After La+ ジュピトリス・コンフリクト   作:放置アフロ

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泣き虫スイサイド・ボム

 

 24時間後。《ダイニ・ガランシェール》、後部貨物スペースのMSデッキにて。

 

「トムラさん」

「おう、タダシか。どうした?」

 

 今日は非番で下船し、タイガーバウムの市街ブロックへ行くと前々から言っていたクルーのタダシから声をかけられ、トムラは作業の手を止め振り返った。

 今、彼は火星の戦闘でアイバン機が鹵獲したビームマシンガンの照準調整をしていた。

 ちょうど、運良くここタイガーバウムで必要な部品が手に入ったのだ。

 

「マリアさん、来ました?」

 

 浮かない表情でタダシが聞く。

 

「マリア?いや。・・・おう、ごめんな。

 ゼロイン用とは言え、目ぐらい簡単に潰れるから気をつけてな」

 

 一声かけ作業をアシスタントの整備士に任せ、トムラは立ち上がり皮手袋を脱ぎにかかった。

 そのトムラを他の整備士がいない区画まで連れて行き、おもむろにタダシが口を開く。

 

「今朝方、マリアさんにいきなり呼び止められて、第3倉庫でちょっと話したんですよ」

「第3・・・?」

 

 火星で荷を降ろした《ダイニ・ガランシェール》は、現在その倉庫は使われておらず、完全な空室となっていた。

 

「この話、フラストさんには絶対内緒にしておいてくださいよ」

 

 これ以上、ないぐらい真面目な顔でタダシが付け加えるように言う。

 

「・・・ああ」

 

 いつもはふざけた調子の彼に、思わぬ落差を見せ付けられてトムラの相槌は曖昧なものになる。

 

「ほんとっすか!?大丈夫っすかぁ!?」

「いいから言えよ!」

 

 腕を組んで偉そうな姿勢を見せ、トムラが先輩の強引さで促す。

 

「・・・『《キュベレイ》の推進剤を満タンにしてくれ』って、彼女言うんですよ」

「推進剤を・・・?」

 

 うなずくタダシ。

 

「『トムラさんにもフラストさんにも伏せといてくれ』っていうから、『どういう事情なんです?』って、俺聞いたんですよ。

 そしたら、ただ黙って何にもしゃべらないんですよ。ただ黙って『推進剤入れてくれ』って繰り返すんですよ」

 

 トムラは組んでいた腕を崩し、工具箱上に置いておいたコーヒーカップを右手に取る。一口すすった冷めたブラックはひどく不味かった。

 

「それで、・・・『それは、俺はできません』って言ったんですよ。

 ほんとはやっても良かったんですけど。命令違反なんてどうでもいいし。だけど・・・」

 

 タダシの話の内容とコーヒーの不味さもあって、トムラの顔はひどくしかめたものになる。

 

「『やってもいいけど、秘密は嫌だ』って俺、言ったんです。

 そしたら、彼女、『わかった』って言って、・・・笑ってたんです」

 

 タダシにはそのマリアの笑顔がとても愉快なものには見えなかった。寂しくて、辛くて仕様がない、そんなどうしようもない諦めの境地から来る笑みのように見えた。

 

「それで、・・・」

 

 タダシは生唾を飲み込んだ。

 

「それで?」

 

 促すように言うトムラの言葉を聞いて、タダシは言わなければ良かったかとも思ったが、思い切って続けた。

 

「マリアさん、目に涙浮かべながらシャツのボタン、外し始めたんですよ」

「なにぃぃぃ!?お前・・・」

 

 コーヒーを顔にかけられそうなトムラの剣幕に、タダシは慌てて手を振って否定した。

 

「いやいやいや!全然!!やってないっす!むしろすぐに止めました」

「むぅ・・・。まぁ、そうだよな。いくらお前だってなぁ・・・」

 

 それ以上、会話が続かず、一分近く、沈黙がその場を支配した。

 離れたところでビームマシンガンを調整するアシスタントの整備士が、ちらちら、とこちらへ視線を向けているのが分かる。

 

「トムラさん。彼女、すごく様子が変でしたよ」

 

 タダシに言われるまでもないことだった。それはトムラも感じていたし、原因は突如行方不明になったアンジェロにあるのだろうと思っていたが、それにしても、

 

(ちょっと度が過ぎているよな)

 

 トムラは思う。

 

「・・・実はまだあるんですよ」

「なんだ?いっちまえ」

 

 恐る恐るという感じのタダシの背中を押すようにトムラは言った。

 

「昨日、フラストさんたち戻ってきてからトムラさんは街に行ったから知らないと思うんですけど、・・・」

 

 トムラはビームマシンガンの調整に必要な部品を買いに街へ行っていた。

 

「午後も遅い時間からマリアさん、《キュベレイ》の整備し始めたんです」

「おい、そのころは船にアンジェロがいないって大騒ぎしてた頃じゃないのか?」

「ええ、そうなんです。

 それなのに、彼女、ファウストを・・・」

 

 そこまで言って、タダシは言いよどんだ。

 

「ファウストがどうしたって!?」

 

 トムラはその不穏な単語にイライラした。ファウスト、つまりシュツルム・ファウストのことで火星の戦闘でアイバンが鹵獲した対MS用ロケットランチャーである。

 

「・・・発射筒を外して、弾頭だけ空いたリア・アーマーの中に入れたんです。俺、手伝ったんですよ、その作業」

 

 《キュベレイ》のリア・アーマーはファンネルを5基失い、空きの武装積載スペースがあった。しかし、発射筒を外した弾頭はMSで投擲でもしない限り、なんの役にも立たない。それを機体に収納するということは、まるで、

 

「それじゃ、爆弾身に付けてるようなもんじゃないか?弾頭の信管は、・・・」

「付いてますよ・・・しっかり」

 

 つまり、メインの添装填薬に点火、爆発させることができるということだ。

 

「何発だ?」

「2発です」

 

 トムラが左手で自分の額、ヘアーバンドを押さえた。

 もしも、現在格納中の《キュベレイ》リア・アーマー内で2発のファウストの弾頭が同時爆発すれば、《ダイニ・ガランシェール》がどうなるか。火を見るより明らかだ。

 

「俺、マリアさんが連邦のニタ研とか、アクシズ残党とかに追われてるって聞いたし、きっと、万一のときに証拠隠滅で機体だけ爆破させるもんだと思ったんですよ!」

 

 タダシが必死に弁明する。

 

「でも、今朝の彼女の様子を見て、おかしいって思って、・・・

 ・・・あの、

 ・・・彼女、ひょっとして、自爆・・・」

「おいっ!」

 

 制止するトムラの声が大きくなった。壁に張った標的紙にゼロイン用の弱出力ビーム光を当てていたアシスタントが思わず振り返る。そちらへ手を挙げて合図し、なんでもない、という素振りを伝える。

 

「・・・タダシ。お前このこと、俺の他に誰か言ったか?」

「言うわけないじゃないすか」

「わかった。誰にも言うな。いいな?」

 

 こくり、と頷いてタダシは去った。街へ行くのだろう。

 残されたトムラは片手にしたコーヒーカップもそのままに、呆然とその場にたたずんだ。

 彼が自分を取り戻したのは、アシスタントにビームマシンガンの調整が終了したことを伝えられてからであった。

 

 

 

 さらに12時間が経過した36時間後。《ダイニ・ガランシェール》のブリッジ。

 コロニーの時刻は真夜中に近い。そんな頃に、フラスト、トムラ、アレク、そしてユーリアの4人が集まり、深刻な顔を寄せ合っていた。

 

「なぁ、俺ら上手くやったよな?」

「う、うん・・・」

 

 キャプテン・シートに力なく座るフラストの問いかけに、すぐ隣に立つユーリアはいつもの元気の良さが無く、歯切れが悪い。

 彼らは突如失踪したアンジェロについて話し合っていた。理由が分からないのであるが、ひょっとすると、

 

(強引にことを運びすぎたのか?)

 

 と、フラストとユーリアが危惧したわけである。

 

「アイバンとクワニが何か言ったのかな?」

 

 手すりに背をもたれ、外したヘア・バンドをいじくりながらトムラがパイロット2名の名を挙げる。

 

「と思って、俺ももう問い詰めた」

 

 フラストが即答する。前の話し合いの席で、アンジェロに対してはっきりと敵意を見せた二人であるから、

 

『パラオに着いたら殺す』

 

 だの、

 

『タイガーバウムで船から出て行け』

 

 だの、言っている可能性はあった。

 そのまま、その疑問を二人にぶつけると、アイバンがあきれながら言い返してきた。

 

『コソコソ、そんなこと言うほど陰険じゃねえよ、俺たちは。

 大体、そんなことしてたら、今度はマリアに殺される』

 

 狭い閉鎖空間でのマリアとアンジェロの関係は、恐ろしいほど早く全船に知れ渡っていた。

 無論、ユーリアとフラストの仕業であるが。

 

「それじゃ、何が原因なんだろう?」

 

 トムラが重ねて疑問を呈する。

 しかし、それに答えられるものはいない。無口なアレクも眉間のシワを一層深くして、サングラスを押し上げるのみだ。

 

「わたし部屋に戻るね。あの娘、落ち込んでると思うから」

「そうしてやってくれ」

 

 フラストがその背に一声かけ、ユーリアは無重力遊泳しながら、ブリッジを後にした。

 

「はーぁ」

 

疲れた様子でフラストは嘆息するが、

 

「フラスト。マリアのことで、他にも気になることがあるんだ・・・」

 

より深刻な顔付きでトムラが口を開いた。

 

 

 

 同時刻、マリアとユーリアの部屋。

 ベッドの端に座る私、マリア・アーシタはこれからの計画に備えすでにノーマルスーツに着替えていた。

 

(これを着るのも、もう終わりにしたいな)

 

 私は赤黒基調のカラーリングに染まった自分の腕をなでた。

 おもむろに、横のシーツの上に無造作に置かれた拳銃を手に取る。その拳銃はどさくさにまぎれて、《ダイニ・ガランシェール》の武器庫から私が盗み出したものだった。

 ナバン62式拳銃。ジオン系兵器メーカー、ズックス社の関節式遊底閉鎖機構を有する自動拳銃である。

 『関節式・・・』なんて書くと大仰だが、俗にトグル式と呼ばれ、尺取虫のような不気味なアクションをして、装填、排きょうされる独特のメカニズムだった。

 私自身はこの銃になんの愛着もなかったが、一年戦争時は主にジオン尉官が好んで使い、その独特な機構とデザインの良さから、戦中、戦後は連邦軍兵士の鹵獲対象にされ、一時は『ナバン狩り』なんて言葉も横行したらしい。

 

(正直どうでもいいけど・・・、またこの銃か)

 

 私は少し運命的なものを感じた。この銃は10年前、私がプルツーだった時にハマーン・カーンの暗殺を命じられ、渡されたものと同じであった。

 そして、その時に私はミネバの影武者であったキアーラに初めて出会った。

 私は当時を思い出し、苦笑する。

 

(間違いがあったとはいえ、私はミネバの姿をしたキアに銃を向けたんだっけ・・・)

 

 マガジンキャッチボタンを押し、弾倉を抜いて確認する。見れば、そこには爪の形にも似た銅色の9mmFMJ弾頭、その第一弾が鈍い照りを返していた。

 軽快な金属音を響かせて、弾倉を銃へ戻す。

 そして、私は銃をベッドに戻し、代わりに脇に置いてあった封筒をそっとつかむ。封筒も中の便せんも簡素な白いものだった。

 それは、アンジェロがマリアに宛てた、短い別れの手紙であった。

 

 

『私を癒そうとしてくれた、君の気持ち、うれしかった。

 

 でも、私と一緒にいても、君が救われない。

 

 顔を見ると、気持ちが揺らいでしまうかも知れないから、このまま私は消える。

 

 こんな形で別れることを許してほしい。

 

 短い間だったけれど、支えてくれてありがとう。

 

 マリアとはもっと早く出会いたかった。

 

 さよなら』

 

 

 手紙を持つ右手はベッドの端からだらりと下に垂れ、うつむいた視界を隠すように、私は左手でまぶたを押さえた。

 

(逃れられない・・・)

 

 たとえ、共依存とマスターの言いなりの『人形』というくびきを断ち切ったとしても、どこまでも利用される『人間兵器』という運命からは逃れられない。

 それは逃げても、逃げても私を追いかけてくる。モビルスーツのコクピットに縛りつけようとする。

 

(罪も穢れも消すことはできない、か・・・。そうだね、グレミー)

 

 そのグレミーの面影がかすみ、唐突にそれはアンジェロの優しいものへと変わっていった。

 蒼い瞳から、じわりじわり、と涙がにじみ左手からこぼれて空間に漂った。もう私には涙も枯れたと思ったけど、まだ泣くことができる。

 

(でも、もう終わりにしよう)

 

 私は涙をぬぐって、顔を上げた。

 そこに思いがけない人物を見た私は驚いた。

 

「・・・プル、姉さん?」

 

 緑の光の鱗粉を漂わせながら、私の片割れの少女はたたずんでいた。

 少女は私を安心させるように頷くと、すぐ隣に腰掛けた。

 

(あきらめるな、希望を捨てるな)

 

 その言葉はいつになく、姉に似合わず、強い調子だった。

 でも、私は俯いて、子供がいやいやするように首を振ることしかできない。

 

(困ったなぁ)

 

 プルは苦笑いを浮かべ、どうしたらいいだろう、とほんとに悩んだような、困ったような顔をしていた。

 

(マリィはね、あたしたち姉妹の中で一番強い子なんだよ。

 だから、自信を持って)

 

 プルが体を寄せ、私の肩を抱いた。それは肉体を持たない、思念体のはずなのに何か暖かさを持っているような、そんな漠然とした感触がした。

 私が顔を上げ、プルと同じ蒼い瞳を合わせる。にっこり微笑んだ彼女は私の頬に軽くキスをした。

 その緑の光が水中を立ち上る気泡のように、上へ上へと少しずつ消えていった。

 

「待って!行かないで!!」

 

 私の呼びかけも空しく、彼女は去った。

 ただ、去り際に残した彼女の想いが私の心に流れ込んできた。

 

(大丈夫。あたしたちはマリィをいつも見守っているよ。

 それに、自分をもっと労わらなきゃダメだよ。もうマリィはひとりじゃないんだから・・・)

 

 

 しばらくして、《ダイニ・ガランシェール》のブリッジ。

 

「そいつは穏やかじゃねぇな」

 

 トムラの報告を聞いたフラストは、角ばった顎をしごいて顔をしかめた。

 

「だろう?俺も危ないと思って、《キュベレイ》を自分で見に行った。リア・アーマーにご丁寧に宇宙塵カバーを掛けて隠してあった。

 間違いなくファウストを下に入れてるだろ」

「むぅ・・・」

 

 フラストはさすがに二の句が継げなかった。

 そのとき、キャプテン・シート肘掛の受話器が時ならぬ電子音を響かせる。

 

「なんだ、どこからだ?」

 

 不審を抱きながら、フラストがそれを受けると、

 

『・・・・・・ぅ、・・・ぁ、ん、ん・・・』

 

 なにやら、向こうからくぐもった不明瞭な声が聞こえてくるが、次の瞬間、

 

『モニターの電源を入れろ』

 

 それは有無を言わせぬ命令口調のマリアの声であった。

 嫌な予感と共にコンソールを操作し、ブリッジ正面上方のモニターに灯を点ける。

 そこには、口に猿轡をかまされ拘束されたユーリアの姿が映し出されていた。必死に何かを訴えかけるような目顔をユーリアはカメラに向け身をよじるが、両手両腕は背中に回されているところから、後ろ手に縛られているらしい。

 モニターの上端に【FROM QUBELEY Mk-II mod】という表示を確認するまでもなく、それは《キュベレイ》の球形コクピットの中の映像だとすぐに分かった。

 すでに、マリアは赤黒のノーマルスーツとヘルメットを着ていた。

 マリアはブリッジのフラストたちにユーリアの様子を見せつけた後、片腕を彼女の首に巻きつけ、引き寄せ無理やりリニア・シート横の補助席に座らせた。

 そして、ホルスターから抜いたナバンの冷たい銃口を、ユーリアのこめかみに押し付ける。

 

『《キュベレイ》に推進剤を入れろ。満タンだ』

 

 マリアは、感情を押し殺した声で続けた。

 

「お、おい。どうしたんだよ、マリア?そんなことして、・・・」

 

 トムラの言葉はそれ以上続かなかった。彼のヘア・バンドは手を離れ空間に漂っていた。

 

『これは子供の遊びじゃないんだ。頼んでもいない。断れば皆死ぬ』

 

 そういって、マリアは右手のペン形状のリモコンをカメラに見せた。親指を立て、リモコン末端のスイッチをいつでも押せる態勢にしている。

 

『《キュベレイ》にファウストを仕掛けた。いつでも起爆できる。

 どういう意味か分かるな、フラスト?』

 

 マリアはブリッジ正面のフラストをにらむ。彼も口を一文字に引き結び、マリアの蒼い視線をしっかりと受け止めていた。

 ひとつ嘆息して、

 

「負けたよ。

 トムラ、推進剤を入れてやれ」

「しかし、」

「いいからやれ」

 

 静かに、だが強くフラストは一喝し、それ以上トムラの反論を許さなかった。

 何も言わず、トムラがブリッジを後にし、アレクが彼の背を追うように泳いでいった。

 

「なぁ、マリア。今のお前は、この前俺たちと一緒に旨そうにパフェを食ってた、あいつと同じなのか?

 作業が終わるまで時間がある。話せよ。その方がお前も苦しくないだろ?」

『苦しい?・・・苦しくなんかあるものか・・・』

 

 そのセリフに反して、彼女の声音と表情は苦渋に満ちたものだった。

 

「ここには、他に誰もいない。俺とお前の二人だけだ」

『・・・・・・』

 

 沈黙を守るマリアに、フラストは思い出したように付け加える。

 

「あぁ、・・・そういえば。

 お邪魔虫のユーリアがいたか」

 

 その言いように、補助席のユーリアは身をよじって抗議の様子を見せたが、しっかりと、シートベルトも掛けられた彼女ができることはそれだけであった。

 

「じゃあ、俺が勝手に独り言を言うから、聞いててくれや」

 

 そういって、フラストはモニターから目を逸らした。

 

「昔、ある少年がいた。

 小さいときから悪ガキで、どうしようもない奴だった。それでも国を思う気持ちはあってな。

 10歳のときにはもう少年挺身隊なんつぅ、軍の使いっ走りをやってた。

 まぁ、家出同然で故郷を飛び出して、そんなヤクザなことをやってた奴だから、じきにヤキが回った。

 アフリカでとっ捕まって、連邦の収容所に入れられたとよ。

 そこで、自分の生まれ育った町が連邦に焼かれ、お袋と親父が殺されたことを知った。

 悪ガキは憎しみと怒りの中で男に成長していった。男はクソったれな世界に恨みつらみを言い続けるぐらいなら、全部ぶっ壊すために戦うことを選んだ」

 

 フラストはそこで一休みするかのように区切り、モニターに目をやった。《キュベレイ》の中のマリアとユーリアは瞬きもせず、見入り聞き入っていた。

 フラストはマリアの蒼い瞳と視線を一瞬合わせ、すぐに逸らす。過去と向き合ってる今、それを見続けるには心の準備が必要だった。

 

「そんな中で男はある娘に出会った。

 彼女は人間の欲望とエゴのせいで心も体もぼろぼろにされていた。家族がいない男はその娘を守ることにした。

 好きとかって気持ちとはちょっと違うな。自分の妹みたいな、家族愛だったのかもしれん。

 けどな、彼女、・・・あいつもその男と同じに、世界と戦うことを選んだ。

 そして、・・・死んだ」

 

 一本調子で淡々としゃべり続けるフラストの口調はむしろ悲壮感を強め、モニターごしでもマリアとユーリアにひしひしと伝わった。

 

「マリア、前に言ってたよな?『戦場での生き死には自分で負うしかない』ってな。そのつもりだった」

 

 フラストは下唇を噛む。戦いの中で幾度と無く味わった、鉄の味が感じられる。実際の味覚だけでなく、それは胸中にも広がった。

 

「けどな、やっぱり、・・・ショックだった。

 男は黙っていたが、心の中では仲間を責めた。上官を責めた。

 そして、自分さえも責めて悩んでいた。

 『本当は彼女を生かしてやることができたんじゃないか?』ってな」

 

 フラストは自分の半生の暗部を吐き出すように、長く嘆息した。

 

「そんなとき、男はまた別の娘に出会った。

 前の娘によく似ていた。その髪も。その瞳も。それに心に傷を負って、心を閉ざしてしまったところも」

 

 フラストはキャプテン・シートの肘掛を壊れんばかりに強く握り締めた。

 そして、目を逸らすことなく、その蒼い瞳を正面から受け止めた。

 

「俺はその娘を助けようと決めた」

 

 そのフラストの瞳の光の強さに、マリアは気圧された。拳銃の銃口が小刻みに震えてくる。

 

「もし、その娘を助けることができれば、前の娘も報われるような、・・・・・・。

 それに自分自身が助けられる、そんな気がしてな」

『勝手なこと言うな!!』

 

 マリアが絶叫した。

 

『もうやめてくれ。私の中に、・・・私の知らない誰かの姿を求めるのは。そういうのは・・・、重たいんだ。

 私は、私は・・・』

 

 そこまで言って、マリアはその先の言葉が見つからない。 

 はっきりと拒絶しようとした。

 なのに、フラストの強い思惟はマリアを受け止めようとする。

 

(なんで・・・、なんで・・・)

 

 モニターごしのフラストの顔がにじんでくる。

 

 

「俺たちは仲間だろ!!」

 

 突如、MSデッキに響き渡るトムラの叫び声。同時に薄暗かったデッキの照明が点灯する。

 全天周モニターの下方に目を移せば、そこには、トムラ、アレク、パイロットのクワニ、アイバン両名、【火星ジオン】のベイリー、新米クルーのタダシ。

 それだけではない。マリアが言葉もほとんど交わしたことがない者も含めて、《ダイニ・ガランシェール》の全クルーが《キュベレイ》を身を挺して遮るように、足元を半円形に取り囲んでいた。

 彼らのマリアを想い、心配し、気遣う気持ち、暖かさがコクピットに流れ込んでくる。

 

(なんで・・・。なんで、そんなに優しいの?)

 

 もう決死の覚悟をしたはずだった。

 それなのに、この温かさはなんなんだろう。あと一押しされれば、マリアの心は完全に折れてしまいそうだった。

 

『話してくれよ、お前が背負っているものを。俺たちだって、少しは肩代わりできるんだぜ?』

 

 フラストの言葉を受け、マリアは拳銃とリモコンを手放し、リニア・シートの上に膝を抱えて自分を抱いた。

 ヘルメットごしにくぐもった嗚咽が漏れ出していた。

 

 

 

 リンとマリアが出会ってから、42時間後。《ダイニ・ガランシェール》は早朝のタイガーバウムを出港した。

 コロニーの港口、宙域を出ると、船体後部ハッチが開き、貨物用ハンガーに懸架された《キュベレイMk-Ⅱ改》の異形の人型が現れる。

 機体の固定が外され、《ダイニ・ガランシェール》から安全な距離まで離れると、高速移動形態となった《キュベレイ》はリンたちが待つ《ジュピトリスⅡ》の潜む暗礁宙域へと進路を取った。

 だが、しばらくして《キュベレイ》の後を追うように、2機の《ギラ・ズール》、そして《ゲルググキャノン》が次々と《ダイニ・ガランシェール》を発進していった。

 それはまるで《キュベレイ》を決して孤立させまい、必要があればすぐに駆けつけられるように、後方から見守っているようにも見受けられた。

 

 

 


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