After La+ ジュピトリス・コンフリクト   作:放置アフロ

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偽りのプルツー

「まぁ、あなたよくのんきにこんなところで、そんなもの食べていられるわねぇ」

 

 リンはマリアの正面、ユーリアが座っていた席に着き、神経質そうな声とともに顎をしゃくってみせた。

 沈黙をもってマリアは答えた。くだらない言葉のやり取りを交わすより、いかにこの状況を打開するかの方が重要だ。

 背中に感じる熱が消えないことから、後ろにも敵がいてこちらを監視しているのだろう。

 

(最悪だな)

 

 ポーカーフェイスで考えを巡らせながらも、それを気取られないように左手はスプーンを口に運んでいた。

 いまや涼粉ゼリーはなんの味も感じられなかった。

 しかし、どうもリンはマリアが思っていたような、ただの《ジュピトリスⅡ》の補給責任者という肩書きだけではないように思われた。

 一緒に行動している黒服どもが、

 

(こいつら、並ではない)

 

 ことをマリアはひしひしと感じていた。

 

「あなたを探していたのよ」

「それはご苦労さん」

「つれないのねぇ?」

「仲良くする理由が無い」

「あきれた。あなたもう忘れたのぉ?あなた自身がわたしに言ったのよぉ。『仲良くやれそうですね』って」

「そんなこと言ったか?」

 

 マリアはすっとぼけた。

 

「いやな子ねぇ。

 いいわ。あなたにはブッホと木星船団からの正式な通達を伝えるわ」

 

 マリアもリンと同様の冷めた目付きで応えた。

 

「当然、あなたはブッホを懲戒免職されているわけだけれどぉ」

「今更別に驚きはしない」

「あらそう?でも、それだけじゃないわぁ。

 あなたは宇宙警察機構に指名手配される。敵性勢力との内通罪。《キュベレイ》の業務上横領に逃走罪。《ジュピトリス》のハッチを壊した建造物等損壊とか、クルーに対する傷害罪とか、もろもろ目一杯付け加えて・・・」

 

 もったいぶるかのように、リンは間を作った。

 

「懲役30年ぐらいかしらねぇ?」

「そうかい、そうかい。それじゃ今のうちにおいしいものを食べておいて良かったな」

 

 マリアは投げやりな口調と動作でスプーンを投げた。空のガラス容器に跳ねたそれは、硬く空虚な音を立ててリンの目前まで転がった。

 冷たい目でリンが続ける。

 

「いいのよ、別に連邦のニタ研に行きたかったらそっちでも。その方が早く出られるだろうし」

「死体で、だろ」

 

 マリアの短い応答は疑問でなく、確信だった。脅迫には屈しない、堅い意思が読み取れる。

 

「だめよ、そんな口の利き方。人形のあなたが自棄を起こして、善良な他人の人生をめちゃくちゃにしてはいけないわぁ」

 

 『人形』という言葉に、マリアは無表情を崩し殺意を持った瞳で返した。

 

「あらやだ、なにその目付き?まさか、あなた作り物の強化人間のくせに、自分に一人前の権利とかがあると思っているの?」

「今の私はマリア・アーシタとして個人の権利を持ってる」

「ないわ、そんなもの」

 

 そう言って、リンは一枚の書面とIDカードを出した。そのIDは《ジュピトリスⅡ》でマリアが没収されたものだったが、カードには穴がパンチされ、表には赤字で【ERASED】(抹 消)の文字が大きくプリントされていた。

 リンが腕と体を伸ばして、マリアが読みやすいように、すぐ近くまで置いてやる。

 その首でもつかんで人質にしてやろうかとも思うが、今の包囲された状況ではこちらもすぐにやられて、痛み分けに終わるだろう。

 

(なんとか、フラストたちが早く帰ってきてくれないか・・・)

 

 思いつつ、書面を斜めに目を通したマリアは心臓の鼓動が早くなり、瞳が少しだけ見開かれた。

 その表情をリンにも読み取られたらしい。

 

「あなたとキアーラ・ドルチェの8年前の亡命申請、遡って却下されたわ」

 

 マリアの視線は書面中の複数ある責任者の署名に、養父であり《ジュピトリスⅡ》の艦長でもあるウド・バッハのものを見つけ、深い失望を感じた。

 まるで、それを見透かしたようにリンが言う。

 

「バッハ艦長は偉いわぁ。彼は《ジュピトリス》の総責任者としての責務を全うしたわ。

 人形のあなたは分からないかも知れないけど、人は成長するにしたがって昔の人形やおもちゃ遊びには興味を失っていくものなのよ」

 

 そう言いながら、リンはその指をエロティックに絡め、意味深な形を作って見せた。

 

「仮に私が人形だとして、」

「『仮に』じゃなくて、そうなのよ。言ったでしょう?あなたは被験体プルツーだって、・・・」

「黙れ」

 

さすがに、その先の言葉はリンにも続けられなかった。マリアの蒼い瞳は中に燃える炎を持ち、オレンジの栗毛は雷雲が迫ってきているように逆立っていた。

 

「そうさ。私は世間から見れば、出来損ないの人形だろうさ。認めよう。

 だが、ウドさんが私と『変な人形遊び』をしていたかのような物言いは止めろ」

「あなた、自分のことを悪く言われるのは慣れてるのに、他人のことには些細なことでもとことん敏感になるのねぇ」

 

 リンは笑いを浮かべた。それは慈しみだとか、優しさなどではなく、とても卑屈ないやらしい笑いだった。

 

「まぁいいわ。いえ、むしろその方がいい」

 

マリアに向けているようにも、自分に確認するかのようにも取れる口調でリンは続ける。

 

「そんなあなたなら、他人を助けるために自分を危険にさらすことはできても、自分の保身のために他人を犠牲にすることができるかしらぁ?」

 

 投げやりにスプーンを放ったマリアと同じように、リンが2枚のIDをマリアの目前に投げた。

 それを見たマリアは、ハッ、と息を飲み、怒りではなく初めて大きな動揺を見せた。

 血で汚れたその一枚は《ジュピトリスⅡ》のMS整備長、ブッホ・セキュリティ・サービスに所属するイイヅカのもので、もう一枚はキアーラの上司でもあった航宙長、バーバラ・ボールドウィンのものであった。

 

「あの中年男、自分の歳も考えないで歯向かうから怪我するのよねぇ。

 それにバーバラさんも大変。こんな強化人間のせいで市民権と軍籍を失えば、どうなるか。

 軍は不名誉除隊。航宙士の仕事はできない、正規の職種にも就けない。非正規雇用か果ては不正就労かしらね?

 このコロニーはそういう仕事には事欠かないようだけれど。顔は良いけれど、あの人、裸になるにはちょっと年取りすぎてると思わない?

 そういう需要もあるのかしらぁ?」

 

 リンはいやらしい口調と目付きで言った。

 IDの小さな顔写真のバーバラ。濡れたような美しい黒髪とこぼれ落ちるほど大きな瞳、長いまつげ。それらがマリアの網膜に焼きつき、苦しめる。

 必死に自分を抑え、怒りの熱に赤く染まりつつある視界を冷まそうと、マリアは唾を嚥下しようとした。

 口中は乾き何も飲み込めなかった。

 

「そんなに、無理しなくていいのよ。

 嫌だったら、怖かったら、逃げても。

 別に、彼らを見捨ててあなたがどこかに逃げてしまったって、人間兵器のあなたは良心なんて、痛まないでしょ?」

 

 リンはマリアの心に抉り込ませるように、ことさらゆっくりとしゃべった。

 

「それにあなたが仲間を裏切って見捨てるのは、二度目でしょ?」

「にど、め・・・?」

 

 狼狽しきったマリアは思考が上手く働かなくなってきた。

 

「まさか忘れたわけじゃないでしょ、あなたのマスターだったグレミー・トトのことを?

 だって《キュベレイ》の装甲にわざわざ『龍飛』って書いているんだものねぇ。

 あれは後悔なの?それとも罪悪感?そんなものがあなたにあるのかしらぁ?」

 

 疑問形で語りかけながら、マリアが『その心』を持っていることを知っていながら、いやむしろ知っているからこそ、それを逆手にとってリンは彼女を効果的に苦しめた。

 それが分かるリンは満足げに目を細めた。

 

「でも、マリア。もし、あなたが救われたいのなら」

 

 一転して猫なで声となったリンは、静かに卓上に綺麗に折畳まれたメモとボールペン形状のものを置く。

 

「答えは48時間まで待つわ」

 

 席を立つと、影のように付き従う黒服とともに、来たとき同様唐突にその場から消えた。

 どれほどそのままでいただろうか。

 身じろぎもしないマリアの聴覚にようやく雑踏のざわめきが聞こえ始めてきた。

 卓に置かれたボールペンのようなものを手にしてみる。

 

(やけに重い。爆弾ということはないだろうが。発信機か?)

 

 次にマリアはメモを開こうとした。

 その時、

 

「ごっめーん、マリアお待たせ」

 

 ユーリアの声が近くから聞こえ、マリアは咄嗟に手の内のメモとボールペンをパーカーのポケットの奥に押し込んだ。

 

 

「問答無用で(さら)ってしまって良かったんじゃないですか?」

 

 向かいの雑居ビルの2階の窓から、階下のマリア、フラストたち4人を見下ろして黒服の一人が言った。

 さながら廃墟のような雰囲気で、薄暗がりの中にうち捨てられたオフィスに彼らは潜んでいた。

 

「ちょうど、ネオ・ジオンの連中も来たようですし、いっそのこと今からでも、まとめて・・・」

 

 別の黒服もそれに同調したが、さえぎるようにリンが、

 

「強そうな男2人と強化人間。3人もあなたたちで相手できるかしらぁ?」

 

 挑発する。黒服たちは互いに顔を見合わせ肩をすくめ、それぞれ手にしたアタッシュケースの中から短機関銃を取り出した。

 ボルトを引いて、初弾をチャンバーに込める。

 

「や・め・て。わたし暴力嫌いなのよ」

 

 心底迷惑そうな感じでリンが彼らを制止した。

 

「あなた方、『彼女』のところで何年働いているんです?もっとクライアントの気持ちを考えた方がいいわ。

 ネオ・ジオンの連中は泳がせておきなさい。あれは生餌(いきえ)よ。いずれもっと大きな獲物を釣り上げるためのね」

 

リンは、にやり、と唇を醜く歪めた。

 

「そして、プルツー。あなたはその中に仕込む釣り針に仕立ててあげるわぁ」

「何を言っている?それは私だろう」

 

 その声はリンから少し離れた窓際から聞こえてきた。

 壁に背を預け腕を組みながら、見下すようにマリアたちを睥睨(へいげい)するオーバーオールの少女がいた。

 年の頃は10歳ぐらいで、東洋と西洋の血が入り混じったような顔立ちをしていた。

 ジーンズの服装と黒いショートボブの前髪が切り揃えられている、-但し両耳の横髪は一束ずつ肩まで伸ばしている、-ところなどは幼く見えるが、その表情は子供のものではなかった。

 そして、その子をマリアが見たら、なんと思っただろうか。その顔付き、目付きは在りし日の自分、『人間兵器』そのものであった。

 

「あら、ごめんなさい。間違えただけよぉ」

 

 リンはそう言いつつ、少女に近付きその頭をなでようとした。

 パシッ!

 大きく硬質な音とともにリンの手が強く払われた。

 

「気安く触るな」

 

 少女が向けた瞳は色こそ違うが、先ほどマリアがリンに向けた怒りのものとよく似ていた。

 赤く腫れてきた手首をさすりながら、リンも少女をにらむが、そんなことにはお構いなく、少女はまた階下へと目を戻した。

 

「隠れている奴がひとりいる。小さいけど感じる」

 

 かつてエイダと呼ばれていたその少女は、フラストたち4人の中から確かに『5つ』の波動を感じ取っていた。

 

(イライラする。なんなんだ、この感覚)

 

 少女エイダは無意識に右手で耳の前の伸ばした黒髪を指に巻きつけ、いじくっていた。

 

 




あとがき

 いつもご閲覧ありがとうございます。
 また、モブってた人を出したよ、この男。
 エイダは第一話『プレリュード・コンフリクト』の後半に二言三言キアーラとしゃべっていた子です。
 そんなやつ忘れてるから!と声が聞こえてきそうです、ハイ。

 ラストバトル?いや、まだです。

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