もしも袁術に妹がいたら   作:なろうからのザッキー

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堕ちる

反董卓連合が勝利し、董卓軍は壊滅した。

だがいぜんとして董卓、そして賈詡は見つからなかった。

 

その日、洛陽の裏路地にある一つの小さな小屋が謎の不審火により消失した。

その小屋からは二人分の骨が見つかった。

 

骨だけでは誰のものかわからない。

だがその骨の指、十本全てに指輪がはめられていた。

そして首のあたりにはとても高価な首飾り。

それだけでこの者の身分が高くそして金を持っていたことがわかる。

 

その傍らには寄り添うようにもう一人の骨。

彼の骨の近くにはかつて本であったであろう燃えカスなどが残っていた。

本をいつももっていたのであろうか?

つまり知に長けていたものか?

で、あれば恐らく文官であろうと周りのものは判断した。

 

身分が高く、金を持っている。

そしてこの者を守ろうとする文官。

この戦いで敗北した二人は行方不明。

誰が何も言わなくても自然と暗黙のうちに皆がそう判断した。

 

董卓、そして賈詡はこの乱の敗北で命を絶ったと・・・

 

董卓と連合の大規模な、そしてこの大陸の未来を左右する戦いはこうして幕を閉じた。

 

 

場所は変わりここは南陽、袁術軍の本城。

その地下の牢に一人の武将がいた。

彼女は捕虜としてここに入れられている。

 

「また来たのか」

 

「どうしても無理ですか?」

 

「何度言っても無駄だ。私は董卓様以外には決して仕えん」

 

「はあ・・そうですか」

 

姫羽は毎日華雄の元へ訪れ彼女を説得していた。

だが華雄は一向に首を縦に振ってくれない。

姫羽は諦めて今日は牢から立ち去ることにした。

 

とりあえず姫羽はあてもないため美羽と七乃のいる広間へと戻ってきた。

 

「姫羽よ。また華雄のもとへいったのかの?」

 

「はい。お姉様」

 

「どうでしたか?」

 

「ダメね。華雄は一向に折れてくれないわ」

 

姫羽は「はぁ~」と力なくため息を吐く。

これで何度目だろうか?

毎日毎日華雄の元へと訪れ、そしてこの力ないため息を繰り返す。

この光景を毎日見ている美羽の顔も暗い。

 

「のお姫羽よ。もうよいではないか」

 

「よいとは?」

 

「妾は姫羽の暗い顔を見たくないのじゃ・・」

 

「ですが・・」

 

そういいかけて姫羽の言葉が止まる。

姉のためと思い、武に長けた華雄を仲間にしようと頑張ってきた姫羽。

毎日毎日はがゆい想いをして望んだ交渉はいつもうまくいかない。

焦りとイライラだけが募る日々。

そんな姫羽を見てきた今の姉の顔は姫羽が望んだものとは遠く離れていた。

 

華雄をもうあきらめようかと姫羽は思う。

これほどまでに堅い心を持った武将の心を解くことなどできないのではないか?

軍がなくなった今だからこそ、生涯一つの軍にしか在籍したくないと思う者もいるのだ。

姫羽はそう思いはじめていた。

 

「姫羽様」

 

「七乃?」

 

「私に華雄の説得をお任せできませんか?」

 

「貴女が?どうして?」

 

「そうですね~ちょっと私もやってみたくなってみたんですよ。

他の諸侯たちも先の乱で戦後処理などで忙しいですからね。

時間はまだ余裕があるといえばありますし~♪」

 

確かに事実大陸のほぼ全ての諸侯が参加した大戦だったのだ。

数十万の人間が動いた戦いだ。

どの諸侯も今は忙しいのだ。事実この袁術軍もせわしなく動いている。

 

「でも華雄の説得は難しいわよ?」

 

そう問いかけた姫羽。

だが七乃はにっこりと微笑んだあと口元に人差し指をあてこう答えた。

 

「うふふ。ちょっとやってみたかったんですよ。

鉄壁の忠義、精神を持つ者の心を壊す事ができるのかってことを♪」

 

七乃がそう口にした時の表情は美羽と姫羽二人を身震いさせた。

まさに弱者を狙う、獣の目であった。

 

 

「こっちにこい」

 

「クソッ!もう少し丁重に扱う事ができんのか」

 

華雄はいつものように牢の中で暇な時間をすごしていた。

毎日同じ日々、何もすることなくただ無駄な時間をすごすだけ。

だがそれが急変した。

 

牢番が華雄を牢から出す。

そして別の場所へと連れていく。

現在は地下の牢。だがその更に下へと華雄は連れて行かれた。

牢番が燭台に火を灯し、蝋燭の明かりだけで進む。

 

「ずいぶんと暗い場所だな」

 

「そりゃそうさ、ここに明かりなんてものは存在しない。

恐ろしい場所だよ。最悪の牢だ」

 

彼の言うとおりここは城中の闇を一身に集めたかの様な場所だ。

蝋燭の灯りが無ければ数十センチ先も見えないだろう。

あまりの暗さに華雄の体がブルリと震える。

 

陽の光を入れる格子なども存在しない。

あるのはただ囚人を入れる鉄の棒の羅列のみ。

完全な闇の中の牢。

そこは完全に外界と隔絶されているのだ。

 

「排泄には気をつけろよ。

隅に排泄用の穴があるが落ちたら自力で上がる事はできないだろう。

そこまで深くはないが、なにせこの暗さだ。

上下左右の感覚がなくなるだろう。

さ、入れ。こんなところに入れられてさすがに同情するが上からの命令でな」

 

華雄の生活はこの日より変化した。

 

(本当に何も見えんな・・)

 

華雄は自分の手を見る。

わずかな距離しか目から離れていないがまったく見えない。

いっさいの光が無ければ認識できないのだ。

手が見えないならと体を見るが自分の体すら認識できない。

 

(ふん・・私にはもう何もないのだ。

ちょうどいい。何も考えずにすむ。全てを失った私にはお似合いだ)

 

華雄はそう割り切る事にした。

急な環境の変化に疲れたのか華雄は眠気を感じた。

辺りに邪魔なものがないかを手探りで確認し横になる。

そこには何も存在しない。本当に何もなかった。

 

(こう暗いのだ。こんな部屋でも寝るには最適だな)

 

そして眠りについた。

 

翌日、華雄は目を覚ます。

本当に覚ましたのだろうか?

目を瞑っているのか明けているのかさえ分からない闇。

だがいつもの生活で体が覚えているのだろう。

恐らく今は朝だ。

 

(くそ・・時間の感覚が狂うかもしれないな。)

 

朝か昼か、確認のしようがない。

だが腹が減っている。

恐らくは朝飯の時間だろうと華雄はそう判断した。

 

「おい!朝飯はいつだ!」

 

華雄がそう叫ぶ。

だが何も返ってくるものがない。

誰もいないのだろうか?

 

「ふん!飯を抜かれたぐらいでは私は屈しないぞ!

我が主は董卓様のみ!」

 

華雄はそのまま座り込む。

そしてふと、華雄は思った。

 

(そういえば静かだな)

 

華雄は時間をもてあましている。

手探りで壁を探し、そのまま手づかいで部屋の大きさを確認する。

壁は石で出来ている。

冷たく堅い石の壁。それが余計に外の世界との隔絶を物語っている。

 

部屋をぐるりとさぐる。

 

(これは牢というより部屋か?無理やり牢にしたみたいだな)

 

何もない、石でできた部屋。

もともとは物置としてつかう部屋にするつもりだったのだろうか?

つまり完全な個室の牢。

今は華雄専用の牢となったのだ。

 

ある程度部屋をさぐり、一段楽したころ。

 

ガチャ

 

部屋の扉が開く。

 

「うっ・・」

 

久方ぶりにみた蝋燭に灯されたわずかな灯り。

その灯りでも目が眩む。

 

「ここに朝食を置く。いいか?ここだぞ」

 

男が数秒蝋燭の灯りで食事を照らし、場所を示す。

 

「おい。ずいぶん遅いな」

 

「はあ?」

 

「だから朝食の時間だ。いつもよりかなり遅いだろ」

 

「何言ってんだ。いつもどうりの時間だぞ」

 

「なに・・?」

 

華雄の腹時計が狂ったのだろうか?

いつもよりかなり遅い時間だと思われたが違ったようだ。

暗い部屋で、太陽も無ければ時間が狂うのもしかたないかと華雄は思った。

 

その会話ののち男はすぐに部屋を出て行った。

華雄は先ほどまで照らされていた場所を頼りに手探りで食事を探す。

どうやらこの朝食は米を丸く握ったもののようだ。

 

食器などでは暗い部屋のため食べれないからであろう。

そう配慮されたのか手で掴めば食べれるようにと米を丸く握ったのだろう。

華雄はその朝食をおいしくいただいた。

華雄自身はいつもよりかなり遅い朝食だと思ったのだが、男によればいつもどうりの時間らしい。

だが華雄の腹は凄く減っていた。

 

その後も華雄の体内時計は酷く狂ったようだ。

昼食も華雄が計算した時間よりもかなり遅かった。

時刻にすればちょうどお菓子が食べたくなる時間だと華雄が思ったころに昼食として出された。

華雄が男に尋ねてもいつもと同じ昼食の時間らしい。

 

そして夕食。

この時間も華雄の計算とずいぶん違った。

 

「本当にいつもと同じ時間なのか?」

 

「お前もしつこいな。

いつもどうりの時間だよ。お前がいつも食べてた時間だ」

 

「本当か!?本当にそうなのか!?」

 

「ああ」

 

(くっ・・やはり私がおかしいのか?)

 

確認しようにもできない。

なんとももどかしいものだ。

 

そして十日ほど日が過ぎる。

 

華雄は大の字に寝そべっていた。

もはや完全に時間の感覚が無かった。

最初のころは腹の空き具合などで食事の時間などのめどがついた。

まあ、もっとも男によればすでに最初の段階で狂っていたようだが・・

 

だが今はもう違う。

まるで毎日バラバラの時間に食事が出されるかのようだ。

いつも決まった定時に腹が空くということが無くなってしまった。

 

部屋が暗いため何もできない。

下手に動けば排泄用の穴に落ちてしまう。

そのため華雄には寝るしか時間をつぶすことができなかった。

寝るだけの日々。だから腹もなかなか空かないのだ。

 

ガチャ

 

食事の時間だ。

だが今日は気分ではいつもより二時間ほど遅いだろうか?

まあ、私の感覚はもう狂っているのだ。

私の気のせいだろう。

 

「お、おい・・」

 

華雄が男に問いかけてももう男は返事を返してくれない。

食事の場所を数秒照らした後すぐに去っていく。

華雄がその間に問いかけても全て無視される。

 

「・・・・」

 

華雄は自分で感じていた。

言葉を発するのがすこし下手になったのではないかと。

 

そして更に十日ほど時間が過ぎる。

 

ガチャ

 

今日も食事の時間が来た。

 

「な、なあ・・おい。お前名前は何て言うのだ?」

 

「・・・」

 

男は華雄を無視し、食事の場所を照らしている。

 

「少しくらいサボっても良いではないか。少し私と話をしようではないか」

 

男は立ち上がり部屋を出て行こうとする。

 

「お、おい!ま、まて!おい!!」

 

華雄の言葉を無視し男は去っていった。

 

(くそ・・)

 

華雄は食事を取らずにそのまま倒れこむように寝そべる。

もう長い事人と話していない。

いつも自分が男に話しかけるだけ。

華雄に目を合わせることもなく無視し去っていく。

 

(あの共同の牢にいたころはよかった・・

私は一人で牢に入れられていたが牢番が巡回するとき、気分が乗れば話しかけることができた。

隣の牢の男にも大声でよくしゃべりあっていたものだったな。

そのたびに牢番がうるさいと大声で怒鳴りつけてきて・・そしてそれをからかっていたものだ。

そういえばあの女は来ないな。あのころはあんなにも私にしつこく迫ってきたのにな)

 

華雄がごろんと寝返りをうつ。

 

(暗い・・誰かと話したい・・・もう一人は飽きた・・誰か・・董卓様・・)

 

華雄の目から涙が零れ落ちる。

だがその涙は誰にも見られることはない。

全て暗い闇が包み込むのだ。

 

そしてさらに十日過ぎる。

 

(・・・・)

 

華雄は廃人のように壁に背をあずけて座り込んでいる。

いつも寝ているために眠気などとおにない。

何時間こうしていただろうか?

 

頭が重い。気持ち悪い。腹など全然空かない。

体の機能が完全に狂わされていた。

 

下手をすればまっすぐ歩く事もできないのではないか?

足元さえ見えないのだ。

排泄をするために穴に落ちないようにハイハイをするように這うしか最近は動いていないのだ。

 

(今は・・どれぐらいだ・・?私はもう何日ここにいるのだ?

朝か?昼か?夜か?

次の食事はどれぐらいあとだ?

 

いや・・?これは夢か?現実か?

私は目を開けているのか?閉じているのか?

私は・・誰だ?)

 

華雄の精神はもう限界だった。

もはや華雄には全てがどうでも良かった。

 

生きていてもいい。

死んでもいい。

 

華雄はそのまま眠った。

 

 

 

 

 

「そろそろ頃合ですね」

 

 

 

 

「んっ・・?

 

華雄は違和感を感じ目を覚ました。

手足が縛られている。そして目にも目隠しとして縛られている。

そして何か台に乗せられている。どこかへ運ばれているようだ。

 

運ばれる?前のように?

 

「がっ・・ああ・・・や、やめっ!やめろ!」

 

なかなか言葉を発せないが華雄が力のかぎり言葉を発する。

 

「も、もう・・やめてくれ・・あれより更にひどい地獄へ連れて行くのだろ?

もう・・殺してくれ・・嫌だ・・殺してくれ殺してくれ・・」

 

華雄が暴れる。だが手足を縛られているために何もできない。

その後台から降ろされ、そのまま正座の形を取らされる。

そして唐突に華雄の目隠しが取られた

 

「がああああーー!!!」

 

突如として華雄の目に入るまばゆい光。

数十日ぶりに光を目に入れたのだ無理もない。

 

「華雄」

 

「え?」

 

自分の名前を呼ばれた。

そうだ、私は華雄だ。

 

「だ、だれかいるのか・・・?

私と話してくれるのか?」

 

華雄がうっすらと目を開ける。

 

「久しぶりですね。華雄」

 

「あ、ああ・・。美しい・・・」

 

そこには天女がいた。

後光を発し、そして髪はまるで一本一本が光を発しているかのようだ。

顔は整い、まさに天の美。

 

そう。国でさえも傾けてしまうほどの美貌。

傾国の美女、袁燿。

 

彼女は朝日を背中に立っていた。

姫羽はまるで演目をやるときに使用するステージのような台の上に立ち、華雄を見下ろすように話しかけてくる。

 

その姿は華雄にはあまりに美しすぎた。

 

私は華雄だ

あの部屋以外に出た。

今は朝だ。

色が見える。

自分の体が見える。

太陽の光だ。

人が私に話しかけてくれる。

無視されない。

目を見てくれる。

私を認識してくれる。

 

華雄の頭に一気に情報が流れてくる。

そうすると自然に華雄の目から涙が零れ落ちる。

 

「ふふ・・ずいぶんと痩せましたね華雄。大丈夫ですか?」

 

「うっ・・ぐす・・ううう・・」

 

「辛かったでしょう?苦しかったでしょう?」

 

「ううう・・・あああ・・・」

 

「華雄。私は貴女が欲しい。

どうしても貴女が欲しい。私には貴女が必要です。

どうか私に力を貸してください」

 

私が必要。

華雄の心にその言葉が重く響く。

だがその響きはとても嬉しかった。

 

「ああ・・。ありがとう、ありがとう。

私を必要としてくれてありがとう。

あの部屋から出してくれてありがとう・・」

 

華雄はそのまま泣き崩れた。

 

「ふふ・・よしよし」

 

姫羽は華雄の元へ近寄り、縄を解き、華雄を抱きしめた。

まるで愛しい人を慈しむように頭を撫でてあげている。

 

その様子を女は見ていた。

 

「私の策もまだまだ捨てたものじゃないですね~♪」

 

七乃だ。

今回の策は全て彼女が企画した。

 

華雄を闇の部屋に閉じ込め、そして食事の時間を全てずらす。

そう。華雄は最初まったく時間がずれてなどいなかったのだ。

強制的に七乃によりずらされたのだ。

 

そして、食事を出す男にも無視するように命令した。

人との接触を絶たせたのだ。

ずっとしゃべれなければ当然話したくなるものだからだ。

だが全て相手にされない、目も合わせてくれない。

強制的に人恋しい状態を作り出したのだ。

 

それが続けば当然体に不調をきたす。

まともな思考ができなくなる。

暗い暗い部屋。太陽が見たい。ここから出たい。

誰か助けてくれとなる。

 

そこまでくればあとは簡単だ。

彼女を外に連れ出し、最初に目に入るものに強烈に魅かれるはずだ。

しかも太陽を背にしょっているのだ。

七乃は太陽が昇る方角に姫羽を立たせた。

 

そうすれば人為的に後光が差しているように見えるからだ。

最初に目に入ったものが神々しい存在。

そんな存在であるから七乃は特設の台をも作り華雄を見下ろすようにしたのだ。

 

華雄にはまさに姫羽が神のように見えた。

自分を救い出してくれた人。

それ以外にもさまざまな要因が重なり彼女は遂に屈した。

 

全ては七乃の策によって。

 

 

 

 

 

 


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