黒王号(牛)は聆の主人公の愛馬(?)の水牛です。前出たときは黒王五号(仮)表記でした。念のため。
聆は主人公の名前です。念のため。
「はぁぁぁぁああああ!!!!」
「てやああああ!!!!」
初撃、華琳の号令の終わりと共に愛紗と春蘭が駆け、ぶつかり合う。比喩ではなく火花が散り、接触点を中心に土煙が上がった。殆ど同時に秋蘭の矢が風を切る。愛紗が態勢を崩す。
「させないのだ!」
春蘭が追撃を加える前に、代わって鈴々が前に躍り出た。そこに轟轟と音を立て鉄球とヨーヨーが飛ぶ。その猛攻の隙に陰から踏み込んで、逆に攻めに出た星に秋蘭が牽制の一発を飛ばした。更に重ねて孫策が迫る。戻って来た鉄球とその鎖が道を阻んだ。
春蘭、秋蘭、季衣、琉流の姉妹親友師弟カルテットに対し、蜀呉側は素早く交代、そして包囲することで対処するつもりらしい。
「乗れ!!」
「言われずとも!」
靑の口笛の音に、背後の群衆から白馬が跳び出す。靑が世話を担当し、普段は華琳が乗っている、いつぞやの戦利品として私が献上した馬。……もしやと考えたことも有ったが、やっぱり白蓮の馬だったのか。
散開した愛紗たちの、更に外から高機動を活かして一撃離脱を繰り出し、攻めのサイクルを崩す。一つ格が落ちる白蓮と、ぶつかり合いをするには万全ではない靑にとっての精一杯の仕事にして、この場での最適解だ。
「私たちも"行く"わよ」
「ええ……不相応な感じするけど」
「気負わなくて良いわ。ただの付き添いよ」
そう言ううちに華琳は黒王号(牛)に跨っている。その瞳が指し示すのは兵の原のその向こう、劉備が座す蜀本陣だ。この戦を終わらせる最後の一手、その端をこの私にも担がせようと言うことらしい。しかたない。攻めは得意ではないが、覇王を大徳のもとへ送り届ける騎士の役目、引き受けよう。
「んだら行くでッ!!」
ブモォォォォオオっと長く太く嘶き、黒王号(牛)の黒い巨体全ての筋肉が膨れ上がる。本気も本気、こいつも決戦の空気と自分の役目の重大さを理解しているのだろうか。
「通すかよ!!」
「曹操、覚悟!」
一歩踏み出した私たちの前に立ち塞がるのは馬超と孫権。
「一気に抜くわよ」
しかし華琳は自信を崩さない。優勢とは言え難題を、と思ったが言い出す前に道が開ける。靑と白蓮が先んじて突っ込んで行った。剣と剣、槍と両剣が高く鋭い音を立てて衝突し、鎬を削る。
「アタシたちごと撥ねろ!」
「なっ……!?」
「へぇっ!?待て私は心の準備が――」
ドーン ガシャーン
「さぁ、あとは突っ切るのみよ」
撥ね飛ばした四人を振り返りもせず。前線で劣勢の中奮闘していた兵や春蘭たちの討ち合いを迂回して進んできた兵たちと合流して蜀本陣を目指す。
敵将はほぼ出そろってこちらの将と当たっているらしいが、敵兵にも気が抜けない。さすがに決戦。士気技量の高さで鳴らす我が魏軍でなくとも、恐れず将の首を取ろうと……そして劉備を守ろうとこちらに迷わず向かって来る。
「"ああ"は言ったけど……確かに、こうして貴女と駆けるなんて思ってなかったわ……」
背後から撫でるような声がした。窺える状況じゃないが、華琳はすこし笑っているようだ。
「あの四人じゃ、凪が頭一つ抜けていたし。そして、貴女をどう思っていたかは、……ふふ、今更言わなくても分かってるわよね」
突き上げる槍を薙ぎ、降りかかる矢を掃う。敵の怒号に圧し潰されないよう、より大きく激しく腸を引き裂くような音で、私も声を上げる。
「でも貴女は身を賭して魏を支えてきた……その心の内は、教えてくれないようだけれど」
左に付けて来た騎馬兵の刃を折って取り、右の敵へ投げる。前方の歩兵の首を刎ねた振り切りで、そのままさっきの騎兵を叩き落す。
「ただ、今の貴女は、この覇王曹操を劉備のもとへ送り届ける……この乱世を終わらせる重役を担うに足る存在よ。不相応なんかじゃないわ」
「華琳さん……」
「なにかしら?」
捨て身の正面突撃を、黒王号(牛)の三日月形の角が投げ上げた。驚愕の表情に私の太刀が喰い込んで、割れる。
「敵兵のけるん手伝ってくれへん?」
「……ごめんなさいね」
ただでさえキツイのに後ろでドヤ声で話されているとなんとも言えない。
「……けれど、やっぱり、手伝いはできそうにないわ」
ビュッ、と風が通り過ぎた。
この矢……
「黄忠か」
兵がまばらになり、ザッと視界が開けた。いよいよ本陣手前というところにできた人垣の城壁の前に、門番のように黄忠が待っている。五虎将の一人、劉備を守る最後の砦か。
「二方向から攻めましょう」
「……了解」
私が黒王号(牛)から跳び下り、二手に分かれる。華琳は大きく湾曲した軌道で、私は真っすぐ黄忠へと接近する。
一射ごとに空気がビリビリ揺れるほどの威力にもかかわらず、十分な精度と密度の射撃を華琳と私の両方に放ち続ける。黄忠め、定軍山で戦ったときより明らかに強くなっている。……だが威力は実は以前のままでも私を十二分に殺せる。むしろ氣が激しくなった分、今の私にとっては幾分か避けやすい。そして精度と密度に関しては黄蓋の方が何倍も厄介だった。確かに恐ろしい相手だが、今更騒ぐほどでもない(感覚麻痺)。
三人を結んだ三角形がどんどんと小さくなる。一つ、二つ、矢を避ける。黄忠は目の前。その背後から孟獲が跳び出した。しかし私も華琳も気付いていた。鎌と槌が交差する。それを横目に、正面の黄忠へ一撃。猛将特有のバカに堅い弓でいなされる。こちらの次段と相手の返しが同時……そして私の背に冷たい感覚が迫ったのも同じときだった。
意識の隅に隠れていた将が、記憶の端に放り出されていた方法で牙を剥いた。
顔良は、猪々子の好みで派手な大金槌を使うよう勧められているだけで、本来素早さを活かした攻撃を得意としている(らしい)。つまり、甘寧周泰に続く三人目の暗殺武将としての素質を持つ。猪々子が側に居ないからか、もしかしてそれが原因で原作より厳しい局面に遭い"本気"になったのか……ともかく、顔良は賊上がりらしい、鋭く前触れのない攻撃を仕掛けて来た。
忘却というのは本当にクソみたいな現象である。周泰と甘寧が両翼に当たっている今、私の計算では、この瞬間、私の背後を取れるような敵は居ないはずだった。
孟獲らと周泰を相手取り五分以上の戦いをした私が、顔良に……?いや、避けられるはず。……この攻撃を避けてどうなる?……ここは黄忠の間合いの内も内。それも互いに打ち合いの真っ最中。黄忠への対処を怠れば次の瞬間終わり。しかし、視界の端に映るこの顔良の腕……脊椎を折るまでに止まってくれそうか?逆手持ちに突き立てられた小刀は、その切っ先に一発で決めると言う決意を孕んでいるように見えてしかたがない。
この最大の窮地に際して最高速に達した思考と視野で、残念ながら悪い情報ばかり見つかってしまう。どうする、どうすると頭こそ働けどアイデアは閃かず。助けてくれそうな仲間である華琳もそこで「しまった」という顔をしている。どうやら現実は非情なようである。
まぁ無傷で助かるんですけどね、初見さん。