After La+ ジュピトリス・コンフリクト 作:放置アフロ
ユーリア
20代前半。火星総督府から成り行きで付いてきちゃったモブキャラ。今回、強引な役を演じるにあたり、強引に名前を付けた。苗字はまだない。我輩は侍女である。
アンジェロ、フラストたち一行が火星を脱出して、3日が過ぎた。
《ダイニ・ガランシェール》は一路、地球圏への帰路についていた。
そして、その後部貨物スペースにて、キアーラ・ドルチェの葬儀が営まれた。
「・・・神は、あらゆる苦難に際してわたしたちを慰めてくださるので、わたしたちもこの慰めによって、苦難の中にある人々を慰めることができます。・・・」
ゲイリー少尉が聖書を引用して、司式していた。
通常、MSデッキとして使用されているこの場は昨日から念入りに整理・清掃され、清められていた。
キアーラの遺体は宇宙葬用の棺に納められ、三角錐状の貨物スペースの底部に安置されていた。居並ぶ4機のMSの巨体が、さながら彼女を守る儀仗兵の様相を呈していた。
船の操舵、運用の基幹に関わるクルー数名のみをブリッジに残し、フラスト、アレクを始めとする全船のクルー、さらに、ベイリーの部下の兵長と侍女、そして、アンジェロが式に参列していた。
侍女のすすり泣く声と、ベイリーの祈りの言葉が、まるでBGMのようにマリアの聴覚を過ぎて行った。
もはや、マリアは流すべき涙も枯れてしまっていた。
「私たちは生のさなかに死に臨みます。そして、宇宙へ彼女の体を託します。
土は土に、灰は灰に、塵は塵に。
主は彼女を祝福し、包み、またその顔に輝きと優しさと安寧をもたらすことでしょう。
アーメン」
ベイリーが十字を切り、マリアたちもそれに倣う。
MSデッキから参列者が退出すると、エアロックが作動し、【AIR】の電光表示が点滅、減圧されていった。
デッキが宇宙空間と同じ状態になると、パイロット・クワニの乗る《ギラ・ズール》がキアーラの棺を丁重に捧げ持ち、真空のソラへと出て行った。
その様子をマリアは一室の有機プラスティックの板越しに見ていた。
やがて、《ギラ・ズール》がその手の棺を虚空へと、優しく流してやる。慣性にしたがって、それは広い宇宙をどこまでも漂うはずだ。
(さよなら、キア)
葬儀の後にマリアは当てがわれた部屋のベッドに腰掛け、ぼんやりと過ごしていた。
ベッドが二つとデスクのみの狭い部屋だったが、船内でただ二人の女性、マリアと侍女のために、割り当てられていた。
はからずも、そのドアがノックされる。
侍女はトイレに行くと言ったきり、一行に帰ってこない。きっと、独りでどこかで泣いているのだろうか。
ベッドからドアへ飛び、横の電子認証取手を解除すると、意外な人物が廊下に立っていた。
「ベイリー、少尉・・・」
キアーラを拉致・誘拐したと思っていた【火星ジオン】の人間に、私は少なからず戸惑った。
「少し話せるかな?」
「はい、・・・どうぞ」
部屋の内に招き、マリアはベッドの端に腰掛け、ベイリーはデスクチェアーを持って、彼女の前に固定した。疲れたような嘆息を吐きながら、腰かける。
マリアはふと疑問が湧き、尋ねた。
「少尉は従軍牧師ですか?」
「ベイリー、で構わんよ。
いや、牧師ではない。家族の影響でね。父が敬虔なクリスチャンだった。よく休日は教会に連れていかれたものさ。
私は嫌いだったが。それでも子供の頃のことは、刷り込まれたように忘れないものだ」
ベイリーが苦笑する。
「軍に入ったのも、そんな父親に対する反発だった。だが、当時、私は軍に何の興味もなかったし、期待もしていなかった。
父から離れたい。遠くに行きたい。そう思ったとき、たまたま手にしたのが軍のリクルート向けのチラシだった。ただそれだけのことさ」
遠い目をして、ベイリーが続ける。私はうつむき、ただそれに耳を傾けた。
「追い詰められた人間は時として、自分でも思いもよらない行動をする。軍に入隊した私がそうだった。
キアーラ様が【火星ジオン】の志に同調して、《ジュピトリス》を離れ、活動に参加してくれたことは、うれしかったが、同時に複雑な気持ちにさせられた。
彼女はこの10年間、幸せではなかったのだろうか?何が彼女を駆り立てたのだろうか?
マリアさん、あなたなら何か分かるんじゃないか?」
その呼びかけに顔を上げ、私はベイリーと目を合わせた。
「・・・ごめん、なさい」
抑揚のない声で私は答えた。
無言でベイリーがそれに返す。
この一年間、私は自分の殻に篭もり、他人を理解することがほとんどなかった。家族同然のキアーラや養父のバッハ艦長にさえ、自分の気持ちを吐露することはなかった。
「私も・・・知りたい。
彼女の気持ちを・・・、でも」
やっとのことで絞り出すように言った私は、それ以上言葉が続かなかった。
長い沈黙を破ったのは、ベイリーだった。
「今となっては、神のみぞ知る、ということかもしれませんね。
でも、最近、この世に神なんていないのかもしれないと、思うことがある。神に祈りを捧げた、私が」
ベイリーの口調に熱がこもる。
「この世界に起こる無慈悲で残酷な争い。この世に神がいるなんて、でたらめだと思いたくなる。
なにより、なぜ彼女が死ななければならなかったのか?」
誰もベイリーの問いに答えられるものはいない。
「そんなときにふと思ってしまう。
神なんていない、こんな不完全な世界を創った神なんていらない、と」
ベイリーの表情は苦しげと同時に、恍惚じみているようにも見えた。
「でもこれは絶望であると同時に、希望でもある。
なぜなら、この嘆きは、愛と優しさと正義を求める自分の気持ちそのものなのだから。
そして、この気持ちさえ持ちつづけることができれば、世界を少しずつでも変えていくことができる、生きてゆくことができる」
そこまで言って、ベイリーは頭を振った。
「いや、そうじゃないな・・・。どんなにぼろぼろになっても、生きてゆくしかない。
・・・イリア・パゾムは強かった。奴と戦って、死を覚悟した。
だが、生き延びて思うのは、こんな私でも死ねば悲しむ部下達がいるということだ。あいつらの人生に強烈な負の気持ちを植え付けてしまうかもしれない。
なんて言ったらナルシストかな?」
笑いかけるベイリーにマリアはどんな顔をすればいいのか分からなかった。
「私はね、マリアさん。人生は立ち止まっても、落ち込んでも構わないと思う。
むしろ、そうあるべきだ。長い人生には捨てるような年月があってしかるべきだ。自分なんて、独立戦争の敗戦以来、人生捨てっぱなしとも言える。
だが人間っていうのは、耐えてこそ真価を発揮できる。
私も今は悲しい。けれど、丸一日中悲しい、辛いって訳じゃない。
毎日の生きる中にある、ささやかな喜び。私はそれをあなたに見つけてほしい」
そう言うと、ベイリーは立ち上がった。
「キアーラ様の大切な家族のマリアさん。
きっと幸せはあなたの身近なところにある。
と、私は思いますよ」
伝えるだけのことを伝え、ベイリーは笑顔で出て行った。
しばらくして、放心したようにマリアはベッドに横になった。
「みんな、勝手なことを言う・・・」
蒼い瞳を閉じると、瞼の裏に船体の向こうに広がる星のきらめきが映っていた。
そして、瞬く間に2ヶ月が過ぎていった。
《ダイニ・ガランシェール》はラグランジュ点L1近くのサイド6に所属する民間の鉱物資源衛星、パラオを目指していた。
そこはかつてネオ・ジオン残党の拠点であったが、ラプラス戦争初期に連邦軍ロンド・ベル隊の強襲揚陸艇《ネェル・アーガマ》の奇襲攻撃を受けて以後、抗戦右派路線は転戦のためにアジトを引き払い、現在、パラオに残るのはネオ・ジオン支援者というには程遠い、民間人である『支持者』のみであった。
もっとも、単純にネオ・ジオンといっても、派閥によって多岐に分かれる。旧ジオン公国派、アクシズ派、ダイクン派(シャア派とほぼ同義)。
その中で、傍流である少数穏健路線のミネバ支持者がパラオにはいた。
同行する【ジオン独立火星軍】のベイリーはフラストら《ダイニ・ガランシェール》隊の上層部に今回の事の顛末を知らせ、ミネバ派から何らかの協力をこぎつけたいと思っていた。
しかし、この船に乗る人間でただ二人、目的を持たない者がいた。
ネオ・ジオン軍【元】大尉アンジェロ・ザウパー、そして《ジュピトリスⅡ》の【元】MSパイロットのマリア・アーシタである。
「おーい、マリア、いるかー?」
よく通る声でフラストがMSデッキで叫ぶ。
空間にふわふわと漂いながら、ポーカーに興じていた、トムラ以下4名の整備要員が眼下のフラストを見やり、
「いやー、ここにはいないよー」
代表して、トムラが叫び返す。
「おっかしいなーぁ・・・」
短い金髪を手でかきながら、トムラに応えるように、独り言のようにフラストが呟く。
「なんだい。愛しの妹殿をお探しかい?」
トムラが頭上から茶々を入れる。
「はっ!別に愛しかねぇがね。ちょいと野暮用って奴だ」
軽く受け流して、フラストが言う。
「戦闘も無し。静かなもんだ。ここに仕事は無いんだから、・・・」
そのトムラの言葉に、フラストは少しずつ嫌な予感がした。
事実、火星を離れてからこれまで、【木星ジオン】イリア・パゾムたちの襲撃あるいは、遭遇戦もなく順調な航行を《ダイニ・ガランシェール》は続けていた。
その平穏の中で、マリアはまるで忙しさを求めるように、飛び、走り、働いていた。
元々、定員に達していないクルーの数で運用している《ダイニ・ガランシェール》としては、その彼女の奮闘ぶりは歓迎して然るべきなのだが、実際はマリアの能力は、『MSの操縦』、そして、申し訳程度の『MSの整備』以上2点に限られていた。
だからこそ、MS整備を行うデッキにフラストは来たわけだが、戦闘もなく、常備軍のように訓練をしているわけでもないのでMSを整備する必要もなく、整備要員はトムラも含めて全員が今や『雑用』として扱われていた。
その状況は理解していたはずなのに、あえてフラストがMSデッキに来たのは、一筋の細い希望の光を望んでの事だろう。
無情にもトムラはその希望を踏みにじった。
「あー、あー、そう言えば・・・」
声を張り上げて言う。
「『洗濯しなければ』とか言ってたような気がするなぁ、マリアが」
そのセリフにポーカー仲間の整備要員3人がゲラゲラと笑い出した。
「ぐっ!お前ら、なんで止めなかったんだ!!」
捨て台詞のようにフラストが言いながら、クリーニングルームの方へと飛び去っていった。
廊下のリフトグリップをつかみ、目的の部屋に急ぎながらも、その部屋の入り口から大量の洗剤の泡が溢れ出ているのを見たフラストは、
(ああぁぁ、遅かった・・・)
脱力した。
首と肩を落としながら、入り口の前にたたずむフラストの眼前に咳き込みながら、部屋の中から、事の原因である当人が現れた。
「はっ!フ、フラスト・・・。
い、いやっ、違う!!これには事情があって、・・・」
最初の3回目までは、フラストも素晴らしい忍耐力を見せ、その言い訳としか言いようがない弁明を聞いていたが、4回5回と続く内、どうでもよくなっていた。
「うるさい、黙れ。早く、ユーリアを連れてこい」
ぶすり、という感じでフラストが言う。マリアと同室の火星総督府の侍女の名を聞くと、マリアは無駄に敬礼して廊下の先へ飛んで行った。敬礼はただの焦りか、失敗から来る愛想か、照れ隠しの類のものに過ぎないことを、フラストはこの2ヶ月で思い知らされていた。
盛大に嘆息を付きながら、フラストは腰に手を当てた。
「う・・・、うぅ・・・」
空気中に漂う細かい洗剤の刺激に涙を浮かべながら、マリアは雑巾を床にかけていた。
「ユーリア、ごめん。間抜けだ、私は・・・。
やっぱり洗濯しないほうがいいな。なんで、何回やっても分量間違えるんだ・・・」
同室のユーリアはゴーグル、マスクをかけた顔をマリアに向け、
「ううん、いいよー。マリィが頑張ってるのはみんな分かってるからさー」
その口調からきっと笑っているんだろうとは思う。まるで、罰のようにマリアはゴーグル、マスク無しでその後始末をやらされていた。
「おーい、終わったかー?」
廊下の曲がり角から、フラストが声を掛けた。彼はもうあまり近くに来たくないらしい。
「ちょっと、フラスト!いくらマリィがミスったからって、これはひどい仕打ちじゃないの!?
大体、なんでできない洗濯を何度もやらせようとするのよっ!?」
ユーリアの抗議はむしろ、直近にいたマリアをしおれさせた。
「いや、別にやらせたわけじゃないんだけど・・・」
抗議めいたことを言うには言うが、なにやら彼女には頭が上がらないらしいフラストはその文句を一通り聞くと、
「あー、じゃマリア。終わったら、ブリッジに来てくれ。ちょっと、これからの計画で話し合いがあるから」
『あら、私は行かなくていいの?』と言うユーリアの茶々を受け流し、フラストは去って行った。
※11月17日 誤字修正。
あとがき
また今回からラストバトルまでMS戦が無いというク○だるい展開になりそうな予感です。
人からオススメして頂いて、電撃ホビーウェブ上で公開しているWebコミック『A.O.Z Re-Boot ガンダム・インレ-くろうさぎのみた夢-』を読みました。A.O.Z=ADVANCE OF Ζとのことですが、話は第一次ネオ・ジオン戦争後のUC.0091で、ZZの外伝と言っても良いような気がします。
というのもね、・・・。『アリス親衛隊』っていうのが出てくるんですが。もうね、挿絵見た瞬間に、当方はピキーンと来ました。
「お前らどう見ても、『例のあいつ等』だろ」と。
気になった方は、ご覧になるかと良いかと思います。
連載中ですが、続きが気になります。