新訳 そして伝説へ・・・   作:久慈川 京

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戦闘②【ロマリア】

 

 

 

 勇者一行の朝は早い。

 まず、まだ陽が昇り始める前にカミュが起き、暖を取る為に火を安定させる。続いて起きて来たリーシャが、カミュと鍛練とは名ばかりの勝負を始め、それが佳境に入る頃にサラが起床して来る。サラの意識が覚醒すると、今度はリーシャによる地獄の特訓が始まるのだ。

 その後に、昨晩から加えられた、サラという講師を迎えた授業が始まり、リーシャは魔法の知識を、そして、メルエは字と言葉の授業を受ける。

 意外と言っては失礼だが、サラの授業は解り易いものであった。

 うろ覚えであった魔法について、リーシャは四苦八苦している様子であったが、メルエは初めて知る事に興味を示し、次々とサラへ質問を繰り返す。メルエの勢いに始めは圧されていた感もあるサラであったが、熱心な生徒程、教師として教え甲斐のある者はいない。

 サラは、一つ一つメルエの質問に答えながら微笑んでいた。

 朝陽が昇り、周囲を明るくし始めた頃に、一行はようやく朝食を取り始める。ただ、朝食と言っても、鍋などを使える訳ではない。保存食として持っていた干し肉と、カミュやリーシャが取って来た果物を食す事になる。

 果物を口いっぱいに頬張っているメルエの口元を、微笑みながら手にした布でふき取っていたリーシャが、不意にカミュに向き直り口を開いた。

 

「そう言えば、アリアハンを出た時から気にはなっていたのだが、お前のその剣はアリアハンの騎士剣ではないのか?」

 

「……ああ……アンタの見立て通りの剣だ」

 

 カミュは背中から剣を抜き、その剣をリーシャへと手渡す。リーシャは手渡された剣の柄に彫られているアリアハン国章に目を留めた。

 先程まで、果物を頬張っていたメルエも面白い物でも見るように、リーシャの横から眺めている。

 

「メルエ、あまり近づくな……カミュ、お前はこの剣を何処で手に入れた? 少なくとも、この剣は下級騎士程度では手に入らないような代物の筈だ」

 

 身を乗り出すように剣を見ようとするメルエの頭を押さえながら、リーシャは疑問を口にした。

 リーシャも、カミュが剣を盗んで来たなどと考えてはいない。ただ、上級騎士以上の者しか手に入れる事の出来ない筈の剣を持つカミュを、不思議に思っただけなのだ。 

 

「それは、俺の剣ではない。俺の祖父の物だ」

 

「祖父?……ああ……お前の祖父というと、オルテガ様の父君のオルテナ様か……なるほど……」

 

 リーシャにとって、英雄であり憧れの存在である『オルテガ』。

 その父もまた優秀な騎士であった。勿論、リーシャが生まれる以前に宮廷騎士として在籍していた為、その存在を話で聞く限りの物しか、リーシャも知り得ていない。その剣の腕は、アリアハンでは右に出る者はおらず、常に戦場では前線に立っていたと聞く。

 ただ、オルテガやカミュのように魔法を行使する事は出来ず、その身に魔力を宿してはいなかった。

 また、アリアハン宮廷騎士で随一の腕を所持してはいたが、『責任を持てば、前線に立てなくなる』という理由から、騎士隊長の勅命を辞退したという逸話も残っている。その際に、当時のアリアハン国王から、前線に拘る猛将ぶりへのお褒めのお言葉と共に賜った剣があると云われていた。

 おそらく、そう伝えられている剣が、今、リーシャが手に持つ騎士剣なのだろう。

 

「……これが、国王様から賜ったとされる剣か……」

 

「それ程に凄い剣なのですか!?」

 

 リーシャが呟いた一言に、サラもまた過剰に反応する。そのサラの反応に、リーシャの腕の下から剣を眺めていたメルエは、身体を跳ねさせた。

 驚いたメルエは、サラの方を怯えたように見つめ、リーシャの背中に隠れてしまう。

 

「どんな曰くがあろうと、剣は剣だ。鉄を型に流し込んだ物に過ぎない」

 

「お前は……仮にも、お前の祖父が国王様から直接賜った剣だ。その事実だけでも大変栄誉な事なのだぞ!」

 

 カミュの発言に対し、リーシャの発する言葉まで荒々しくなり、遂にメルエはリーシャの傍から逃げ出し、カミュの隣へと移動した。

 もはや、メルエにとってリーシャの隣も安全な場ではなくなっていたのだ。

 

「……この話は、前にも言ったが平行線だ。話題を出した俺が悪かった」

 

 自分の足を掴んで来るメルエに、溜息を一つ溢したカミュは、未だ鼻息の荒いリーシャへ話の終了を提案する。しかし、自身の内から湧き出す怒りを抑える事の出来ないリーシャは、そんなカミュの小さなサインに気付く事はなかった。 

 

「お前はっ!! お前は何故、そのように考えるんだ!! 自分の父だけでなく、祖父までもが一国の英雄なんだぞ! 誇りに思いこそすれ、蔑む事にはならないはずだ!!」

 

 リーシャは、カミュのこの考えだけは理解が出来ない。自分の父であるクロノスは、宮廷騎士隊長という一国の英雄には及ばない地位ではあるが、そんな父をリーシャは誇りに思っている。仲間を救う為にその人生に幕を下ろした父を、リーシャは誰よりも尊敬していた。

 故に、理解が出来ない。

 宮廷騎士隊長のリーシャの父クロノスのように国内の話ではなく、全世界にその名が轟いているオルテガを父に持つカミュが、その父を誇りに思わない事に、リーシャは怒りを感じずにはいられないのだ。

 人それぞれの考えや想いがある事は、リーシャとはいえ理解しているつもりだ。

  しかし、アリアハン国内に数々の逸話を残している祖父や、全世界に英雄として名を残す父を侮辱するカミュが許せない。それは、昨夜にカミュがメルエに話していた内容を聞いていても許せない物なのだった。

 

「……………リーシャ………いや……………」

 

 しかし、その怒りは、横から響いたか細い声に霧散して行く事となる。カミュに向かっていたリーシャの怒りに燃えた瞳の端に、怯えた目でこちらを見ているメルエの瞳が映ったのだ。

 

「メ、メルエ……こ、これは違うんだぞ! 何も、メルエを怒っている訳ではないんだ」

 

 メルエの怯えた様子に口籠るリーシャには、先程まで立ち上らんばかりに纏っていた怒気は既になく、幼子を怖がらせてしまった言い訳を四苦八苦する姿になっている。

 リーシャに余裕はなく、この三人の中で初めてメルエが名前を口にしたのが、自分の名前だった事にも気が付かない。後にサラからその話を聞き、得意顔でカミュに自慢する事になるのは、また別の話である。

 

「……」

 

 リーシャは、宥めるように手を伸ばすが、それに反比例するように、メルエはカミュのマントの中に隠れて行く。その二人の追い駆けっこが、サラには可笑しくて仕方がない。

 いつもなら、剣呑な雰囲気での出発となる所が、メルエの行動で和やかな物へと一変してしまっていた。

 

 

 

 朝食を取り終えた一行は、順調に歩を北に進め、昼前には森を出る事となる。森の中では、大した戦闘もなく、メルエが魔法を使う場面も全くなかった。

 当のメルエも、昨夜カミュに言われたためか、カミュの指示がない限り使う気がないようにも見える。

 昨日出現した、<キャタピラー>や<アニマルゾンビ>との戦闘は、リーシャとカミュが<キャタピラー>を片付け、サラが<ニフラム>の行使によって<アニマルゾンビ>を光の中へ消して行くといった物が続き、メルエはサラの後ろでその様子を眺める事が多かったのだ。

 森を抜けると、途端に道が傾斜を強くし、山道に入った事が解る。山道に入ると、今まで軽快に歩いていたメルエの足の進みが緩やかになり、前を行くカミュのマントの裾を握っていられなくなった。

 先頭を歩いていたカミュの後ろにいたメルエは、徐々に後退して行く。次第にサラの横を歩き、最後にはリーシャに手を引かれる形になっていった。

 

「カミュ! 少しスピードを落とせ!」

 

 メルエの様子を見て、リーシャがカミュへ指示を出す。少し苛立ちを含めていたリーシャとそれを眺めていたサラは、振り向いたカミュの表情を別々の想いで見ていた。

 振り向いたカミュの顔は、明らかに後悔の念を持つかのように歪んでいたのだ。

 それは、メルエの存在を考えていなかった事への後悔なのか、それともリーシャの言葉に対しての物なのか。おそらく前者なのであろう。

 そのカミュの表情に、リーシャは顔を緩ませる。カミュは、何故かメルエが同行する事になってから少し変わった。

 それは、ほんの些細な変化ではあるが、自分の内にある感情を表に出す事が多くなって来ている。リーシャにとって、その些細な変化はどこか微笑ましい物だった。

 逆にサラにとっては、どこか釈然としない物がある。

 自分の時は、『ついて来る事が出来なければ、置いて行く』とでもいうような物だったにも拘わらず、メルエに対しては優しさを見せるからだ。

 リーシャにしてもそうだった。何かにつけ、メルエを気にかけている。それは、『自分の姉を取られた』という子供の感情に近い物だったのかもしれない。

 

「悪かった……だが、この分では<カザーブ>に着く前に、陽が落ちるな……」

 

「…………メルエ………だいじょうぶ…………」

 

 気恥かしさからなのか、空に顔を向けながら謝罪を溢したカミュの何気ない一言に、メルエは気丈にも顔を上げ、再び歩き出す。そのメルエの姿を見て、カミュの表情は困惑を極めて行った。

 反対に、カミュを見るリーシャの瞳は鋭さを増して行く。

 

「メルエ、大丈夫だ。ゆっくり歩こう。カミュ!! <カザーブ>へ急ぐ用があるとでも言うのか!?」

 

「……リーシャさん……」

 

 急ぐ用など、『魔王討伐』という目的以外あり得ない。

 それを、まるで急ぐ必要がないかのように言うリーシャを、サラは信じられない物でも見るように見つめていた。

 

「……わかった……」

 

 驚愕に固まるサラを余所に、カミュが速度を極端に落として歩き始める。そんな二人の様子に、サラは尚一層驚きを感じ、暫し呆然としていた。

 二人の対応は、サラに対しての物とは明らかに違っている。歳が二桁に届かない少女と、カミュよりも年上のサラを同列に考える事自体が間違っているのだが、旅慣れないという点では、サラもメルエも同じなのだ。

 

「サラ! 何をしているんだ! 置いて行くぞ!!」

 

「!!」

 

 前方からかかったリーシャの声に対し、サラは釈然としない想いを抱いたまま、頬を膨らませて一行の後を付いて行くのであった。

 

 

 

「な、何故こんな場所に!!」

 

 一行が速度を大幅に緩め歩いた先で、リーシャは素っ頓狂な声を上げる事となる。それは、山道の中腹に入り、陽も陰り始めた頃だった。

 何度か魔物達とも遭遇し、疲れの見えるメルエを何度か休ませながらも歩き続けた先にそれはいた。

 

「リ、リーシャさん、落ち着いて下さい」

 

「い、いや、サラ。これが落ち着いていられるか!?」

 

 リーシャを宥めようとサラが声をかけるが、それは徒労に終わる。その奇妙な物体を目にしたリーシャの瞳は、驚きに見開かれたままであったのだ。

 カミュ達一行の進行方向を塞ぐように現れたそれは、奇妙な音を立てながらこちらの様子を伺っていた。

 

「な、なぜ、こんな山道に…………か、かにがいるんだ!?」

 

 リーシャが驚いた物。それは、本来は海にいる筈の<かに>であった。

 リーシャの生まれ育ったアリアハンは島国である。故に、周辺を海で囲まれ、そこでは様々な海産物が水揚げされる。その中に当然<かに>も含まれていた。

 リーシャの家の使用人である老婆が市場で購入してくる<かに>を、リーシャも何度も見てはいる。

 しかし、ここは周囲を木々が覆う山道なのだ。

 水辺もない山に<かに>が存在する事が、リーシャの知識では理解出来ない。

 

「…………」

 

「……山にも<かに>はいるだろう……」

 

「それでも、それは川などがあった場合だろ!? ここに水辺などないぞ!?」

 

 メルエの何とも言えない視線とカミュの心底呆れ返ったような反応に、多少戸惑いながらもリーシャは常識を口にする。しかし、その常識とは、アリアハンという小さな島国の中だけの知識が根底になっていた。

 

「…………リーシャ………ダメ…………?」

 

「なっ!! 私はまともだぞ! まともでないのは、こんな山奥に出てくる<かに>の方だろ!?」

 

 満を持してメルエの口から出た言葉に、リーシャは慌てて弁明をするが、メルエはカミュのマントへと隠れてしまう。抗議する対象を失ったリーシャの口は、何度も開閉をしながらも、結局閉じる事しか選択肢は残っていなかった。

 

「魔物なのですから、どのような場所に出て来ても不思議ではない筈です!! そ、そんな事よりも、戦闘準備をして下さい!! 」

 

 一行の目の前に現れた<かに>は三匹ではあるが、それは普通の<かに>ではない。

 その体躯はカミュどころか、リーシャよりも大きな物で、明らかに魔物であった。

 

<軍隊がに>

このカザーブ近辺の山々を住処とする超大型の<かに>である。元々は普通の<かに>であったのかもしれないが、何かの突然変異からなのか、その体躯が大きくなり、水辺の動物を食している内に魔物と化したと云われている。住処を水辺から陸地へと移し、山岳に住処を置く。その大きなハサミは、人間の身体など何の抵抗もなく切り裂き、腹部にある牙の生えた口で食していく魔物である。 

 

 しかし、料理を得意とするリーシャにとって、海辺にいる筈の<かに>が山岳地帯の川の傍でもない場所にいるのが、未だに信じられなかった。

 

「ちっ! メルエ……悪いが、マントを放してくれ。」

 

 メルエの手がマントから離れた事を確認したカミュは、背中の鞘から祖父の剣を抜き、<軍隊がに>目掛け駆けて行く。カミュの行動に目を覚ましたリーシャも、慌てて腰から剣を抜いて後を追った。カミュが行動を開始した事を見て、<軍隊がに>達も隊列を整え出す。

 元来、単独で行動する事の少ない魔物の為、戦闘においても単独で敵に当たる事はしない。向かって来たカミュを囲み込むように、横へと身体を移動させて行った。

 

「カミュ!!」

 

 敵に囲まれそうになるカミュに遅れて到着したリーシャは、一体の<軍隊がに>の体躯に体当たりをかける。リーシャの突進を受けた<軍隊がに>はカミュとの距離を離されるが、ひっくり返される程ではなく、態勢を立て直した。

 囲い込まれる心配のなくなったカミュが、二匹の<軍隊がに>の内の一体に狙いを定め、剣を振るう。

 しかし、カミュの剣が<軍隊がに>の身体に振り下ろされると同時に、金属の乾いた音が周辺に響き渡り、その音の元凶であるカミュの剣の刀身は、<軍隊がに>の身体ではなく、遥か後方の地面へと突き刺さっていた

 

「!!」

 

「く、くそっ!!」

 

 根元から折れてしまい、今や柄の部分しか残されていない剣を忌々しげに見たカミュは、その柄を放り投げ、<軍隊がに>から距離を置くように飛び退く。しかし、飛び退いた先に、先程リーシャに吹き飛ばされた<軍隊がに>が残っていた。

 

「カミュ様!!」

 

 サラの叫びが響く。

 カミュの身体は、<軍隊がに>の持ち上げた大きなハサミに吸い込まれるように納まった。

 万力のような強い力に、カミュは呼吸もできない程の締め付けを受けている。いや、ロマリアで新たに購入した<青銅の盾>をハサミとカミュの身体の間に挟まなければ、カミュの身体は上半身と下半身に分けられていただろう。

 

「カミュ!! くそっ! 並みの剣では、傷一つ付けられないのか!?」

 

 カミュを救いに行こうとするが、明確な手立てはなく、リーシャは二の足を踏んでいた。

 そのハサミから逃れようとするカミュであったが、手に持つ武器もなく、魔法を行使する為に指を動かす事も儘ならない。その時、今まで、余り戦闘で役に立たなかった者の声が響き渡った。

 

「リーシャさん! あの魔物の甲羅めがけて、その剣を力一杯振り下ろしてください!」

 

 リーシャの横に立つサラが、カミュを挟む<軍隊がに>を指さし怒鳴ったのだ。

 その声に反応したリーシャは、サラの瞳を見る為に軽く振り向いた。

 そこでは、微かに震える手で<鉄の槍>を握りしめるサラが立っていた。

 

「サラ! 何を言っている!? カミュの剣を見ていなかったのか? 私の剣は、おそらくカミュの剣よりも強度が劣る。あの二の舞を踏むだけだぞ!」

 

「大丈夫です! 私に手立てがあります」

 

 『状況を掴めていない』

 サラの言葉にそう感じたリーシャは、自分の剣の強度を伝えるが、返って来たのは珍しく自信に満ちているサラの答えであった。暫しサラの瞳を見詰めたリーシャは、先程自分が感じた物が間違いである事を悟る。サラは状況が掴めていない訳ではなかった。

 この状況を理解して尚、自身の出来る事を行おうとしている者の目をしていたのだ。

 

「何か手があるんだな?……わかった! 任せたぞ、サラ!!」

 

 自分の問いかけに、尚も自信に満ちた頷きを返すサラを見て覚悟を決めたリーシャは、剣を握り締め、カミュを拘束する<軍隊がに>へと向かって行く。リーシャが<軍隊がに>の攻撃を避け、右手に持つその剣を振り下ろすタイミングに合わせて、サラは詠唱を開始した。

 

「ルカニ!!」

 

 サラの詠唱と共に、<軍隊がに>の身体は光に包まれた。

 <軍隊がに>を包み込んでいた光が収束したその瞬間に、リーシャの渾身の一撃が<軍隊がに>の甲羅へと襲いかかる。先程のカミュの剣とほぼ同じ軌道を描きながら振り下ろされたリーシャの剣は、カミュの剣とは違う結果を生み出した。

 剣は、甲羅に弾き返され折れる事はなく、まるでやわらかな肉にナイフを入れるように<軍隊がに>の体躯に吸い込まれていったのだ。

 

「ギニャ―――――――!!」

 

 凄まじい雄たけびを上げながら、その身体を半分に切り裂かれた<軍隊がに>は、地へと伏して行く。命の灯を失った<軍隊がに>のハサミを自力で抉じ開け、カミュも身体の自由を取り戻した。

 

<ルカニ>

術者から発せられた魔力に包まれ、その身体を覆う物の耐久力を弱らせる魔法。例えば、鎧を纏った人間に対してはその鎧が脆くなり、通常の剣等は通さない堅固な鎧であろうと、真っ二つにする事が可能となる。魔物であれば、その体躯を覆う硬い殻や硬い体毛の強度を脆くし、剣や槍での攻撃を可能にする。

 

「サラ!! よくやった!!」

 

「はい!」

 

 自分の剣が生み出した結果ではあったが、その原因を作ったのがサラである事を認め、リーシャは後方にいるサラに労いの言葉をかける。その言葉に心底嬉しそうに頷くサラを、今まで事の成り行きを見守っていたメルエが、どこか悔しそうに見つめていた。

 

「……まだ二匹か……」

 

 ようやく呼吸を整えたカミュは、残る二匹の<軍隊がに>の戦意が衰えていない事を感じて身構えるが、その手には対抗する武器がない。

 

「カミュ様!!」

 

 そのカミュの様子を見ていたサラは、手に持つ<鉄の槍>をカミュ目掛けて放り投げる。今のサラの力量であれば、<鉄の槍>を所持していたとしても、あの硬い魔物に対抗するだけの攻撃を繰り出す事は不可能であろう。ならば、カミュが持っていた方が良いのだ。

 <軍隊がに>の攻撃を警戒しながらも、サラから投げられた<鉄の槍>を掴み取ったカミュは、使いなれた剣ではなく、槍に適した構えを取る。カミュの構えを見て、『伊達にアリアハンの勇者と呼ばれている訳ではないのだ』とリーシャは感心した。

 

「右の魔物に先程の魔法をかけます!!」

 

 サラの提案に大きく頷いたリーシャとカミュは、二人で一体の魔物に攻撃を加える為に飛びかかる。サラの詠唱と共に光に包まれた魔物にカミュの槍が突き刺さった。

 だが、それは浅く、槍を突き入れたカミュを振り払うかのように<軍隊がに>のハサミがカミュを襲う。そのハサミを今度はリーシャの剣が斬り飛ばした。

 槍を抜き、もう一度差し込もうとするカミュに向かって、忘れ去られていたもう一体の<軍隊がに>のハサミが襲いかかったその時、後方から、サラの声ではない詠唱が響き渡った。

 

「…………ヒャド…………」

 

「えっ?」

 

 呟くような詠唱。

 そして、その隣にいたサラの間の抜けた声。

 詠唱の言葉と共に、その術者の指先を取り巻く空気が冷気を纏い、カミュに向かおうとする魔物目掛け襲いかかる。大気を凍らせる程の冷気が魔物に直撃し、その体躯を包み込んで行った。

 徐々に凍りついて行くその身体は、最後には氷の彫像を作るように<軍隊がに>の動きを停止させる。後顧の憂いを失くしたカミュとリーシャは、残る一匹に止めを刺し、それぞれの武器を鞘と鉾に納めた。

 

「メルエ!! よくやった!!」

 

 剣を腰に納めたリーシャが、メルエの傍に駆け寄り、その頭を乱暴に撫で回す。髪の毛が乱れていくのを気に留める様子もなく、メルエは嬉しそうに目を細めていたが、サラは、メルエが発した詠唱の衝撃から未だ立ち直る事が出来ず、その光景を呆然と見るのであった。

 

「……助かった……すまない……」

 

 そんなサラを現実に戻したのは、らしくないカミュの一言であった。

 あのカミュが、戻って来て早々、サラに向かって頭を下げているのだ。

 サラは、尚更ショックを受け、それこそ今尚そこで凍りついている<軍隊がに>のように彫像となってしまった。

 

「…………メルエ…………」

 

 固まってしまったサラを呆れるように見ているカミュのマントを引く力に視線を下げると、若干頬を膨らまし気味のメルエが、カミュに何かを期待したような目を向けていた。

 自分の名前を口にし、見上げるメルエにカミュは苦笑を浮かべる。

 

「……ああ……メルエもありがとう 助かった」

 

 表情はいつも通り、無表情を貫いてはいるが、言葉に優しさを含ませながらメルエの頭を撫でるカミュと、嬉しそうに目を細めながらその手を受け入れるメルエを、リーシャは微笑みながら眺めている。

 サラの彫像が行動を再開したのは、他の三人が出発の準備を完了した頃だった。

 

 

 

「カミュ!! あの柄を捨てるつもりか!?」

 

 準備が完了し、歩き出す一行の最後尾を歩くリーシャは、ふと目に留まった折れた剣の柄を指差し、カミュへと声をかける。それは、先程の戦闘で、カミュが槍を手にする代わりに放り投げた剣の柄だった。

 

「……刀身の無い剣を持って行って、どうするつもりだ?」

 

「お前!?……あれは国王様から賜った物だろう!! それに祖父殿から頂いたものではなかったのか!?」

 

 振り向くカミュが表情も変えずに呟く言葉に、再び朝の怒りが湧き上がり、リーシャは激昂する。再燃したリーシャの怒りに、メルエはカミュのマントに隠れてしまった。

 

「祖父から貰った物ではあるが、その祖父は健在故に形見でもない。それに俺にはアリアハン国王から賜った物という事に価値を感じてはいない。そんな柄だけになった剣を後生大事に持っていても、自分の身を護る術にすらならないだろう」

 

「……ぐぐぐ……」

 

 カミュが言う通り、カミュの祖父オルテナは未だアリアハンにて健在である。祖父から譲り受けたとはいえ、カミュにとっては自分の身を護る為の武器の一つでしかないのだ。

 その考えは、リーシャの中で飲み込む事が出来ず、また争いの種となる。サラにとっては、アリアハン国王からの賜り物等は想像もつかないが、リーシャの様子から、それがとても名誉な事であるということは理解出来た。

 しかし、サラにとっても遥か雲の上の話過ぎて、リーシャとカミュの確執に頭が追い付いて行かない。困惑を極めるサラにとって、頼みの綱は彼女だけしか残されていなかった。

 

「…………リーシャ………おこる…………?」

 

「メ、メルエ……いや、怒ってはいない……大丈夫だ……」

 

 サラが望んだ人物が口を開いた事によって、何とか感情を抑え込んだリーシャは、引き攣った笑いを浮かべながら歩き出した。

 サラは、そんなリーシャの様子に胸を撫で下ろしながらも、このような形での抑えはいつまでも続かないと感じていた。

 カミュの考え、理想、価値観は、リーシャだけでなくサラとも遠くかけ離れている。それは、必ず衝突する程の物であり、この先交わる可能性など、どちらかが相手の考えに染まらない限りあり得ない物であるのだ。

 何れ何処かで、カミュとリーシャ、もしくはカミュとサラが大きな溝を作る程の衝突をする可能性をサラはこの時感じていた。

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございました。

もう一話ぐらいは今日中に更新したいなと思っています。
ご意見、ご感想等を心よりお待ちしています。

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