哂・恋姫✝凡夫   作:なんなんな

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わんばんこ!
最近のマイブームはシーフード焼きそばの作者です。
おかげさまで風邪は治りました。頭の病気は依然悪化の一途を辿っております。

南蛮兵は、原作ではミケ・トラ・シャムと全く同じ見た目のものが大量にいるという設定ですが、この作品ではその三匹は幹部的な扱いとしています。すまんのか?


第十五章一節その二

「……とうとう、来たな」

 

 魏軍襲来の報せに、馬超が静かに呟く。

 魏軍が踏み入った山道の先。谷合の道が開け、ちょっとした平地となったところに蜀呉同盟の第一波は布陣していた。

 

「陣形はどうなっている」

「えーっと……ふむふむ、どうやら、一応は夏侯惇など突撃力の有る将を前に置いているようですけど、まだ臨戦態勢には……」

 

伝令から受け取ったばかりの書簡に目を通し、すらすらといつもの気の抜けた声で読み上げる陸遜。しかし、途中の一文でピタリと表情が固まる。

 

「『鑑惺の姿は確認できず』と、ありますねぇ〜……」

「………」

「………」

 

その報告に、この場にいる全員がしばし沈黙する。

 この戦は、魏にとっては大陸の覇権を決める最終決戦という認識のはず。……事実、そうだ。ならば、この行軍に鑑惺が参加していないというのは有り得ない。"何か"やっている。

 

「……山か」

 

甘寧がいかにも鬱陶しげに一つの可能性を口にする。

 呉の者たちは実際に山での鑑惺を相手取ったことは無い。が、西涼攻めや定軍山の話は蜀の者たちから聞いていた。なるほど。隘路といえど追い詰めたことにはならないということか。

 

「大丈夫なのか?周泰と、あと孟獲は」

「明命にとって、山林は絶好の戦場だ。それはおそらく南蛮の密林で育った孟獲も同じだろう。そうそう負けはするまい」

「その『絶好』を破り続けているから鑑惺は危ないんでしょ」

 

甘寧の迂闊な発言に、馬岱がやれやれと肩をすぼめる。山に入ったと予想がつく程度に話を聞いていたなら、それ以外のことにも気付いてほしいものだ、と。

 

「そもそも、そういう"流れ"抜きで山のアイツは……ヤバい」

「む……」

 

しかし甘寧の方も不服顔。

 その鑑惺の武勇伝込みで、遮蔽物が多い場所での周泰の神がかり的な強さが上回ると予測したつもりだったからだ。妹分のように共に鍛錬してきた周泰に対する贔屓も多少有るが。また、それはそれとして、戦の前からそんなに弱気で突撃が仕事の騎馬隊がつとまるのか、という不満も有る。負け癖が付いているんではないか、こいつらは。

 

「ともかくですね〜、一旦山中の展開範囲を縮めるよう伝令を出そうと思います。元々、この作戦の趣旨は隘路の出口での強襲……無理に伏兵に拘る必要は有りません」

「穏……いや、解った。異論無い」

 

割って入った陸遜が作戦の調整案を出す。

 呉の陸遜までも周泰が負けるような予測を立てたことに甘寧はまたも若干ムッとしたが、すぐに思い直した。陸遜がそう言うのならそうなのだろう。周泰の戦力も信頼しているが、陸遜の頭脳もまた確か。ここは大人しく従う方が正しい、と。

 

  ――――――――――――――――――――――――――――

 

「……拍子抜けするくらい静かね」

 

 もう軽く飽きる程度には山道を歩いた。けど、華琳の言う通り相手からはなんの動きも無い。もちろん、山道はここからも充分あるはずだから仕掛けるチャンスはいくらでも残っているんだろうけど。勝手なことだけど、こっちとしては山に入ってからは片時も油断できないくらいを覚悟してたから、何というか、肩透かしをくらったような気分だ。

 

「各方面からの定時の報告でも『異状無し』とのことー。左右からの奇襲は無いのではないかと」

「解せませんね……この、山林という奇襲にはうってつけの地形をみすみす素通りさせるなど」

「こっちもそれを予見して偵察を放ったし、それで諦めたんじゃないのか?」

 

 もっと言えば、元から奇襲なんて無かったかもしれない。奇襲を用意していたとして、それを見つけられてしまえばその分損だ。けど、奇襲を置いていなかったなら、逆にこっちが捜索に出した分を丸々無駄足にできる。この山という地形、奇襲を警戒するのは分かりきったことだ。だから防がれる可能性が高い奇襲より、その分の兵を別の戦力に廻したのかもしれない。

 

「奇襲が無い理由は相手に訊いてみないとしかなたいけれど……それならば、相手はこの出口に兵を集めているのでしょうね」

「恐らくは」

「自分ら、"まだ"出てないってだけで『奇襲は無い』と見るんは早計ちゃう?」

 

と、前方への偵察から戻ったらしい霞が話に割り込む。

 確かに、こうやって油断させておいての奇襲かもしれない。……軍師っていつもこんなこと考えてるのか……俺も隊長なんてやってるが、上からの方針に従って動くかその場の瞬発力で決める(考えてる時間が無い)かが多いからな。分かっているつもりだったけど、こうやって全体の方針をじっくり考えるのはやっぱり大変だ。

 

「ふむー。索敵を緩めるつもりも無かった云々と言い訳はありますがー、その苦言、甘んじて受けておくのです」

「いや、まぁ、予想が外れとったってワケやなさそうやけどな。この先の道が広うなっとるとこに、大軍で居るみたいや」

「どうしてあげましょうか……。少数しか展開できないこちらを、大軍で握り潰す策ね……教本にも載らないほどの基本だけれど、それだけに厳しいわね」

「定石的な策だけに……やはり、ある程度奇策を以って当たらなけばきびしいかと」

「でしょうね。行軍を止め、本隊に居る皆を集めなさい。じっくりと打開策を練りましょう」

 

  ――――――――――――――――――――――――――――

 

「――ふむふむ。敵本隊の動きが止まったと……。となれば、接敵前の最終軍議でしょうか。こちらも、兵を密集させて山林からの突撃を行います。穏殿にもそのように」

「了解」

 

 そして、問題の蜀呉側奇襲組。魏側の予測は半分当たりで半分ハズレ。警戒されていることを理由に範囲を縮小したものの、奇襲自体は諦めていなかった。

 

「美以殿ー、美以殿!」

「うにゅ?どうしたのにゃ?」

 

手早く自分の部下に伝令を飛ばし、協力者に声をかける。

 周泰の呼び声に、暇に飽かせてその辺で捕まえたリスを分解して遊んでいた孟獲がのそりと振り向いた。

 

「やっと出番なのにゃ?」

「敵の本隊が、そろそろ臨戦態勢に入るようです。こちらも、兵をいつでも突撃できるよう組み直しましょう」

「ふーん。わかったにゃ」

「………」

「………」

「あ、あの、できたら急いでいただけると……」

「おお、いますぐなのにゃ?しょうがないにゃあ・・。ミケ!トラ!シャム!急ぐのにゃー」

 

情報伝達手段はまさかの大声。周泰は一瞬背中がヒヤリとした。

 

「はいにゃ!」

「にゃー」

 

ともかく、元気な返事とともに続々と南蛮兵たちが集まってくる。が、どうも少ない。どうやら三つのグループのうち一つが戻ってきていないようだ。

 

「あ、あれ?トラ殿は……」

「トラはなにやってるのにゃ?」

「さーにゃ」

「知りませんにょー」

 

手当り次第訊いてみるも、情報無し。

 何事もなく、単に号令が聞こえてないだけなのか、無視してるのか。それとも相手の偵察に捕らえられてしまったのか。厄介なのが、南蛮兵たちが基本的にいい加減な性格ということだ。

 

「大王しゃまー」

 

 周泰の隊から捜索を出した方が良いか、いや、ワザワザそれをしては本末転倒……でもお猫様……、などと考え始めた頃、やっと件のグループのリーダーの声が。

 

「おお、トラ!遅かったのにゃ」

「むこうにエモノがいっぱい居るみゃ!」

「にゃ!?エモノにゃ!?」

「えっ……」

 

途端に輝き出した孟獲の瞳に、周泰は強烈な悪寒を覚える。この流れは……マズい。

 

「どんなにゃ?」

「フサフサでズルズルにょ!」

「しんしゅにゃ!」

「ちんしゅですにょー」

 

あれよあれよと言う内に騒ぎは南蛮兵全体へ。

 

「いーっぱいなのにゃ!」

「どれくらいいっぱいなのにゃ?」

「これくらいみゃ」

「お腹いっぱいにゃ!」

「これはたいへんなことにゃとおもうにょ」

「だいおーさまー!早く行くにゃ」

「もっちろんにゃ!一番乗りで一番たくさん食べるのにゃ!」

 

ついに駆け出す南蛮王。

 

「独り占めはだめにゃー!」

「追い抜かすみゃ!」

「にゃー」

 

南蛮兵たちも当然のように後を追う。

 

「えっ!?ちょっと!!密集して待機ですってば!待って下さいよーっ!!」

 

  ――――――――――――――――――――――――――――

 

「――異常無し、なぁ……この辺にも居らんのか」

 

 探せど探せど敵は居らず。罠も人間の足跡も無い。代わりに熊か何かの獣の足跡は多く、むしろそっちに気を付けている状況だ。もちろん、奇襲など無いに越したことは無いんだが……。

 

「伏兵なんて居ないんじゃないのー?」

「もっと奥には居るかもわからん。おらんかったらそれで良し。居ったら、私らが対処せんかったら本隊に被害が出る」

「そうだけどさー、罠を仕掛けやすいところなんていっぱいあったのにそこに罠が無いってことは、やる気がないってことに違いないの」

「そーやって油断させる策かもしれんやろ。……んなこと言うて、どーせソレ脱ぎたいだけやんな」

「当たり前なの!」

 

バッサバッサと生革仕立ての猪キグルミを揺らして沙和が文句を並べ立てる。

 

「これ生臭いしかわいくないし最悪なのー!動物の外見を被るって発送は良いんだから、もっとこう、カドを丸くして色も軽くしてもこもこふわふわにすればカワイイのに!!」

「いや……そーゆー目的ちゃうし」

 

 まったく、『まるで生きた獣のような適度に汚れ乱れた毛並みと生臭さ泥臭さ』と『強度、耐久性、動き易さ』を両立するのにどれだけ苦労したと思っているんだ。そして、この不快感に耐えられるような精神力と動物の動きをトレスする訓練も容易いことでは無かったんだぞ。

 まぁ、それはそれとして。

 

「んー……真桜と凪の方もスカみたいやなぁ。氣で探っても獣の気配ぐらいしか引っかからんと」

 

二手に別れた凪と真桜のグループの方も収穫無しとのこと。

 凪も、氣を探索に使うのはそこまで得意ではないが……それでも全く引っかからないというのは。

それにもう一つ、同時に本陣側から来た『隘路出口に大軍在り』との知らせ。こっちが本命か?

本格的に、沙和の言う通り伏兵は居ない……居ても大したことない可能性が出てきた。

 

「なんにせよ、沙和……私らの仕事は山を徹底的に狩ること。仕事は嫌でもやるもんや。楽しい仕事に越したことはないけどな」

 

が、当然、まだ見つけていないだけで伏兵はいるという可能性もまだ有るワケだ。

 

「うー……そう言われると言い返しにくいけど……。でもその仕事が無駄なんじゃないの?っていう沙和のシュチョーは――」

「……主張は?」

 

沙和の文句は途中で途切れる。

遮ったのは遠くから微かに聞こえた木の葉の擦れる音。

 

「今撤回するの」

「……」

 

なんとなくだが、周囲の空気が濃くなっている。物理的にか精神的にか、何か近付いて来ているという予感。とりあえず、周囲の兵に"鳴きマネ"で警戒を促す。

 

 何処だ……何だ……?今まで色々な戦場を経験したおかげで、なんとなく危険予知じみた勘は備わってきているが……この感覚は初めてだ。

何かに狙われているのは確か。周囲に目を凝らす。異常は無い。たが、私の中の緊張感は順調に高まる一方だ。

 

………上かっ!!

 

「みゃーっ!!!」

「「うにゃー!!!」」

「AHHHHHHHHHHHHHHHHHH !!!!!!!!」

「「AHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!!!!!!」」

「にゃにゃ!?ニンゲンにゃっ!!?」

「げぇっ!鑑惺!?」

「えぇっ!?猫つながり!?」

「なにこの子たち!?カワイイのーっ!!」

 

 樹上から襲いかかってきたケモロリ軍団+忍者一名。仕掛けた側の向こうも何か戸惑っている風なのは解せないが、ともかく蜀侵攻戦はたった今 開戦となった。




罠を仕掛けたくて仕掛けるんじゃない仕掛けてしまう者が鑑惺。

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