そして相変わらずよく分からんβ√。
嘘をつくことと情報を与えないことと情報を選別することは別です。
「私は聆に出撃命令を出していない。もちろん七乃にも」
華琳の言葉に、皆 口を閉す。緊張か混乱か、そうでなければ……恐れか。
「もちろん軍師や将軍が個人で兵を動かすことも有るわ。ただ、それは取るに足らない小規模な戦闘や、緊急の防衛のみ」
華琳が何を言おうとしているのか、はっきりと分かる。そして、ほかのみんなも同じように感じていることが。
「………ふふ……あははははっ! 掴みどころの無い娘だとは思っていたけれど、まさか、本当に、こんな風になるとはね。戦闘も暗殺も……血の一滴すら流さずにこの曹操から兵を盗むとは!!」
認めたくなかった事実が、華琳の口から出る。
聆が裏切った。
頭では『それしかない』と結論が出ているのに、心では『それだけはない』と頑なに拒絶している。頭がグラグラして、胸が締め付けられる。何か言おうとして口を開けても、何を言ったらいいのか分からない。
「か、華琳様!絶対に何かの間違いです!!私が今すぐ聆に確認を……!」
「馬もないのにどうやって?」
「私が走れば何とか……」
「一人で行ってどうするの。消されるか、最悪貴女も丸め込まれるか――」
「火事です!食料庫から火の手が!!」
追い打ちをかけるように伝令が飛び込んでくる。それに応える華琳の表情は不自然な程に落ち着いている。
「消火は始まっている?」
「は、は!すでに周辺の者を集めて作業にあたらせています!……ですが、蔵の中は――」
「もう良い。延焼の無いようにだけ徹底しなさい。行け」
「はっ!」
「……はぁ。どうやら完全に封殺されていたようね……。後を追うどころかここに留まることすら不可能と。さて、何か言いたいことがある者は居る?無ければさっさと人員をまとめて戦線を退げたいのだけれど」
軽くため息をついて、まるでどうでもいいことを流すように言い放つ。
「…………」
「…………」
「…………」
やっぱり誰も何も言えない。凪も俯いてしまっている。
聆の裏切りに、みんな思い当たるところがあるんだ。
そもそも聆は華琳に忠誠を誓っていない。血塗れになって戦うのは民や部下や友達を守るためだと言っていた。黄蓋の一件で、華琳の下ではそれができないと思ったのかもしれない。
そして、実際に反逆をするだけの人脈も有る。今回どれだけの影響があったかは分からないけど、聆が一声かければ軍の情報伝達を遅らせるくらいできるはずだ。
「なr――」
「何でそんなに冷静なんや?」
華琳が再び口を開こうとしたとき、霞の声がそれを遮った。
「……どんな顔をすればいいか分からないからよ。話はそれだけ?」
依然として落ち着き払った態度。でも、俺は違和感に気がついた。普段の華琳なら『焦れば好転するわけでもないでしょう?』くらいは言うはずだ。華琳も動揺している。俺たちと同じ気持ちなんだ。
「……これより我らはこの城を捨て、補給部隊と合流しつつ戦線を後退させる。今日、そして明日……補給隊と合流するまでは特に厳しい情勢となることが予想されるが、略奪や諍いが起こらぬよう、各自 部下を確実に管理するように」
――――――――――――――――――――――――――――
建業への道をひたすら進む。夕日にかかる城の影がどんどん小さく暗くなって、ついに見えなくなる。
夜も少しの休憩しかない、兵には随分キツい行軍速度ではあるがこちらには食料が捨てるほど有る。精神面での負担はそれほど無いはずだ。
「――しかし、本当に追ってこないものだな」
「馬は全部こっちが取ってんし、食料も運び出せるだけぶん盗ったからなァ。ある程度離れちまえばこっちのモンよ」
「つっても残りの食料ちゃんと燃やせたか分かんないぜ?あたいらを探すときに見つけるかも」
「そんならそれでええわ。どうせあの量や軍を維持できん」
「それに、私達が呉と通じていて待ち伏せを仕掛けているー……なんてことも予想できちゃうでしょうし。結局、補給部隊と合流しながら後退するしかないんですよねぇ」
「以前の国境付近まで退くかな。多分」
「裏切りの報を受けて本国も混乱に陥るでしょうから、勝負は五分五分よりちょっと魏が不利ですね」
「ほっほっほ♪妾もそろそろ民としての暮らしに飽きておったところじゃ。七乃、地図をもて!妾が仲帝国の遷都を行うぞよ」
「気が早いですよお嬢様〜。ここからすっごく大変なんですからぁ」
「そうだ。あたいは細かいとこ聞いてないんだけど、どういう計画なんだ?」
「まず呉に入って適当にねじ込みます」
「いや、そんなことできるのか?」
「呉は良くも悪くも身内贔屓やからなぁ。結束は固いけど人材の面で弱い。名のある将は片手で収まる程度しか居らんしな。やから、こっちが脅せばある程度は聞くやろ。向うもしょうもないとこで消耗しとないやろし」
「それにメチャクチャ言うつもりありませんから」
「ふむ……向こうとしても受け入れた方が得、か。」
「うみゅぅ……孫策がおるのかや………」
「なんぞ言うてったら私がぶっ潰したるから心配せんで良えんやで」
「うわぁ……!」
「ちょっとー!お嬢様を守護るのは私の義務であり権利ですよ!」
「んだら別に七乃さんが孫策と殺りあってくれてもええけど……?」
「ぐぬぬ……」
まぁ、本音で言えば私も孫策とはやりたくないんだがな。勘で戦うタイプの奴は苦手だ。
「……んで、その次は蜀との同盟を進める」
「それでなんだかんだで蜀に移って乗っ取ります」
「雑だなぁ」
「ってか、臨機応変にせなしゃーないやろ。それは」
「……なぁ、それで凪や沙和やたいちょーはちゃんと生かしてくれるんやろなぁ?」
一人浮かない顔をして黙っていた真桜が不安げにつぶやいた。
"私に"ついてきたかゆうまや猪々子と違って、真桜は華琳への不信を煽って、半ば強引に連れてきた。『華琳は遊びで戦をしている。このままでは皆死ぬことになる』と。
「……向こうが自棄になって突っ込んできたら何とも言えん。やけど、魏は基本的に曹操の一存で動いとる。戦で曹操を叩きのめせばそれでケリが付くやろ」
「それも挑発すれば割とすぐ出てくるでしょうしねぇ。自分から罠に掛かりに来てくれる敵なんて楽勝過ぎてあくびが出ますよ〜」
「……そうか。せやな」
真桜が何か覚悟したように頷く。
まだ安心はできていないようだが、無理やり抑えたって感じか。
「んだら、皆それぞれの場所に戻ってくれ。猪々子とかゆうま……二人は後ろについて。特に注意してな。はぐれやらが出たらめんどい。あと真桜も職人らの様子よぉ見といてくれな。神経質なんやろ?」
もう日が落ちて見通しも悪くなってきた。何か碌でもないことが起きるとしたら今だ。
「うん。まぁ、やることはやるわ」
「お嬢様はあっちの馬車でおねんねしましょうね〜♪」
「うむ!」
「それじゃ、聆さん、靑さん。先頭はよろしくおねがいしますね」
「おう」
「美羽様寝たら七乃さんも来るんやで」
私の念押しに、七乃さんは軽く微笑んで返した。……これは来ないつもりだな。
「馬車ってかなり揺れると思うんだがなァ。美羽、寝れんのか?」
「あー、何か、鳥の巣みたいに布団よーけ詰め込んどるらしいわ」
「そりゃ贅沢なことだ」
ちゃん美羽は蜂蜜もさることながら寝具についてもうるさいからなぁ。城の寝台も一人で三人分くらい要求するし。七乃さんが言うには、本当は意外とどこでも寝られるらしいけど。
「……で、だ」
「何や」
「真桜やらにはあの説明で良かったのか」
「全貌を知っとる奴は少ない方が良え。そもアイツらの持っとる情報が何だろうが、私と七乃さんの指示に従うことに変わりない」
「…………こりゃ翠も手玉にとられるわな」
「言っとくけど定軍山の策は七乃さんが主やからな?」
「知ってる。だから二人あわせて悪鬼羅刹だ」
「なんで私ほど思いやりに溢れた人間が妖怪呼ばわりされるのか」
「分かってねェなら医者に診てもらうべきだ」
軽口を言い合ううちに夜は深まっていく。
神算鬼謀が渦巻き、誰がどう動くか分からない。もはやこの戦の行く末は誰にも読めまい。
次回はみんな大好き孔明さんの登場です。正直絡みとしては聆って蜀の方が合ってそう。