま、凪は小さい頃から訓練された胃袋持っとるから安心し。それより隊長はどうすんの?」
「あ、あぁ。そうだな……うーん、何にするかなあ。おっちゃん、なんかオススメってある?」
「そりゃあ、お嬢ちゃん達も注文してるけど、やっぱり麻婆だね!拘り抜いた挽き肉と唐辛子と山椒が、とろみを研究しつくした餡で具によく絡んで旨みの宝石箱なのさ!」
「おお、なんかよく分かんないけど凄そうだな……。んじゃ、麻婆豆腐と白ご飯ちょーだい」
「へいっ」
そして店主は、全員の注文をもう一度確認し、厨房の中へと戻っていった。包丁の音や、炒め物の油が跳ねる音なんかが聞こえてくる。
あー、余計に腹が減ってきたぞ。
―――――――――――――――――――――――
「はいっ、お待たせしてごめんね〜!辣子鶏と回鍋肉、ご飯はおまけだよっ」
「………………ありがとう」
少し時間のかかっていた凪の料理が運ばれてきて、注文の品が出揃った。明らかに大きく、そして紅い皿が凪の前に並ぶ。……料理を見て恐怖を覚えるのって、初めてだな。
「こ、これが『唐辛子ビタビタ』……」
俺の麻婆豆腐には唐辛子は輪切りで入っている。しかし、凪のソレには胎座、唐辛子の最も辛い部分だけが豆腐が見えなくなるくらいいれられていた。他の料理も同じ。まだ、「まるままの唐辛子で真っ赤」とかの方がだいぶマシだ。辛さだけを集める辺りが本気過ぎて笑えない。
「……………………美味しそう」
「そーかそーか、美味しそうか……」
「はい……」
凪は恥ずかしそうに頬を染めてコクンと頷いた。
「あはは……個性的で良いと思うよ」
「せやせや。凪の食べっぷりは、見てて気持ちいーねんから♪」
「それよりー、沙和もう、お腹ぺっこぺこなのー」
「早よ食べよぅや」
「だな!俺もお腹と背中がくっつきそうだ」
「それってどういうことなん?」
「決まった言い回しみたいなもんだから気にするな。んじゃ……いただきます!」
「「「いただきまーす!」」」
「凪ェ、辣子鶏一個くれんか?」
「もぐもぐ……んぐっ、ん…………はい」
「ありがとー。……沙和、餃子と辣子鶏交換せーへん?」
「凪ちゃんからもらったやつでしょー。それに、沙和それ食べられないのー!」
「じゃあ、こうしよ。私が辣子鶏を食べる。沙和が私に餃子をくれる。どないや?」
「なにが!?」
「聆も取り引きはまだまだやなぁ。ウチが手本見せたるから見とき」
「おぉ!真桜さんっ!」
「沙和、餃子おいしそ〜やなー」
「……あげないの」
「なに、ムリによこせ言うわけとちゃうんや。……ただ、餃子たったの一個とウチとの良好な関係と、……どっちが大切やろなぁ」
「なるほど!脅しやな!よし、私も久々に地団駄を解禁しよっかな?」
「楽進先輩、餃子あげるからそこのチンピラ二人黙らせてほしいの」
「もぐ……ん、分かった」
「うん。そら餃子の方が大切やわな」
「よっし。土下座の準備でもするかぁ」
「ははっ……まるで漫才だな」
真桜と聆がずっと立ち位置的に上なのかと思ってたらそうでもないらしい。凪<沙和<真桜,聆<楽進先輩 みたいな?
「うわっ!!?隊長何してんの!!!」
「へっ?」
いきなり真桜が叫び声を上げ、全員の視線が俺の手元に集中した。
「……な、なんか変なことしてるか?俺」
「なんかやあらへんがな!折角の麻婆豆腐を白ご飯にかけて……気持ち悪っ!」
「邪道だよ、邪道〜!変なのー」
「もぐもぐ……もぐ……」
凪は何も言いはしないけど、嫌そうに眉をひそめている。
「アハハ……個性的で良えと思うで」
聆は理解を示してくれたようだ。……若干皮肉のような何かを感じたが。
「俺が居たトコじゃ普通だったんだけどなー。食べるの楽だし。それに、聆だって辣子鶏を鍋に浸してたじゃないか」
「あー、気付いとったん?……あれそのままやったら食べられんもん。辛いのちょっと落とさな」
「でも聆の鍋も真っ赤だぞ?」
狗肉のインパクトに掻き消されてたけど、スープ自体も火鍋で激辛だ。
「ビタビタに比べたら十倍マシ」
凄い真顔で返された。
「お、おう……まぁでも、こっちじゃ珍しいのか、麻婆丼。……そうだ、食ってみるか?」
「うーん……じゃ、ひとくちだけもらうの」
「……………………私も」
「ん〜〜〜……ッッ、せやったらウチも!」
「聆はいいのか?」
「私、餡掛けと豆腐好きちゃうんや」
「へー、好き嫌いとか無いと思ってた」
「食べられんってわけちゃうけど、できたら食べとうないっていう」
「隊長ー、くれるんやったら早よしてぇなー」
「あ、ハイハイ」
凪達は差し出された俺の器から、麻婆丼をそれぞれ自分のレンゲで掬い、恐る恐るといった様子で口に運んだ。
「……………どう、だ?」
「おわわ!!?ウマイで、これ!」
「うん、おいしー。なにこれビックリー!」
「……………意外」
「挽き肉と香辛料が餡で米によぉ絡んで相性がええんやろ?」
「聆、麻婆豆腐嫌いな割によく分かってるな」
「理解はできるけど、歩み寄れへんっていう」
「もうひとくちもらうの」
「あー、白ご飯にしとけばよかったなー」
沙和と真桜はもうひとくちと、レンゲで掬って食べている。凪は自分の麻婆豆腐を白ご飯にかけ始めた。こっちに来てから文化的にアウェイ気味だったけど、今回は認められたみたいだ。
「こ、これは……ッ!!?」
「おっちゃん!?」
店主のおっちゃんが俺の麻婆丼を身体をワナワナと震わせながら凝視していた。……そんなに無作法なことなのかな。麻婆丼。
「ひ、閃いたぞおおおおおおぉぉーっっ!!!!」
「な、なんだ!?」
「白米に麻婆d(中略)てしまうっ」
「……………………」
おっちゃんは麻婆丼をいたく気に入ったようで、麻婆丼のための麻婆豆腐について盛大な独り言を叫んだ。気に入ってくれたのはいいけど、この人も変な人だったのか……。店内のお客さん達ドン引きじゃないか。
「あとは、あとは……ッ!!…………よしっ、忘れないうちに試してみるぞーっ」
おっちゃんは唸り声を上げながら厨房の奥へ消えた。
「あれァ病気ですワぁ……」
しんと静まった店内に聆の呟きだけが聞こえた。
―――――――――――――――――――――
食事を再開し、しばらくした頃、聆がおもむろに口を開いた。
「隊長、デブっぽくない?」
「!?」
「せやなぁ。……汗かきすぎやろー」
「あ、おお、そういうことか。こんな辛いの食べてりゃ汗ぐらい出るだろっ……って、俺以外あんまり出てないんだな」
本場なだけあって、麻婆豆腐は俺が普段食べていたものよりかなり辛い。ただ辛いだけじゃなく、確かな味のバランスが取れていてドンドンと食べられるんだけど……汗はかく。
「言われてみたら、そうだよねー。沙和も凪ちゃんも聆ちゃんも出てないのー」
聆なんかは辛いうえに鍋なんだから相当暑いハズなのに……。
「なんでそんなコトになるんやろ?」
「汗諾々で料理ガツガツ喰うから大分デブっぽいわぁー。……別にデブを馬鹿にしとんじゃないんやで?」
「……女の子は、みんな天然で女優だからな。そういうふうにカラダが出来てるんだよ。一緒にしないでくれ」
聆、俺にデブキャラをつけようとしてるんじゃ……。
「天然で女優〜?なにそれー!」
「イミフー」
「分かる言葉で喋ってくれや」
「意識せずに可愛く、美しく在ろうとするってコト」
「えー?沙和はカワイくなるの意識しまくりだよー?」
「服装とかそういうんじゃなくて、基本的な生活習慣とか、そういうのだよ。……つうか、一番驚きなのは凪だよ。そんな辛い料理食べてるのに汗ひとつかいてないな。大丈夫か?」
「……もぐもぐ…………」
麻婆茄子を口に入れたまま事も無げに頷く。
「……確かに、イイ食べっぷりだよなあ……」
がっついてるわけじゃないのに、お皿の上の料理がスルスルと減っていく。当然、大量の唐辛子(胎座)も食べてるんだけど……。
「……………………」
けろっとしたもんだ。
「変態長が本領発揮しとるな」
「えっ!?なにが!!?」
「女の子がご飯食べてるの、じーっと見るのはあんまり良いことじゃないのー!」
「おぉ、そりゃそうか。すまん」
「…………良いです」
凪は、気にしていないと首を振り、食事を続ける。凶器にすら思える唐辛子ビタビタの料理がどんどん消えていく。
「……………………凪、ひとつ貰っていいか?」
「もぐもぐ…………」
コクンと頷いた。それにより唐辛子ビタビタへの恐怖と好奇心のせめぎ合いは好奇心に軍配が上がった。おそるおそる辣子鶏に箸を伸ばし、唐辛子まみれの鶏肉を口に放り込んだ。
「ぱくっ……もぐ……あ、なんだ。結構美味し……ッくぁwせdrftgyふじこlp〜〜〜〜っッアアッマドニッマドニッ!!!?!?!?」
「あーあ」
「何で辣子鶏やねん……見るからにアカンやろ」
「な゛ん゛だ゛こ゛れ゛い゛み゛わ゛か゛ら゛ん゛」
「私が、鍋に浸した上にチビチビ食べよったん気づかんかったん?」
「うぃ、隊長、水」
「ありがと……っ……ゴクゴクゴク……!?ぶはっ!?!!喉が!!!?」
「あ、ごめん酒やった」
「酒!?即死系の毒薬とかじゃなくて?ってか、誰か水を早く!ボケとか無しで!!」
「はいなのー」
「ありがとう沙和!」
「だいじょーぶ?たいちょー」
俺は涙目になって頷きながら、自分の軽率さを激しく後悔する。辛いとかじゃない。口から喉を鋭い痛みが駆け抜けた。
「俺もこっちに来てから色々と食べたけど……これほどの衝撃は初めてだ……。そしてこの先もきっと無いと思う」
「大袈裟やなぁ」
「いや、だって、いくら辛いと言ってもせめて食べ物だと思うだろ?違うんだぜ?兵器だ。これは……ッ!!」
「………………美味しいのに」
「……はは………」
乾いた笑いを返すことしかできなかった。残りの麻婆豆腐も食べたけど、しばらくは口が痺れて味がよく分からなかった。
恐るべし、唐辛子ビタビタ。
―――――――――――――――――――――
「たいちょー、ごちなのー!」
「ごっそーさーん!あー、美味しかった!」
「結構ええ狗使うとったな」
「……ご馳走様です」
「くっそー……お前ら隊長にマジで奢らせるとか……」
「でも領収書切っとったし」
「たいちょーのお財布が直接痛むわけちゃうやん」
「むっ……目ざといなぁ。だけどあまりやっちゃうと桂花に殺されるから、次はワリカンな」
「わかっとるがな〜♪ほんま、おおきにー!」
分かってるなんて言っても、次もたかられるんだろうな。でもまあ、四人の喜んだ顔を見られるのは嬉しいもんだ。たまになら奢るのもいいかもな。
長丁場ェ
このフェイズ、シーン多いですね。
・一刀さんの部屋
・街中、店の前
・注文前
・食事一
・麻婆丼
・天然で女優
・華琳は辛いものが苦手(カット)
・唐辛子ビタビタ
・締め
カット数が多いとその分一旦流れが切れるので書くのに時間がかかってしまいます。