「暇じゃの~」
「そうですね~」
今日も美羽と七乃は平和に過ごしていた。
彼女たち二人の空間だけが時の流れが緩やかに流れているかのようだ。
だが部屋が変われば時の流れが変わる。
「袁燿様!こちらはどうすれば!?」
「そうですね。これは私のほうでやっておきます。
あなたは別の仕事を」
「袁燿様!」
「またですか。わかりました、今行きます」
「袁燿様!」
「袁燿様!」
ここは執務室。
姫羽の元へたくさんの家臣たちが質問や確認に訪れる。
彼女が筆頭として仕事をこなしているのだ。
仕事に殺されるとはまさにこのことだ。
そんな彼女の仕事振りを傍で仕事をしながら眺めている男性の内務官たち。
「袁燿様は大変だな」
「ああ。あの方は文官の仕事だけじゃなく武官の仕事もこなしているからな」
彼らの言葉どおり内務が終われば彼女は兵たちの訓練も受け持っている。
姫羽が竹巻を一つにまとめ綺麗に机に並べたあと一つフゥーと大きく息を吐き出す。
「さて・・誰か!私の鍛錬用の模擬刀を訓練場に持ってきて!」
姫羽が椅子から立ち上がりながらそう叫び、遠くから「かしこまりましたー!」と女官の声がこだました。姫羽は颯爽とこの場をあとにし、予定通り訓練場に向かう。
朝から晩まで彼女は働き通しだ。
そして一通り仕事が終われば彼女は町の様子を視察する。
護衛を二人後ろに従えながら町を歩く。
だが彼女の護衛たちは背中に大きな竹で出来た篭(かご)を背負いつつの警邏だ。
「まったく、汚れているわね・・」
彼女の目線の先には誰かが捨てたであろうゴミなどが落ちていた。
そして姫羽が目線で護衛たちに合図を送るとすかさずゴミを拾い背中の竹篭に入れている。
普通彼らにすればこんなことはやりたくない仕事だ。
何故自分たち兵がこんな掃除など!と、思うのがこの時代の常。
実際、他の町でもゴミ拾いなどはしていない。
だがここでは違った。
「へへ・・袁燿様と視線が・・へへ・・」
「おい、気持ち悪ぃ顔すんなよ」
「お前こそデレデレしたツラこっちにむけんなよ」
彼らは喜んでこの仕事をしていた。
いや、彼らだけではない。姫羽の護衛は日によって変わるのだ。
彼ら兵が自分たちで取り合っているのだ。
それは姫羽がこの提案をしたことによってこうなったのだ。
誇り高い兵たちに自分の勝手で警邏の途中でゴミを拾わせるなどということを考慮し、やってくれるものだけでよいと提案した。
もちろん中にはプライドが高いもの、誰が捨てたかわからないゴミを拾うなどということに嫌悪する潔癖なものもいた。
それでも数多くの兵がこの仕事を引き受けたのだ。
全ては姫羽の近くにいたいがために。
「次はこちらを廻りましょう」
「し、しかしこちらは・・」
「構いません。町の全てを廻っての警邏です。さあ、行きますよ」
姫羽が足を運ぶのはこの町のいわゆる路地裏だ。
人通りが少なく、どこか薄暗い。
「やっぱりここは空気が違いますね・・」
「はい。もともとここは誰も住んでいませんでしたからね。
他の町や村からの移民たちの住むところです。
賊などによって財産の全てを失ったものたち・・そんな彼らが住める場所はここしかありませんよ」
「・・・」
姫羽が送る視線の先には乞食のようなものたちがいる。
老若男女問わず皆、ヤツれ病気にでもかかっているのだろうか?肌の色や顔色が優れない。
だが姫羽は彼らに救いの手を差し伸べるどころか素通りする。
一切彼らに視線を合わせなかった
(手を差し伸ばす事が救いではない。それはただの一時凌ぎにすぎない。
本当の救いは国を肥やし、雇用を生み、経済を発展させる事。
そして、彼ら自身が自らの手で立ち上がる事・・それが今の私に出来る援助)
姫羽がそう心で呟きながら一人の男の死体の前でしゃがむ。
この死体の首に刃物で切られたような傷跡と乾いた血が広がっている。
そしてその手には刃物。自分で命を絶ったようだ。
(間に合わなくて申し訳ないわ・・でもいつこの町を潤わせる事ができるか正直目処が立たない。
そして、貴方たちに手を差し伸ばす事も私はしないわ。でもいつかかならずこの袁家の町を最高の町にしてみせる。
生きている貴方に手を差しのばすことは出来ないけど、せめてものあの世では現世の辛さが忘れられますように)
そして姫羽は護衛たちに視線を送る。
彼らは死体を二人で運び最後には死体を火で焼いている。
死体を焼く事を提案したのも姫羽だ。
何故、乞食如きにそのようなことをするのか?などという反対意見も上がったが私の美しい町に死体は相応しくない!
の一喝で場をまとめたのだ。その言葉に兵たちも美しい姫羽の傍にゴミや死体があることをよしとしなかったために彼らも賛成した。
そして姫羽は町の路地裏から大通りへと戻ってきた。
そんな姫羽を今日が休暇の文官たちがたまたま目にした。
「町の隅々まで警邏をしておられるのか・・なんと大変なお方だ」
「張勲様は何をしておられるのか・・」
「いつもいつも袁術様の隣にいて、袁燿様の苦労も知らないで」
「まったくだ、私たちも忙しいのになぜ仕事をしないのだ!」
美羽だけではなく、いつも隣に控えている張勲も影では悪口を言われていた。
実際彼女たち二人は仕事をしている様子が見られないのだ。
「店主、どうでしたか?」
姫羽が声を掛けると店主は「あ~っ・・・」と声をだし、数秒か考えた後
「いえ、特に変わりはありませんでした」
「そうですか・・では引き続きお願いしますね」
姫羽は大衆向けの食堂に顔を出していた。
しかし店主と何か話をするだけで特に食事をするでもなく出て行った。
そしてまた別の店へと顔を出す。
「店主」
それを彼女はたびたび繰り返していた。
しばらく店を確認した後城へと戻る。
そしてまた机仕事へ戻った。
「これと・・これと・・・」
彼女の生活のサイクルはこれの繰り返しだ。
そしてしばらく日は流れ、今日も彼女はまた大衆食堂へと顔を出していた。
「店主、どうですか?」
しかし今日はいつもとは違った。
店主がすぐに姫羽の元へとかけより彼女に小声でこう話した。
「はい、いつもとは違いずいぶんとはぶりがよかったですね。
あんな高価なもの、この店を始めてまだ数回しかないですぜ」
「そう。わかったわ、ありがとう」
彼女は店の主人から何か情報を得ていた。
その情報を聞いた姫羽は顔を幾分か険しくし、警邏を途中で中断し城へと戻った。
急ぎ政務に関する書類が保管されている国庫へ入り得た情報を元に目を通す。
「これも違う・・これも。え~っと・・・・ん・・?」
彼女が何か腑に落ちない違和感を感じた。
それは税に関するものであった。そして急ぎ他の書類へと目を通す。
何かがおかしい、違和感がぬぐえない。姫羽は何度も何度も書類を上から下へ目を通し。そしてまた違う書類へ目を移す。
そしてついに違和感が一つの線となって繋がった。
「なるほどね・・」
おかしかった。並みの文官程度では気づかないほどの数字のトリックなどが使われた横領であった。
申告されている数字と実際の収支の数字の計算が合わないのだ。
だがその差分などはうまくごまかしてあり、姫羽も今まで気づけなかった。
そして責任者を確認する。やはりあの文官であった。
それは先ほどの店の店主が言っていた人物と同じ。
この横領の証拠と、普段との違い。
彼女は早速彼の今までの経歴を洗いざらい調べた。
そして彼女は彼を部屋へと呼びつけた。
「袁燿様!およびでしょうか!」
ドアの前からあの文官の声がする。姫羽が呼びつけた時間通りに来たようだ。
「入りなさい」
「失礼します。それで袁燿様、わたくしに何かようでございましょうか?」
「まあお茶でもどうぞ」
「はあ・・?」
姫羽はとりあえず彼を部屋へ通し、椅子へと座らせる。
そして彼にお茶をだし、二人でそれを飲む。
一息ついたところで彼女は口を開いた。
「ところで・・、ずいぶんとはぶりがいいそうですね」
彼女の言葉を聞いたとたん彼の表情がピクリと動く。
その様子を姫羽は見逃さない。
「はて・・?」
だが彼はすぐにそしらぬ表情でとぼける。
「先日ずいぶんと良い物を食べていたそうね。
私はあそこの店主と仲が良いの。
それで彼から聞いてね」
「あ・・ああ!そういえば先日絹を売ったんですよ!
いや、以前絹が安いときに大量に購入しましてね、それで先日売って儲けたんですよ」
「絹・・?」
「はい」
「そう・・そんなに安くない絹をそんなに買えたのかしら?
あなたの給金ではそこまで儲けられるほどではないと思うけど?」
そして姫羽は彼の経歴や給金、主な仕事などが書かれている書類を彼の手元へ出す。
それをこの文官は手に取り一通り目を通した。
「これは・・?」
「私が作っているものでこの城に仕えている者たちそれぞれのことが書かれたものよ。
太守、袁術の妹として恥じないよう私はこの城の家臣全員の詳細を把握しているの。
主な仕事、収入、そして得意なことなどね。
一人一人を把握しておけば急な変更があってもやりやすいでしょ?」
現代で言う履歴書のようなものであった。
現代とは違い、本人が書くのではなく姫羽自身が書いていた。
自分では自覚できない事でも他人から見ればわかることもある。
彼女は多忙ながらも仕えている者全員のを作成したのだ。
「さて、どこからその金を得たのかしら?
ひょっとしたらここから?」
そして彼女はまた一枚の書類を彼へと突き出す。
先ほど調べていたものだ。
「くっ・・」
明らかに彼は動揺していた。
だが彼女は止まらない
「それともここかしら?」
彼女はその他にも数枚の書類を手に持っていた。
姫羽は彼が関わった仕事全てを確認したのだ。
彼が怪しいと分かれば今まで違和感を感じなかった数字の誤魔化しにも気づいた。
「ずいぶんと袁家から掠め取ってくれたわね。
それもこんなに・・覚悟はできてるかしら」
もはや彼に言い逃れは出来なかった。
額から汗をだらだらと流し、「あの・・その・・」などと同じ言葉しか口からでなかった。
「観念なさい!」
「くそ!」
「!?」
突如彼は机を姫羽のほうへと蹴飛ばした。
姫羽へと迫る机に阻まれ彼女の行動が遅れた。
その隙をつき、彼は急ぎ部屋を飛び出す。
「はい、観念してくださいね~♪」
「ば、ばかな!?」
彼が扉を開くとそこには剣を構えた七乃が立っていた。
「ダメですよ~ばれるにきまっているじゃないですか。
店の店主さんたちは全員姫羽様の虜なんですから」
「虜ってちょっと言い方が悪いんじゃないかしら?」
姫羽も追いつき、剣を構え後ろに立ちふさがる。
「あらあら、姫羽様が家臣たちの悪政を防ぐために挙動や様子がおかしくないかを確認してくれって頼んだら皆さん喜んで引き受けてくれたじゃないですか。
やっぱり傾国の美女の魅力はすごいですね~」
姫羽は店の店主たちを家臣の監視として利用していたのだ。
なにか悪い事を働けば必ずボロがでるはずだ。
気の弱いものであれば、挙動不審に。
今回は横領で稼いだ金ではぶりよく金を使いすぎたのが悪かったようだ。
いつも普段の様子を見ている店側からすれば違いを感じたようだ。
姫羽は食堂以外でも服屋、雑貨屋、酒屋など全ての店に監視を要請していた。
「な、なぜ張勲が・・」
「何故って・・・私たち仲良しですから♪
まあ、本当はいつもの事ですからね」
この騒動は今回だけのことではない。
もう何回も起こっているのだ。
「ぐぅう・・くそっ・・・」
そして彼は観念したようだ。
姫羽はすぐに警備のものを呼び彼を連行した。
その後姿を姫羽と七乃二人は悲しげな表情で見つめている。
そう・・この袁術軍は腐りきっているから。
横領、賄賂、暴行、殺人。
太守である美羽に忠誠心を尽くす部下などこの二人を除いて誰もいないから。
だから姫羽は今日も働く。
大好きな姉の軍を汚す輩を成敗するために。
惜しげもなく自らが動く。
「店主、今日は変わりないかしら?」
袁術
反董卓連合で群雄の一人として名乗り出た。
そして反董卓連合が解散した後孫堅の支持を受けて袁紹と争ったりする。
なんやかんや曹操に破れ揚州に追いやられるが、孫策の力を借りて揚州を実質支配した。その後皇帝を主張して仲を建国。
だが孫策が離反したり曹操に攻撃を受けて敗れた。
最後は夏であり蜂蜜水を所望したが蜂蜜が無かった。
そしてベッドでふう~とため息を吐き、袁術ともあろうものがこんなざまになったか!と叫びうつぶせになると2リットル近い血を吐き死亡した。
ちなみに仲は2年で終わった。