哂・恋姫✝凡夫   作:なんなんな

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おひさしブランコ(野球選手)。
夏は危険なレベルで痩せ細るので今の内に太っておこうと毎晩ステーキを食べている作者です。
関係ないけど廿って二十より二十一じゃないですか?

さて、内容はまたまた心理描写です。しかし長かったβルートももう本当に終わりが見えてきました。惜しむらくは作者の天才力が作戦の肝となる軍師ーズの精神を描写するには少々足りなかったことです。ギノグンシーズが空気になってるのが悔しい。


第十二章X節その廿一 〈β〉

「聆殿と曹操がついぞ殺り始めたようだぞ」

 

 張飛隊の最前。そこに、場の雰囲気に似つかわしくない軽い声。趙雲が自分の隊を離れて来ていた。

 

「……持ち場につくのだ。星」

 

反対に、場に相応しくいつもからは想像できないほど沈んだ様子の張飛が、振り向きもせずに応えた。

 

「やれやれ。朱里の使い走りと同じことを言うのだな」

「………」

「私たちに期待されていることは大方、将の相手だろう。向こうに近付く分には問題あるまい」

「顔良が居るのだ」

「顔良?……あっはっは!誰も補助に到着しないうちに本陣に到達できるほど、顔良は強くないだろう。どうした?今日はやけに臆病風に吹かれているな」

 

戯けるように煽る趙雲に、しかし張飛の表情は固いままだ。

 

「……朱里が、それを気にしろって言ってたのだ」

「………」

「聆は必死に戦ってて、でも朱里はそれがお芝居だって言ってるのだ。鈴々はどっちを信じればいいのだ?」

 

張飛の問いに、趙雲は心の中でため息をつく。趙雲自身がその問いの答え……『今から聆を助けに行く』という言葉を聞くために張飛のところへ来たのだ。

 

「ま、仲間のフリをして裏切るのは……黄蓋だったか………こちらもやっているのだから、『蛇鬼』の鑑惺がやっても不思議ではあるまいな」

「…………」

「では、鈴々。聆殿が何をすれば、聆殿を信じる?」

「それは……」

「千の兵を倒せば?曹操を討ち取れば?……それとも、聆殿が死ぬまで信用できんか?」

「ぅ……」

 

 どうすれば信用できるか。こんな単純な質問で、張飛の心は酷く乱れた。

 趙雲の挙げた例……どれも、それでは信用できない気がした。そんなのは、異常だ。自分たちのために最前線で戦い続けて死んでも安心できないなんて何か心の病気としか思えない。……それなのに、やはり不安が紛れそうにない。

 本当はもう信頼しているのだ。だが、『それでは信頼している仲間をどうして見殺しにするのか?』――その思考から逃れるため、無意識に"信頼していないことにした"。だからどうしても精神の辻褄が合わない。

 

「すまん。酷だったな。ここで聆殿のもとへ駆けつけることは容易い。だが、それではこれまで共に戦ってきた朱里よりも聆殿を優先したことになる。そして、もしそれが本当に演技で策だったら……その責任を取ることは、できない。………だからこそ、私もこんな中途半端なところに居るのだ」

 

 張飛を慰めるように隣に立ち、鑑惺が刃を振るう最前線へと視線を向ける。

 柄にもなく余計なことを背負い込んだものだ、と自嘲した。

 

  ――――――――――――――――――――――――――――

 

 その視線の反対側。蜀呉の本陣では、地図と様々な情報が書かれた書面を相手に軍師たちが唸っていた。

 

「いったいいつまでお芝居を続けるつもりなんでしょう……」

「孔明よ。……もう、アレに付き合っている場合では無いし、その必要もあるまい。どういうつもりか、曹操が前線へ出ている。今、最大戦力で叩けば……」

 

 策にのめり込み過ぎたか、それとも計算された挑発か……。どちらにせよ、曹操が、首を狙える位置にまで来ている。

 一方で魏軍背後の城からは蟻のように援軍が足され続け、また、中央の夏候姉妹へ謎の増援が現れ黄蓋が押されているという。呂布の足が予想以上に鈍い今、中央の均衡が保たれている内になんとか沈めておきたいというのが周瑜の考えである。

 

「……」

 

 諸葛亮の方は別のことを懸念していた。

 趙雲の動きに現れるように、蜀の将が迷っている。……それも、鑑惺へ入れ込む方がかなり優性だ。このまま考える時間を与え、さらに鑑惺が"名台詞"なんかを吐いたりすれば離散も有り得る。今の内に無理にでも畳み掛け、鑑惺を殺させる。あとは、その『過ち』を枷にして操れば良い……。

 

「……関羽、張飛、趙雲、馬超隊に出撃の令を」

「朱里ちゃん、まさか――!!」

 

陰鬱そうに仮の玉座で俯いていた劉備がハッと立ち上がる。

 

「袁・鑑の両危険勢力と、愚かにも前線へ出ている曹操を周辺各隊で一気呵成に討つように……そう伝えてください」

「待って。朱里ちゃん。伝令さんも」

「劉備」

 

異を唱える劉備を周瑜が窘める。今はそんなことを言っているときではない、と。

だが劉備は止まらない。

 

「それをしちゃ、いけないと思う」

「甘いことを言うな劉備。アレは何を考えているのか分からん。こちらの予想も外れてしまった今、もはや、多少強引にでも処理しておくべきだ」

「裏切るという予想が外れたなら敵対する必要もないじゃないですか」

「"ここで"裏切るという予想が外れただけで、裏切らないと証明されたわけではありません」

「じゃあ聆さんが何をすれば信じるの?」

「どうしてアレを信じねばならんのだ」

「………っ」

 

劉備は何も言い返せない。

どう言い返したところで、『信じるか信じないか』の話は周瑜の中で決着がついていて、覆らないものだとその一瞬で理解したからだ。

 

「劉備。貴女がアレにどんな感情を持っているのかはだいたい知っているわ。だが、今は大局を見るべき時」

「……大局を見るからこそ認められません。『奸勇』『小覇王』に並んで、私は『大徳』です。ここで『不安だったから』と証拠も無く……仮に、形だけの味方だとしても、敵と戦っているその背後から潰すなんて……。この戦を勝ち抜いてもその後の民の失望は目に見えてます」

「何故『不安だったから証拠も無く討った』と下々に知らせる?敵対行為が有った……そうだな、やつの工作兵が兵糧に秘密裏に毒を仕掛けていたとでも発表すれば良い」

「……」

「それに、鑑惺さんの悪行は既に行われています。……袁紹隊に既に袁紹さんは居らず、恐らく以前言っていたように『消した』と見えます」

「それ、嘘だよね」

「貴様、これまでずっとお前を支えてきた軍師よりも数度耳触りの良い言葉を放っただけの部外者を信頼するというのか?」

 

怒気をはらませ威圧するも、劉備は動じず言葉を続ける。

 

「………ごめんね。今ので信用できなくなっちゃったんだ」

 

妙に落ち着いた態度。

 仏頂面の内心、不思議に思う周瑜。諸葛亮の方は、かなり焦っていた。劉備のこの雰囲気は色々と確信したり決意したりしている時のものだ。

 

「麗羽さん、ホントは後陣に逃がしてもらってるだけだよね」

「思い込みで事実を捻じ曲げるのはやめろ」

 

尚も高圧的な周瑜。焼け石に水だ。

 

「私がいつまでも何も知らないただの『蝶番』だって、そう思ってたんだよね」

 

語数こそ少ないが、様々な意味が込められていた。受け取り手が頭の良い諸葛亮だから、なおさら。

 

「でも、国一つ作る求心力が有って、その中央組織に『信者』が居ないワケ、ないよね」

 

 持ち場の陣に袁紹が居ないと耳打ちが入って、その所在を探した。そして、後方で雑兵に化けている袁紹を見つけ、これも劉備には通さずに軍師だけにもたらされた情報だったはずだ。……だが、その伝達経路の何処かに、劉備へ情報を流した者がいた。

 対魏侵攻戦より後、劉備は国主としての努めとして、各部署が持つ情報をできるだけ知っておこうとした。……それこそ、"国主様が知る必要のない"ことまで。それまでの『お姫様扱い』から脱するためだ。そして、関羽をはじめ蜀の将はそれに従い、耳障りの悪い情報も積極的に知らせるようになった。

しかし一部不自然さが残る部署があった。それが、諸葛亮の担当する一つである『諜報及び戦時伝令』……今回『情報漏洩』が起きたところ。特に汚い仕事の多い部署であるが……結局のところ、諸葛亮は『お姫様扱い』を続けていたのだ。劉備はそれについて諸葛亮に尋ねたが、適当な言葉で誤魔化されるばかり。

 結局、自らの『信者』を伝にその末端に"根を張る"ことによって情報の吸い上げを図る。……奇しくも、鑑惺が魏の情報網を握った方法と同じであった。

 

「……それで、どうするつもりですか?もう、間に合いませんよ」

 

 ここまで不義をはたらいておいて、今更掌を返したところで意味があるのか。

 それに、戦闘が始まってから既にかなりの時間が過ぎた。最前線の鑑惺は、その間ずっと戦っていることになる。それも、将軍格多数を相手にだ。疲労は言うまでもない。そして曹操、典韋、北郷との立合が始まったのも、そう新しいことではない。

 

「それでも」

 

 間違いを認めることを恐れて間違いを重ねることが最も愚かしい。そして、動かなければ必ず手遅れになるが、動けばもしかしたら間に合うかもしれない。

 

「蜀の『心』は今この時にかかってる。それに、無茶ははじめからでしょ?」

「………」

 

『ついて来たくないならついて来なくてもいい』という覚悟がはっきりと見える。たとえ一人でも行くつもりだろう。それで蜀が瓦解しても良いというのか。……そこまで、分かっているだろう。曹操なら、それも纏めて治めることができると、敵ながら信頼している。

 自らを投げうってでも義を通す心。それが蜀の存在意義だ。遅くなった……本当に、謝っても謝りきれないほど遅くなったが、劉備の目にははっきりと"道が見えた"。

 

「周瑜さん――」

「いや、もう殲滅するように指示したが」

 

 でも正直言って呉にはそんなこと関係なかった。




周瑜「そういう宗教……? みたいなのちょっとよく分からないんで(冷静)」

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