After La+ ジュピトリス・コンフリクト 作:放置アフロ
グレミー・トト(機動戦士ガンダムZZより)
マザコンでありロリコン。さすがにシャアには負ける。
ルー・ルカに一目惚れするも、ビームライフルで『ごめん。無理』と拒絶される。
まさか8年後に、異母兄妹(らしい?)が同じ蒸発死する運命を辿るとは、びっくり仰天。
享年18歳。
アンジェロ・ザウパー(機動戦士ガンダムUCより)
21歳。巻いた銀髪と神経質そうな眉根。
普段はちょっと嫌味なだけの士官だが、全裸が絡むと『貴様ぁ』節全開になる情緒不安な青年だった。
『なんで火星にいるの?』というのは、聞いてはいけないお約束。
今日何度目になるのか、ズタ袋に入れられた私は硬い地面に無造作に投げ落とされた。
ズタ袋が剥ぎ取られると、私の無防備な姿が、野獣のような男たちの前に露わになった。
ロングコートは剥ぎ取られ、上半身はTシャツ1枚。下半身のジーパンがまだ脱がされていないことがせめての救いだったが、彼らにとってはそんなことはやろうと思えばいつでもできることだった。
そして、抵抗しようにも両腕は背中の後ろに回され、手首と上腕で厳重に縛られ、脚も同様に、足首、大腿部に縄で結ばれていた。
口は猿轡をかまされ、悲鳴や苦悶の声を封じていた。
男たちは狭く薄暗い地下室ー倉庫か何からしいーに私を連れ込んでいた。
これから連中がしようとすることを私は理解した。野蛮な男が女の捕虜にすることといえば、ひとつしかない。
「ちょうど、いいのがあるじゃねえか」
そう言って、髭面の男が部屋の真ん中に置かれていたテーブルに目を付ける。テーブル上に散乱していた物を、構わず乱暴に払い落とす。
そこにスペースができると、
「よし。じゃ、やるか」
と、言って私の体をつかんだ。
私ができることといえば、まるで、陸に上がった魚のように体をくねらせて、抵抗するぐらいだが、むしろその動きは彼らの嗜虐心を刺激することになった。
「おうおう、生きがいいねえ」
小太りの男がよだれを垂らしながら言う。
男4人に担ぎ上げられた私は抵抗虚しく、テーブルの上に乗せられ、押さえ付けられた。
「脚を開かせろや」
男たちの中では、リーダー格らしい髭面がふたりに指示して、私の脚を拘束している縄を切り、テーブルの脚へ縛り直そうとする。
これが最後のチャンスだと、思った私はテーブルに押し付けられた上体を力の限り押し戻そうとするが、
「ダメだよ、お嬢さん」
優しげな口調で小太りの男が私の右脇腹に拳を押し付けた。
「うっ!ーーっ!!」
途端に胸まで走る激痛に私は苦しみ悶える。そこは先程、イリア・パゾムの蹴りで肋骨にヒビが入っているようだった。
「静かにしてろっ!」
さらに、髭面が首の上からギロチンチョークを掛けて、私の動きを完全に封じる。
苦しさに咳き込み、また激痛が走り、私の蒼い瞳から涙がこぼれ落ちた。
にやにやと厭らしい笑いを浮かべた男たちは、私が苦しむ様子さえ楽しんでいた。
やがて、私の脚はテーブルのそれに縛り付けられ、大きく股を開いた屈辱的な姿で拘束された。
「へへへ、じゃまずは俺からだな」
髭面の男が早速、上半身を脱ぎ始めた。しかし、
「いてて、おい手伝ってくれ」
他の男に言って、アンダーシャツ型のボディ・アーマーを脱がしてもらっていた。
「おいおい、そんなんでヤれるのかよ」
小太りが揶揄する。
「うるせえ。手前はこいつに撃たれてねぇからそんなこと言えるんだっ!」
ようやく裸になった髭面の背中には、20cm大の円形のアザがあった。
「こんなもんを俺にぶち込みやがって」
部屋の隅に置き捨てられていたソウドオフ・ショットガンを手にすると、髭面はスライドして、残りの3発を床に排きょうした。ひとつを拾い、
「ラバーショットとは舐めた真似してくれるじゃねぇか、ええ!?」
言いつつ、床に叩きつけ、踏み潰した。ショットガンも投げ捨てると、髭面は凄まじい笑みを浮かべた。
「まぁいいさ、今度はこっちの番だ。俺のマグナムをぶち込んでやるよ」
髭面がズボンのチャックをおろし、私が絶望して、目をつぶったとき、
「ちょっと、待てや」
地下室に新たに入ってきた傷跡の男が、髭面を制した。
「なんだ、お前か。これからって時に」
髭面が気勢をそがれ、あからさまに嫌な顔つきをする。
「イリア様が女をヤるのは後にしろとよ」
「なっ!ここまでしといて、お預けかよっ!」
「しょうがねぇだろ、お頭の命令だ。先走ったお前らが悪い」
「ぐっ!」
傷跡にそう言われ、何も言い返せない髭面であった。
「その代わり」
傷跡はいたずらな笑いを浮かべ、右手にピストル形状の注射器を握っていた。
「こいつと水を使って尋問しろとよ」
「ま、それで勘弁してやるか」
髭面はまだ不満そうな顔であったが注射器を渡されると、まんざらでもなさそうな表情に変わった。
「おい、ジーパンを脱がせ」
男たちは脚を縛られたままの私のジーパンをナイフを使って切り裂いていった。
ショーツを露わにした私は羞恥に死んでしまいたくなった。顔を横にそむけ必死にこらえる。
「かわいいねぇ」
髭面はそんな私の太股を撫でながら、舌なめずりし、唐突にそこへ注射器を突き立てた。
「ーーー!!」
押し殺された悲鳴も空しく、その中の液体を押し込んでいく。
「なぁ、こいつは強化人間なんだろ?普通より多めに入れた方がいいのか?」
「ああ、そうだな。こいつこんなの持ってるから、薬に慣れてるだろ」
小太りがロングコートのポケットから見つけたピルケースを振って見せた。
「へっ、ヤクチュウかよ。じゃ、いつもの倍入れてやるよ」
無慈悲に大量の薬物を注入した髭面は、何かを探しに部屋の外へと出て行った。
やがて、薬の効果が出始めていた。脇腹の痛みが引いていき、天井が回っているような、体が浮遊しているような酩酊にも似た感覚。
私の思考のどこかでは、これは異常だ、と抵抗していたが、ほとんどはそれを受け入れ気持ちは弛緩しきっていた。
(もうどうでもいいや・・・)
どこかで水音がするようだった。
「おい、便所からくんできたぞ」
という男の声と、ピチャピチャと水が跳ね、滴れる音が床近くからするのが聞こえる。
何かが私の顔を覗き込んでいるのが、分かったが、視界がすりガラスでもはめ込まれたようにやけにぼやけてはっきりしない。
「だいぶ、効いてきたみたいだな」
覗き込んだ顔がしゃべっていた。
(なんだ、これ・・・)
やけに黒光りする顔だった。額からは長く触覚が伸び、ノコギリ形状をした顎は縦にふたつに割れ・・・。
それは昆虫、アリの巨大な顔だった。
全身が鳥肌になり総毛立つ。
「ーーーーーーー!!!」
私の魂消るような悲鳴は猿轡に殺された。
「ありゃ、悪いトリップでもしたか、こりゃ」
覗き込んだ別のアリが言う。
「まぁ、いいさ。さっさと聞くこと聞いちまおう。
おい、お前の名前と所属、目的を言え」
そう言った、アリの1匹が口の猿轡を外した。すぐに私は叫んだ。
「誰かーーーーぁ!!助け・・・」
その顔にたっぷりと水を染み込ませたボロ雑巾が掛けられ、悲鳴を続けることはできなかった。
さらに、その上から、口と鼻腔に水が注ぎ込まれ、急速に窒息する。
「もっとかけろ。こいつは強化人間だ。ちょっとやそっとじゃ、死なん」
テーブルに縛り付けられた脚が、押さえ付けられた体が痙攣する。
「よし止め」
ぼろ雑巾が顔から剥がされると、私は大量の水を吐き出し、陸に上がった魚の様に口を盛んに開閉させ、なんとか空気を送り込もうとする。
「もう一度聞くぞ。お前の名前と・・・」
「イヤーーーーぁ!!・・・」
すぐに再び、ぼろ雑巾が顔に被せられ、かけられた水が口と鼻を蹂躙し、咽頭反射で肺からまた空気が無理やり追い出される。
雑巾が外される。また、かけられる。
何度、それを繰り替えされただろうか。
段々と私の意識は薄れていき、ここが現実なのか、非現実なのか、判断が付かなくなっていた。
死が私のすぐ近くに横たわっていた。
ふと見ると、天井から金髪ネオ・ジオンの士官服に身を包んだ青年が青白い顔を出して、私の方を見下ろしている。
(グレミー・・・、助けて・・・)
苦しい表情で私は助けを求めるが、その青年士官、グレミー・トトは冷たい目で私を見ているだけ。
(それはできないよ。だって僕はもう死んでしまったんだから。プルツー、君に見捨てられて)
私は必死に弁明しようとするが、
(そんな・・・グレミー、私は・・・)
言葉が続かない。
(だって、そうだろう。君は僕ではなく、ジュドー・アーシタをマスターに選んだ)
(ジュドー・・・お兄ちゃん・・・)
グレミーが言った兄の名に、私は一筋の細い光を見たような気がした。
(ジュドー、助けて・・・)
だが、グレミーは残酷だった。
(彼は来ない。ルー・ルカも、エル・ビアンノも。誰も君を助けにこない。
だって君は・・・)
(やめろ!!聞きたくない)
耳を塞ごうにも、後ろ手に縛られ、気持ち悪いアリどもに押さえ付けられた私は、身動きしようもなかった。
希望という細い小さな光を叩き潰し、彼の言葉に私の心は絶望が広がっていった。
(だって君はエマリー艦長やエルピー・プル、彼らの大切な仲間を殺した憎い敵なのだから)
グレミーの言葉が封印していた過去の記憶を呼び起こす。
(ああぁぁ・・・。だって、あれはグレミーがやれって。戦争だったから・・・)
(そうやって、僕にすべてを押し付けて、自分の犯した罪から逃れるつもりか。
だが、外面は繕えても、人の心は騙せない)
私は何とか反論しなければ、心が壊れてしまうような気がした。
(でも、でも・・・。ジュドーもルーも、みんなも私を許してくれたんだ!)
(本当にそう思っているのか?彼らが心から許してくれた、と?)
ぞっとするような言葉だった。
でも、私はその答えを知っていた。その答えから私は10年間ずっと逃げ続けてきた。
(プルツー、君は知っている、気付いている。だが知らない、気付かないふりをし続けていた)
私は頭を振って否定する。
だが、否定すればするほど、心の中には自分に対する嫌悪と後悔がつのっていった。
別の誰かになりたい。この自分の顔を焼いてしまいたい。
(君が許されたと錯覚しているのはな、プルツー。
君がエルピー・プルの似姿だからだ)
(違う・・・。違う・・・)
私は理由無き空虚な否定を繰り返すことしかできない。
(ジュドー・アーシタ。彼と仲間の記憶の中に、プルという無垢の少女がいたからこそ、その記憶を呼び起こさせる君の似姿が決定的な憎しみとならなかった)
(違う・・・、私はジュドーに、ルーに、エルに、みんなに愛された。友達になったんだ!)
私の心の叫びは感情から発されたもので、なんの裏打ちもなかった。
(あわれな人形だ。そう思うのは勝手だ。
だが、君は周りどころか、自分自身を欺いている)
グレミーの言葉は一語一語、一文一文が、的確に私の心を傷つけ壊していった。
(君の心を読み取る能力は知ってしまった。
ジュドーたちの心にプルツー、君がいないことを。そこにはすでにエルピー・プルがいたことを)
そう、事実だった。
それこそが、私が10年間自分を騙し続けてきた現実だった。
『あたし、エルピー・プル。よろしくね!』
初めて会ったときの純真な少女の笑顔。
『ジュドー、元気出して』
絶望の縁に立たされたときに本当の妹の様に励ましてくれた。
『好きだよ・・・』
そう言って、握り返した手はとても小さかった。
ジュドーの中にあるプルの記憶。あふれるばかりのきらめきとやさしさ。彼女に対する無限とも思える愛。
そこに私、プルツーが入り込む余地などなかった。
そして、あるのは・・・。
『あたしよ!死ねーぇ!!』
《ZZガンダム》の盾となって爆散するプルの《キュベレイ》。
それを止められなかった、ジュドーの自責の念。
そして、敵パイロットへの許しがたい憎しみ。
敵パイロット・・・?
敵・・・?
それは・・・
私。
(いやーぁ!もうやめてーぇ!!)
私の悲痛な叫びに、グレミーは満足そうな笑みを浮かべて、まるで私にとどめの一撃を加えようとしているようだった。
(やめないよ。罪も穢れも消すことはできないから。これは罰なんだ)
(罰?・・・なんで、なんで私だけがこんな・・・ひどいことを・・・)
その言葉に、グレミーの表情が一層厳しいものになった。
(君は妹たちのことを考えたことはないのか?君が見捨てて犬死にしていった彼女たちのことを!
君の末妹は死より恐ろしい恥辱を味合い、希望の光を奪われ死んでいったんだぞ。これから君がそれを受ける番だ。
罪を浄化される死に至る苦しみ。それだけが許されるただひとつの道)
グレミーの顔が天井に吸い込まれるように消えていった。
そして入れ替わりに、アリどもが砂糖に群がるように、私の体を舐め回し蹂躙していった。
再びアリの1匹が問う。
「お前は誰だ?何者だ?」
「私は・・・」
すでに、私の中には綺麗な、楽しい、幸せな記憶がもう何ひとつ残っていなかった。
それらはすべてグレミーが壊していってしまった。
床に放置された捕虜は死んだように動かなかった。
むろん、また手足を縄で縛り上げているので、動きようもないのだが。
「殺してはないだろうな?」
キアーラとの謁見を終えたイリアが地下室にいた。
「だいぶ弱ってはいますが、死んではおりやせん」
傷跡が答えて、捕虜を改めて見ると、その胸がわずかに上下しているようだった。
「それで何か情報は吐いたのか?」
イリアが尋ねると、傷跡が嬉々として、
「ええ。そりゃあもう。聞いて驚きですよ」
「なんだ?」
「こいつの名前はプルツー。階級は不明。所属はグレミー・トトのニュータイプ部隊で、目的はエゥーゴ所属の《ZZガンダム》と《ネェル・アーガマ》の撃破だそうでさぁ」
「・・・」
イリアが呆然とした顔になり、傷跡と顔を見合わせる。
次の瞬間、二人共噴き出した。
「アッハッハッハッ!!これはお笑いだ。やはりお前、薬を食わせすぎたな」
「そのようですな」
傷跡が頭を掻いた。
「まぁいい。もうどうでもいいことだ。私もキアーラ・ドルチェを殺す。お前らは手筈通り、火星軍どもを始末しろ」
イリアの言葉に、物のように横たわっていた捕虜の体が、ぴくり、とわずかに動いた。
「ははっ!つきましてはこの捕虜は・・・」
「安心しろ。もうこいつからの情報はいらん。必要ない。ことを済ませたら、船へ連れていけ。たっぷり可愛がってやれ。
生きているのが嫌になるぐらい」
その言葉に男たちが狂喜する。
「またまた、イリア様も無体なことを言いなさる。どうせ最後は『眠らせて』しまうのでしょう?」
「だからこそさ。せいぜい、お前や兵たちを『慰めさせて』から捨てた方が、少しは役に立つというもの」
イリア・パゾムはそう言って壮絶な笑みを見せた。
時間を少し戻そう。
ホルストの歓楽街の裏通りで、アレクは落ちていたサングラスを拾い上げた。
「お気に入りだって言ったのに、・・・」
マリアに貸してやったものだった。
地面に落ちた衝撃でからか、それとも顔を殴られでもしたのか、それはテンプル(つる)のところが折れていた。
しかし、その断面に普通ならあり得ない物が埋め込まれていた。
超小型位置発信器。
「ここで、やりあったのは間違いないようだな」
もうひとりの《ダイニ・ガランシェール》クルーのフラストが言いつつ、路面からまた別の物を拾う。12ゲージ装弾の薬莢だった。
「ゴム弾なんか使いやがって。どんだけ甘ちゃんなんだよ、あいつ」
薬莢をポイ捨てすると、ジャンパーのポケットからコロニー中継基地経由で無線機の受話音が鳴った。
『フラスト、聞こえるか?』
「どうした?」
《ダイニ・ガランシェール》に残したトムラからだった。
『外に出てるクワニからなんだが、』
クワニは《ギラ・ズール》で港外、火星面から周囲を警戒中であった。
『軌道上に巡洋艦が来てるぞ』
「なんだって!?どこの船だ?連邦か?」
『わからん。だが、《ムサイ》系じゃないかと思う。俺も映像だけではっきりと言えないが、多分《エンドラ》級だ』
(《エンドラ》だと!?)
その報告にフラストはアレクと顔を見合わせる。アレクのサングラスの眉間にも深くシワが刻まれていた。
《エンドラ》級重巡洋艦。
アクシズが《ムサイ》級の発展型主力艦艇として建造した巡洋艦である。第一次ネオ・ジオン戦争では、対エゥーゴ、対連邦軍との戦闘で勇名を馳せ、戦争後期はネオ・ジオン内乱の発生により、ハマーン派、グレミー派、双方の勢力で使用された。
戦後、連邦軍に接収された《エンドラ》級は、かつて自軍の艦隊に組み込まれた《ムサイ》級と異なり、そのほとんどが爆破自沈された。
そのため、今フラストたちがいる地下の天井を突き抜けた、火星軌道上にいる《エンドラ》は、
(連邦軍じゃない。とすると、・・・)
また、同型艦は第二次ネオ・ジオン戦争において運用されることは少なく、ラプラス戦争に加わった数隻も撃沈・損傷し、その他のほとんどは退役したものと思われた。
「どっかの落武者のなれの果て。海賊か」
『おそらく、な』
フラストの言葉にトムラが同調し、アレクがサングラスを指で押し上げる、ーつまり、同意見ということだ。
「いつでも逃げ出せるように準備はしておけ。それから、あの鉄砲玉の発信位置はモニターできたか?」
『ああ。どうも行政地区のようだ』
発信器はもうひとつ、トムラがマリアに貸したジーパンの中にも仕組んであった。
「保険掛けといて良かったな」
アレクの言葉にフラストは答えなかった。
ただ包帯が巻かれた右の拳を固く握り締めた。
(今度はあいつを死なせない、絶対に)
ふたりの男たちは獲物の痕跡を追う猟犬のように走り出した。
そこから程近くの狭い路地。
その男、アンジェロ・ザウパーは膝を腕で抱えて座り込み、地面に置かれたドリンクのパックと応急スプレーをぼんやりと眺めた。
彼の目には、およそ生気というものが無かった。整った顔立ちは垢やホコリにまみれ、かつての美しい銀髪は手入れもされずボサボサに伸び、老人の白髪を思わせた。
アンジェロは先程、なぜホームレス風の2人組に襲われていたのか、忘れてしまった。多分、縄張りがどうとか、よそ者いじめだとか、くだらない理由だと思うが、正直どうでも良かった。
(なぜ、あの女・・・。多分、女、だろう・・・。なぜ、私を助けたのだろう・・・)
今の彼にとって世界は何の意味も持たないものだった。
希望、生きがい、誇り、幸福、光。一切が無かった。
(なぜ、世界は存在する。なぜ、私は生きている)
アンジェロは腕を伸ばす。
そして、ドリンクパックをつかみ、向かいの壁に思い切り投げつけた。それは簡単に破裂し、飛沫が盛大に彼の顔面にかかった。
口の中にまで入ってくる。傷病人用のそれはひどく不味かった。
苦い思いが胸中に広がる。
(大佐・・・なぜ私を置いていかれたのです・・・?)
アンジェロは自らの膝に顔をうずめ、永遠の闇に飲み込まれたいと願った。
「本当にここで間違いないか、トムラ?」
身を低くし、通りの角から目的の建物をうかがうフラストは疑念に満ちた声だった。
『ああ、位置はそこから前方200mで捉えたのが最後だ。あとはロストした』
「しかし、ここは・・・」
フラストが口ごもる。彼の前方にある、広い庭園に囲まれた
それは表向きサイド6の所有する建物と敷地であったが、実際には【ジオン独立火星軍】の司令部になっていた。
そして、そのことをフラストも承知していた。それどころか、数日前に火星に補給物資を届けたのは、まさにこの屋敷なのだった。
(あのバカ、何やらかしやがった?)
考えても何も思いつかないフラストにアレクが追い討ちをかける。
「それで、どうすんです?」
「どうするったって・・・」
答えに窮し渋い顔でフラストは双眼鏡をのぞく。ぐるりと柵に覆われた向こう、正面玄関前には弾倉を叩き込んだライフルを持つ2人の衛兵が寝ずの番よろしく、直立していた。
「・・・とりあえず、裏口に回ってみるか」
ダメ元で行くと、裏口ーと言っても実際には貴賓出入口だが、ーには衛兵も誰もいなかった。
(どうなってるんだ?)
しかし、見張りさえいなければ、柵を乗り越えて屋敷まで行くことはできる。その他の侵入センサー類は設置されていないことを祈るだけだが。
「よし、行くぞ」
フラストは難なく、アレクは苦労して柵の乗り越え、庭園を突っ切り、貴賓出入口の分厚い扉の前までやってきた。
フラストがその取手に手をかける。
(しかし、さすがに鍵ぐらいは・・・)
あっさりとそれは回り、施錠もされていなかった。
(何かの罠か・・・?)
音もなく建物内へ滑り込む2人だったが、心臓は早鐘のように鼓動していた。
そして、時は進む。
イリア・パゾムは元来た廊下を戻っていた。キアーラの元へと至る道である。
(同族殺しの血塗られた道を行くか、私も)
イリアは自嘲気味に笑った。そんなことはすでに経験済みだった。
(私の手は十分、ジオンの血で汚れている。ついでだから、もう少し汚してやろう)
ただひとつ心残りなのは、イリアの昔の主のことであった。
(お許しください・・・)
その扉の前まで来ると、イリアは感傷を捨て、両袖から小型拳銃を引き出した。
地下室でひとり、捕虜を見張っていた傷跡の男は我慢できずに、彼女に覆い被さろうとしていた。
他の4人は屋敷の【火星ジオン】の兵を排除し、火を付けて混乱を起こさせる手筈になっていた。
同時に街に浸透した仲間の別働隊がMSで核弾頭を奪取、イリアと自分らと捕虜を収容する予定だ。しかし、
(《エンドラ》に戻ったら、若い奴らが寄ってたかって『おもちゃ』にしちまうだろうな。こうなりゃ、先に俺が遊んでおくか)
である。
捕虜のTシャツの首元をつかみ、乱暴に引き寄せる。目は開いているが、それはまるで蒼いガラス玉をはめ込んだように、光が無く覗き込んだ傷跡の顔を反射するだけであった。頬を張っても反応は無い。
(まるで、人形みてぇだな。まぁいいか)
傷跡はTシャツの下端をつかみ、めくり上げようとした。
その時、
「おい」
地下室の扉が開き、誰かが入ってくると同時に、声が掛けられた。振り返りながら、
「随分早かったな・・・」
傷跡のセリフはそれ以上続かなかった。
高速で繰り出された、ブーツの硬い靴底が傷跡の顔面にめり込む。部屋の壁まで吹き飛び、ハエのように叩きつけられた。焦点の合わない目で顔を上げると、鬼の形相になったフラストが立っていた。容赦なく、2撃、3撃目が加えられる。
(畜生、畜生、畜生!!)
心の中で呪いを吐きながら、フラストは拳を打ち続けた。血が飛び散り、フラストの顔が赤いまだら模様に染まる。
「フラスト、もうよせ!」
アレクの言葉にようやくフラストは自分を取り戻した。
傷跡の男は顔を血の池に沈め、すでに絶命していた。
ようやく、左拳に痛みが知覚されてきた。
「参ったな。右に続いて、左手までやっちまった・・・」
フラストの左拳は裂け、自分と相手の血で真っ赤になっていた。
アレクがナイフを抜き、マリアを拘束していた手足の縄を切り猿轡を外してやる。横臥したまま彼女は弱々しく、フラストの方へ手を伸ばした。
「マスタ・・・」
その言葉がフラストを愕然とさせた。その容姿から予測はしていた。だが、もしかしたら、違うのではという一抹の疑念もあった。だが、
(間違いない。この娘も・・・)
マリアがフラストの傷付いた手に自分のそれを重ねる。そして、彼女の思惟が流れ込んできた。
(キアが、あの子が殺される。助けて!)
体が引き込まれるような感覚と共に、時間を遡るように彼女の記憶が入ってきた。
【木星ジオン】のイリア・パゾムの存在。彼女の殺意。
ミネバの影武者、キアーラ・ドルチェ。彼女の拉致・誘拐。
幾度も見続けるグレミーの夢。毎日飲みつづける精神安定剤。
フラストはもっと奥深くへ降りていこうとした。
《ジュピトリスⅡ》の広いラウンジだった。行き交う人々が無重力遊泳し、窓の外の景色に星とスペースデブリが流れるところから、そこが巨大な宇宙船の一室なのだろうと、フラストにも想像できた。
窓際のソファに腰かけた青年が視界に入り、心臓の鼓動が早まるのをフラストは感じた。
(これは、・・・マリアの気持ちか?)
少しはね気味のこげ茶の髪。意志が強そうな太く濃い眉の下には優しげな瞳が、虚空にきらめく星々の輝きを映していた。気持ちが高まりながら、青年の元へ遊泳して行こうとするのが分かる。
だが青年の前に、露出度の高いカクテルドレスに身を包んだ女性が現れ、マリアの気持ちが急にしぼんでいくのを、フラストも感じた。パープルのストレートヘアーをなびかせ青年のソファを向かいへ腰かけ、青年に笑いかける。容姿端麗という言葉がまさに似合う女性だと、フラストは思った。
そして、ふたりはお互いの顔を近づけ、その唇を・・・。
その光景をマリアが顔を背けたのだろう、フラストは見ることができなかった。
突如、体が押し戻されるような感覚があり、フラストは現実に戻された。
荒い息遣いでマリアがこちらを睨んでいた。彼女の瞳は先程よりか幾分光を取り戻しているようだった。
「人の・・・心の奥に・・・。
土足で踏み込むな・・・」
やっとのことでそれだけ言って、マリアは顔を俯けた。
(マリア・・・。泣いて、いる?)
彼女の背にアレクがそっとロングコートをかけてやった。
その時。
階上で起きた連続的な銃声が地下室にまで響いてきた。