新訳 そして伝説へ・・・   作:久慈川 京

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アッサラームの町①

 

 

 

 夜が明け、カミュが取って来た果物を朝食として口に運んだ一行は、再び森を出て南へと歩を進めた。

 空は抜けるように青く、太陽の恵みが、遙か彼方に見える大地にまで降り注いでいる。

 

「メルエ! 一人で先に行っては駄目だと言っただろう!」

 

 いつもと違う隊列。メルエを先頭に、それを窘めながら追うリーシャ。最後尾にはカミュといった、いつもとは逆の順に一行は歩き出していた。

 メルエの表情は、地上を照らす太陽のように輝いている。いつものように自分を窘めながらも優しい笑みを浮かべるリーシャがいる事が嬉しい。

 青白い顔をして横たわるリーシャを見た時、メルエは呼吸が止まりそうになった。それ程、今のメルエにとってリーシャという存在は大きくなっているのだ。

 それこそ、自分が魔法を使えるようになったという喜びすら忘れる程に。

 

「カミュ様、少しよろしいでしょうか?」

 

「……」

 

 そんなメルエを遠目に見ていたカミュに声がかかる。

 少し前を歩いていたサラが振り返り、不安そう表情でカミュを見ていた。

 

「……メルエは……メルエは……いったい……」

 

「……」

 

 サラは立ち止まり、カミュに話し始める。その内容はカミュには大方予想出来てはいたが、サラ自身の中で話す事が整理出来ていないようだった。

 

「……あのメルエの魔法の才は、一体何なのでしょうか?」

 

「……」

 

 カミュは黙して何も語らない。それは、サラの言葉を無視しているのではなく、何を言いたいのかを探っているようだった。

 

「……メルエは……『人』なのでしょうか?」

 

「……」

 

 遠まわし遠まわしに話してはいたが、サラが言いたいのはこれであった。

 メルエの異常な程の魔法の才能。それは、サラから見て、『人』として規格外な物であったのだ。

 サラの言葉の中に、若干の畏怖がある事もカミュは気が付いていた。

 

「……カミュ様?」

 

「……その質問は、あの戦士からも受けたが……何故、俺に聞く?」

 

 何も言わないカミュに不安になったサラが、カミュの名を口にしたのと同時に、ようやくカミュの口が開いた。

 それは、単純な疑問であり、サラが求める答えではなかった。

 

「えっ!? リーシャさんもですか?……そ、それで、カミュ様は何と答えられたのですか?」

 

 リーシャがサラと同じ疑問を以前にカミュにしていたという事実にサラは驚いた。

 以前に同じ疑問を持ったリーシャが、今はメルエとあれ程笑顔を交わしている。それは、カミュが答えを知っていたからなのではないだろうか。そう思わずにはいられなかった。

 

「……答えなどない……俺もアンタ方と同じように、メルエの素性を知らない」

 

「で、では、何と!?」

 

 カミュもメルエの素姓を知らないという事は当然の事である。リーシャやサラと共にアリアハンを出て、ロマリアで初めてメルエに出会ったのだ。

 もし、カミュがメルエと以前に出会っていたとすれば、サラとの問答など行う事無く、メルエを救出する為に動いていただろう。

 

「……『メルエが<エルフ>や<魔物>であったとしたら、態度を変えるのか?』と聞いた」

 

「!!」

 

 それは、サラの胸に突き刺さる言葉だった。

 自分でもどこか考える事を拒否していた言葉。

 メルエが『人』でなかったとしたら、自分はどうするのだろう。

 その答えは、まだサラの中で結論が出ていなかったのだ。

 

「……そ、それで、リーシャさんは何と?」

 

「『<エルフ>であろうと<魔物>であろうと、メルエは自分の妹だ』という事らしい」

 

「……そうですか……」

 

 サラはどこか納得してしまった。

 リーシャなら、まず間違いなくそう答えるだろう。それは何も、メルエに限った事ではない。

 もし、サラがスラム街の出身だとしても、それこそ『魔物』だとしても、リーシャはきっとそう答えてくれるだろう。

 しかし、サラはリーシャの様に答える自信がない。

 

「……アンタはメルエが『魔物』だとしたら、『復讐』の対象として、メルエの息の根を止めるのか?……その手でメルエを殺すのか?」

 

「そ、それは!?」

 

 続くカミュの言葉が、サラの胸を鷲掴みにした。

 それは、昨日の夜からサラが人知れず悩んでいた内容であり、リーシャに作られた頭のこぶを摩りながら考えていた内容だったからだ。

 

「……そう言えば、アンタに言うのを忘れていた……」

 

「えっ!?」

 

 そんな自分の苦悩の中に入り込んでいたサラに、不意討の様にカミュの言葉がかかった。

 その内容に『まだ何かあるのか?』とサラは密かに身構える。

 

「……ありがとう……」

 

「えっ!?」

 

 しかし、カミュの口から出たものは、人間が相手に感謝の意を表す言葉。

 サラは咄嗟の事で、その意味が全く分からない。カミュが自分に頭を下げているという事自体が驚愕に値する物であるが、その行為が意味する事に全く覚えがなかったのだ。

 

「……アンタがいなければ、あの時メルエは死んでいた筈だ。アンタの咄嗟の判断が、メルエの命を救ってくれた。俺には何も出来なかった……本当に感謝している」

 

「あ、あ……」

 

 サラは理解した。

 カミュは、昨日の戦闘での事を言っているのだ。

 

 メルエに向かって行った二体の<暴れザル>。

 呆然とするメルエに振り上げられた、太い幹のような腕。

 その時は何も考えていなかった。

 

 『メルエが死んでしまう』

 

 その想いだけで、サラは呪文を詠唱した。

 もはやサラにとっても、メルエが死んでしまうという事は耐えられないものなのだ。それにサラは気が付いた。

 『もし、メルエが<エルフ>であったら、もし<魔物>であったのなら、その想いは変わるのだろうか?』

 サラの胸に新しい問いかけが押し寄せて来る。

 

「……メルエが何者なのかは解らない。だが、メルエもきっとアンタには感謝しているだろう。そして、今度は必死にアンタを護ろうと、メルエは動く筈だ。今のメルエを見て、アンタには解らないのか?」

 

 カミュの言葉を聞いたサラの瞳から自然と涙が零れていた。

 あの森での夜、メルエは確かにはっきりと自分に告げていた。

 『サラを護る』と。

 きっとカミュの言う通り、メルエはサラが窮地に陥れば、我が身を挺してでもサラを護ろうとするだろう。例え、魔法が暴走し、その身が焼け爛れたとしても。

 それは、『予想』ではなく『確信』。

 サラにも、メルエがそう行動する事は理解出来た。

 

 『ならば、自分ができる事は?』

 

 メルエは何者だろうと構わないと今すぐに言えない自分がいる。しかし、逆にメルエが何者だろうと死んでほしくない、傷ついてほしくないと思う自分もいるのだ。

 メルエがサラを護りたいと思うのと同様に、メルエを護りたいという想いがサラの中にも確かに存在していた。

 

「……すぐに答えを出す必要はない……だが、アンタがもし、メルエに対して危害を加えようとするならば、俺と敵対する事だけは憶えておいてくれ」

 

「……カミュ様……」

 

 カミュはメルエが何者であろうと、メルエ側に付く事を宣言した。それは初めから解っていた事。

 カミュは『魔物』だろうが『エルフ』だろうが、それによって見方を変える人間ではない。むしろ『人』に対しての見解が一番厳しい人間だ。

 自分よりもメルエを取る事は当然だろう。

 いや、そうではない。

 もしかすると、サラがメルエと対峙した時、カミュやリーシャは悩み、その行為を思い直すように説得を試みるだろう。

 それでもサラの意志が変わらないのならば、リーシャは涙を流しながら剣を抜くに違いない。カミュもまた表情こそ変えないものの、その胸中に複雑な想いを持ってくれるかもしれない。

 サラは、厳しい目を向けるカミュを見ながら、何故か自分の胸に湧き上がる予想が間違っていない自信があった。

 ならば、後は自分が結論を出すだけだ。

 

「……胸に刻みつけておきます……いつか……いつか答えを出します」

 

「……ああ……」

 

 そこで二人の会話は終わった。

 

 『サラは変わった』とカミュは思う。

 アリアハンを出たばかりの時であれば、迷わなかったのかもしれない。

 それこそ、強力な魔法を使い、人間離れした才能を見せるメルエに対し、畏怖の念を強め、警戒を怠らなかっただろう。

 

 『カミュは不思議な人だ』とサラは思う。

 カミュは『人』だけでなく、どんな種族でも先入観で判断しない。

 出会った時、『僧侶は嫌いだ』と言っていた。それでも、サラの行動を、色眼鏡を通して見ている訳ではなかった。

 意見の相違、価値観の相違から衝突する事はある。それでも、サラの行動の中で感謝に値するものがあれば、頭を下げる。

 それは何もサラに対してだけではない。基本的にカミュの瞳は本質を見る。それこそが『勇者』と呼ばれる所以なのかもしれない。

 

「…………はやく…………」

 

 そんな物思いに耽っていると、前を歩いていたメルエが戻って来た。そのままサラの腕を取り、先へと促し始める。

 

「あっ!? は、はい。行きましょう、メルエ」

 

「…………ん…………」

 

 我に返ったサラの言葉に笑顔で頷いたメルエは、サラの手を握った。

 そんなメルエに、サラは胸の内にある想いを抑え、にこやかに歩き出す。

 カミュから見れば、サラの中では既に答えなど出ているのだ。彼女が、メルエを切り捨てる事など出来はしない。後は、その折り合いを何処で着けるかだけなのだ。

 

 それぞれの想いを胸に一行は歩き出す。

 

 

 

 メルエの目から見て、何故かサラいつもと違うように思う。サラの手を握って歩きながら、何気なくサラの方を見ると、西の方から来る海風に靡く髪を押えながらもにこやかに前を向いていた。

 

「…………サラ……おこる…………?」

 

「えっ!? 何故ですか?」

 

 『いつもと違う=怒っている』という図式はメルエならではであろう。そんな公式が解らないサラは、唐突にかかったメルエの言葉に驚き、問いかけた。

 

「…………きのう…………」

 

「昨日?……あっ!? そ、そうですよ、メルエ。あれは二人の秘密と言ったではないですか!?」

 

 メルエの中でサラが怒る理由など一つしか思い浮かばない。

 メルエが何を言いたいのかが思い当たらなかったサラは、不思議そうに首を傾けた後、思い出したようにメルエへと視線を向ける。

 サラのその言葉にびくりと身体を震わせたメルエは、小さく謝罪の言葉を繋いだ。

 

「もう! 『秘密』は簡単に話してはいけないのですよ。今度からは気を付けてくださいね」

 

「…………ん………リーシャ……あく……ま……言わない…………」

 

 『秘密』という言葉の意味をメルエは知らなかったのかもしれない。そう思い、サラがメルエにその言葉の持つ意味を教えると、神妙に頷いたメルエがとんでもない言葉を溢す。

 

「メ、メルエ! 言った傍から口にしては駄目ですよ」

 

「……ほう……『魔王』だけでは飽き足らず、サラは私を『悪魔』呼ばわりしていたのか?」

 

 メルエの言葉を抑えようと口を開いたサラの後方から、地獄の使いのような声が響いた。

 メルエの方を向いていたサラの顔色が失われて行く。

 振り返る事は許されない。それは即ち『死』に直結しかねないからだ。

 

「さ、さあ、メルエ。い、急ぎましょう。今日中には<アッサラーム>につかなければいけませんからね」

 

 結果、サラは気付かなかったふりをする事に決めた。 

 メルエの手を握り、そのまま南へと進路を取って早足で歩き出したのだ。

 

「ま、待て!」

 

 自分の方を振り返りもしなかったサラの行動に驚いたリーシャは、少しの間呆然とサラを見ていたが、慌てたように追いかけはじめる。

 昨日までのどこか重苦しい雰囲気はどこにもなかった。

 そんな三人のじゃれあいを、後方からどこか呆れた表情を作ったカミュが見守る。地図を片手に、周囲の警戒を怠る事はしていないが、メルエの笑顔を見ているカミュの表情は若干柔らかな物へと変わって行った。

 

 

 

「ん?……どうした、メルエ?」

 

 あの後、リーシャから制裁を加えられたサラと共に歩いていたメルエが、不意にリーシャの足にしがみついて来た。

 休憩を挟みながら歩き続け、もはや太陽も西の方角に沈み始めている。辺りは暗闇が支配の手を伸ばし始め、森の方角からはフクロウの声が響いていた。

 

「…………いや…………」

 

「ん?……何がだ?……本当にどうした、メルエ?」

 

 リーシャの足にしがみついたメルエは首を横に振るばかり。歩き出そうとしないメルエに、リーシャはしゃがみ込んでメルエに視線を合わせた。

 何事かと、カミュやサラもリーシャのもとへと近寄って来る。

 

「……とりあえず、町へ入るぞ」

 

「…………いや…………」

 

 カミュ達の目の前には、夕焼けに染まる<アッサラーム>の町が見えていた。

 ここまで旅をして来た中で初めて見る、城下町以上に栄えた独立した町。町の門を隔てても聞こえる喧騒が、その町の繁栄を物語っていた。

 しかし、その町に入る事を拒む者がいる。今、リーシャの足にしがみつき、涙目で首を横に振るメルエだった。

 メルエは一向に動こうとしない。そればかりか、リーシャにしがみ付き、リーシャすらも動かそうとしないのだ。

 

「メルエ、どうしたのですか? 疲れたのなら、早く町の宿に向かいましょう?」

 

「…………」

 

 サラの言葉にもただ首を横に振るばかりのメルエに、リーシャもサラも困り果ててしまう。唯一人、カミュだけは、そんなメルエの姿を少し冷たい表情で見ていた。

 そのカミュの表情に気が付いたリーシャは嫌な予感が働く。まさか、メルエに冷たい言葉をかける事はないとは思うが、何をカミュが言い出すのかが分からないのだ。

 

「……ここが、メルエの暮らしていた場所なのか?」

 

「!!」

 

 身構えていたリーシャですら、カミュの言葉に驚いた。

 サラは目を見開き、口を開けて放心状態になっている。

 それ程、驚愕の内容だったのだ。

 

「…………」

 

「……わかった……メルエは俺のマントの中に入っていろ。町に入ったらそのまま宿屋へ向かう」

 

 カミュの言葉に固まってしまったように動かないメルエを見て、溜息交じりにカミュはマントを広げる。

 自分がどれだけ嫌がったとしても、この町に入らないという選択肢がない事を理解したメルエは、俯きながらカミュのマントの中へと移動した。

 

「……メルエ……」

 

 肩と頭を下げ、カミュのマントへと歩くメルエの姿は、リーシャやサラの胸に小さなしこりを残す。

 もし、カミュの言うとおり、この町がメルエの暮らした場所という事であれば、メルエはここの生まれで、メルエを奴隷として僅かな金額で売り払った親もこの町に住んでいるという事になるのだ。

 ここまでメルエが町に入るのを嫌がるのだから、メルエがその親に碌な扱いを受けていなかったのだろう。そのような親がいる町へ入るのであれば、メルエが恐怖にも似た感情を持つのは当然である。

 メルエの心には、頼りになる人間として、リーシャやカミュの存在がある事は間違いない。

 しかし、幼い頃から植え付けられた心の傷は拭えない。どれ程、カミュやリーシャが強くとも、メルエの心にある親への恐怖の方が上なのだ。

 

「……行くぞ……」

 

 メルエのマントの中に包み、傍から見てもマントが膨れてはいるが、中に誰が入っているのかも分からない状態で、カミュは町の門へと向かって行く。万が一、町の門を警備する兵がいた場合、不審に思われる可能性もあるのだが、その場合はカミュが何とかするのだろう。

 それを、リーシャもサラも疑いもしなかった。

 

「ようこそ、アッサラームの町へ!」

 

 しかし、リーシャとサラの心配も杞憂に終わる。にこやかに対応して来た男性は、門の前にいたカミュ達一行に気が付き、門を開けてくれた。

 そのまま、街の中に入り、にこやかな笑顔を向けて来る男性を見ると、この町を訪ねて来る旅人はそう珍しい物ではない事が解る。

 それでも、町の中に入ると、カミュのマントの中でカミュの足にしがみ付くメルエの力が強まるのが感じられた。

 メルエにしてみれば、奴隷として売られるまで、町の外には出た事がなかったのであろう。そして、幼さゆえ、自分が暮らす町の名を覚えている事もなかった。

 

 奴隷として売られ、馬車から見た景色。

 孤独を当然として受け入れていたメルエにとっても、不安を隠しきれない状況で見る景色。

 そんな初めて外から見た街の景色を、メルエは憶えていたのだろう。故に、町の外に一行が辿り着いた時に、その景色が自分の記憶と寸分の狂いもなく重なり、以前は感じた事もなかった恐怖が、メルエの心を支配したのだ。

 

「はぁ……凄いですね……」

 

 町へ入ってすぐにサラが声を漏らす。その言葉通り、夜の帳が降り始めた町は、喧騒が広がっていた。

 今まで歩んで来た町や村では考えられない事である。

 通常であれば、陽が落ち始めると店仕舞いなどを始め、暗闇が支配する頃には、外に出ている人間等皆無となるのだが、この町では異なっていたのだ。

 昼の状況を見た訳ではないが、もしかすると昼に外に出ている人間よりも多いのではないかと思う程、町は人で溢れ返り始めていた。

 

「……まずは、宿屋へ向かう。情報収集はそれからだ」

 

 周囲を興味深げに見ているサラに、冷たいカミュの言葉が飛ぶ。我に返ったサラは、自分の行動を恥じ、顔を俯かせながらカミュの後を追った。

 

 

 

「こんばんは! 旅人の宿へようこそ! 三名様ですか?」

 

 宿屋はすぐに見つかった。

 入口を入ってすぐ右手に、宿屋の看板をぶら下げた大きな建物が見えていたのだ。

 これ程の大きな町であれば、旅人も多く訪れるのであろう。宿屋の中も綺麗に整頓されている。

 

「……いや……四人だ……」

 

 宿屋の主人の問いに、カミュは若干マントを広げ、メルエの腕を見せる。その行為に驚いた主人であったが、隠したままであれば、三人分の料金で済んだところを、わざわざ見せるカミュの紳士的な行為に表情を緩めた。

 

「四名様ですね。あいにく二部屋しか空いておりませんが、よろしいでしょうか?」

 

 このような大きな宿で、二部屋しか空いていない筈はない。しかし、大きな宿であればこそ、急な客に対応できるように部屋を空けておくのだろう。

 

「……構わない……ただ、一部屋は三人が入れる大きめの部屋を頼む」

 

「畏まりました。では、お一人様7ゴールドで、全部で28ゴールドとなります」

 

 カミュの要求に考える素振りもなく応える主人の様子が、部屋に余裕がある事を示していた。

 カウンターに袋からゴールドを取り出したカミュへと、主人は部屋の鍵を渡す。

 

「夕食は食べられますか?」

 

「何?」

 

 ゴールドを受け取った主人の言葉に、真っ先に反応したのはカミュ達一行の食の番人であるリーシャだった。

 基本的に、宿と食事はセットであるのが常識である。それに伺いを立てるという事は、食事を出さない可能性があるということだ。

 

「……食事は出ないのか?」

 

「お客様は、この町は初めてでございますか?」

 

 リーシャの問いかけに主人は若干驚いた様子を見せる。それが、この町に何度も訪れる旅人が多いことを意味していた。

 カミュは静かに主人に向かって頷きを返す。

 

「そうでしたか。では、夜の町をご覧ください。この町が本領を発揮するのは夜でございますので。先程の私の問いかけも、この町に来た旅の方の中には、夜の町で食事をされる方も多く、その方々には食事分だけ料金を割り引きさせて頂いていましたので」

 

 一行は主人の話にようやく納得がいった。

 つまり、この町は夜に動き出すのだ。

 その為、それを楽しむ人間も多いのだろう。

 

「……食事の用意は頼む……」

 

「畏まりました。では、食事が出来ましたらお呼びいたします」

 

 カミュの言葉ににこやかにほほ笑んだ主人を置いて、一行は部屋へと向かった。

 部屋への階段を上っている最中に、不意にリーシャが口を開く。

 

「カミュ、お前は町で情報収集をして来てくれ。私はメルエを見ている。サラもカミュについて行ってやってくれ……メルエ、おいで……」

 

「…………」

 

 リーシャの提案に対してカミュが答える前に、カミュのマントからメルエが飛び出し、リーシャの足元にしがみ付く。

 そのメルエの様子に、カミュもリーシャの提案を飲むしかなかった。

 

「……わかった……メルエを頼む……」

 

「ああ。食事も変更する事を主人に言っておく。私達の分だけを作ってもらうようにするから、サラ達は外で食べてこい」

 

 情報収集に時間がかかる事を考慮に入れるリーシャに多少驚きを見せるが、カミュはその提案にも素直に頷いた。

 サラは逆に戸惑ってしまう。今まで、カミュと二人で行動した事などないのだ。

 おそらく、カミュは一言も自分から話す事はないだろう。口を開けば、衝突を繰り返して来た相手にどう接すれば良いのかが、サラには解らなかった。

 

 

 

「リ、リーシャさん、何故あのような事を!?」

 

 部屋に荷物を置いてからすぐ出るというカミュの言葉に荷物を置きに部屋へと入った途端、サラはリーシャに噛みついた。

 そんなサラの言葉に驚いたような表情を見せながらも、メルエの着替えを手伝っているリーシャが口を開く。

 

「ん? 私が付いて行っても良いのだが、サラも知っての通り、私は交渉事にはあまり適していない。私が行くよりも、サラが一緒に行った方が情報収集に役立つだろう?」

 

「そ、それでしたら、カミュ様一人でも良いではないですか!?」

 

 リーシャの言い分は尤もだった。

 リーシャが交渉に向かない事は周知の事実だ。

 しかし、それはサラがついて行く理由にはならない。

 別段カミュ一人でも良い筈なのだ。

 

「そうかもしれないが……他人から話を聞くのに、カミュの態度ではな……サラが共に居れば、相手も少しは心を許すんじゃないかと思ったんだが……」

 

 メルエの着替えを終えたリーシャがサラに視線を向けながら呟いた言葉に、サラは『ぐぅ』の音も出なかった。

 確かに、カミュは人から話を聞く事はするが、あの無表情で問いかけられれば、それに快く対応してくれる人間は限られるだろう。ならば、リーシャの言うとおり、自分が横にいる事で多少なりとも軽減できる可能性がある。

 

「…………サラ…………カミュ…………きらい…………?」

 

「そう言う訳ではありません。確かに許せない部分もありますが……」

 

 サラは最近のカミュを量りかねていた。

 相変わらず、カミュは『人』も『魔物』も区別しない。しかし、それに対するサラの気持ちの中に、以前の様な抑えきれない怒りが湧いて来ないのだ。

 

「私は、少しメルエとのんびりさせてもらう。それに……サラ、『魔王』や『悪魔』の言う事を聞かなければ、どうなるか解っているんだろう?」

 

「リ、リーシャさん!」

 

 リーシャの顔には意味ありげな笑みが浮かんでいる。

 『まだ根に持っていたのか!?』とサラは驚かずにはいられない。サラからすれば、自分に向かって『鬼』と表現したリーシャが怒る道理はない筈なのだ。

 『自分の事は棚に上げて』とでもサラは言いたい事だろう。

 

「…………サラ…………言ってない…………」

 

「メルエも! もう遅いですよ!」

 

 それに対し、リーシャに露呈した原因であるメルエが必死に弁解するが、それは既に遅すぎる。

 泣きたくなる気持ちを抑えて、サラは部屋を後にした。

 

 

 

 リーシャとメルエを宿屋に置き、カミュとサラは夜の<アッサラーム>を歩く。夜とは思えないほどの賑わいを見せる町は、サラにとってとても新鮮な物だった。

 アルコールを含み、大きな声で笑う人々。

 そんな人々を店へと誘う男達に、その横で妖艶な笑みを浮かべる女達。

 どれもこれもがサラにとって初めての事で、サラはしきりに周囲を見渡していた。

 

「……武器屋があるな……」

 

「えっ!?」

 

 前を歩くカミュが、不意に見つけた看板に声を洩らす。そして、そのまま武器屋の中に入って行くカミュに驚きの声を上げながら、サラも店の中に入って行った。

 

「おお! いらっしゃい!」

 

 武器屋の中は外観よりも広く、様々な武具が陳列されていた。

 カザーブの村の特産であった<鋼鉄の剣>は勿論、それ以外の武器や防具なども所狭しと並べられている。

 奥にあるカウンターには、三十半ばの主人がおり、店の中に入って来たカミュ達を見て笑顔を向けて歓迎を表していた。

 

「……武器を見たいのだが……」

 

「ん?……おう、初顔だね。アンタ、昼間に変な奴に、何か売りつけられたりしなかったかい?」

 

 武器を見たいというカミュの顔を見て、武器屋の主人は妙な事を口走る。ぼったくりでもあるというのだろうか。

 サラは、武器屋の主人の真意を測りかね、首を傾げてしまった。

 

「どういう事ですか?」

 

「おお、こんな可愛い娘さんまでいるとは……いや、この町は人が多いからな。妙な商売をする奴もいるのさ。あっ、うちはまともだぜ。武器の値段もロマリアで売っている物は、ロマリアと同じ値段だ」

 

 何か、目の前で主人が口を開くほど怪しさが増して行く。

 サラは、『可愛らしい』という部分に反応し、少し頬を赤らめていたが、カミュは訝しげに主人の瞳と、その後ろに陳列されている商品を見比べていた。

 

「……親父、これは?」

 

「ん?……ああ、それは<鉄の斧>って代物だ。木こりが使う斧を少し加工した程度の物だが、その切れ味、破壊力は折り紙つきだぜ」

 

 カミュが持ち上げたものは、本当に『斧』そのもの。

 店主が言うように木こりが使うような単純な斧とは異なるが、<シャンパーニの塔>で出会ったカンダタの持っていたような斧とも違う。

 ハルバードと呼ぶにはお粗末であり、ただの斧と呼ぶには手が込んでおり、<鉄の斧>とは言い得て妙な物だった。

 

「……あの戦士は、斧も使えると思うか?」

 

「えっ!? リーシャさんですか?……え~と……何でも使えるのではないでしょうか?」

 

 カミュの問いかけに、サラは戸惑いながら答えるが、その頭の中には斧を振り回すリーシャの姿が浮かぶ。

 それはまさしく『悪魔』か『魔王』。

 

「……親父、いくらだ?」

 

「おお! 買ってくれるのか? 2500ゴールドだ」

 

 サラはその金額に驚いた。

 <鋼鉄の剣>の倍以上なのだ。

 

「……高いな……<鋼鉄の剣>が二本買える……」

 

「しかし、正規の値段だぜ。何処に行っても、この値段で売っている筈だ」

 

 カミュの言葉に店主が反論する。その口ぶりに慌てた様子が全くない事から、言っている事は真実なのだろう。

 ただ、カミュやサラの感じた通り、値段が高い。

 <鋼鉄の剣>より、格段攻撃力が高い訳ではないだろう。それなのにも拘わらず、倍以上の値段がする事に抵抗感を感じてしまったのだ。

 

「……わかったよ。うちは夜しか営業してなくてね。夜の町だから、武器屋に足を運ぶ酔っぱらいは少ないんだ。2200ゴールドで良いよ。悪いが、それ以上はまけられない。俺にも生活があるんでね」

 

「……もらうよ……」

 

 店主の言葉は事実だろう。その上で、カミュ達に値引きをすると言っているのだ。

 流石のカミュも、値引きまでさせておいて買わないという選択肢は選べなかった。それが、サラには微笑ましかったが、その<鉄の斧>を持ったリーシャを想像してしまうと、どうしても血の気が引いてしまう。

 

 ゴールドを支払った後、その商品を宿屋にいる人間に届けてくれるように交渉すると、意外にも店主は快く了承してくれた。

 部屋の番号と、リーシャの名前、そして簡単に書いた手紙を渡し、カミュとサラは店を後にする。

 

 

 

「お客さん! アンタ方、もう劇場には足を運んでくれました?」

 

「きゃ!」

 

 店を出てすぐ、突如横からかかった声に、サラが驚きの声を上げる。視線を移すと、そこには手揉みをしながら、奇妙な笑みを浮かべる男が立っていた。

 

「見た所、アンタ方初めてだね? アッサラームに来たのなら、一度はベリーダンスを見て行かないと! ああ、女の子でも見ていけるダンスだよ」

 

「ベリーダンスですか?」

 

「ああ、この町の名物さ。この町には、綺麗な女性が集まってくるからね。それこそ、お譲さんみたいなさ。そんな綺麗どころが躍るダンスだよ。一度見て行っておくれ」

 

 明らかにお世辞に近い男の言葉に、サラは顔を赤らめる。

 サラの容姿は整っている部類に入るだろう。しかし、片田舎と言っても過言ではないアリアハンの『僧侶』として育ったサラは、この町にいる女性の様に垢抜けてはいない。

 

「……時間があれば、寄らせてもらう」

 

「是非、後で寄ってください!」

 

 男の言葉を意に介さないカミュのそっけない言葉にも、愛想笑いを浮かべながら男は勧誘を忘れない。

 サラは、男とカミュを見比べて、カミュを慌てて追った。

 サラにとって、自分の容姿を褒められた事は、育ての親である神父からしかなかった。故に、それはじわじわと自分の胸に嬉しさと恥ずかしさにを混ぜた物として湧き上がって来る。それは、サラもまた女性である証拠だった。

 それが表情にまで出てしまっているが、そのサラの小さな喜びは、すぐ目の前に現れた者によって潰される事なる。

 

「あら、お兄さん。結構良い男じゃない?」

 

 前を歩くカミュの前に立ち塞がるように現れた妖艶な女性。

 綺麗な髪を長く靡かせ、元々整った顔立ちは化粧という魔法をかけ、更に美しくなっている。

 着ている服もどこか露出が高く、否が応にも女を感じさせるものだった。

 

「……」

 

「??……無口な人なのね。そんなお兄さんでも笑顔になるわよ。私と気持の良い事をしない?」

 

「なっ!?」

 

 立ち塞がる女性を突き飛ばす事も出来ず、その場に無言で立つカミュに、その妖艶な女性は、サラが絶句してしまうような言葉を投げかける。

 

「『ぱふぱふ』なんてどう?」

 

「えぇぇぇぇ!!」

 

 妖艶な女性の投げかける言葉の意味を理解したサラは、大きな叫び声をあげる。しかし、カミュは無言なまま。

 その不思議な光景に、女性は少し驚いたように目を開いた。

 

「……まず聞きたいのだが……それは何だ?」

 

「えぇぇぇ!?」

 

 続いてカミュが呟いた言葉に、今度は女性とサラの言葉が重なった。女性の提案を『知らない』というカミュに二人とも驚いていたのだ。

 女性は、耳年増が多い。

 同じ年齢の男と女でも、興味の問題があるのかもしれないが、知識は女性の方が高い可能性があるのだ。

 

「お、お兄さん。『ぱふぱふ』を知らないのかい?……そりゃあ、勿体ないね……こんな可愛らしいお嬢さんを連れているのに……」

 

「そ、そんな……」

 

 先程の男に続き、サラから見ても女として完成されている妖艶な女性に『可愛い』と言われ、サラの頬は紅潮する。

 しかし、その女性の視線に気が付いた時、サラの血の気は一気に下がった。

 

「……う~~ん……まぁ、これじゃあ仕方がないかね」

 

「なっ!?」

 

 その女性の視線の先は、サラの顔ではなく、もう少し下の部分であり、サラの法衣の前掛けに刺繍された十字架の先当たり。つまり、それはサラの胸部であった。

 咄嗟に、サラは自分の胸を護るように両手で隠す。

 

「……それじゃあねぇ……まぁ、やりたくても出来ないわね」

 

「し、失礼な!?」

 

 その女性は、サラの胸の膨らみをしみじみと眺め、とても残念そうに眉を下げて感想を洩らすが、それはサラにとって屈辱的な言葉だった。

 サラとしても、同年代の人間より、若干劣っているとは感じているが、他人が憐れむ程だとは思っていない。 

 

「わ、私のは、成長途中なのです!?」

 

「……まぁ、そうだね。歳が二桁になったばかりじゃ、そんなもんさね」

 

「なっ!?」

 

 サラの反論に、何か思い当たったように女性が溢した言葉は、サラの心を更に抉る一言だった。

 彼女が言うには、サラはメルエとそう歳が変わらないという事になる。

 サラは、こう見えてもカミュより年上なのだ。

 

「し、失礼ですよ! 私は十八です!」

 

「えっ!?」

 

「はぁ?」

 

 我慢の限度を超えたサラの叫びに、今度は女性とカミュの声が重なる。

 カミュが聞いた時のサラの歳は十七だった筈だ。何時の間にか、二つも離れている事にカミュは驚いたのだ。

 

「へ、へぇ~、十八なのかい?……私とそう変わらないじゃないか。それじゃあ、尚更厳しいねぇ……私が十八の頃にはこんなだったからね……」

 

「ぐっ!?」

 

 サラの歳を聞いた女性は、一瞬サラの剣幕に怯むが、余裕の笑みを取り戻し、自分の豊かな胸を持ち上げながら、挑発的な視線をサラに送る。

 サラは、その様子を悔しそうに睨むが、遠巻きに見ている事しか出来なかったカミュには、女性がサラをからかっているようにしか見えなかった。

 

「……私だって……」

 

「まぁ、気にする事はないさ。好みも人それぞれだからね……アンタの方が良いって奴もどこかにいるさ」

 

 それは、サラの望みを真っ向から否定する言葉。

 『もうそっちの望みはないのだから、別の視点で進め』という何とも怒りが湧いて来るような助言であった。

 

「ぐぐぐぐ」

 

「可愛らしくて、良いじゃないか?」

 

 悔しさに歯を噛みしめるサラに、妖艶な女性は最後の追い打ちをかけた。

 それは、からかいであったが、からかいとは受け取れないサラの感情は爆発する。

 

「カミュ様!!行きましょう! このような失礼な方の話を聞く必要などありません!」

 

「ふふふっ、人間、図星を突かれると感情が高ぶるのよね……」

 

「……初見の人間をからかうのは、そこまでにしてくれないか?」

 

 怒りの炎を宿したサラの発言に、尚もからかうような言葉を投げる女性に、ようやくカミュが間に立つ事にした。

 このままだと、感情を抑える事が出来なくなったサラが、女性目掛けて<バギ>でも唱えそうな瞳で睨んでいたからだ。

 それは、おそらくカミュの過剰な心配ではなかっただろう。実際、サラの視線は人を殺しかねない物だった。

 

「ふふふ、お兄さん、『ぱふぱふ』をする気になったの? その子には出来ない事を色々としてあげるわよ?」

 

「カミュ様!!」

 

 溜息交じりのカミュに、余裕の笑みを浮かべる女性は、尚も言葉の端でサラを挑発する。その言葉をまともに受けたサラは、憎しみと怒りを混ぜた視線をカミュにまで向けて来た。

 

「……いや、それが何なのかは知らないが、やめておく……それよりも、『メルエ』という名前を聞いた事はないか?」

 

「はぁ?……なんだって?」

 

 カミュは、この女性が若いながらも、この夜の町でそれなりの情報力を有していると見ていた。

 夜の町に立ち、色々な男に声をかけているのだろう。必然的に噂話などは数多く耳に入って来る。

 その上でカミュは、この先の進路の目安になる『魔法のカギ』等の情報ではなく、『メルエ』という少女の事を尋ねたのだ。

 

「……『メルエ』という少女を知らないか?」

 

「ん?……メルエ?……どっかで聞いた事あるね。どこだったかね……」

 

 暫し考えるように唸っている女性をカミュは無言で見詰め、サラは未だに敵意剥き出しの視線を女性へ向けていた。

 そんなサラの呪詛混じりの視線を気にする様子もなく、暫し虚空を見上げた女性は、何かを思いついたように手を叩いた。

 

「ああ! そうだ。あのおばさんの所のちびっこの名前が『メルエ』と言ったね、確か。そう言えば、最近見ないね、あの子。毎朝、あの劇場の裏で洗濯していたけど」

 

「!!」

 

 やはり、メルエはこの町の出身だったのだ。

 メルエはここで親に迫害され、そして売られたのだろう。

 妖艶な女性が見ていた光景がそれを物語っている。

 

「……その『おばさん』とは?」

 

「う~ん。どっかにいる筈だよ……」

 

 もはや、女性の興味はカミュから失せていた。

 サラをからかう事にも飽きたのか、次に声をかける男性を探すように周囲に視線を動かしている。

 その時、カミュの後方で罵声が飛んだ。

 どうやら、酔っぱらいの男性に、酔っぱらいの女性がぶつかったようだった。

 罵声に振り向いたカミュとサラが見た物は、尻もちをつく女性と、その女性に悪態をつき、唾を吐きかける大柄な酔っぱらいの姿だった。

 

「ああ、あれだよ。あのおばさんが、お兄さんが聞いていた『メルエ』ってちびっこの母親だよ」

 

 後ろに立っていた妖艶な女性が、今まさにカミュ達の視界に入っている酔っぱらいの女性を指差しながら、声を出す。

 そして、その言葉を最後に、新たに見つけた男に悩ましい声を出しながら近づいて行った。

 

 カミュ達の視線の先にいる女性は、唾を掛けられた部分を薄汚れた服でふき取り、ふらふらとよろめきながら立ち上がった。そして、視点が定まっていないような瞳で歩き出す。

 サラには、それがとてもメルエの母親には見えなかった。

 色こそメルエに似てはいるが、手入れすらされていないような、バサバサの髪。

 いつ洗ったのかも分からないような薄汚れた服。

 そして、何よりも、大量のアルコールを摂取していると一目でわかる姿。

 どれを取ってもメルエに結びつく所が何もないのだ。

 

「……カミュ様……」

 

「……行くぞ……」

 

 『宿に戻りたい』という微かなサラの願いも、女性に視線を向けたまま歩き出すカミュの姿に潰えてしまった。

 カミュの歩く先にいる人物は、メルエの母親と呼ばれた女性唯一人。故に、カミュの目的はサラでなくとも解るものだった。

 

「……申し訳ない……少し話を聞かせてくれませんか?」

 

 ふらふらと歩く女性には、すぐに追いついた。

 仮面をつけたカミュの言葉に振り向く女性。その女性を間近に見て、サラは尚のこと驚いた。

 近づいただけでも解るアルコールの臭い。長年飲んで来たのであろうアルコールによって爛れた肌は、その女性の年齢を不透明にしている。

 もちろん良い意味ではない。

 

「……なんだい……アンタ達は?」

 

 その女性の声は、肌と同じように、アルコールによって焼け爛れていた。

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございました。

さて、かなり重要度の高いアッサラームの町です。
ゲーム上はそれ程重要視されていませんが、この物語ではかなりのキーとなります。

ご意見、ご感想を心よりお待ちしています。

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