After La+ ジュピトリス・コンフリクト   作:放置アフロ

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今話の登場人物

ルナン(機動戦士ガンダムZZより)
 20代半ば。涼しい目元の青年実業家。ただの不良少年がスタンパ・ハロイを追い出した後、大出世。今ではタイガーバウムの顔役にまで上り詰める。





タイガーバウムの夢の続き

 予定通り、《ダイニ・ガランシェール》はサイド3・24バンチコロニー、タイガーバウムへと寄港した。

 フラストとアレクは情報を仕入れるために、ダイガーバウムのある人物と会うということで、ダウンタウンの飲茶店へ行くつもりだった。

 それをどこで嗅ぎつけたものか、ユーリアが知り、事情をよく把握していないマリアを一緒に焚き付け、

 

「自分たちだけおいしいもの食べに行くなんて、ずるい。私たちも!」

 

 同行を申し出た。ブリッジで押し問答が始まる。

 

「あのなぁ、・・・俺達ゃ別に点心食いに行くわけじゃねぇんだよ。人に会うの」

 

 ユーリアは聞き分けなかった。

 

「あやしー。情報もらうだけなら、別に公園でも、港でもどこでもいいじゃない。ネット端末だって使えるんでしょ?」

「向こうの都合なんだよ。場所を指定されりゃ行くしかないだろうが」

「相手は情報屋なのか?」

 

 マリアが少し怪訝な表情で尋ねる。

 

「ちょっと違う。情報も扱っているが、本業じゃない。ルナンって若い男なんだがな。

 ティーンエージャーの時に、不良少年少女や戦災孤児らで構成した愚連隊をまとめ上げてな。当時、タイガーバウムを仕切っていたスタンパ・ハロイ、ーこいつがまた、棒にも箸にもならねぇ悪党だったらしいが、ーそのスタンパを仲間と一緒にやっちまって、組織も丸ごと乗っ取ったらしい。

 その後は歯向かうスタンパの残党を追い出すなり、殺すなりして組織を盤石なものにすると、表の仕事にも乗り出してきてな。この10年でジャンク業、鉱業、宝石卸と手広くやっているそうだ。

 裏も表もよく知っている男だ。そう言う奴のところには、自然と情報ってのが集まってくるもんだ」

「その男、危険じゃないのか?」

 

 フラストを見る蒼い瞳が久しぶりに、冷たい光を放つ。

 

「だから、こうしてアレクと二人で行く。もちろん、銃もな」

 

 フラストは懐から、一見すると無線機にしか見えない変装拳銃を取り出した。

 

「じゃあ、銃は多い方がいいだろう。私も行こうか?」

 

 そのセリフに、

 

(ナイス、マリィ!!)

 

 ユーリアが『親指を立てたような』目線を送る。

 

「そうだなぁ・・・」

 

 後頭部で手を組み、わずかにフラストは考えたが、やがて、

 

「それじゃ頼むか」

 

 言いつつ、ブリッジ後ろのロッカーから別の変装銃を探す。

 

「じゃぁ、わたしも・・・」

 

 ユーリアの言葉に間髪を入れず、フラストが振り返る。

 

「お前はダメ」

「なんでよ!?」

「お前、銃撃つのも、ガチンコの殴り合いもできないだろ?」

 

 ユーリアは顔を赤くし、頬を膨らませる。彼女はまだ諦めていなかった。

 

「男2人と女の子1人の組み合わせなんて絶対おかしいよー」

「いや、別に私は何とも・・・」

 

 と、言いかけるマリアの言葉を『お前、空気読め』的なユーリアの視線が遮った。マリアは確かにそこからにじみ出る『黒い何か』を見て、思わず視線を逸らした。

 いつの間にブリッジに上がったものか、ベイリーがマリアの肩をポン、と軽く叩き首を横に振った。何かを諦めた男の顔だった。

 

「大体、その飲茶のお店どこにあるのよ。ダウンタウンなんでしょ?」

「ああ。男人街(ナンヤンガイ)っていう、・・・」

 

 そこまで言いかけて、フラストは『しまった』という顔をする。アレクのようにポーカーフェイスで済ませば、何事もなかったのだが。

 

「男人街って、あんたそこ色街なんじゃないの?」

 

 軽いジャブの応酬のつもりが、強烈なカウンターストレートの一撃を喰らう。狼狽したフラストは、ユーリアの攻撃に無防備となった。

 ユーリアの目尻がキリキリと上がり、険しくなった。

 

「マリィの兄貴面して、そんなとこにこの娘を連れてくつもりなの!?しかも、男2人で!!

 へーぇ、そうなのーぉ。さぞかし、変わったお客向けの『お楽しみ』なお店がたくさんあるんでしょうねぇ。

 軽蔑するわっ!!」

 

 2撃、3撃目が的確にボディに打ち込まれるかのような、ユーリアの激しい責め句に、当人はおろかアレクもマリアもおろおろとする。

 

(なんとかしなくては。私が原因のようだし・・・)

 

 実はそうではないのに、勝手に責任を感じたマリアが口を開く。

 

「あ、あの・・・。それなら私は船で待ってい・・・」

 

 今度、ユーリアがマリアに向けた視線は、先ほどの『空気読め』的なものに加えて、相手を刺すような、いや、それ以上の何か突き抉るような残酷さを秘めており、マリアのニュータイプ能力はビリビリとそれを感じ取った。

 

(す、すごいプレッシャーだ・・・。これ以上何も言わない方がいい)

 

 ハマーン・カーンの一瞥を受けたような気分になったマリアは、沈黙を押し通すことを誓った。

 フラストはもはや、反撃の機会も失っていたが、そんな彼の肩を叩く者がいる。

 

「あ!ベイリーさん。なんとかして下さ、・・・」

 

 味方を得たり、とばかりにフラストは抗議の口を開きかけるが、ベイリーはそんなフラストの肩をぐっ、と掴み先んじて制した。

 そして、静かな口調で語る。

 

「思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすことができようか?いや、できまい!!

 だから、『何を食べようか』『何を飲もうか』『何を着ようか』と言って思い悩むな」

「ベ、ベイリーさん、あんた・・・・・・」

 

 フラストは苦渋の視線を彼に送る。

 

(あんた、なに言ってんだよ!?わけ分かんないよ!!)

 

 フラストの心の叫びは、マリアにだけ『聞こえた』。

 ベイリーは一つ大きく頷くと、茫然自失となったフラストを残して、悠然と去っていった。

 『やるだけのことをやった』という、満足そうな男の背中だった。

 

「ねぇ、フラスト。わたしも一緒に行けば、2組のカップルに見えるから周りから怪しまれないよぉ。そうしようよっ♪」

 

 うって変わって、猫なで声となったユーリアがすべての反撃手段を喪失したフラストに、トドメを刺した。

 

 

 

 タイガーバウム。そこは旧世紀の香港をモデルにした観光コロニーである。

 

「なんか雰囲気出てきたね」

 

 ユーリアが大通りに面した、巨大な、ーMSの膝の高さほどもある中華風の赤門を見上げくぐりながら言う。

 それは男人街の端にそびえるランドマークであり、そこからその通りの始まりを意味していた。

 4人の内、ユーリアに並んで歩くマリアは彼女ほど状況を楽しんでいる様子はなく、アレクから借りたサングラスごしの周囲に油断なく、視線を送っていた。

 彼女を追おうという組織は、下火になったとはいえニュータイプ研究所を擁する地球連邦軍、敵対するイリア・パゾムの【木星ジオン】、いまや社の貸与物である《キュベレイ》を勝手に持出し遁走したブッホ社および木星船団、少数派になったとはいえアクシズ残党の流れを汲む旧ネオ・ジオン強硬派、と挙げれば枚挙にいとまがない。

 そのため、マリアは特徴的な栗毛をパーカーのフードの中に、蒼い瞳を丸レンズのサングラスの下に隠した。

 念のためジーパンも、だぼっ、とした雰囲気のワイドを穿き体の線を出さないようにした。

 コロニー時間が早いこともあり、通りに居並ぶ屋台は料理や現地住民向けの食材を扱っているものが多かった。

 時間が遅くなれば、屋台は入れ替わり、観光客向けの怪しげなナイトマーケットに変貌する。

 薄汚れた恰好の男たちが、これまた薄汚れた粥屋にハエのようにたかり、一心にその椀から口へとレンゲを運んでいた。

 その横を、蒸篭を満載にしたワゴンを転がした中年女性が、北京語だか広東語だか分からないが、声を張り上げながら点心を売り歩いている。

 また、別の店先では上半身裸の男が汗だくになりながら、大きな肉の塊を焼いては返し、怪しげな壺からこれまた怪しげな『秘伝のタレ』をつけては焼いていた。

 それらが混然一体となり、マリアの五感を刺激し、昔の記憶を呼び起こさせた。

 

(木星のコロニーに似ているな)

 

 芳しい料理と生の食材の匂いと人間の体臭が混じり合う通り。あふれる生活感、生きる躍動がそこにはあった。

 

(あの頃が私にとっては一番平和なころだったな)

 

 ジュドー、ルー、キアーラ、そしてマリアの4人で駆け抜けたアーケードの街並みが懐かしく思えた。

 

(パラオってどんなとこ、なんだろう・・・)

 

 遠い目をしたマリアはぼんやりと取り留めもないことを考えつつ、しかし、歩みは止めなかった。

 目指す飲茶の店、帝園酒家(ロイヤル・パレス)は大通りから100mほど入った角地にあった。

 店構えは特に立派でも貧相でもなく、『中の下』といった趣きだった。店内は八人がけの大きな円卓が1つ、四人がけの小ぶりなものが4つ有り、決して広くないこじんまりとした様子だった。

 天井からは豪華なシャンデリアではなく、大きな天井扇(シーリングファン)が数個、さらに後から付けられたのだろう、柱の扇風機がこの店の歴史を感じさせていた。

 気だるそうな音を立てながら回頭するそれは店の空気を撹拌していた。

 

「いらっしゃい。好きなテーブルにどうぞ」

 

 入店した4人を長袖の清楚なチャイナドレスに身を包んだ女性が、営業スマイルで答えた。

 入り口から一番遠く、壁際の四人がけの席につくと、ユーリアが卓に置かれた細長いカード形状のメニューを手にする。

 

「なにこれ?漢字ばっかりで全然分かんないじゃん。画像ないの?」

「ここはな、常連や地元民向けの店なんだよ」

 

 そう言って、フラストは少し離れた卓で、食事をする若夫婦と5歳くらいの幼児の方を顎でしゃくった。

 いかにも、近所から子連れで来てます、という雰囲気だ。

 時間が混雑時前ということもあり、客はフラストらの他にはその家族連れしかいなかった。

 

「わたし、麻婆豆腐食べたい」

「アホか。本格飲茶に麻婆豆腐があるか。あれは四川料理。飲茶は広東なの」

 

 ユーリアの言葉を受け、フラストは顔に似合わぬウンチクを披露する。

 

「うーん。じゃぁ、棒棒鶏(バンバンジー)

「だから、それも四川だよ」

 

 眉根にシワを寄せながら、フラストが手を上げて、給仕を呼ぶ。先ほどのチャイナドレスがやってきた。

 

「あ、フラスト!まだ決まってないよ」

「俺は別用だよ。アレク、こいつらに何かテキトーに食わしといてくれや」

 

 『任せろ』とばかりにアレクがサングラスを指で押し上げる。

 

「お決まり?」

「いや、俺は『リバコーナ貨物』のギルボアってモンだが、ここに特別な北京ダックがあるって聞いてね」

 

 さらっと偽名を語るフラストにチャイナドレスのピッグテールの髪が揺れ、表情が消えた。

 

「あいにく、うちのお店は本格飲茶で広東料理しか出してないんですよ」

「そうかい?カラスの肉よりマシなら文句はないんだがね」

 

 言い返すフラストの目が針のように細くなった。

 

「ちょっと料理人に聞いてみますね」

 

 チャイナドレスはそう言って、厨房の方へと消えていった。

 そんなやりとりを完全に無視して、ユーリアは漢字だらけのカードをにらみ、

 

「これじゃ、分かんないよー。フラストのオススメとかないの?」

 

 口を尖らせた。

 

「お前まだ迷ってたのか。アレクに任せりゃ問題ないって」

 

 そのセリフに『むー』とユーリアは頬を膨らませ、アレクは大きな胸をますます逸らせるが、

 

「まぁ、定番だけど、挙げるとするなら、叉焼包(チャーシューパオ)焼売(シューマイ)だな。もっとも、焼売は各店ごとに入れる具材もエビだの、カニだの工夫されてて、一口には言えんがな。叉焼包はまぁ、しいていうならジャパンの肉まんみたいなもんだ。同じ豚でも味は全然違うが」

「フラストはこの店に来たことあるのか?」

 

 彼の博識ぶりに少し驚きマリアが聞く。

 

「いや、ない。しかし、屋台飯は安いからよく食った。

 タイガーバウムにはガキの頃に親と来たがな。当時はもっと汚くてごみごみしてた。やっぱり、上の統治者がダメだと、腐敗は末端まで伝わってくるんだな。

 トムラも言ってたが、少しずつ街はよくなってるみたいだが・・・。

 おっ?」

 

 見れば、チャイナドレスがこちらへ向かってくるところだった。

 

「お待たせ。厨房の奥を探したら、何とか一つあったから、お一人様だけ来てくれる?」

 

 フラストが立ち上がり、意味深な視線をマリアとアレクに送る。マリアが小さく頷き、アレクはまたサングラスを押し上げた。

 そのままフラストは案内され、衝立で隠されていた奥の部屋へと消えていった。

 マリアは油断なく周囲に目を走らせ、出入り口がよく見張れるフラストの席に移り、アレクはフラストが消えた部屋の前の衝立を睨んだ。

 

「もー、はやく注文しよーよー!」

 

 

 照明が落とされた薄暗い部屋に入った途端に、

 

『もー、はやく注文しよーよー!』

 

 スピーカーから小さく漏れるユーリアの声が聞こえる。

 左手の壁際には、10台ほどのモニターが並べられ、店内の様子が映し出されていた。

 

『フラストがいない内にたくさん注文しちゃおうよー』

 

 その声は部屋の中央に置かれた卓、その上の小型スピーカーから流れていた。

 そして、その卓の前に腰かける人物が、モニターに向けていた顔と体をフラストに向ける。

 照明のない室内で、その男の右顔面だけがモニターの照り返しを受け、不気味に白くその肌を浮かび上がらせていた。

 若い男だった。20代半ばと聞いていたが、いたずらそうな顔は彼を10歳は若く見させていた。

 

「ルナン、だな」

「そういうあんたはギルボアさんじゃないようだな。俺には幽霊を見る能力はないからな」

(なるほど、こいつできるみたいだな)

 

 フラストは目を細めて、眼前の若造を睨む。

 ノーネクタイだが細身のスーツに身を包んだその姿は、青年実業家と言われれば納得できそうな風貌であったが、左腕は暗闇の中にだらりと下げ、右手は笑みを隠すように口元に当てられていた。

 人に上辺だけを覗かせ、本性を見せないような仕草、あるいは服装も含めて、フラストは気に入らなかった。

 

「ネオ・ジオンに所属している、フラストってモンだ。お互い握手するような仲でもないから控えさせてもらうぜ」

 

 フラストは言いつつ、ルナンと卓を挟んで椅子に腰かける。

 

「しかし、若いのにやるねぇ。ジャンク屋に鉱山に宝石屋までとはね。相当、『幸運』に恵まれたのかい?」

 

 ことさら、『幸運』というところを強調して言う。

 

「いや、『幸運』に恵まれていたのは、スタンパの奴でね。無能者のくせによくもまぁ、ここまで組織をでかくできたと思うよ。

 俺はあいつが死んだ後、組織をかっさらうだけですんだ。余計な血も『それほど』流す必要なかったしな」

「なるほど」

 

 『それほど』というのがどの程度なのか、量りかねるルナンの口調であった。

 くっくっ、とルナンが含み笑いを漏らしながら言う。

 

「しかし、あんたらネオ・ジオンはつくづく商売には向かないと思うね」

「ほぅ、なぜだ?」

「シャアって奴は少しは切れ者だとおもったんだけど。くだらないアクシズなんて石ころを買うために、相当の金塊を連邦に渡したそうじゃないか?

 おまけに、その岩石落としはどうなった?完全な失敗。資金の回収なんて一文も出来やしない。

 もっとも、あれは成功したって地球滅亡っていうとんでもない負債を抱え込むだけだったから、むしろ良かったのかもしれないな」

「確かに俺たちは普通の商売には向いてねぇ。だから、軍隊なんてヤクザな商売やってる」

「それは開き直りかい?」

「いや違うね。自嘲だよ」

「なるほど。不器用だね。まぁ、分かるよ。『上が腐敗してれば、下も腐敗している』のと同じように、『上が不器用なら、下も不器用』だね」

 

 ルナンは先ほど、マリアたちに向けたフラストの発言も盗聴していたものらしい。

 

「ミネバお姫様は育ちがいいね」

「どういう意味だ?」

「その通りだよ。彼女は水よりも高い空気税を払ったこともないし、工業廃液に汚染された『毒』と呼ばれる野菜も食べたことがないんだろう?

 不器用の上に世間知らず。

 だから、あんなに簡単に切り札とも言える『ラプラスの箱』を暴露するという、カードを切れるのさ。

 フラスト、あんた知ってるかい?昔、地球連邦政府はサイド3に結構な額の助成金を払っていたらしいんだ」

「地球からもっとも遠く、利便性が悪い。あとは、棄民政策として宇宙に追い出した良心の呵責って奴も、ちったぁあったのかも知れねぇな。

 それを金で埋め合わせようとした」

「そうさ。

 だけど、続くジオンの独立宣言とザビ家の独裁。当然、助成金どころか、経済封鎖までされる始末さ。

 そして、あとは坂を転がる岩のように戦争ばっかりだ」

「なにが言いたい?話が見えないぞ」

「まぁ、そう焦るなよ。話はここからが肝心なんだ。

 俺は別に『ラプラスの箱』って奴の中身なんて物に興味があったわけじゃない。

 だけどな、アレをうまく使えば、連邦政府から昔の助成金並の額を引き出すことはできただろう?違うか?」

「いや、違わん。まったくその通りだ」

「だから、俺はあんたらネオ・ジオンのことを『不器用』だって言ってるんだ」

「なるほど。よく分かった。

 だが、聞かせてくれ。その連邦政府の助成金って奴は一体どこから来るんだ?」

「・・・ふふふ。あんた賢いな。

 そうさ。連邦の資金は結局、各サイドから巻き上げた税金さ。

 コロニー建造・維持税、戦争復興特別税、地球保全協力税、宇宙港利用税、航宙路整備・開発税、水資源税、空気税、・・・。

 挙げれば、きりないさ。

 つまりは、強者が弱者から巻き上げた金で肥え太り、俺たちサイド3もその恩恵にあずかりたかった、ってことだ。他のサイドの連中が重税に喘ごうが関係ない」

「さすが、青年実業家は言うことが違うな」

「だけどな、フラスト。俺たちはその恩恵にあずかる権利があるんだ」

 

 そこで、ルナンはモニターに目を移した。

 お茶と料理を待ちわび、談笑する娘の姿があった。

 

「かわいいな」

 

 ユーリアは時間が無い中で、急いで用意をしてきたのだろう、髪を下ろしただけでも、大分雰囲気が変わっていた。

 

「昔はこの男人街(ナンヤンガイ)も風紀が悪かった。

 だが俺が仕切ってからは、ナイトマーケットにあのぐらいの年頃の娘が一人で遊んでいても、滅多に事件にはならない。

 仮になっても行きずりの馬鹿の仕業だし、その野郎を見つけたら俺の手下がきっちりクンロクを入れる。

 けどな、大通りの向こうの女人街(ノイヤンガイ)じゃ、今でも公然とこんな娘がさらわれたりしてるんだ。

 もっと幼い子供が誘拐されるなんてことは日常茶飯事だ。こんなコロニー、地球圏では早々お目にかかれない。

 フラスト。あんた、向こうの女人街に行ったことあるかい?」

「実は今回、行こうと思ってたんだがね・・・」

 

 フラストは後頭部を掻いて、片目を閉じた。

 

「邪魔が入って、諦めてたところだ」

「ぜひ、見ておいた方がいい。良い人生経験になるぜ」

 

 ルナンが氷の口調で言った。

 

「俺は不幸自慢なんてする奴は大嫌いだ。俺は実力でこのタイガーバウムをここまで変えていったんだからな。

 だが、そんな俺でもネオ・ジオンだとかザビ家の末裔とか語ってるトップの奴が、あんな馬鹿な捨て牌をされると恨み言の一つも言いたくなるのさ。

 お姫さんが『可能性という名の神を信じて』とか、言ったな?『可能性』じゃストリートチルドレンの腹は膨れないし、苦界に沈められた娘は二度と現世には戻ってこれないのさ。

 そこには強い力が必要だ。金でも暴力でも。

 あんたが一番よく分かっているだろ?プルトゥエルブを救ったんだから」

 

 ルナンはフラストの目を見た後、視線を外し、モニターに映るマリア・アーシタ、ーそのオレンジがかった栗毛ーを見た。

 

「ひとつ聞かせてくれないか?」

 

フラストが尋ねる。

 

「わざわざ、この見張り部屋の仕組みを見せてくれたってことは、俺のことを信用してくれたってことかい?」

「そいつはどうかな?この後、あんたを海に沈めちまえば秘密は他人には漏れないからね。

 このコロニーの下水処理も大分改善した。それで内海にエビが住みだしたらしくてね。

 人間の水死体なんて、あっという間に喰ってくれるんだってよ」

「おい、コラ。調子にのんな、チンピラ。俺が帰らなきゃ、仲間のモビルスーツがこのコロニーをぶっ壊しちまうだろうが」

 

 睨み合うルナンとフラストの視線が激突し、火花を散らした。

 やがて。

 

「は、はは・・・」

 

 先に視線を伏せ、含み笑いを漏らしたのはルナンだった。

 

「負けたよ。冗談だ」

 

 左手を上げ、指を鳴らすと天井の照明が付き、気が付かなかったが部屋の端に置かれていた観葉植物の影から男が出てきた。

 スリング付きの短機関銃を腰だめに持っている。

 

「茶を持ってきてくれ。寿眉茶(サウメイチャ)でいいか?」

「なんでもいい」

 

 投げやりにフラストが答える。一礼し、短機関銃の男が下がる。

 

「なあ、フラストさん。いい加減、卓の下の変わった形の拳銃をしまってくれないか?」

 

 ルナンはフラストを『さん』付けで呼ぶようにしたようだ。

 

「全部お見通しかよ」

 

 フラストは額の汗を拭って無線機型の変装拳銃を懐に納めた。

 

「まぁ、軽くご挨拶も済んだところで、そろそろ仕事の話をさせてくれないかい?大物フィクサーさん」

「フィクサーと来たか。また大げさな」

 

 しかし、当のルナンはまんざらでもなさそうに苦笑した。

 

「うちで預かってるマリアな。あいつの上司、・・・正確には元上司か。ブッホ・セキュリティ・サービスのカール・アスベルについて聞きたい」

「なるほどな。正攻法で上に順を追って、探っていくか」

「なんか、不満そうだな」

「いや、不満じゃなくて意外なんだよ。『兵は拙速を尊ぶ』って言うだろ?フラストさん、あんた激情型かと思ったけど、意外と理知的な人だな」

「お褒めの言葉ありがとよ」

「いや、けなしてんのさ。それじゃ、この事件には到底追いつけないぜ」

 

 持ち上げて、落っことされたような感じになり、フラストは渋い顔つきになった。

 

「それじゃ、逆に聞くが。お前さんはどの辺まで『当たり』をつけてんだい?」

「《ジュピトリス》の補給責任者、ー連中は補給長と呼んでるらしいが」

 

 そこで、先ほどのチャイナドレスの給仕が現れ、二人にポットと湯飲み、そして、洗杯(サイプイ)という独特の飲茶の儀式的な所作をするための大きめの丼を置き去っていった。

 ルナンは二つの湯飲みに茶を注ぐと、内側をすすぐように湯飲みを回し一杯目を丼の中へ空ける。二杯目を入れ、湯飲みのひとつをフラストに手渡す。

 

「今日は少し苦味が強い気がするな」

 

 一口して、ルナンが眉根にシワを寄せる。

 

「それで、その補給長がどうしたって?」

「ここに来たよ、10日前」

 

 口元へ湯飲みを運んでいたフラストの手が止まる。

 

「『ここ』ってのは、このコロニーに来たって意味か、それとも・・・」

「いや、この店まで来たのさ。リン、とか名乗ってたか。中年のおばさんだ。たぶん華人だろう」

「それで?」

「マリア・アーシタが現れたら、捕まえてくれって依頼してきた。手段は問わないとも言ってた」

 

 湯飲みを持ったまま、フラストはルナンを見続けた。一方のルナンは委細構わず、という感じでゆったりと茶をたしなんでいた。

 

「それで、引き受けたのか?」

「引き受けてたら、今頃あんたは短機関銃で穴だらけさ。それに見なよ」

 

 ルナンは湯飲みを一旦置き、右手の立てた親指でモニターを指し示した。旨そうにユーリアが叉焼包を頬張っていた。

 

「中に睡眠薬入れておくって」

「そうだな。・・・そのリンって奴のこと、もう少し詳しく教えてくれ」

「実は全然分からないんだ」

 

 ルナンが手を後頭部で組み、天を仰ぐ形になった。

 

「先方には引き受けたように返事したんだが、その実、すぐにリンのことを調べ始めた」

 

 フラストに向き直った、ルナンの顔は渋い。別に茶が出過ぎていたわけではない。

 

「何も出てこない?」

「気持ち悪いぐらいね。木星船団内記録、サイドの住民登録、医療機関への診療状況、入管記録、全部真っ白だ」

「真っ白?どういうことだ?」

「だから、その通りさ。全然ゼロ。何もデータが無いのさ。

 そもそもあのリンっておばさんは存在するかも分からない亡霊みたいなんだよ」

 

 




あとがき

 いつも駄文拙文を読んで頂きありがとうございます。
 また、いきなり、モブってた人の名前が出てきて、皆さん付いて来れるでしょうか?いや、そんなわけはない!
 リン補給長は、第5話『ミネバの影』に出てきた、マリア(=プルツー)曰くの『さかしい!』オバサンです。

 はい、次回もだるい話が続きます。



閑話休題

 『ガンダムが教えてくれたこと』(著・鈴木博毅)を読みました。
 一年戦争を題材にしたビジネス参考書(?)ですが、文中、

『人は一人では生きていけない。周囲の必要な仲間を大切にすることで、彼らもあなたを大切にしてくれる』

 とあります。マリアもダイニ・ガランシェールのクルーと互いに仲間と認識し合えるような関係になれたらいいなと思っています。



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