禁書目録。
魔道書図書館。
そんな二つ名を持つインデックス――正式名称は『Index-Librorum-Prohibitorum』――という少女は、完全記憶能力という人並み外れた能力を持っている。それは一度見た者は絶対に忘れないという絶対の記憶能力で、彼女が魔道書図書館に選ばれることになった大きな理由でもある。
そんな能力を持つ彼女だが、とある事情により一年周期で記憶を消さないと死んでしまう身体になってしまっている。その『とある事情』とは、彼女の脳内に魔道書が詰め込まれすぎたことにより記憶の圧迫――という事になっているが、真実は全く異なる。
イギリス清教が施した魔術的な『首輪』。
その『首輪』のせいでインデックスは一年周期で記憶を消す羽目になり、更には記憶の圧迫が原因だと勘違いした――いや、させられた神裂たちが無駄な努力と奔走を続ける事になってしまった。彼女の記憶を何とかしようと自分の人生を犠牲にした魔術師全てが、イギリス清教の罠によって無駄なものとなってしまったのだ。
―――というのが、とある魔術の禁書目録という物語における、インデックスという少女の簡単な事情だ。
「『あの子』を救える方法を、知っている……?」
「ああ」
そんな事情を知っているコーネリアは、信じられないと言った風な表情の神裂に冷や汗交じりながらも笑みを返す。
ここから必要となってくるのは、焦燥でも困惑でも混乱でもない。
絶対的な自信。
例え、『嘘を言って助かろうとしている』と疑われようとも、『そんな事を知っているのは、イギリス清教にスパイ行為を働いたからだ』と濡れ衣を被せられようとも、自分が持っている情報を相手に信じさせるために諦めずに揺らがずに、ただ堂々とする――そんな自信が、今この場に置いては必要不可欠だ。
コーネリアは前世の記憶を持つ転生者だ。
故に、彼はインデックスという少女を救う方法を知っているし、そのためには何をしなければならないかも十分に承知している。自分の命を護る為にインデックスという少女の境遇を利用している感は否めないが、結果的に彼女を救う事が出来れば何の問題もないだろう。運が良ければ、イギリス清教からの刺客を失くせるかもしれない。
頬を伝う汗を手の甲で拭い、コーネリアは言う。
「だが、そう易々とこの情報を開示する訳にはいかない。俺が持つ情報が知りたけりゃ、お前だけでも今後一切俺に危害を加えないと約束しろ。別にイギリス清教に約束させる訳じゃねえんだから、大分安い買い物だろ?」
「『あの子』の命と引き換えに、私にイギリス清教を裏切れ、と?」
「別に裏切れって言ってる訳じゃねえ。ただ一つ、『レイヴィニアの兄であり、『背信者』であるコーネリア=バードウェイを生け捕り、もしくは殺害しろ』っつー命令だけには従うな、って要求してるだけだ」
そこまで言い、コーネリアは少女のような顔を悪意に歪める。
「別に、この要求を呑まねえなら呑まなくても俺は構わねえんだぜ? その代わり、インデックスは今後一切、未来永劫報われねえし救われねえだろうがなぁ!」
「ッ!?」
脅しのようなコーネリアの言葉に、神裂は怒りに顔を歪める。
ただ、勿論の事、コーネリアの言葉に真実は存在しない。彼が行動しなかろうがインデックスは結局的には報われるし、上条当麻という少年が勝手に救う。コーネリア=バードウェイはあくまでもイレギュラーな存在であり、インデックスを救う物語には一切関係ないキャラクターでしかない。
一応は『
しかも、科学サイドの親玉であるアレイスターが彼を勝手に殺せば、レイヴィニア=バードウェイが『明け色の陽射し』の部下たちを引き連れて学園都市を滅ぼしに来る可能性もある。あの無自覚系ブラコンが兄の死を知って復讐しないなど、虫が良過ぎるにもほどがある。
つまり。
コーネリアは自分の立場と事前に知っている情報を駆使して、張りぼてのようなハッタリを自信満々にぶつけなければならないのだ。
ニヤニヤと、悪役のような笑みを浮かべるコーネリア。
そんな彼の言葉に数十秒ほど逡巡していた神裂は七天七刀の柄から手を離し、
「……分かりました。誠に遺憾ではありますが、貴方の言葉を信じる事にしましょう。勿論、貴方が述べた要求も全て呑みます。私の全ては『あの子』を救う事にありますし……」
「そうか。それはまぁ、良い選択をしたと思うぜ?」
(イィィィヤッッッホォォォオオオオオオオッッ!!!)
脳内コーネリアが大歓喜していた。それはもう、喜び勇みすぎて死んでしまいそうなぐらいの喜色満面っぷりだった。あまりの嬉しさに、顔をキリッと保させるのが困難で仕方がなかった。
ひくくっと頬を引き攣らせながらもギリギリの線でシリアスフェイスを作るコーネリア。正直、あと十秒ともたない張りぼての笑みであるのだが、神裂の意識が自分の顔から逸れるまではなんとかこれをキープしなければならない。バードウェイの血よ、今こそ俺に力を!
ぎぎぎぎぎぎ、と顔中の筋肉を痙攣させるコーネリアから神裂はようやく視線を外し、「そういえば……」と再び彼の顔に視線を向ける。
「男なのにコーネリアという名前、似合わないと思うのは私だけでしょうか?」
「こ、コーネリアが男の名前で何が悪いッ!?」
☆☆☆
「コーネリアが男の名前で何が悪い!」
「ダメですよ、ボス。ブラコンも大概にしないとぐぎゅっぱぁっ!?」
「次は顎を爆散させる。いいな?」
「い、いえっさーっ!」
要らぬ口を叩いたマーク=スペースの顔面をフリントロック式の銃で引っ叩いたレイヴィニア=バードウェイは、相変わらず態度がなっていない部下に大きく溜め息を吐いた。
ロッキングチェアに座り直したレイヴィニアはマークが用意していた紅茶を呷り、肘置きの上で不機嫌そうに頬杖を突く。
「ったく……大体、コーネリアが学園都市の住人になるのは私は端から反対だったんだ。あいつは自分の手元に置いておくからこそ面白い人間だというのに……」
「ボスはただ単純にコーネリアさんを自分の好き勝手に扱いたいだけで―――おっと黙ります、黙りますからこっちに銃を構えないで!」
「チッ」
やっぱりツンデレでブラコンじゃねぇか、とマークは両手を上に挙げながら心の中で愚痴を零す。
「っつーか、コーネリアさんの体内に盗聴術式を直接組み込むとか、相変わらずボスのやる事ってえげつないですよね。人権シカトというかプライバシーの侵害というか、年頃の男の子には秘密もいっぱいあるというのに……」
「あいつは過去に魔術を使って死にかけた経験があるからな。私が術式を組み込むしかないんだよ」
「いやいや、私が言いたいのはそういう事ではなくてですね。そもそも実兄に盗聴術式組み込む事自体がおかしいだろって話なんですよ」
「ふん。兄の生活を見守るのは妹としての責務だ。一日二十四時間三百六十五日閏年も含み、コーネリアの生活は私が一秒の見逃しも無く監視もとい管理する! 女友達まではセーフ、恋人は普通にアウトだ!」
どうしよう。このヤンデレの言っている意味がよく分からない。
「そ、それじゃあ、ボスはコーネリアさんが一生独身でも構わない、と思ってんですか?」
これ以上の墓穴は掘ってはならないと分かっているが、それでも気になる疑問は解決しないと気が済まない性格のマークは危険な領域にあえて足を踏み入れる。勿論、ポケットの中に忍ばせているタロットカードに手を伸ばすことも忘れない。
警戒するマークの疑問に虚を突かれたのか、レイヴィニアは「……」と数秒ほど呆然とするも、すぐにいつもの悪役のような笑みを顔に張り付けて堂々と自分の意志を彼に伝えた。
「コーネリアの妻は私が決める。私が認め、私が選んだ女しかあいつの妻には相応しくないッッ!」
ドンッ! という効果音が背景に出てきそうな程の自信だった。
それと同時に、「やっぱこの人重症だよな」とマークは思ってしまった。いや本当、ツンデレでヤンデレでブラコンだとか、流石に属性盛り過ぎだろ。下手しなくても胸焼けするっての。
実兄が絡むと相変わらずだなぁ、とマークはブラコン根性全開なボスの少女に軽い頭痛を覚えてしまう。……いや、まだ『兄の嫁は私だ!』とかいう戯言を言っていないだけマシなのか? いやいや落ち着けマーク=スペース、それは激しい勘違いだ。実兄の体内に盗聴魔術の術式を組み込んでいる時点で、このレイヴィニア=バードウェイという少女は手の施しようがない程のブラコンなのだ。それを絶対に忘れてはいけない!
(パトリシア嬢もコーネリアさん大好き少女だけど、流石にここまで酷くはないしな……)
結局、この胃の痛みの原因はコーネリア=バードウェイの存在のせいなんだな――と今更過ぎる結論を出す哀れな部下A。
これ以上この話を続けたら精神不安定になりそうだな、と早急に判断を下したマークはここで話題を変える事にした。
「そういえば、ボス」
「なんだ?」
「九月に学園都市で開催される大覇星祭についてなんですけ―――」
「それ以上その事を口にしてみろ? 貴様は右目とおさらばしなくてはならなくなるぞ?」
「―――ひぃぃぃぃっ!」
な、なんだ、何が起きた!? 何で俺はボスに右目を人質にとられてんだ!?
まさに一瞬の出来事で頭の整理が追い付いていないマークに、レイヴィニアは冷や汗交じりながらも凶悪な笑みを向ける。
「コーネリアの晴れ舞台、大覇星祭。勿論私は参加するつもりだったさ。パトリシアも応援に行くようで、もうこの時期から九月に一週間休みを取ろうと躍起になっている。……さて、ここで貴様に問題だ、マーク。私はどうしてここまで不機嫌になっていると思う?」
そう言いながら右目に突き付けられる人差し指に、マークは涙目ながらに解答する。
「え、ええと……大覇星祭期間中はちょうど別件が入ってしまっているから応援には行けない、という事だったと記憶してますが……」
「そうだ。私はそのせいでコーネリアの応援に行けず、あろうことかパトリシアとコーネリアの仲良しシーンをリアルタイム音声で耳にしなくてはならないのだ。これが不機嫌にならない訳がないだろう!?」
じゃあ盗聴術式外せや、とは流石に口にはできません。
と、そこまで言って何か思いついたのか、マークの右目を解放したレイヴィニアはニィィと口を三日月状に裂けさせ、
「……そうだ、その手があった」
「ぼ、ボス? 私個人としては凄く嫌な予感がするんですが……?」
「なに、別に大した事じゃあないさ」
そして、マーク=スペースは後に振り返る事になる。
この時のボスの機転のせいで地獄を見る事になった、とマーク=スペースは遠い眼をして振り返る事になる。
レイヴィニアはマークの胸板を人差し指で突き、絶対的権利を全力で行使するために金髪の部下にこう言うのだ。
「明日だ。明日、九月に予定していたスケジュールを全て消化する!」
次の日、『明け色の陽射し』の部下たちは号泣しながら職務を全うしたという。
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次回もお楽しみに!