Normalのアリスで撃沈しました。
「――敵が隘路の出口に布陣している?」
集まった将たちに敵軍の様子が伝えられる。一部のよく分かってなさそうな面々を除いて、その反応は総じて渋いものだった。
「そう。非常に基本的な策よ」
「……敵将は?」
「馬と甘……おそらく、馬超と甘寧でしょう」
「それなら、馬岱さんも居るんでしょうね〜。馬超さんの手綱を握ってるのはあの人でしょうから」
「また山間部に騎馬隊を持ってきたのか……どういうつもりだ?」
さっきまで皆と同じく険しい顔をしていた秋蘭が、馬超の名を聞いて今度は心底不思議そうな顔をする。
『また』……か。
「……ああ、定軍山か」
『山間部』『待ち伏せ』で秋蘭に馴染み深いものと言えば定軍山だ。
「そうですねぇ。アレだけ山との相性の悪さを晒しておいてまた山に来るのは……これは臭いますねぇ」
「単に包囲するだけが目的では無さそうね」
「そう考えれば甘寧も……待ち構えるより一撃離脱を得意とする将のはず」
まさか、単なるミスなんてことも無いだろうし……。でも、どう考えても噛み合わないよなぁ。
「……」
沈黙。俺が特別鈍いワケじゃないらしい。
「ふむ……おぉ、なるほど」
と、それを破る声。風だ。
「なにか分かったのか?風」
「んー、ここで声高に語って皆さんに先入観を与えてはいけないので〜。……華琳様ー、少々、お耳を」
「……?まぁ、いいわ」
風は皆には説明せず、華琳にだけこしょこしょと耳打ちで伝えた。
さっき霞に言われたことを気にしてるんだろうか。風がどう思ったか細かいところまでは分からないけど、確かに、机上の推測で全て分かった気になっていた俺に、霞の指摘は刺さった。この戦、もし万が一負けるとしたらそういう慢心からだと思う。
まぁこの方法はこの方法で、桂花が嫉妬でものすごい顔になってるけど。
「……相手の人選について、納得できる答えは出たわ。『どうやって突破するか』の話に戻りましょう」
「……説明せぇへんの?」
「もし外れていた場合のことを考えると、風がさっき言った通り先入観を持ってほしくないわ。そして逆に当たっていたとしても、皆の動きには何の影響も無い。こちらの基本的な命令に従ってさえくれれば、ね。軍師の皆についても。この説はいかにも正解らしいだけに、聞けば思考を鈍らせてしまうわ。貴女たちには、保険として悩んでいておいてほしい」
悩み過ぎで立ち止まってしまっては本末転倒。でも、何の疑いも持たないのは危険。奇妙ではあるけど、ここは華琳の言い分が正しいように思う。
「……どうも釈然としないな」
「でも考えなくていいならそれで良いじゃん」
「そう言われればそうだな」
華雄が珍しく戦術に口出しした、と思ったそのときにはすでに思考を放棄してた。やっぱコイツすごいないろんな意味で。
「さて、それで、この三人の将をどう攻略する?」
「簡単だろ」
華琳による再びの軌道修正。それに即答する者が一人。靑さんだ。
「せっかく山歩きできる奴ァ多いんだ。今からいくらか山ン中に入れてさ、道から来るとタカ括ってやがる相手を脅かしてやりゃー良い」
「逆に包囲するってことか」
「定石を根底から覆していくワケですねー」
「なるほど。問題視していた出口間際での奇襲への対策にもなる良い手です」
意表も突けて、それだけじゃなく実際強い。そして、志願兵は無理だけど、そんなことは関係ないくらい山中で動ける兵は多い。うーむ……なんでこんな簡単なことに気付かなかったのか。
「凪らと合流させたら良えんやな」
「一案ね。桂花、山育ちで特に身の軽い者を選別して」
「了解です。聆たちにもそのように伝えます」
堰を切ったように場が活気付く。思っていた何倍も簡単にここを突破できそうで、となればその後も当然楽になる。調子に乗ってはいけないと分かっていても、ついつい勢いづいてしまうってもんだ。
まぁ、それにしても……
「娘相手に厳しいな」
「一人前の相手として見てやってんだよ。娘だからって贔屓目に評価してな」
「贔屓が人を追い詰めるのか……」
馬超もまさか親の期待をこんな形で体感するとは思ってなかったろうなぁ。
「そうなれば、相手がそれに気づきにくいよう本隊は派手に行かなくちゃね」
「華琳様!」
「一番槍ね。春蘭」
「御意ッ!」
って、ちょっと気を逸らした隙に一番槍が決まってたんだが?
「決断早いな!」
「当たり前だ。何と言っても一番槍だからな!」
「上手いか上手くないかの絶妙なラインを……」
「では次は――」
「私だ!」「いやアタイだろ」「何の話か知らんがとりあえず妾じゃ!」「お嬢様はあっちで蜂蜜舐めててください」「はい!はーい!ボク!ボクが行く!」「いーやウチが行く!って言うか一番槍もウチや!」「なっ!?一番槍は渡さんぞ!」
「――士気が高いのはいいけれど、これは困りものね」
「ふん、バカばっかり」
「もうさ、このまま放てば勝手に敵 倒してきてくれるんじゃないかな?」
「そうかもしれないわね……」
ァア゚ア゙アァァァァァァァァァァ ァ ァ
「な、何だ!?」
山に反響して広がる、鉄板を引き裂くような音。
「獣か何かか?」
「蜀山間部に潜む影!森林の奥地に幻の珍獣『チュパカブラ』を見た!」
「何言ってんのよ」
「いや、つい」
「とりあえず、あれは聆さんの隊の掛け声ですねぇ。それも、激しさからして既に戦闘が始まってるっぽいですよ」
なるほど、そう言われれば確かに何度も聞いたシャウト。
でも、やっぱりいつまで経っても慣れないなぁ。あのいつも飄々と軽い態度をとってる聆と、この悪魔的な金切り声がどうしても頭の中で結びつかない。
「急ぎましょう。あの四人が滅多なことで負けるとは思わないけれど。……秋蘭と七乃は自分の隊の正規兵を率いて聆たちの掩護へ。場合によっては後から山林に入る包囲隊も使って構わないわ」
「逆に軽く終われば私達もそのまま包囲に移りますね」
「そうして頂戴。さて、他。準備が終わり次第、手柄を挙げたい者から並んで突撃」
「「はっ!!」」
「大雑把な……」
「『豪快』と言いなさい。そもそも細かく言ってもしかたないでしょ。それに、一刀もさっきは『このまま放てば』なんて言ってたじゃない」
「そうだけどさ……」
確かに急いでるし、勢いを活かさない手は無いと思うけど……春蘭たちに気をつけるように言っておこう。聞いてくれるかは正直自信無いけど。
――――――――――――――――――――――――――――
「にゃにゃにゃにゃ!」
「みゃおーーっ!!」
「怯むな!手加減するな!オロオロするななの!」
「死角を補え!」
複数の兵が寄り集まり、刃を外にしてまるでウニや栗のように丸まり、攻撃に抗する。
樹上よりの奇襲、そして身体のバネを最大限活かした高起動戦法。ちょっとこれは……情けない話だが、攻め手が無い。いや、勝てることは勝てるのだ。が、如何せん"殴り合い"になるだろう。この段階で消耗するわけにはいかない。接敵のシャウトを聞いて別行動の凪たちや本隊からの掩護が来るはず。それまで耐えなければ。
「カクゴするのにゃ!クマニンゲン!」
「クッ……沙和、兵の指揮頼む」
「分かったの!」
兵との合流を阻むかのように孟獲が立ちはだかる。
群から個体を分断して狩るというのは、肉食動物の常套手段だ。
「ミケ!トラ!シャム!」
……ということは私を狩るつもりか?バカを言うな。
「らァッ!!」
「にゃっ!」
スーパーボールみたいに地面や枝の間をバッコンバッコン好き勝手に跳ねまくって、あらゆる方向から攻撃を放ってくる。
「………」
落ち着け、私。確かにこんなにアグレッシブな動きをする相手は初めてだが、全方向からの攻撃は別に初めてじゃない。そして、一匹一匹の強さも大したことはない。立ち止まっていては相手のパターンに入ってしまう。とにかく、ここは多少強引にでもこっちから攻撃をバラ撒いてチャンスを作る。
「ウラァァッ!!」
「にょわ!?」
一番ぼぅっとしてそうなヤツ(確か、シャムとかいう名前)を狙う。しかもコイツの武器はスリングショット。瞬殺は確――
死の予感!!
「……っ!」
キグルミの肩から上が背後から派手に切り飛ばされ、ぶっ壊れる。その犯人、周泰の姿を頭上に捉えた。細剣での反撃。
そして、反対側、もう片方の眼で確認した背後足もとの"二人目"にも、同時に蹴りを放つ。
「くァっ!?」
頭上の周泰は丸太に。足もとの周泰は小さく悲鳴をあげた後、距離をとって相対する。こっちが本物だったんだな。
「さすが蛇鬼鑑惺……抜け目無い」
何が抜け目無いものか。普段なら死んでたわ。
私は、切られていることに、切られ始めたとき気が付いた。熊のキグルミの背に周泰の刃が触れた瞬間、その感覚で気付いたのだ。そして、反射的に上体を倒してギリギリ躱すことができた。
キグルミには、四足になったとき、より熊らしく見せるため大きく背中側を膨らませるように骨組みが入っている。そして、その隙間には普段の鎧と同様に大量の装備品を。これらに阻まれて尚、攻撃は私の(本当の)背を掠めたのだ。これが普段通りなら……どう楽観的に見積もっても体の半分までは確実に刻まれていた。
「もっと良ぉ狙って斬るんやったな」
が、効かなかったと思ってくれたならそれでいい。
って、睨み合ってる内にまたシャムが私から間を取り、南蛮兵の得意の布陣になった。
しかしさっき死にかけたおかげか打開策を閃いた。
非常に単純なこと。
「みゃぁ!」
「……」
「みゃ?」
突っ込んで来た猫をとっ捕まえて盾にすれば良い。
「と、トラをはなすのにゃ!」
「いーや!絶対放さん。こいつには私の防具になってもらう」
「ひ、卑怯ですよ!」
「お前が言うな!」
背後攻撃に代わり身の術なんて手の込んだマネしやがって。
「……まぁ、その背後攻撃ももうできんけどな」
防御の薄くなった背中に磔の如く括りつけてドヤ顔。
「そんで、コレはまだ第一形態や」
「なに……!?」
「さらにミケ、シャムを両上腕に括りつけ、南蛮王を肩車することによって『にゃんこアーマー』は完成する!」
「ば、バカにゃ……!」
「くくく……抵抗は無意味や………私と同化しろ……!!」
「トラのことは気にせずやっつけるのみゃ!」
南蛮兵のクセになかなか"解ってる"セリフを言うじゃないか。
「で、できませんよそんなことっ!」
「うむ。わかったじょ!」
でも王の方が素直すぎた。
「ええっ!?」
「みゃ!?ホントに気にしないのみゃ!?」
本当に気にしないんだろう。それはその行動にも既に現れている。武器を思いっきり振りかぶり、弾丸のようにまっすぐ突進する。
「破ッッ!!!」
それを氣弾が撃ち落とす。
「にゃにゃーーっ!?」
「はいなっ!」
「きゃっ!?」
さらに一撃。今度は実体のあるドリルだ。
凪と真桜、援軍到着。危機は脱したということだ。
「聆!」
「遅かったやんけ。凪、真桜」
「すまない。……というか何だその格好は?」
「ちょっとしたアレや。それより」
「分かっとる。……行くで!!」
「ハァァァァァッッ!!」
不穏なモーター音を上げながら真桜のドリルが高速回転し、木々に着火するのではという勢いで凪の氣が熱と密度を増す。……うん、コイツらと比べたら、私は圧倒的に常識的で良心的だ。
「にゃ……タイキャク!退却にゃ!」
それはもう、私には行け行けで攻めていた孟獲がビビり上がって逃げだすほどの差が有る。
「にゃー!」
「えっ?ちょっと、トラ殿は?美以殿!?美以殿ー!!」
それを追って南蛮兵、周泰も。
……逃げ足早いなぁ。あれは流石にどうやっても追い付けない。
「ともあれ……なんとかなったか」
まぁ、あの奇襲をかけられて撃退できたのならそれだけで上出来だろう。
「びっくりしたわホンマ。急にギャー言うて叫び声聞こえて来んねんもん」
「沙和と兵らは?」
「平気なのー!」
「おお、無事やったか」
アレだけ密集して死角を無くせば流石に近付けなかったらしい。沙和の激励も効いたんだろう。兵の被害も殆ど無さそうだ。
かなりヒヤリとする場面も有ったが、迎撃戦は全体的に十分満足できる結果になった。
「みゃぁ………」
後はこの、私の背で絶望に打ちひしがれている子猫をどうにかすれば完璧だ。
「えぇっと……ほら、行き」
縛り付けていた紐を解いて地面に下ろしてやったものの、その場でへたり込んでしまっていっこうに動かない。
(まず普通の精神を南蛮兵が持っていたのが意外だが、)普通に考えて、そりゃ、まぁ落ち込むわなぁ。敵に人質にされては(自分が言ったこととはいえ)あっさりコラテラルダメージとして切り捨てられそうになり、撤退ではこれまた迷い無く、そして今度は本当に捨て置かれた。
南蛮兵はその場のノリと利己で生きているイメージだったが、なるほど、それで切り捨てられた側はこうなるのか。それとも、こいつも寝て起きたら完全に元通り元気になっているものなんだろうか。
「その……なんだ………」
「げ、元気出すの!」
「正直 すまんかった」
「ほ、ほら、飴ちゃんあげるから」
声をかけてもやはり返事は無し。でも飴はちゃっかり舐めている。大丈夫そうだな。
「一足遅かったか。……って何をやっているんだ?」
「あらあら〜、聆さんがまた拉致しちゃったんですか?好きですねぇ」
「誤解や」
秋蘭も七乃さんもタイミングが悪いこと……。
「そんなこと言ってぇ……正直、小さい女の子とか好きなんでしょ?」
「それは否定せん」
「えぇ……」
「母性愛的な意味で、やんな?」
「それもある」
「『も』てあんた……」
「はぁ……適当なことを言っていないで、本隊の掩護に移るぞ。その子供は……お前、見張っておけ」
「サー、御意!サー!!」
「変なことしちゃダメですよ〜」
「サー!『Yes Lolita No Touch』です!サー!!!」
「やっぱりお前はダメだ」
予定では3000弱だったのになんで5000文字超えたんだろうか。