バスが来ない。
旅客機での長ったらしい空の旅を終えて初っ端に伝える事ではないとは思うが、あえて言わせてほしい。このどうしようもないやるせなさを自分の身体から是非とも解き放ちたいため、声を大にして言わせてほしい。
バスが来ない。
空に浮かぶは、秋時の太陽。どこぞの砂漠の様に灼熱ではないが、それでもまだ半袖が主な服装となっている程に本日は温暖な気候である。コーネリアも半袖の黒の上着やら薄手のシャツやらを身に纏っているため、数多い半袖軍の一員に数えられる事だろう。彼と似たような薄さの上条当麻はもちろんの事、年がら年中極度の薄着である神裂もまた、半袖軍の一員である。因みに、年がら年中分厚いシスター服を着まくっているインデックスは長袖軍に所属していたりする。
そんな薄着三人、厚着一人というこのパーティは、比較的暑さには強い様に見える。事実、コーネリアは寒さよりも暑さに強いし、神裂に至っては気温による不都合を感じた事が無い程だ。上条はどんな気候でも愚痴を零すが、まぁそれなりに我慢強い方ではあるので大丈夫だろう。インデックスは言うまでもない。
そんな彼ら四人でも、今の状況はかなり精神的に堪えてしまう。
今の状況――ツアー専用のバスがいつまで経っても来ないという状況に、四人は傍から見てもすぐ分かる程に疲弊しきっていた。
「分かってた……分かってたんだ……俺が不幸な目に遭わない訳がないって、分かってたんだ……」
「しかも不幸トップ2の俺と上条が一緒にいるんだもんな。そりゃあ巨大な不幸が襲うってモンだよ……」
「まさか私の幸運を打ち消す程だったとは、流石に予想外でした……」
「お前、それって禁句なんじゃなかったっけ?」
「こうでも言ってないとやり切れないんですよ……」
「あー、成程」
「とうまー。お腹減ったー……」
「すまんインデックス。今はその決まり文句に答える気力もねえ……」
心の底からローテンション。熟年夫婦も真っ青なレベルで抑揚の欠片もない会話を、未成年カルテットは展開する。彼らの横を観光客が訝しげな視線と共にそそくさーっと通り過ぎていくが、今の彼らの目には留まらない。
せっかくのイタリア旅行が初手で躓いてしまった事で、四人の顔には死人かよと疑いたくなるレベルの疲弊が刻み込まれている。一応はツアー会社にも連絡をしてみたのだが、何の不幸かまさかの不在。その時点で神裂が七天七刀片手に暴れようとしたものだから、コーネリアが自分の肉体と体力と能力を駆使して聖人の少女を止めるという始末。
これは流石に過去最強レベルの不幸なんじゃね? と不幸コンビが思う中、女性コンビは空港前のベンチで生きる屍と化してしまっていた。
「ツアー客を完全スルーしているというのに気づかない会社なんて滅べばいいんです……」
「お腹空いたお腹空いたお腹空いたー……」
神裂の言い分はともかくとして、インデックスは相変わらず空腹を訴えるばかりなのはどういう了見なのだろう。この長期的な待機時間に対する辛さよりも自身を襲う空腹の訴えの方が重要だというのだろうか。あんなに大量に機内食を食べていたというのに空腹とか、魔道書図書館恐るべしである。
相変わらず空腹魔神な銀髪シスターに上条当麻は苦笑を浮かべ、自分の傍でガイドブックを見ていた先輩ことコーネリアにその顔を向ける事にした。
「それで先輩。これからどうしましょうか? 今からツアーのバスに合流するのは流石に厳しいと思うんスけど……」
「もし後で合流できたとしても俺ァ絶対に拒絶するわそんなモン。客をほったらかしにしてる事実に気づかない会社とか信用できるかってんだ」
「おおう。先輩が久しぶりに本気でイラついてる……」
ひくひくと頬をヒクつかせている辺り、彼の怒りはマジモンと思われる。
眺めていたガイドブックをバッグの中に乱雑に押し込み、コーネリアはキャリーケースの取っ手を掴む。
「よし決めた。もう俺たちで勝手にイタリア旅行するぞ。ツアー? そんなもん知らんわ! 俺たちなりのルートで勝手にキオッジアを観光してやらぁ!」
「流石は先輩! そこに痺れる憧れるゥ!」
そんな訳で不幸なイタリア旅行一日目、スタートなのである。
☆☆☆
迷子になった。
いや、コーネリアが、ではなく、上条当麻とインデックスが、である。コーネリアは神裂と共に並んで歩いていたため、迷子になるという子供のようなミスを起こす事はなかった。
旅行初日から襲いくる不幸の連続に激しい頭痛を覚えてしまい、コーネリアは重い怨嗟を口にする。
「マジ滅べ神様滅べこんな不幸を与えるぐらいならお前が先に不幸な目に遭え神様この野郎……ッ!?」
「狂信的な連中の巣窟であるこのイタリアでその発言をするのは流石に自殺行為だと思いますが……」
「こうでも言ってねえとやり切れねえんだよ。あのクソ後輩、合流したら一発ぶん殴ってやる」
「あなたは本当にあの少年に対してだけはかなり厳しいですね」
そんなバカな。こんなにも後輩に優しい先輩が世界のどこにいるというのだろうか。ただちょっと飴と鞭の差が激しいだけで、ただちょっと飴よりも鞭の方が何十倍も多いだけだというのに。
コーネリアは建物の壁に背中を預け、考える。
とりあえず、インデックスが迷子になった原因は考えるまでもない。あの空腹大魔神の事だ、美味しそうな食べ物の匂いに釣られてゆらゆらとどこへともなく行ってしまっただけだろう。ハーメルンの笛吹きよろしく虚ろな瞳で美味しそうな匂いに連れて行かれる彼女の姿が容易に目に浮かぶ。
問題は、上条当麻の方である。あのツンツン頭の後輩は何だかんだで意外としっかりしている奴だ。そんな彼が迷子になってしまったというこの事実に軽く疑問を覚えてしまうが、おそらくは物珍しさにいろんな店を見学している内にコーネリアと神裂に置いて行かれた、という悲劇が起きたと考えられる。後輩の管理を徹底していなかったこちらに非があるような気がしないでもないが、間違いを自覚するのはなんだか悔しいのでここは上条当麻が全面的に悪いという事で証明完了である。
さて、二人の迷子の原因の予想がついたところで、考えよう。
どうやってあの二人と合流し、更に今後の迷子を防ぐために動くか――という解決策と予防策を。
…………無理ゲーじゃね?
「あーもー! 何で俺の前には不幸しか転がってねえんだぁーっ!?」
天下の往来で頭を抱え、道行く人々の視線の先で咆哮するコーネリア。
そんな彼に苦笑を浮かべつつも、神裂は申し訳なさそうにこう言った。
「あの少年はともかくとして、インデックスの管理ができていなかったのは私の責任です。あの子の友人を名乗っていながらこの不手際……謝罪しても許されません」
「だからお前は何でそんなに重く受け止めるんだよ……ただの迷子だろ? あいつ等を見つけてから一言言ってやるだけでいいじゃんか」
「ですが、このメンバーの中では私が最も年上ですし……」
「そうだな。確かに成人なのは神裂だけだ」
「…………今、少しばかりイントネーションが――って、歳の話をしているのに『せいじん』という言葉が出てきたのは、つまりはそういう事ですか!? 私はまだ十八歳です! 成人になど達していません!」
「またまたぁ。お冗談を」
「ぶち殺しますよコーネリア=バードウェイ!?」
「そういえば上条が言ってたんだが、既に結婚適齢期を過ぎてるって話、本当か?」
「分かりました。とりあえず先にあなたを始末し、次にあのクソど素人を七天七刀の錆びに変える事としましょう」
「心の底からごめんなさい!」
瞬時に五体投地で、コーネリアは全力の謝罪を敢行する。流石に七天七刀を構えて狩人の瞳を向ける聖人サマには逆らえなかったよ……。
汚物を見るような目を向けてくる神裂に頬をヒクつかせて脅えるコーネリア。やはり彼と彼女の力関係は明白で、コーネリアはいつまで経っても神裂には逆らえないという現実がそこに軽く爆誕していた。
……とまぁ、自分に危険を与える形でどうやら話を逸らす事には成功したようだ。意味の分からない責任感で自分を痛めつける神裂をこれ以上見たくなかったので、この結果はまさに望ましい結果だと言える。
――などという考えを内側に秘めたまま、コーネリアは立ち上がる。
ズボンに付着した汚れや埃を手で払い、不遇な少年は聖人の少女に言う。
「それじゃあとりあえず、あの迷子コンビを探すとしようぜ。まだ逸れてからそんなに時間も経ってねえ事だし、本気で探しゃあすぐに見つかんだろ」
「それもそうですね。あなたへの制裁はその後に行うとしましょう」
「……か、神裂さん? さっきのは本気の冗談なんですよ?」
「聞こえません」
「そう言いながら刀を鞘から抜こうとするなよこの切り裂き魔! こんな街中で聖人フルパワーの唯閃とか流石に非常識だと俺は思いますッッ!」
「あ、そこにちょうど良い路地裏が」
「ちょうど良くねえ! 俺の命にとっては全く全然完全無欠にちょうど良くねえよ!?」
後輩と魔導書図書館を探す、というミッションを頭の隅に追いやり、二人はギャーギャーと道の端っこで命のやり取りを繰り広げる。それは傍から見たら凄く微笑ましい光景でしかない為、誰かが止めに入る事はない。
くっそ流石に失言を重ねすぎたか!? 顔面に迫ってくる七天七刀(In鞘)を両手で押し留めながら、コーネリアは目を白黒させる。やはり神裂に年齢関連の冗談を言うのは禁句だったようだ。これからは気を付けよう――この命のやり取りに勝利する事が出来たらな!
聖人の怪力によって徐々に押し負けそうになるも、コーネリアは根性だけで抵抗する。
と、その時。
「あ、あなたはもしかして……
「「はい?」」
突然の呼びかけ――しかも日本語である――に、神裂はおろかコーネリアまでもが間抜けな声を上げる。
それは、彼らの横から飛んできた声だった。
七天七刀を押し付け合っていた二人は体勢を崩すことなく、自分たち――いや、神裂火織に声をかけてきた人物へと視線を向ける。
そこにいたのは、肩の辺りまでの長さの黒髪が特徴の、東洋人の少女だった。
ピンク色のタンクトップに膝上ぐらいの長さのパンツ――という服装の、二重瞼が特徴の少女。全体的にほっそりとしたシルエットだが、外見を崩さない程度に程良く肉体は鍛え上げられている。
彼女の事を、神裂火織は知っている。
そして、コーネリアもまた、彼女の事を知っていた。
彼女は、二重瞼が魅力的なこの美少女の名は――
「――い、五和!? どうしてあなたがここに!?」
驚き十割と言った神裂の言葉に、五和と呼ばれた少女は申し訳なさそうに笑った。
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