After La+ ジュピトリス・コンフリクト   作:放置アフロ

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優しい瞳をした誰かに逢いたい

 

 霧に紛れて、飛行する《リゲルグ改》は4基のファンネルが後方を警戒しながら、上階のエレベーターへと急いだ。

 霞む視界の中にイリアは、前方やや下を飛行するメイナードの《ギラ・ドーガ》の背部バーニアの発光を認め、無線通信を開く。

 

「私だ。核はどうした?手に入れたか?」

『イリア様。この通り』

 

 接近した《ギラ・ドーガ》が左マニピュレータにつかんだコンテナと右のそれに装備した見慣れないMS用の巨大なバズーカを上げて見せる。コロニー侵入時に装備していたビームマシンガンは腰部後ろのハードポイントに固定していた。

 

「なんだ、そのバズーカは?」

『核弾頭を発射する専用バズーカのようです』

 

 メイナードのセリフはいささか興奮が入り混じったものだった。

 

(なるほど、連中め。使う使わないはともかく、『撃てる状態』にはするつもりだったようだな)

 

 イリアは苦笑した。

 

「用事は済んだ。《エンドラ》に帰還する。来い」

『はっ!』

 

 メイナードが短く応答し、《リゲルグ改》に追従する。

 やがて、両機はエレベーター出入り口に到達したが、イリアは腹部で上下二つに両断された《ギラ・ドーガ》の残骸が近くの地面に転がっているのを見る。

 

(《キュベレイ》の仕業か?あのパイロットの腕ならやれるな。それに比べてこちらは・・・)

 

 不正規戦とはいえ、実質は戦闘もほとんどない船の拿捕など、海賊行為ばかりしていた【木星ジオン】。

 部下のMSパイロットたちの技量が低いこともイリアは重々承知していた。

 

(しかし、腹立たしい)

 

 45度の傾斜でエレベーターシャフトを上りながら、イリアの表情は渋い。どうにか、一手加えておきたいと考えを巡らせた。

 

 

 ベイリーは今起きた戦闘と現象を頭で消化しきれずにいた。

 自分の窮地に際し、突如出現した《キュベレイ》。

 そして、続く《キュベレイ》の窮地に、

 

(助けよ)

 

 と、ベイリーの脳内に響いた声。

 それがなければ、あれほどタイミングよくバルカンを撃つことも、ビームナギナタで格闘戦を挑むこともできなかった。

 

(あの声は一体なんだったのか・・・?)

 

 どこかで聞いた、誰かの声のような気はするのだが、はっきりしなかった。

 ベイリーの逡巡は全天周モニター前面に映る《キュベレイ》を視界に捉え、中断された。

 中空にホバリングするその機体は、接近も後退もせず、どうすればいいのか、指示を待っているようにも見えた。

 ベイリーは意を決し、フットペダルを踏むやバーニアを吹かして《キュベレイ》に接近し、《ゲルググキャノン》の左手を伸ばして機体に触れ、接触回線を開いた。

 

「どこのどなたかは知らぬが、命拾いしました。《ダイニ・ガランシェール》の所属ですな?」

 

 ベイリーの呼びかけに、少しの間があった。

 

『《ガラン・・・・シェール》』

 

 《キュベレイ》パイロットの応答は棒読みで平静を保とうとしているが、動揺が混じっていた。

 しかし、激戦の後、かつ超常的現象を経験した後で、注意力が不足したベイリーはそんな些細なことには気が付かなかった。

 

「そうです。別のクルーが総督府にいる。脱出できていなければ、危うい。すぐに向かいましょう」

 

 返事を待たず、ベイリーは機体を総督府に向けて飛ばす。後方のモニターに映る《キュベレイ》は一瞬迷っているように、中空を動かなかったが、すぐに《ゲルググキャノン》の背を追った。

 

 

 総督府は煉獄の炎に沈もうとしていた。火災による熱は鉄骨を歪め、炎は表面を黒くなめ、煙はすべてを闇に誘おうとする。

 屋上に力なく座り込んだマリアは、火炎と火の粉が作り出す幻想的な風景を、ぼんやりと眺めていた。

 傍らには、ジオンの国旗に包まれたキアーラの亡骸が横たえられていた。

 ガラス玉のような蒼い瞳に映る炎。その炎の揺らめきをマリアは、

 

(どこかで見たことがある・・・)

 

 そう思うが、それ以上の思考は働かず、無気力で動くこともできなかった。

 その時、爆音を響かせ、屋敷の庭園ーもはや、無残な庭園の残骸に成り果てていたがーに2機のMSが着陸した。

 巻き上げるすさまじいスラスターの噴射が炎を吹き飛ばし、瞬間、マリアの髪を焦がしてゆく。

 そして。

 彼女は唐突に思い出した。

 この栗毛を焦がす炎の感覚。

 

(ああ、あの時だ。グレミーが死んだときの・・・)

 

 マリアが見上げると、闇に沈む濃紺の《キュベレイ》が炎の照り返しを受け、禍々しいシルエットを際立たせていた。悪魔のような姿だった。

 頭部のデュアル・センサーが光り、意志を持った眼光のようにマリアを見返す。

 

(そうだ。私はあの時、グレミーと一緒に死ぬべきだったんだ)

 

 マリアは哀しげに微笑んだ。

 

「《キュベレイ》・・・」

 

 弱々しく両腕を伸ばす。

 

「私を殺してくれ」

 

 

 上空からでもはっきり視認できる大火は着陸し目前に迫ると、あらゆるものを飲み込む煉獄の火炎そのもののようにアンジェロは思えた。

 

『私は部下達を!あなたは《ガランシェール》のクルーを探して!!』

 

 《ゲルググキャノン》パイロットからの通信は悲痛な叫びに近かった。

 もはや、生存者などいるのだろうか。屋敷は断末魔の苦しみを上げているようにしか、アンジェロには見えない。

 しかし、黒煙が強風にあおられ、一瞬途切れた時、《キュベレイ》のモニターとセンサーが屋上にいる人影を捉えた。

 人間ほどの大きさの布の包みの傍を離れぬように、座り込んだその人物がうつむいていた顔を上げた。

 モニターが素早くズーミングし、拡大画像を表示する。

 そして、アンジェロは小さく息を飲んだまま、呼吸することを忘れる。

 

(お前は、・・・!!)

 

 忘れるはずもない。その髪、その瞳、その顎。思い出されるのは、怒りと屈辱のみ。

 

「クルス・・・」

 

 視界が赤く染まっていくのをアンジェロは感じた。憤怒の赤に。

 

 

(いけない!その娘は違うのです!!あなたが知っている人ではありません!!!)

 

 

 緑の光が激しくきらめくが、アンジェロの怒りはサイコミュを通して増幅され、嵐となってコクピットを吹き荒れた。

 

「マリーィィィダっ・クルスゥゥゥ、貴様かぁぁぁ!!」

 

 私の大佐を認めないザビ家の犬め。

 大佐がいない世界。死んだはずのお前が生きている世界。

 

「こんなでたらめな世界を私は認めない。絶対にだ!!」

 

 笑いながら、こちらに手を伸ばしてるその姿すら、憎んでも憎みきれない。

 

「まだ、私をコケにするのか!?」

 

 殺してやる!ころしてやるぅ!!コロシテヤルーゥ!!!

 

「この死に損ないがぁぁぁ!!」

 

 アンジェロが絶叫し、《キュベレイ》が右マニピュレータを可動範囲限界まで後ろに引き、その手を一直線に伸ばしたまま、高速で前方に突き込んだ。

 それは、彼が怒り、忌み、憎み尽くした人物を粉砕してくれるはずだった。

 

 

(ダメーーーぇぇ!!!)

 

 

 その時、マリアの前に立ちはだかり、まるで守るように、かばうように遮った緑の人型をした光が現れる。《キュベレイ》の爪がそのシルエットを貫く。

 そして、世界が、時空が跳躍した。

 

 

 アンジェロの視界を染めていた真紅の怒りは消え去り、優しい緑のオーロラの揺らめきが彼の心を落ち着かせた。

 

(ここは、・・・どこだ。まさか)

 

 アンジェロは2年前、ラプラス戦争で体験した出来事を思いだし、動揺した。

 自分の忌まわしい記憶をさらけ出され、他人に心を汚され犯された、その出来事を。

 しかし、頬を撫でる優しい風のような暖かさは、彼の原始の記憶、まだその肉体が不完全で羊水の中を泳いでいるような、やすらぎをもたらしていた。

 だから、アンジェロはそれ以上不安にもならず、怒りも湧かず、目の前の現象をただ精査し、記憶しようと思うことができた。

 

(そう、この炎は煉獄。私の罪の汚れを消し魂を浄化してくれる、清めの火)

 

 誰かの意識がアンジェロの頭に直接流れ込んできた。

 同時に視界の前方、大型MS《ZZガンダム》の手の上から10歳ぐらいの少女がアンジェロにその腕を、その体を、できる限り伸ばし外に乗り出し、何かを求めていた。

 しかし、こちらに向けた少女の顔は後悔と哀しみに歪み、口は悲痛な叫びを上げていた。

 

「ああぁぁ!!」

 

(私を見ているのじゃない?)

 

 はっ、と悟ったアンジェロは後ろを振り返る。

 そこに《ZZ》を上回る巨体のMS、《クィン・マンサ》が背をビルに預けた状態で屹立していた。

 

(ここはどこかのコロニーの中か?)

 

 周囲は激しいMS戦闘によって市街地は今のホルスト同様に破壊されていた。

 アンジェロの視界に《クィン・マンサ》の頭部コクピットの前に立つ金髪のネオ・ジオン青年将校の姿が目に入る。

 

「なぜ、お前まで行ってしまうんだ!?プルツー!!」

 

 青年も少女の方へ手を伸ばしていたが、彼の表情は苦しみに満ちていた。

 微かに視界の左端で動く別のMSにアンジェロは気が付いた。

 ビルの谷間の通りに擱座した《Zガンダム》だった。

 しかし、その右腕が動き、手にしたビームライフルの銃口が小刻みに揺れていた。

 

(迷っているのか・・・?しかし)

 

 アンジェロは、とうとう《Z》のパイロットが決意し、トリガーに指をかける波動を感じ取った。

 

(あのパイロット、泣いている?)

 

 次の瞬間、銃口からほとばしった高温の閃光が青年将校の肉体を、魂を、すべてを貫き焼き尽くしていった。

 

「グレミーーーーィィィ!!」

 

 絶望の中で少女は叫ぶが、何もかもが無駄で遅すぎた。

 続く爆発に少女の体は炎にあぶられ、アンジェロの意識も衝撃でどこかに飛ばされていった。

 

 

 どれほど飛ばされたのだろう。

 耳の奥をなり続ける連続的な大きな音が、爆発のものではなく、大きな鐘のものだと、アンジェロはようやく気付いた。

 

(ここは・・・?)

 

 時空が変わっていた。円筒形に続く地面が頭上にまで広がり、彼方にはコロニーの末端の壁が微かに見えた。

 そして、鐘の音は高台に作られた教会から発せられているものだとアンジェロは理解した。

 その教会の中から一組の新郎新婦が現れる。下へと続くワインディングロードで待ちわびた参列客が歓声を上げる。

 普段はおどけた表情の新郎も神妙な顔で新婦の手を取り、歩み始めた。

 すると、参列客が用意のフラワーシャワーを二人に浴びせ口々に祝福の言葉をかける。

 

「ジュドー、ルー。おめでとう!」

「お幸せに!」

 

 高台の下に止められ飾り付けられたエレカ(電気自動車)。そのエレカの前で待つ一人の参列客の前で新郎新婦は立ち止まった。

 

「・・・マリア」

 

 新郎が万感の想いを込めて、呼びかける。

 その女性が、先ほど見た少女が成長した姿なのだと、アンジェロはすぐに分かった。

 オレンジがかった栗色の髪と蒼い瞳。

 それは驚くほど、彼の記憶にあるマリーダ・クルスと一致したが、髪型や仕草、何より表情や漂わせる雰囲気がまるで違っていた。

 

(もっと明るく優しい感じだ)

 

「お兄ちゃん、お姉ちゃん。おめでとーぉ!」

 

 マリアがぴょんと飛び跳ねながら、手にした花びらを空へと高々と舞い上げる。それはゆらゆらと漂いながら、二人の頭上へ降りてきた。

 

「マリア・・・、本当にありがとう」

 

 新婦が感極まったという感じで、マリアを抱擁する。

 

「ルーお姉ちゃんったら!もうお祝いの席で泣きすぎだよ」

「だって・・・」

 

 天真爛漫な笑顔の娘に新婦が目尻の涙を拭いながら答える。

 やがて、新郎新婦は後ろにたくさんの空き缶がつけられたエレカを走らせ、新婚旅行へと旅立っていった。

 その去りゆく姿を見送ったマリアは急に孤独感に襲われた。

 

「あーあ、とうとう、お兄ちゃん取られちゃったな・・・。でも、ルーお姉ちゃんなら仕方ないか。美人だし、優しいし。

 それに・・・」

 

 実の姉のように慕う女性。優しさと包容力を兼ね備え、時には自他を律する厳しさも発揮する。

 

「はーーぁぁ・・・」

 

 マリアは長くため息をつき、表情が沈んだ。

 

「それに・・・」

 

 彼女の目に期せずして、涙が浮かんだ。

 

 

(それに、私のマスターを殺した女だし・・・)

 

 ぞっとするほど、暗い感情がそこにはあった。

 穴の中にまた穴があるような底の見えない感覚。

 彼女の心を知ったアンジェロはそこに引き込まれたかのように感じた。

 しかし、その感覚は彼自身が内に持ち合わせたものと似た臭いがした。

 

(そして、また私の光を奪おうとする女)

 

 沈みつづけるその心は、自分自身を腐らせるすさまじい腐臭を放っていた。

 

(私は欲しい、私は寂しい、私は羨ましい、私は哀しい)

 

 いつしか、マリアの姿は時間を逆行するように、10歳の少女に戻り、さらにその表情は他人を相容れない『人間兵器』のそれへと変わっていた。

 

(ジュドーに愛されたい・・・、女として愛されたい・・・)

 

 心を堅く閉ざし、それを見られまい、壊されまいと高い壁で覆ってゆく。

 明るく快活だった、『マリア・アーシタ』はそこになく、ただ殺すためだけに生み出された『プルツー』がいた。

 

(私は寂しくてたまらなかったのさ。好きになったジュドーの中に私はいない。いるのはプル姉さんとルー姉さん。

 哀れな強化人間としての同情やルーの妹としての家族愛はいくらでもくれるけど・・・。私はそれだけでは満たされなくなっていた。

 だから私は自分を偽るために、現実の嫌なことから目を背けるために、薬に頼った。自分で幻のマスターを作り出して、幻のグレミーに愛を求めていたのさ)

 

 少女を兵器『プルツー』として利用するために偽りの愛を注いだグレミー。

 そのグレミーに今度は少女の方が偽りの愛を望んだ。

 自分を慰めるために。寂しさをまぎらわすために。

 少女が自嘲して顔を歪めた。

 

(情けないね。哀れだね)

 

 出口のない暗闇の中に座り込んだ少女は膝をかかえて、顔をそこにうずめた。

 

(キアも死んじゃった・・・。私にとって、・・・こんな世界は無意味だ)

 

 

 闇に沈み独りすすり泣く少女に、アンジェロは先ほどまで路地裏に抜け殻となっていた自身の姿を重ね合わせた。

 家族を失った自分。心身を犯された自分。

 そして、大切な想い人を失い、生きる意義を見出せない自分。

 だが、彼女の心の端々まで共鳴したアンジェロの胸の内には、かつてないほど生きる力がみなぎってきた。

 

(この娘は私と同じだ)

 

 アンジェロは思う。

 そして、同じ組織に身を置いていながら、敵のように、いや、敵として憎しみ尽くしたマリーダ・クルスのことを思い出す。

 

(きっと彼女もまた・・・)

 

 元来、人の魂は孤独だということを、彼自身知っていたはずなのに、自分の寂しさと汚れを癒してほしいことばかりに執心し、近くに救済されるべき存在がいたことに気が付かなかった。

 

(だから、ジンネマンは彼女に優しかったんだ)

 

 血が繋がらぬとも彼女の父であるジンネマンの優しさ、愛と言ってもいい。

 それをアンジェロは、かつて罵った。

 

『お前たちは・・・、いつだってそうだっ!無責任で、弱くて!!』

 

 アンジェロは悟った。

 

(私は・・・・・・馬鹿だ)

 

 無責任で弱かったのは、自分自身であることを。

 

(私は大佐に両親の影を求めていただけ、・・・だったのかもしれない)

 

 そこに愛と呼べるものは無い。

 

 

 少女がわずかに顔を上げ、上目遣いにアンジェロを窺う。濡れた蒼い瞳は空虚であった。

 少女がおずおずと口を開いた。

 

「あなたが私のマスター?」

 

 アンジェロは首を振った。その仕草に少女はまた哀しくなった。

 しかし、

 

(でも、・・・この人の瞳、優しい。ジュドーと同じぐらい)

 

 最初に私を目覚めさせたグレミーのような見せかけの優しさではない。

 アンジェロが穏やかに語りかけた。

 

「私は君のマスターにはなれない。寂しさだけで人が繋がっているなんて哀しいから。

 でも・・・。

 それでも。

 今この時だけでも、君が救われるというのなら。

 おいで」

 

 アンジェロは微笑みかけた。

 少女の胸に光が灯った。それは小さいけれど、とても温かかった。

 少女も笑い返し、涙を拭って、アンジェロの方へ腕を伸ばした。

 アンジェロも応え、その腕を。

 

 

 そして、時は動き出す。

 

 

 緑のオーロラのカーテンが蜃気楼のようにかすみ、アンジェロの右腕が、《キュベレイ》の装甲に覆われたそれへと変わり、手は槍の穂先のように真っ直ぐに伸ばされ、前方に突き出したその一撃は、マリア・アーシタの体をまさに、肉塊へと変えようとしていた。

 

 


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