After La+ ジュピトリス・コンフリクト   作:放置アフロ

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今話の登場人物

ベイリー(機動戦士ガンダムF90より)
 中年男性。おっさんとも言う。元・公国軍人。
 残党であるジオン独立火星軍の少尉。
 愛機は一年戦争以来の《ゲルググキャノン》。
 アイバン、クワニの3人で【脇役三銃士】を自負する。
 




ホルストの午後

 太陽系第4惑星・火星。

 その火星面コロニー・ホルストの総督府。

 キアーラ・ドルチェは広い応接室にただ独りソファーに腰掛けながら、落ち着きなく服の袖に手を当て、具合を確かめていた。

 別に、あてがわれた服の袖がほつれていたわけでも、サイズがおかしかったわけでもない。センスも悪くない。

 黒のタートルネック、赤のタータンチェックのスカート、黒のショートブーツ。どれも無難だと思った。

 何より彼女を落ち着かせないのは、この部屋自体である。

 旧世紀、中世ヨーロッパを意識した装飾と調度品なのだろう。彼女の腰掛ける頭上にそびえる巨大なシャンデリア。向かいの暖炉上の天井まで届きそうな鏡。その前に置かれたやはり巨大で華美な壺。

 しかし、背後の壁は、

 

(ちょっと、・・・これはどうなのかしら・・・)

 

 一面がワイドスクリーンとなっており、キリストの誕生から最後の晩餐を経て復活までの様子が一定時間で、フェードしながら切り替わっていった。

 少し趣味を疑ってしまう。

 10年前の影武者時代ならいざ知らず、木星圏での簡素な暮らしに慣れていたキアーラには、それらは悪い冗談の一種のように思えてしまった。

 やがて、分厚く、天井近くまである木製の扉が開き、ここへ案内した人物がワゴンにティーセットを載せて入ってきた。

 わずかに感じる紅茶の香ばしさと甘い香りがキアーラの鼻腔を刺激する。洋食器が微かに立てる物音と共に、ワゴンがキアーラの隣りに止まり、その前にカップとソーサーが置かれる。

 その人物ー旧ジオン尉官の軍服に身を包む中年の男ーは震える手つきで、ティーポットからカップへと茶色の液体を注ぐ。

 ようやく、注ぎ終えたかと思えたところで、わずかにこぼれた紅茶がレース編みのテーブルクロスを濡らす。

 

「・・・失礼を致しました」

「いえ、ありがとうございます。ふふ、火星で紅茶を入れるのって、とても難しそう。あまりお気を使わないでくださいまし」

 

 鈴を転がすような美声と微笑をキアーラは男へ向ける。

 その軍人は少しバツが悪そうな顔をするも、同時にほっとする。

 

「実は火星で紅茶を入れるのは私も初めてなのですよ」

「まぁ・・・」

 

 微笑からにっこりとした笑みになり、キアーラのエメラルドグリーンの瞳がアーチ状に細められた。

 

「私もベイリー少尉の手元の様子からそうなのかな、と思っていました」

「かないませんなぁ・・・。申し訳ございませんが、今しばらくお待ちください。お着替えの用意も間もなくできようかと思われます」

 

 言いつつその尉官、ベイリーがリラックスして自分の紅茶を入れる。

 

「その間、小官と世間話でも・・・。いや、歳も生活圏も違いますから話が合うかどうか分かりませんが・・・。

 あ、そうそう。こちらもどうぞ」

「あら」

 

 そう言ってテーブルに置かれた、ブラウニーにキアーラは目を丸くする。それは本物の手作り、出来立てのチョコレートの風味を放っていた。

 

「10年ぶりに挑戦したわりには上手くできました」

「これを少尉ご本人が?」

 

 キアーラはますます驚いた。あとの言葉が続かず、とにかくフォークを手に取ってみる。

 ひとつ口にして、舌の上に広がる濃厚な甘みとそれを引き出すカカオのほろ苦さ。外の焼け具合と、中のしっとり感。絶妙だった。

 

「おいしい・・・」

 

 それ以外言いようがなかった。

 

「ありがとうございます」

 

 40歳に近い顔を輝かせてベイリーが喜ぶ。

 一旦フォークを置き、カップを手に取る。ハンドルの中には決して指を入れず、摘むように持ち口元へ運ぶ。

 マスカットのようなフルーティな香りも良い。そして、カップを傾け味わう。わずかな酸味がブラウニーとの相性も最高だった。

 すべてが高貴さを持って行われるキアーラの動作は、幼少期にアクシズの宮殿で教え込まれた礼儀作法であった。

 火星での生活やこのコロニーの様子の話など一通りの社交辞令を交わすと、おもむろに、キアーラはカップを置く。

 ごく小さな聞き取れぬほどの音が鳴る。それは彼女のわずかな動揺の現れだったのかもしれない。

 ベイリーの目をまっすぐ見つめながら、キアーラが言った。

 

「ひとつ、分かりかねることがあります」

「何でしょう?」

 

 まさか、ブラウニーの隠し味についてではあるまい、とその後のキアーラの言葉にベイリーは身構えた。

 

「こんなにおいしい紅茶を入れ、ブラウニーを作っていただける方が、民間船のクルーを拉致して残忍に殺したとは思えないのです」

 

 いきなりの踏み込んだ話。護衛兼世話役に過ぎないベイリーが果たしてどれほど真実を話してくれるものだろうか。

 キアーラは若干不安に思う。

 

「キアーラ様はいつぞや、出回った映像媒体のことをおっしゃっているのですな?」

 

 キアーラはこくりと頷く。

 

「中身もご覧になりましたか?」

 

 ベイリーのその言葉にキアーラは目を伏せた。肯定と受け取ったベイリーは深く嘆息した。

 

「キアーラ様は孫子の兵法、『兵は詭道なり』という言葉をご存知ですか?」

「知りません。私は子供の頃にハマーン様に、『戦いは尊いが、高貴な者がすることではない』と教えられましたので。

 少尉、私は回りくどい言い方は好みません。はっきりと申してください」

「これは失礼致しました」

 

 ベイリーは直截に詫び、座を正して続けた。

 

「では申し上げます。あの様な所業、天地神明、ジオンの名に誓って我ら【ジオン独立火星軍】の仕業ではございません」

「それでは誰が、何のためにあのようなことを!人がすることとは思えません!」

 

 柔和だったキアーラの顔が怒りに歪んだ。もっともだと、ベイリーも頷く。

 

「我らを陥れようとする者たちの仕業・・・、残念ながら、彼らも同じジオンの残党でしょう」

 

 彼は続ける。

 

「今、ジオンは滅亡の危機に瀕しております。

 ジオン共和国の自治権返還を2年後に控えての派閥闘争。共和国派とネオ・ジオン残党派。強硬右派と中道左派。

 残党間の地域の温度差も大きい。地球残留組、火星、木星、アステロイド・・・。

 皆それぞれが違ったジオン・ダイクンとザビ家の解釈の仕方をしております。

 かつては、連邦軍と戦い、独立を勝ち取るという大義で一枚岩となっていたジオンが、いまや、各々の内にある『正義』に従った戦いをしております」

「正義に従えば、あの様な蛮行も許されるのですか?」

 

 キアーラの口調は思わず厳しいものになる。

 しかし、思いとどまり、

 

「・・・すみません。少尉に言ってもしょうがないことですね」

「いえ、キアーラ様が怒られるのももっともなことです。我ら火星軍が不甲斐ないばかりに、海賊同然に成り下がっている、かつての同胞がいることも事実です」

 

 キアーラは眉根に小さなシワを寄せ、悲しい表情となる。

 

「私には、あの方の・・・、ミネバ様のお気持ちが分かるような気がします。どんな気持ちで、・・・どんな希望をもってあの呼びかけをしたのか」

「2年前の・・・」

 

 ベイリーが皆まで言わず、キアーラが頷く。

 

「ミネバ様が信じたかったのは、『人の内の善なる思い』。絶対に自らの『正義に従うこと』ではない」

「そうですな・・・」

 

 同意するベイリーの表情は渋い。

 

「ですが、あれでは大衆は分からんのです。大衆はもっと具体的なやり方と象徴を欲しているのです」

 

 その言葉に、キアーラもベイリーを見返す。

 

(美しい瞳だ)

 

 その深いエメラルドグリーンを見続けると、深層心理まで読み取られているような錯覚に陥る。

 どれほど、そうしていただろうか。

 キアーラがにっこり微笑んだ。

 

「私は少尉が10年ぶりにブラウニーを作られたことが運命的に思えます」

「キアーラ様・・・?」

 

 その含みがある言いように、ベイリーの表情が彼女を気遣うような、苦いものを噛むようなものに変わる。

 

「私も10年ぶりにミネバ・ザビになりましょう」

 

 返す言葉もなく、ただベイリーは頭を下げた。

 

「顔を上げてください、少尉。独立戦争の敗戦から、あなた方に掛けた苦労に比べたら、これから私がすることなど、なんでもありません」

 

 顔を上げた、ベイリーの目は幾分赤みを帯びていた。

 その時、廊下から扉がノックされる音が響く。続いて入室した屋敷の侍女と思われる女性が、

 

「お召し替えの支度が整いました」

 

 と言う。

 決心が揺るがぬ内に、キアーラはすぐに立ち上がった。

 ベイリーも立ち上がり、鮮やかな最敬礼をする。

 凛とした姿勢と表情の彼女はもはや、キアーラ・ドルチェではなく、ミネバ・ラオ・ザビのそれになっていた。

 まっすぐに廊下を目指す。その先の部屋に最後の仕上げをする、ネオ・ジオンの軍装が用意されていた。

 だが、彼女は立ち止まった。

 

「ベイリー少尉」

「はっ!」

 

 振り向かずに彼女は続けた。

 

「貴官のブラウニー、とてもおいしかった。ありがとう」

 

 そして、彼女の心中をひとりの女性の面影が去来する。

 

(マリィ、あなたがいれば、・・・さぞ、喜んだでしょうね)

 

 彼女は思いを振り払うかのように、強い足取りで歩み出した。

 

 

 同時刻。

 そのマリィ、ーマリア・アーシタは火星面コロニー・ホルストの貨物港に降り立った。

 

(キア、どこにいる・・・)

 

 

 マリネリス渓谷。それは長さ4000 km(およそオーストラリア大陸の東西距離に匹敵)、深さ7 kmに達し、幅は最大200 kmに及ぶ。

 最深部に掘られた横穴は火星面コロニー・ホルストにとっては最古の開発地域にあたり、現在は宇宙貨物港として利用されていた。

 その港の端にある倉庫街。そのひとつの倉庫にマリアと《ダイニ・ガランシェール》のクルーは《キュベレイ》を隠し、マリアは彼らと別れた。

 

 

「本当に一人で行くんだな?」

 

 《キュベレイ》を隠した倉庫の横。倉庫と倉庫の間の狭い路地。

 フラストの真剣な顔付きに、私も同じような顔で頷いた。彼は一つ嘆息して、

 

「分かった。勝手にしろよ。お前の頑固っぷりはこの数日で思い知ったからな」

「よく言うよ。頑固なのはお互い様だろう?」

 

 なにおー、と言ってフラストが憤慨するのを、一緒にいたアレクとトムラが押さえる。

 

「用事が済んだら、さっさと帰ってこい。そのサングラス、お気に入りなんだ」

「えっ・・・!?」

 

 私が掛けているサングラスを指差しながら、アレクが言った。これは変装用に彼から借りていた。

 しかし、何より、『帰ってこい』という、彼の言葉に私は動揺した。

 

「おいおい、寝ぼけてんのか、あんた?」

 

 それを察知して、トムラの腕を乱暴に振り払いながら、フラストが私へ言う。

 

「ヘリウムと金塊。今回の報酬を受け取るまで、今度はあんたの方が俺たちにとっての保険なんだよ。

 野暮用終わらせたら、《ガランシェール》に戻れ。逃げんなよ、コラ」

 

 それを聞いて、トムラが苦笑し、眉の形を『ハ』の字に変える。

 

「まぁ、火星から出るにしても、とにかく船は必要だろ?」

 

 トムラの言葉を受け、キアーラを救出した後のことを、まったく考えていなかった私は自分の無計画さに呆れ果てた。

 

「ま、気を付けてな」

 

 と言って、トムラは片手を軽く上げ別れを告げる。

 

「あ、・・・ああ」

 

 私もそれに答え、付け加える。

 

「ありがとう」

 

 フラストが、ふんっ、と盛大に鼻を鳴らしながら、背を向けトムラに続く。

 最後にアレクが無言で私を見送った。

 

 

 一度も振り向かず、私は市街ブロックへと通じる貨物搬入用エレベーターの巨大な扉の前までやってきた。

 何か、後ろ髪が引かれるような思いで、振り返ってしまえば、気持ちが揺らいでしまいそうだった。

 

(だが、今はキアを助け出すことだけ考えなくては・・・)

 

 私は意識を集中し、周辺にある彼女の思惟を捕らえようとする。

 しかし、

 

(だめか・・・)

 

 感じるのは、周りにいる港湾労働者の雑多な思念しか感じられない。

 

(前はこんなはずじゃなかった。もっと距離があっても感じられたはずなのに)

 

 私はイラつき、ロングコートのポケットからピルケースを取り出す。

 安定剤を一錠、手のひらに転がしたところで、思いとどまった。

 

(もしかして、薬のせいで感覚が鈍っているのか?)

 

 私はその錠剤をピルケースに戻した。

 

(発作が来る直前まで我慢しよう。今は彼女の意識を捕まえるのが先だ)

 

 そう思った時に、エレベーターが到着した。

 

 

 3時間、市街のあちこちー市場、メインストリート、商業地区ーを歩き回って、彼女の意識を探ったが結果は何も得られなかった。

 小さいコロニーながらもここには歓楽街があった。私は気が進まなかったが、そこへと踏み入って行った。

 そこはすでに別の顔、『夜の街』を見せていた。

 

「ちょいと。そこのかっこいいお兄さん。安くしとくよ。寄ってきなよ」

 

 ふわっとした艶のある声に呼び止められ、私は振り返る。

 茶髪をまるでチョコレートパフェの様に高々と結い上げ、白基調にバラの刺繍が縫われたドレスを着た女が私を手招きしていた。

 ドレスは肩も背中も露わで、胸元も大きく開いていた。顔はある程度整っているが、化粧が濃く香水もきつい。

 看板を見上げてみると、ピンクと青の電飾は『SEX ZONE』と点いていた。直球過ぎて、笑いそうになった。

 

「私は女だ。殺すぞ」

 

 今の私は頭に付けたサイコミュ・コントローラーを隠すために、大きめのキャスケット帽を被り、アレクから借りたサングラスを掛けていた。チャコールのロングコートの下には、イイヅカ整備長が貸してくれたソウドオフ・ショットガンを隠し、ジーパンのベルトにはM-92F自動拳銃を収めたホルスターを吊っていた。

 

「まー、怖い。でも女の人でも楽しめるんだから。かわいい男の子でもおじさんでも呼んじゃうよ。

 もちろん、その手の趣味があれば、女の子同士だって・・・」

 

 大抵の客引きは凄めば、すごすごと退散したが、この女はしつこかった。私は盛大に嘆息した。

 

(よくもまあサラッと受け流す。恐れる心がないのか)

 

 地上のいずれの街、どこのコロニーにも大抵ある、似たような色街だった。

 妖しく、淫靡に輝くネオンの電飾。それぞれに着飾った商売女と黒服。

 ゴミクズが散乱した路上。道端にある小便なのか、吐瀉物なのか、正体不明の液体たまり。

 服からはみ出した下腹を揺すらせながら歩く俗物とそれにたかる女ども。

 店員に無理やり追い出される酔っ払い。

 道端に座り込むホームレス。

 それらすべてが混然一体となり、私の視覚、嗅覚、聴覚を麻痺させる。

 

「さかしいんだよッ!」

 

 何とか食い下がる女を一喝し追い払い、私はキアーラを探すために意識を飛ばす。

 

(こんなところでやりたくないな)

 

 という思いはあったが、それでも私はキアーラを見つけなければならないという使命感が勝った。

 すぐに、周辺を漂っている思念が入ってきた。

 

 と、

 

(う・・・!!)

 

 私は思わず、口を押さえて、色街の大通りから狭い脇路地へ駆け込む。

 壁に両手を突き、こみ上げてくるものをすべて吐き出すと、少し楽になった。

 

(なんで人間はあんなに醜くなれるんだ・・・)

 

 深く何度も呼吸するうち、荒かったそれはだんだんと治まり、私は平静を取り戻した。

 しかし、また通りに戻って、意識を飛ばす気には全くなれなかった。

 その時、暗い路地の奥から物音が聞こえる。ガツガツという短く、重く、鈍い衝撃音。

 先ほどの嫌な経験に警戒心が強くなっている私は、コートの裾をめくり、ショットガンのグリップを握った。

 ゆっくりと慎重に奥へ進んでいく。奥はT字路になっており、その角のすぐ左から物音は響いていた。

 私が壁際からこっそりと半分だけ顔を出して、窺うと、私から2mほどしか離れていない路地内で2人の男がひとりの人間を殴る蹴るし、痛めつけていた。

 どちらもホームレス風であるが、やられている方は、地面に這いつくばり一方的な暴力であった。

 理由はどうあれ、

 

(無抵抗な人間を・・・!!)

 

 鬱憤もたまっていた私はすぐに動いた。

 角から飛び出すと、まず近くの男の襟首をつかみ、後方へ投げ倒した。

 

「なんだ、てめ・・・!」

 

 という定型句を言う間もなく、もう片方は下からすくい上げられたショットガンのグリップにアッパーカットを喰らい、顎を砕きながら、物のように倒れた。

 

「雑魚風情が!まだやるか!?」

 

 と、最初の男の方へ向き直った時には、すでに、その男は足元を滑らせながら、逃げていた。

 顎を砕かれた男は仰向けに倒れたままで、口からカニのような泡を吹き、一向に意識を取り戻す気配がない。

 視線を落とし、やられていた男を見ると、ぐったりと地面に力なく横たわっていた。

 波打った白髪は手入れもされず伸び放題で、表情を隠していた。かなり高齢のように思える。

 

「大丈夫か?」

 

 私はしゃがみ、声を掛けながら、その体に手を伸ばす。

 それに気が付いたのか、弱々しく腕が上がり、・・・

 男の肩に手をやろうとした私の腕を払った。

 

「・・・余計なこと、するな」

 

 今にも消えそうな小さな声であったが、思っていたよりもずっと若い男の声だった。

 

(なにがこの男をこんなに・・・)

 

 落ちぶれさせたのだろうか?男の態度に怒りもあったが、疑問や憐れみの方が多かった。

 私はしゃがんだままの姿勢で腰のポーチから、傷病人用栄養ドリンクのパックと、傷応急スプレーを男の前に置くと、

 

「良かったら使え」

 

 声を掛けたが、もう反論も何もなかった。

 立ち上がり、顎を砕かれた男をゴミ箱にでも入れておこうか、などと考えていると、唐突にそれは私の中に入ってきた。

 

(・・・今更、ミネバ・ザビだと。滑稽だな)

 

 それを感知するや、即座に私は走り出した。

 

(間違いない!あれはキアだ)

 

 狭い路地をどんどんと奥へ走る。縦横無尽に駆け巡り、どこをどう曲がったかなど覚えていない。

 そんなことはどうでもいい。やるべきことは、血の匂いを嗅いだ猟犬のように、その思念を追いかけること。

 長いトンネルから抜け出たように、脇路地から幾分道幅のある裏通りへ出たところで、私は目指す一団をついに見つけた。

 

(5・・・、いや6人か)

 

 チンピラかマフィア風の男が5人、全身を被うフードローブ姿が1人。

 フードローブを守るように、あるいは囲むように、マフィア風たちが前方に2人、後ろから3人が付いていた。

 

(あのフードローブで隠しているのがキアだ)

 

 私は十分な距離を取って尾行しながら、作戦を立てる。

 

(でも、背後をとって完全に奇襲ができるんだ)

 

 これほど有利な状況があるだろうか。敵は5人だが、手持ちのショットガンの弾倉も5発。撃ち尽くせば、腰の自動拳銃を使えば・・・、

 

(いや、そんなことより撃ち合いになったらキアの身が危険だ)

 

 別の機会を窺って、銃を使わずにキアーラを奪回するか?

 だが警備が厳重になったり状況が今よりも酷くなることも十分考えられる。今なら敵の数は限られているし、かつ裏通りの人通りも少ない。

 攻撃をかけるならチャンスだ。

 

(よし、やる!)

 

 私は生唾を飲み込んで、決意した。

 コートの内側でショットガンのスライドを前後に引き、弾倉から滑り出た初弾の12ゲージ装弾がチャンバーに送り込まれる。

 小気味よい金属音と共に発射可能な状態となった。安全装置をかけ、1発減った分の弾倉へ補充の装弾を入れる。

 私はゆっくりと深く息を吐き、足音を殺しつつ歩調を速めた。

 前方の一団との距離が詰まっていく。

 20m・・・、15m・・・、10m・・・、私は安全装置を解除した。ここまで来れば、ソウドオフ・ショットガンが最適の接近戦の距離であったが、キアーラを救出しなければならない目的上、私はさらに近づいた。

 8・・・、6m・・・あと少し。

 そこで、急にフードローブのキアーラが歩みを止め、後ろを振り返った。付き従っていたチンピラ風の3人も連れられるように止まった。

 停止したせいで直後に、私と彼らの距離は5mまで縮まった。

 

(今っ!)

 

 私はコートの裾をまくり上げながら、右手はグリップ、左手は前方のスライドを保持したショットガンを挙銃していく。

 右目と銃身の延長線上に右端の男を捕らえた瞬間、人差し指はトリガーを絞った。

 裏通りの建物の壁に反響し、雷鳴のような銃声が轟く。

 銃口を飛び出した15個のショットをもろに背中に受けた男が吹き飛ぶ。電光石火でスライドを前後し、排きょう・装填。

 左に銃を振りながら、2人目、3人目と同じように撃ち倒してゆく。

 後ろの3人を排除したところで、私はローブのキアーラへ走り寄り、叫びながらその腕を取る。

 

「伏せろ!!」

 

 そのまま、腕を引いて、銃声に呆然としているだろう、キアーラを地面に伏せさせる。

 はずだった。

 私は感電したかの様に、掴んだキアーラの腕を離した。

 いや、それはキアーラの腕ではなかった。

 よくよく見れば、ローブごしの体格もおかしい。キアーラはミネバ・ザビ同様、小柄でこんなに背丈がない。

 なぜこんな単純なことに気が付かなかったのか。

 目深に被ったフードの奥で、その人物が微かに口元を歪めた様な気がした。

 

(お前は・・・誰だ・・・?)

 

 私は戦慄した。

 その後は一瞬の出来事だった。

 ローブが回転し、急に発生した遠心力でその裾を持ち上げる。後ろ回し蹴りを放ったのだ。

 咄嗟に息を吐きながら、腹筋を締めたが、その蹴りは的確に私の右脇腹を捕らえ、肋骨に嫌な感触を残しながら、私は後ろへ吹き飛んだ。

 

(こいつ、強い!早く・・・立て!)

 

 倒れた私は体に命じながらも、体の方は言うことを効かず、のろのろと上体しか起こせない。

 すぐに追い討ちをかけたフードローブが飛び込んできた。繰り出された拳がみぞおちにめり込む。

 強烈な衝撃と激痛で呼吸ができない。

 その時、フードがはらりと後ろに脱げ、その顔貌が露わになった。

 妖艶なピンク色の髪、褐色の肌、血の様に濃い唇。

 その女はもはや動けず、呼吸もままならない私に、キスができるほど顔を近づけて言った。

 

「久しぶりだな、グレミーの亡霊」

(この女、知ってる・・・。ネオ・ジオンの・・・)

 

 だが、そこで私の思考は深い暗黒に飲み込まれた。

 

 

 




あとがき

 作中の波打った白髪の男は、ガンダムUCの登場人物です。

バナージ「わかった!サイアムおじいちゃんだっ!!」

 ブブー!惜しい。それを言うなら、曾々おじいちゃんでした。


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